野望
ちょびっとR15…?
森を移動し始めて数日が経った。
クソキノコとの遭遇以来、スノーゴーグルとマスクを着用し、帽子やフードも被って、雪山でもないのに完全に顔を隠し、可能な限り素肌を隠している俺達。
そんなすっかり不審者スタイルになった俺達は、まるでそういう見た目の種族のようだった。俺達のゴーグルは外から見ると七色に見えるミラータイプなので、何というかまあ、虫っぽい。
サングラスではなく、スノーゴーグルを持って来ていた自分たちを「先見の明ありだな!」と褒め合う俺達。
「これはこれで、なんだか悪くない」
「だな。なんていうか、ユニフォーム的な感じで、今日もやるぞって気になるな」
「うん。俺達ゴーグル戦隊のレッドとパープルだな」
「パープルは嫌だ。クソキノコの胞子を思い出す。ヴァイオレットがいい」
「あ、ああ…そうだな」
火を起こして燻製肉を炙り、朝のコーンスープを飲む。ビッグバードの卵を練り込んだ大ドングリパンも、そろそろ無くなる。
弁慶くんとビッグバードの肉はまだ少し残っているが、地球から持って来ていた缶詰などの食料は、調味料を含めて最早無くなっていた。
「ああ、コーヒーが飲みたい」
そう言って、俺が空になったコーヒーの袋の匂いをスーハーしていると、史朗が「アランってさ、たまに変態だよな」と笑う。
変態で結構。コーヒーの香りが心の癒やしでもあるので、俺はこの袋を捨てきれずにいるのだ。
ちなみに出たゴミは、缶であろうがビニールであろうが、俺の大魔法「消滅セヨ」で消し去ることが出来る。禁忌とも思える大魔法も生活に使うだけなら安全で便利なものだ。
排泄物などは地中に埋める。前に拠点にしていた所では、3日目くらいに排泄物を埋めた辺りに美しいピンクの花が咲いていた。あんな可愛らしい花が咲くって事は、こちらの世界の環境破壊にはなっていない証だと思う。きっと大丈夫だ。
魔法の方はだいぶ熟れて、移動中に汗をかけば汗臭さを吹き飛ばし、着ている物が汚れたらそれも全て吹き飛ばす。その魔法は「瞬間高圧洗浄」と名付けた。
夜は火以外にも明かりを灯し、風呂桶に湯を入れて風呂に入る。
充電も、最初だけカメラの予備電池を1つ破壊したが、エア充電で練習を重ねイメージ作りをし、明確な設定を行うことで上手く出来るようになった。
この応用で疲労回復の電気治療も可能になった。と言ってもあんまり使わないんだが、何となく肩が張った時や跳びすぎて脚が張った時に効果があるようだ。
「アラン、どんどん便利になっていくな。すごく良いよ」と史朗がニコニコしている。俺は喜ばれる男になった。
そんな史朗が、俺がコーヒーがないと無意識に連発していたのを気にかけていたようで、「大学生の時に密かに好きだった女の子が勉強していたので何となく学んだ」という薬草学に基づいて、その辺に生えている草を調べ始め、コーヒーの代わりにハーブティーを作ろうとしている。
動物もそうだが、多少の違いがあるにしても、地球の植物と似ている物が多いので、ある程度薬草学の知識が役に立つだろうと言っていた。俺も同感。こっちは史朗にお任せにしておこう。美味しいお茶が出来ることを祈る。
ハーブティーもその他の食べられそうな植物も、どうしても毒物がある可能性が拭えない場合は、俺が毒物を消去してしまえばいい。命の水を使えば、そんな心配もないんじゃないかなとは思うけど。
魔法についてもわかったことがある。
目的が明確で、それをしたい…というより、する!と決めた瞬間に発動すると威力が高い。出来るかな?どうかな?ではなく「する」という決意だ。
そう言えば、セバスがマサルとマサコの躾も「言うことを聞いてもらうのではなく、聞かせるんです」って言ってたな。自分がする行動に対して腹を据えて、それによって生じる状態を受け入れるって事なのかと思う。
よく聞く「術式」とか「魔力」とか「属性」とか、そういうのもあるんだろうとは思うが、人生の進め方と同じで、まず自分が何をしたいかを明確にして、そのゴールにしっかり意識をつなげることが大切なように思う。
あとはあんまり考えないこと。考えすぎると力が入っておかしな方向に行ってしまい、行くべき方向にエネルギーが進まないんだ。
頭で意識はするし操縦はするけど、決定は自分の深い所。そんな感じ。
大気にいわゆる魔力が満ちているのなら、それを取り入れて循環すればいい。自分の持っているものだけを体の中で巡らせるのではダメだ。
植物が光合成をしながら呼吸をするようなイメージの方が取り入れやすい。気持ちよく与えられているものが、自分の中も流れて途切れることはない。
魔力切れとかって、何かの負荷をかけて道を険しくして学ぼうとする発想か、または腹が減ったら動けなくなるっていう「なくなる」発想に囚われてるのかもしれないなと思う。現実的ではないっていうか、魔力を燃料と考えるか、空気と考えるかの違いかな。
あとは、力が入りすぎて流れが途絶える…かな、なんて事をつらつらと考えながら「ふう」とため息を付く。
帽子を脱いだ俺を見て史朗が言った。
「なんかさ、こっちに来てから髪が伸びるの早くない?」
「ああ、俺でしょ? すっごい伸びてるよ」
「な。俺は普通なのにな」
そう、俺の髪はすごく伸びてきた。こっちに来た時は、刈り上げとまでは行かないが、アリスがベリーショートにカットしてくれていて、前髪も5cm程で立てていたんだ。
それが、ほんの10日程で10cmくらい伸びている。今くらいなら別に良いけど、この先もっと伸びるなら邪魔になる。髪ゴムがあれば良かったなと密かに思っていた。
でも、その代わり髭は伸びないんだ。史朗は髭が結構伸びてきている。なのに、俺は髭が伸びないというよりも生えてこない。全部髪に行っているのか?
「気持ち悪いくらい早く伸びる。なんだろ」とポツリと言うと、史朗が「スケベだからじゃね?」と言った。
「え?スケベだと早く伸びるの?」
「日本では髪が伸びるのが早いのはスケベだからだっていう話があるんだよ」
「マジか?!じゃあ、お菊人形って…」
「やめろ。それ以上言うな。祟りがあったら恐い」
「…そ、そうだね。アキハバラ、アキハバラ」
「それは間違いな」
「え、恐い時に言うやつでしょ?元は雷除けだけど、悪いことや恐いことが起こりそうな時に言うと避けられるおまじないだって」
「近いけど間違い。クワバラ、クワバラが正解です」
「あ、そうか、桑原か。そうだ、そう言ってた!じゃ、クワバラ、クワバラ」
「でもさ、アランはホントにそういう事を良く知ってるな。今時は日本人でも知らない人多いんじゃないのかな」
「奈々恵が教えてくれるんだよ。でも、スケベだと髪が早く伸びるってのは知らなかった。そっかー、そのせいか」
「否定をしないのか」
「しない。俺はスケベだ」
「まあ、そうだな。ちなみに俺もスケベだ」
「俺たちはスケベだ!!」
「異世界の森でスケベを叫ぶ!」
「イエー!」
こんなバカな俺達は、あの竜の訪問の後に移動を始め、今はあの時の拠点から450kmくらいの位置で、変わらず命の水川のそばでテントを張っているところ。
「随分移動したよな。どんくらい来たんだろう」 史朗が言う。
「クングスレーデンのフルコースと同じくらいの距離だと思う。日本なら東京から青森くらいかな?きっと」
「そんなに来た?すげえな俺達、超ハイスピードで移動してるじゃん」
「これもある意味、クソキノコから逃げ回ったお陰でもある、かもね」
「アイツの事は…言うな…」
「ごめん」
俺達の跳躍は、クソキノコとの攻防のお陰で飛躍的にスピードもレベルもアップした。更に反応も良くなったので手を滑らせるとか、枝にぶつかりそうになるとか、そういう事もほぼ無くなった。
必要は発明の母だが、同時に上達の父なのかもしれない。
俺はあの時ちょっとだけ、自分の感情でこの世界からクソキノコという種を絶滅させてしまったのではないか?なんて反省もしていたんだが、心配することはなかったようだ。俺の探知にはあれから2体のクソキノコが反応した。
そうか、俺が消したクソキノコは全てのクソキノコの祖ではなかったのだ。良かったような、惜しいような、複雑な気持ちで、俺達はその後もクソキノコを全力で避けていた。
…というか、命の水川が物凄く長い事にお気づきだろうか?
これは下流に向かっての長さで、どうもまだ続いているようだし、上流の方にも同じくらい長いのかもしれない。確かミシシッピ川が日本列島と同じくらいか、それより長い川だった気がする。そのくらいはあるってことなのか、または更にその倍以上長いアマゾン川みたいな感じなのか。
何となくだが、この生命の水川は緩やかにカーブをしながら、あの3体の竜達が降り立って俺達を観察していた、高い崖のある山の周りを守るように流れているような気がしてくる。
実際、この川と山の間にいる限りは、スライム等の弱い魔物がたまに現れるくらいで、凶暴な動物も魔物も出てこない。クソキノコも、この川の近くには現れないのだ。だから安心して眠ることが出来る。
とは言え、食料を得るためには川の向こう側にも行かなければならない。
妖精さん達は、一緒については来るが、住むエリアがあるのか顔ぶれが変わって行き、今では完全リニューアルで最初にいた顔は見なくなっている。情報伝達は出来ているようで、初めての妖精さん達も毎朝史朗を急き立てて命の水川で礼拝をしようとする。
川幅が下流に向けて広くなるのは理解できるが、植物の様子を見ていると、もしかすると下流の方を北だと設定したのは間違いで、逆にこっちが南なのかも知れないと思い始めている。
緑が濃くなるというか、果実も増えてきて花も大きく咲いている。気温もこころなしか上がってきているような気がする。空気に湿気を帯びている。
スケベの話に戻る。
…いや、俺は別に戻らなくても良いんだが、史朗が続けるから。
「俺はさ、日本で初めてお前に会った時に驚いたんだよ。なんて神々しく美しい、こんな人間がいるのかと。神話に出てくる輝くような若者だって感動したんだよ。それがあなた、なんだよ、3人のオネエサンとナニの関係だ?」
「…はい」
「はぁ〜、俺が17歳の時は好きな女の子と話しをすることすら出来なかったのになあ」
「それは、俺に言われても…」
「あれなの?オネエサン達とは、どういう経緯でそうなるの?」
「ええ、まあ、遊びに来てって言われたり、俺のアパートに遊びに来たいって言われたりで、いいよって言って、そんで2人で映画見たりゲームしてるうちに俺が押し倒される感じで始まります…」
「アランが押し倒されるのか?!」
「うん。だから、あ、そうなのかと思って、でも勘違いだったら悪いから、とりあえずしばらく為されるがままに…そして、やっぱりそうかなって思ったら期待に答える形で…」
「なるほどな。そういうことか。いいな、いや、なんでもないぞ。その、お前から押し倒すことはないのか?」
「ないよ。ダメだよ、ちゃんと付き合っていないのに、男がいきなり女の人を押し倒したら犯罪だよ」
「ナントまともな発言…。お前に押し倒されたい女の子はいっぱい居そうだけどな」
「女の人は難しいんだってさ。その気なのかな?って思って行動すると、そんなつもりじゃなかった!って泣き出したりするって。ほら、俺の国では日本の「痴漢」みたいに本人の意思を無視して触ったってだけでも強姦と同じ刑罰になるから、だから絶対に気をつけるようにって言われてる」
「ああ、まあ確かにな。男女では発火地点が違うからな。どこからが勘違いなのかわからないけど、どうやら勘違いだったらしいって事はあるよな」
「それに、実際その気がある女の子は向こうから押し倒してくるからさ。そこまでその気ならいいけど、こっちの勘違いだったら悪いじゃん。特に俺みたいなでかいのが押し倒しちゃったら、女の子は怖くても逃げられないでしょ。だから俺は自分からせまったり押し倒したりはしない。明確に言葉で要求されれば別だけど」
「まあ、そうだな。それは正解だな。それにしても、この野郎…押し倒されるだと…くっ」
「俺は嫌だったら女の子は押しのけられるし、男でも大概は押しのけられる。でも女の子はそうは行かないもんね」
「え、まって、男にも押し倒されたりするのか?」
「滅多に無いけど、たまに」
「まあ、ありそうだな。え、じゃあアランは男もアレなの?…何で俺はこんな事を聞いているんだ」
「2〜3回あったかな。ミラノに撮影で行った時に一緒になった年が近い子がいて、仲良くなってホテルの部屋でおしゃべりしてたら急にキスしてきて、驚いてちょっと変な感じがしてヤダって言ったら、「それは慣れてないからだよ。試してみないとわからないだろ」って言われて、そうなのかな?って思って。そうなのかな?そうなのかな?って思っているうちにゴニョゴニョ」
「まじか〜。慣れてないからだよって…それは、絶対にノッてはいけない言葉だと思うぞ」
「うん、今思うとね、慣れてようが慣れてなかろうが…だよね。でもその時はわからなかったんだよ。俺も若かったし。でも、帰ってきてキャロに会った時に、ああ、俺はやっぱり女の子の方が好きなんだなってわかったけど」
「…それは、女の子の方がってよりキャロさんが好きなんじゃないのかな」
「え?」
「いや、なんでもない」
「まあ、どっちにしても男相手でも女相手でも俺はトップだという事だけはわかった」
「とっぷ?」
「トップ。やる方」
「あー、そうなんだ。…俺はそこまでは聞きたくはなかったかな、ははは。赤裸々だな〜」
「そっか。ごめん」
「いや、いいけど。まあ、俺はほら、女しかだめだからさ。てか、今『俺も若かったし』って言ったけど、それいつの話?!」
「16歳」
「去年か。…そりゃまあ今よりは若いけど、そうか。」
「史朗はどうなのさ。彼女とか」
「お、俺はあれだ。…あの、15歳の時にちょっと付き合った子はいたけど、手をつないで頬にキス程度だ」
「え、そうなの?!」
「そうだよ。言っとくけどな、それが普通だよ」
「え、そうなのか…。で、その後は?」
「17の時、チアリーダーのダイアンって子が素敵で、憧れたなあ」
「付き合ってたの?」
「まさか!声掛ける事も出来なくてさ。でも一回だけカフェテリアで彼女が落としたノートを拾って渡して、それから、会うとあっちからハーイって言ってくれるようになってさ。もうそれだけで天国みたいに幸せだったなあ」
「そうなんだ」
「もし俺がお前みたいだったら、ダイアンの方から寄ってきたんだろうなってなんて思うけどさ」
「あー」
「…お前、今『それあるな』って思っただろう」
「うん」
「くそう。悔しいがこの分野に関して確実にお前の方が先輩だな」
「あれ?じゃあ史朗が大人の階段を登ったのは日本で大学に行ってる時?」
「おまえね、俺をバカにするなよ」
「あー、ごめんなさい?」
「いいか、俺は大学でも何もなかった!」
「え」
「好きだなと思う子はいたが、友達の彼女だったのでなしだ」
「そうなんだ。じゃ、まさか…」
「まあ、そういうのは就職してからだ。上司に連れて行かれてプロに世話になったのだ!」
「プロ?!」
「プロでデビューだ」
「…プロでデビュー。プロ、なんと魅惑的な響き」
「こら、目を輝かせるな。それだからお前は髪が伸びるんだよ」
「いいなあ、プロ。いいなあ。プロって専門家って事でしょ?やっぱ、その、すごいの?」
「聞いてねえな。まあ、それはな…確かにプロはいい。最も俺はプロ以外は知らないけど」
「プロか…。ねえ、こっちの世界に人族がいたらプロもいるかな?」
「ああ、いるかもしれないな」
「そっかぁ…。俺もプロのデビューしてみたいなあ」
「異世界のプロでデビューか。確かに中々できない体験ではあるな」
「あ、でも俺達お金持ってない」
「なんてこった…!俺達には想定外の大きな壁が!そうだ、素材だ!獣や魔物の素材を集めておこう!」
「そっか、換金できそうな物を集めておくんだね!」
「「よし!やろう!!」」
というわけで、その日、俺達は熱い思いを心に森に狩りに出かけた。この世界に人族がいるかどうかもわからないのに。
**クングスレーデン
「王様の散歩道」という意味のトレイルコースのこと。通常は3〜4週間位かけて移動する。
ショートコースとフルコースがあって、ショートコースだと1週間くらい…かな?




