食わねえ!ぜってー食わねえよ!何だよあのキノコ?!
爺ちゃん、俺は今、知らないキノコから逃げています。
「知らないキノコは食うな」と爺ちゃんは言いましたね。俺はその言いつけをしっかりと守って、この世界のキノコは全て避けておこうと思っていたんです。
でもね、キノコが来るんです。俺達が必死で逃げているにも関わらず、菌類にあるまじき素早さで、猛スピードで追って来るんです。
食うどころではありません。下手したら俺達が苗床にされてしまいそうです。やばいです。
しかもでかいです。この世界のものはでかい。それは理解していましたが、まさかキノコが史朗とドッコイドッコイのサイズで、そして胞子を飛ばしながら追ってくるとは想像もしていませんでした。
こいつの胞子って紫なんです。色んな紫がありますが、何かとても嫌な紫です。間違っても俺の目と同じ紫ではありません。
5mくらい離れた所で史朗が叫んでいます。「キノコなんか、鍋物の具になってりゃいいんだ!なんだこいつはあああああああああっっっ!!」って。
俺は、このクソキノコを火炎放射か雷撃で燃やし尽くしたいと思いましたが、森の中なので、飛び火したらいけないと思って躊躇してしまいました。
セバスの「一瞬の迷いが怪我に繋がる」という言葉、俺はまさかこのクソキノコで身にしみて学ぶことになるとは思いませんでした。
いいえ、怪我はしていません。
胞子が飛んできました。
上手に避けたのですが、その際に胞子が付着した木の枝や木の幹に、一瞬で細かいキノコがびっしりと生えたのです。恐ろしい光景でした。俺はゾッとして目を背けその場から飛び去りました。でも、俺の中で嫌な考えが湧いてきて止まらないんです。
もしも、もしもあの胞子が俺についたら…? もしもあの胞子を吸い込んでしまったら…?
恐ろしい、恐ろしくてその先は言葉に出来ません。
爺ちゃん、俺はこうしている間にも猛スピードで逃げ回っています。
キノコは嫌だ。キノコは嫌だ。キノコは嫌だ。
なんであいつ、こんなに素早くてイイ動きをするんだろう?
あいつは一体だけなのに、胞子をばら撒いてはあちこちに子キノコを増やしていきます。ああ、とうとう俺も左腕に胞子をつけられてしまいました。肘の辺りです。瞬間的に細かいキノコが生えてきました。俺は叫びました。「いやぁあああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」と。
ああ、いやだ。どんどん成長しています。こいつが成長しきって、また胞子を撒き始めたらどうしよう?!
俺は戦慄するとはこの事かと思いながら、恐怖と戦い、そしてジャケットを脱いで木に擦りつけて生えてきたキノコをこそげ取りました。
もう冷静ではいられません。
パニックになり、もう森林火災など知るかという気持ちで、とうとうその木とクソキノコを火炎で焼きました。
ところがクソキノコが笑うんです。
あろうことか、炎の中でニヤニヤと笑っているんです。
あいつ、どうやら火の属性を持っているらしくて、全然平気で、むしろ気持ち良さそうなんです。
菌類にあるまじき存在ではありませんか?!
ちょっとだけ、奴の属性を上回る炎で燃やしてやろうか…とも思いましたが、そんなお遊びをしている余裕は持てませんでした。
俺はそのニヤニヤを見て、つい恐ろしい魔法を生み出してしまったのです。
そしてそれをクソキノコ、及びそいつから発生した現在過去未来の全ての胞子とキノコに向けて放ちました。
「オマエガソンザイスルコトヲオレハユルサナイ 消滅セヨ!」
呪文、いや、思いが強すぎたのでしょうか。クソキノコは瞬時に影も形も無く消え去りました。俺達の中にニヤニヤの残像を残したまま。
そして同時に、撒かれた胞子から生えたキノコ達も消えました。
一瞬で、俺の思いだけで、完全に存在を消し去ってしまう。恐ろしい魔法です。これは禁忌なのではないかと思います。
でも、俺は、もしもまたクソキノコに出会ってしまったら、きっと躊躇なくこの魔法を使います。
クソキノコだけはどうしても無理だ。その存在を許すことは出来ない。
史朗が「すごいな!今の何?」と言いながら俺の方に跳んで来ました。
ちなみに史朗は石礫でクソキノコを攻撃していましたが、それでは胞子が巻き上がるばかりだと気付いてから、俺と一緒に逃げ回りながら、俺が攻撃しやすいように囮になっていました。
でも、俺のジャケットに胞子がついてから、これはあまりにも危険すぎるので「火炎で焼き尽くす!」と言って高い所に避難をしてもらったんです。
戻ってきた史朗も、「実はさっきまで靴の爪先にちょっとだけキノコが生えていた」のだそうです。死ぬと思ったそうです。
俺達は、もう消えたとはわかっていても心情的に耐えられず、命の水川で必死でキノコが生えた部分を洗いました。
史朗は「俺はもう二度とキノコは食わない」と泣いていました。俺が泣いたのではありません。史朗が泣いたのです。直接ではないにしても、自分の身体からキノコが生える恐怖。どれだけ精神的にダメージが大きかったかが伝わると思います。
爺ちゃん、俺はもうキノコはダメです。この世界のキノコはだめだ。元より食べるつもりはありませんでしたが、今となってはもう見るのも無理。俺は、この世界のキノコを見たらバリアを張ろうと思います。
別に全てのキノコを滅ぼすつもりはありません。だけど、俺はキノコと関わりたくはない。だから、キノコと俺達との間にはバリアが張られる様に設定をしました。史朗の指輪と、俺のピアスに付与しました。これを着けていれば自動的に発動します。
必要は発明の母と言いますが、この短時間で他にも新しい魔法を覚えました。
俺はクソキノコに出会わないように探知魔法を身につけ、半径5kmの範囲で探知が出来るようになりました。更に、今後もしも敵対し魔法で戦う必要がある相手がいたら、事前に相手の魔法属性を見抜くスキルも身につけました。もう二度とあのニヤニヤを見たくないのです。
そして、俺は生地の隙間、繊維の間、全ての俺達の身の回りの物から、このクソキノコに関わるものを完全に取り除きたい余り、マイクロとかナノとか、そういうレベルではなく、ゼプトとかヨクトのレベルで汚れを吹き飛ばす魔法を編み出しました。
クソキノコに限定せず、洗濯ができない時にも使えるし、この応用で、あらゆる毒物を瞬時に食物や素材から取り除く事も出来るでしょう。
また、風呂に入れない時には、身体からあらゆる汚れを落とすことも出来ます。他にも使い道はありそうです。
このクソキノコのお陰で、急激に強力な魔法が作れたのは事実です。やりたい事が明確であればやれる。それを学びました。
そう思えば感謝しても良いのかも知れないと、いい話で終わらせられそうですが、俺はそうしません。こんなにも嫌だと思ったものは生まれて初めてです。
爺ちゃん、俺と史朗はバリアも張っていますが、当面は持って来ていたゴーグルと帽子を着用し、フードをかぶり史朗にもらったウレタンで通気性の良いグレーのマスクをつけて過ごすことにしました。
不審者です。こんな格好で、こちらの人族に出会っても仲良くなれる気はしません。
でも、それでも俺達はしばらくはこの服装をやめようとは思いません。
クソキノコ、恐ろしい敵でした。




