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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
魔の森
27/117

竜が来た そして鳥は美味い


 「史朗のトレッキングシューズってさ、いい色だよね」


 「だろ?この赤が気に入って買ったんだ」


 「テレビに出た時のギャラで買ったんだっけ?」


 「そそ。あんなんでギャラ出て良いのかよって思ったけどさ、実際ありがたいよなあ」


 「結構、石積みがブームになってるみたいだったよね」


 「そうだね。講師の依頼もあったしな。ところでアランの靴もかっこいいじゃん」


 「本当はさ、ハイカットの履いて来ようかと思ったけど、まあ今毎日ジャンプしてる事を思えばミドルカットで良かったなって思うよね」


 「だよな。俺もこの靴、ミドルで良かったなって思ってたんだよ」 


 と、俺達がなんで自分たちの靴の話をしているかと言うと、もう10分くらい下を向いたまま顔が上げられないから。目に入るのが自分たちの足元だけなのである。 



 俺達がテントを張っている拠点は、高さが恐らく300mはある崖の下、命の水が流れる小さな川のそばの柔らかい草地だ。


 ビッグバードの卵を持って森から戻ってきた俺達は、その卵を割ろうとしていた。そこでいきなり上から地響きがして、砕けた岩のかけらが落ちてきた。反射的に「なんだ?」と上を見ると、崖の上に竜が3体とまって俺達を見下ろしていたのだ。

 少し前に珍しく低空飛行をして行ったと思っていた、何となく小さく見えた竜達だった。


 木の陰や森に逃げ込もうかとも思ったが、下手に動くと上から襲って来そうな気がして、動かずに目を合わせないように下を向いたまま、自分たちの靴を見つめているというわけだ。



 「…まだいるよね?」


 「いる」


 「何で見てるんだろうね?」


 「珍しい虫を見つけたってとこ?俺達を食ってもまったく腹はふくれないと思うんだけどね」


 「隠れたいけど、動いて興味を惹かない方がいいよな」


 「だね」


 猫が、獲物が動いたら戯れようと、動くまでジッと待っているような、そんな映像が脳裏に浮かんだ。


 でも、やっぱり様子は知りたいじゃないか。

 俺は顔を上げずに様子を見ようと、そっとカメラの液晶を上げて自撮りモードにし、上の様子を見る事にした。


 手元だけの動きが興味を惹かなければいいが…と思いつつ、画面を見ると…うわ〜。すっごくガン見されてる。超興味津々だ。何も聞こえないけど、彼らは何か会話をしているんだろうか?

 あ、顔がちょっと動いた。俺から史朗に3体の視線が移ったっぽい。



 「ちょっと、なんか今3体で史朗を見てるっぽいよ」


 「え?!俺?!なんで???」


 「ほら」


 そう言って俺は、カメラを史朗にそっと渡した。史朗も上の様子を覗いたようで「ぎえー。ほんとに俺を見てる。なんだよー」と言いながらカメラを俺に戻す。 


 俺はそのまま、俺達を見下ろしている竜の写真を1枚撮った。あ、俺が画面を見ている目も写っちゃった。ま、いいか。

 ついでにズームして竜だけも撮っておいた。わずかなズーム音に反応したのか、ピクッと俺の方に視線を向ける竜。ひっ! 俺は動くのをやめて黙って画面を見ていた。


 竜が首を傾げるような仕草をしてから、ふいっと何かに気付いたように視線を上に向けた。


 「ぐぁあああぉぉおぅぅうぃいいぃぃっ」と、遠くから恐ろしい咆哮が聞こえた。その咆哮に反応して、竜達は南の山の方を見たまま一瞬怯えたように頭をぐっとを下げた。そして、慌てるように急に飛び去った。


 またガラガラと岩のかけらが落ちてきた。


 「うぉおおっ」


 落ちてくるものが当たらないように、俺は風を起こしてそれらを避けた。一体の竜がそれをチラッと見たように見えた。


 飛び去っては行ったものの、俺達は竜がまた戻ってくるかも知れないと、しばらくはそのまま動かないようにしていたが、どうやら南の山の方に飛んでいってしまい、こちらには戻ってくる気配はない。


 「…何だったんだ?」


 「むっちゃ観察された気がする」


 「すごい咆哮がして飛んでいったけど、別の竜が来るなんてことはないよな」


 「もうちょい隠れておこうか」


 俺達は念の為しばらく木の陰に入っていた。 


 少し落ち着いてから気づいたが、竜達がいる間も妖精さん達は普通に跳び回っていた。もしかすると、それ程怖がらなくても良かったんだろうか? 


 「ここ、移動した方がいいのかな?」


 「見つかっちゃった感はあるよね」


 「どうする?また来たらやだよな」


 「妖精さん達が普通にくつろいでたから、悪い竜ではなかったみたいだけど、やっぱちょっとね」


 「でも、ここをあんまり離れると、戻るチャンスが来た時に逃しそうだな」


 「うん。もうすぐここで7日になるけど、いつまたあっちへ繋がるかわからないもんな。繋がったらすぐに飛び込まないと閉じちゃうかもしれな…」 


 俺がそう言っていると、妖精さん達が俺の髪をツンツンと引っ張る。なんだろうと思って「どうしたの?」と聞くと、みんなで首を横に振って何かを伝えようとしていた。 


 史朗が、「あっちに繋がる話ししてたの聞いてたんじゃないか?お前、繋がったらすぐ飛び込むって言っただろ?そしたらダメダメって感じでやりだしたぞ」と言って、「ちょっとさ、ちゃんと意思の疎通を試みてみろよ」とノートを差し出した。俺が質問をしながら共通のサインを覚えてもらって、意思の疎通をしてみろという。 


 俺はまず数字を書いた。言葉が通じない相手でも数字の概念は通じやすい。


 自分を指差して1を示し、史郎と俺を指差して2を示した。同じ様に石をひとつ置いて1を示し、ふたつ置いて2を示す。木の枝でもやった。


 妖精さんの何人かが意味がわかったようで笑顔になり、自分を指差して1を指差し、もうひとりの妖精さんと手をつないで自分たちを示してから2を指差す。良い感じだ。 

 そのまま、10まで書いて行った。そこまでして、ふと数字の下に丸を数の分だけ書いておいた方がわかりやすいかと思い、その様にした。そして数字を口にしながら尋ねた。 


 「俺と史朗がここに来てから、もうすぐ朝と夜が7回過ぎる。7日過ぎる」 


 そう言うと妖精さん達がうんうんと頷いた。


 「俺と史朗は元の場所に帰りたいんだ。次に俺達がここに来た、なんていうかな、そうだ、俺達が元の場所に帰れるのは次は何日くらい先かわかるかい?」

 そう尋ねると、妖精さん達は顔を見合わせて困ったような様子だった。わからなかったかな?または、どのくらい先かがわからないんだろうか?


 1人のおばさん妖精がついっと前に出て来て、ノートの数字を指差しだした。10を2回と8を1回指差し、それから1人の妖精を指差した。次にまた10を2回と8を1回指差して、別の妖精を最初の妖精の隣に並ばせた。そこで俺が「この10が2と、8が1で1つの固まりってこと?」と聞くとウンウンとうなずく。


 恐らく、28日で一ヶ月という感覚なんだろう。俺は10がふたつで20,そして8がひとつ、それを合わせて28という事をノートに書いた。するとおばさん妖精が、頷いてから28を6回指差した。


 「え? 28が6回過ぎないと、元のところに繋がらないの?」俺が言うと、妖精さん達が一斉に頷く。


 「まじか!じゃあ28日を1ヶ月として、あと5ヶ月と21日、俺達はここに居なきゃならないって事?」と史朗が言った。相変わらず史朗の言葉は通じないようで、妖精さん達がキョトンとしている。俺が同じことを言うと、うんうんと頷いた。 


 「まいったな。これ、もっと早く教えてもらえば良かった。…いやでも変わらないか」


 「とりあえず、いつなら帰れそうかってのがはっきりわかっただけ良いと思うぜ」と史朗。 


 俺達は、妖精さんにもっとちゃんと色々聞こうと反省をした。話しながら妖精さん達はやたらと俺の髪を引っ張った。もっと自分たちに聞けって事なのか?ごめんよ、これからはそうするよ。


 どちらにしても、竜の訪問はちょっと恐い。そして、俺達がこれから半年近くこの森で過ごすなら、どうでもいいと思っていた異文化交流も視野に入れてもいいのかもしれないなと言うことになった。 

 そして、せっかくだからゆるりと旅をしてみる事にしたのだ。


 「何となくだけどさ、命の水川沿いで拠点を置いた方が良くないか?」史朗が言う。


 「同感。この川沿いに移動しながら、その近くを探索しながら歩いてみよう。もしも人族が森にいるとしても水がある所の近くにいる可能性は高いしね」そう言ってから、妖精さんに「この川沿いの方が安全?それとも離れても大丈夫?」と聞いて見る。


 妖精さんは揃って川を指差して、この川沿いに移動が良いというような仕草をする。 


 「もうすぐ日が暮れるから、今日は竜達も戻ってこないだろう…多分。俺達も夜はあんまり動かない方が良いと思う」


 「そうだな。今夜はここで過ごして、明日朝早くに移動を開始しよう」


 「まずは卵を料理しちまおう」


 「だな」 


 塩コショウももう無くなってしまった。仕方ないので、卵焼きはそのままただ焼くだけだ。卵を焼きながら史朗が言った。


 「なんかさ、さっきの竜達、怖かったけど、でも正直そこまで恐いって感じはなかったんだよね」


 「ちょっとわかる。何だろうね。顔は物凄く恐いし、動いたらやばいと思ったけど、カメラで様子を見られるくらいには動けたんだ」


 「だよな。あれかな?やっぱフリードリヒさんで慣れてるからかな?」


 「なんだよ!やっぱ爺ちゃんは竜かよ!」俺が笑う。


 「フリードリヒさんよりも、なんていうか可愛らしいっていうか、ちょこまかした感じもしたんだよな」


 「ああ、確かにね。俺的にもマサオ、マサミ、マサヨって感じだったかな」


 「竜にも名付けかよ!しかも全部マサルとマサコの仲間!」 



 そんな事を言って笑いながら、その夜、俺達はでっかい卵焼きと卵を入れてこねた大ドングリパンと、弁慶くんの肉、そしてビッグバードの肉を焼いて食べた。そしてビッグバードの持つポテンシャルに驚くのだった。 



 「なんだこれは!?」


 「ちょ、これは…やばい、美味い!」


 「ビッグバード君て、一体…何を食っているとこんなに美味くなるの?!」


 一口噛む毎にじゅわっとまろやかな味が広がる。上品で薄味の絶妙の味付けがされているかのような、旨味が滲み出て脳を幸福感で満たしていく。


 何かいけない成分でも入っているんじゃないのか?と思うような美味さだ。肉自体もそうだが、焼いた皮がまた物凄く美味い。


 「アラン、卵焼き!卵焼き食ってみろ!こ、これもすごい!どんな料亭の出汁巻き玉子もこれには勝てない!」


 「…っ!! これが、これが出汁巻き玉子っ」


 「まて!…いいか、これを基準にしてしまうと、お前は今後日本のどの店に行っても美味いとは思えなくなるだろう。これは特別だ。覚えておけ、これを基準にするな!基準はあの居酒屋の玉子だ」



 何たる至福の味。ビッグバード出汁巻き玉子。


 ごめんよタタミイワシ、お前のことは今でも大好きだ。だが、俺はビッグバードの出汁巻き玉子に出会ってしまった。この味を知ってしまった今、俺はもうお前を一番だとは言えない。許してくれ…。



 「史朗、俺は帰る時にこの卵を、いや、ビッグバードを番で連れて帰って養ビッグバード所を作りたいと思う!」


 「おお!お前の家ならそれが出来るな!是非そうしてくれ!そうだ、お前はテイムを覚えろ。そうすればビッグバードを安全に連れて行けるぞ!」


 「がんばるよ!」


 「ああ〜、これで親子丼作ってみてえなあ」


 「親子丼?!ナニソレ?!


 俺達はビッグバードの虜になっていた。チキンスープにも少し肉を入れてみると、俺の特製チキンスープが格段に美味くなった。ビッグバードの骨で出汁をとったら、どれほど美味いスープが作れるんだろう?


 竜のことなどすっかり忘れて、素晴らしい食事を終えた俺達は、持って来ていた最後のコーヒーを飲みながら翌日のプランを考えた。


 まずは川の下流に向かってみることになった。下流の方に向かうということは、俺達が勝手に「北」と呼んでいる方角に行く事になる。妖精さんに言ってみると「別にいいんじゃない?」という程度の反応だったので、それで行くことにした。   

 そして、ずっと妖精さん達が俺の髪をツンツン引っ張っている事は特に気にしなかった。


 俺は、身長30cm程のミニセバスを11人作り、35cmのミニセバスを隊長に12人の小隊を組ませ、夜の間に火の番をするように命じた。

 史朗が「なんかGIジョーのフィギュアが動いてるみたい。やばいな、これで映画作りてえな」と萌えていた。

 焚き火を取り囲んで立ち、そして時々上がる火の粉を物ともせずに、小枝を持ってきては焚き火に焚べているミニセバス小隊。

 史朗はしばらくその動きをカメラで追っていた。


 何かがあれば俺達を起こすようにとミニセバス小隊の隊長に命じた。その晩は交代で起きている必要がなかったので、2人ともこっちに来てから初めて連続で3時間以上眠った。 



 眠りに入る直前に、俺はまた爺ちゃんの事を考えていた。帰るのが半年も先になってしまいそうだ。どうしよう、心配しているだろうな…と。 


 そしてまた夢を見たんだ。




 俺は食堂に立っていた。


 食事中の爺ちゃんと、給仕のセバス達がいた。



 「あれ?また夢を見てるんだ」そう言って爺ちゃんの方に行く。


 「爺ちゃん、ちゃんとご飯食べられてるんだね。良かった」と俺が言うと、爺ちゃんが俺を見て驚いた顔をしてナイフとフォークを落とした。「爺ちゃん、落としたよ」と言って俺はナイフとフォークを拾ってテーブルの上に置く。そして奈々恵の方を振り返り「代わりの持って来て」と言った。 


 奈々恵が泣き出して、口を手で抑えて震えていた。そして顔はこっちを向いたまま他のメイドに「すぐにナイフとフォークを、そしてピザを持ってきなさい!」と言った。 


 爺ちゃんが、「アラン、お前、大丈夫なのか?元気なのか?まだ帰って来ないのか?あの竜はなんだ?お前は魔法を使っているのか?」と一気に聞いてきた。


 「それなんだよ。なんかね、あと160日くらい帰れないみたい。こっちに帰る扉っていうのかな?それが繋がらないんだって」と俺が言うと、「160日?何故わかる?」と言うので、「こっちは28日で一ヶ月らしいんだ。6ヶ月に1回しか繋がらないみたいで、次は多分161日か162日後だと思うんだよね」と答えた。


 「…そうか。じゃあ、その頃には帰れるんだな?それまで元気で、怪我などしないで、気をつけて、絶対に元気で帰って来るんだぞ」と爺ちゃんが俺の手を取って目を潤ませる。 


 セバスが「魔法が使えるからと言って、無理はいけませんよ。何ですかあの、ミニセバス隊ってのは、ったく」と笑ってから、「セバス隊でもミニセバス隊でも、使えるならどんどん使って、ちゃんと身を守るようにするんですよ。出来るだけ危険を避けて、でもやらなきゃならない時は訓練を思い出して、躊躇なく動くんですよ。一瞬の迷いが怪我に繋がりますからね。私が一緒にいればお守りするのに…」と泣きながら言う。


 奈々恵が、「旦那様のナイフとフォークです。ほらアラン様、ピザもありますから早く、早く食べて下さい」と差し出す。「黒オリーブがいっぱいのってますよ」と。

 俺は「あ!これ食べたかったんだよ」と言って一口食べた。美味い!ちゃんと味がする。何だこの夢!すごいな!!  


 「そうだ、今日食べたビッグバードの肉と玉子が信じられないくらい美味しいんだよ。みんなにも食べさせたいな。帰る時にオスとメスの(つがい)で連れて帰るからね。牧場を作ろうと思うんだ」と言った。だって、本当に皆に食べさせたい。


 久しぶりのピザを食べながら嬉しくなって笑っていると、爺ちゃんが立ち上がって俺を抱きしめる。そして俺の顔を見て「いいか、知らんキノコは絶対に食うなよ」と言う。わかったよと言って俺も爺ちゃんを抱きしめた。そして「あー、今日でコーヒーが無くなっちゃったから…」と言った所で目が覚めた。 


 外を見ると、まだ、夜明け前だった。

 ミニセバス小隊は変わらず焚き火の番をしている。合間に石を割っている者もいた。


 俺はテントに戻って、「…爺ちゃん、こっちのキノコは全部知らないんだから、それはキノコは食うなって意味だよね。了解」と笑った。


 そして、幸せな気分のままもう一度眠った。


 


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