ドラゴンはとても視力が良い…っぽい
地球 / ロートリング邸
史朗の撮った写真はやはりロートリング邸のライブラリーのパソコンに届いていた。以前史朗が一人旅をした時に、バックアップを万全にと設定していったものがそのままになっていた。
どれだけの時間差があって届くのかは謎だが、どうやら撮影する都度送られてくるようだ。
画像の情報の分析が進められ、決して合成などではなく、ありのままを捉えたものであり、つまり非常に特殊な場所にいるらしいことはわかっていた。
ライブラリーのパソコンに届くのが史朗の一眼レフで撮ったものだけなのはわかっていた。その他にスマホで撮った物は史朗自身のノートパソコンの方に送られている。これは以前の史朗の発言で明確だった。
同様にアランのパソコンにはアランが撮っている写真が届いている可能性は高い。
行方不明になっているという点から、一刻を争う事態であると判断し、史朗のノートパソコンのロック解除作業が進められた。ライブラリーのパソコンに送られてきた画像と同様の物、そしてそれとは違う画像が幾つか届いていた。だが、画像の位置情報はオフになっていたため場所の特定にはあまり役には立たなかった。
そして、恐らくアランも何かを撮っているであろうと、もしかしたら画像の位置情報をオンにしたままかもしれないと、現在アランのパソコンのロック解除も行われている。
アランのパソコンのロック解除作業に当たる者達は、もしも見てはならない履歴などがあっても触れないようにし、画像の中に万が一見てはならない物があっても、必要以上に詮索はせず、絶対に口外をせず、可能な限り即座に記憶から消すようにとセバスに血の誓約をさせられている。
フリードリヒの元に、アランのパソコンのパスワードが掴めず、解除に時間がかかっていると報告があった。
フリードリヒは奈々恵を呼び「爺ちゃんを日本語で言うと何だ?」と聞いた。
奈々恵が「JIICHAN または JI-CHAN でしょうか」と言って紙に書き出した。フリードリヒはそのメモを作業に当たっている者に渡すようにと言った。
それから10分後、ロック解除が出来ましたと報告が来た。
アランのパスワードは「love_爺ちゃん_80_」。
フリードリヒは「やはりな」と満足そうだった。
奈々恵が、「NANAE ではなかったのですね…」とつぶやき、セバスが「お前、それは…」と残念そうに妻を見た。
パスワードが何であれ、大事なのは情報。アランやがスマホの写真に位置情報を付けたままにしていたとしたら、それだけでどこにいるのかが判明するはずだ。
果たして、アランのパソコンには、史朗の一眼レフ同様に行方不明になってからの写真が届いていた。アランはスマホ以外に高倍率でズームが使えるコンパクトカメラを持っていっているようだ。遠くの山をズームして写した画像が出て来た。
よく「これは小さいのに月面もきれいにうつるんだ」と言っていたのを皆も覚えている。
幸いにも、アランのパソコンは完全に「白」だった。白すぎる程に白だった。見てはならないものは何もなく、やたらと小難しい論文や「鉄人くん」に関しての考察、主に日本人が集まるオタクなチャットのログイン履歴、ゴジラグッズの検索履歴、映画の視聴履歴、健全な動画サイトの視聴履歴、ミニメカゴジラの構想、そして自分で描いたのであろう鉄人くんのイメージイラスト等、誰が見ても平気なものばかりだった。作業に当たった者達はホッと胸をなでおろした。
フリードリヒはセバスに詳細を聞いて「まあ、そうだろう」と思った。
アランが清廉潔白な少年だとは思っていない。生身の健全で早熟な男子だということは、既に色々と報告を受けて知っている。決して悪いことではない。可愛らしいものだ。
恐らく、年明けの事件によって、自分について、安心出来ない知らない誰かが色々と知っているという状況に触れ、警戒することを覚えたアランは、あまり突かれたくない事や、いけない痕跡は一切残さないようにしていたのだろう。
一度見れば、ほとんどの事を記憶できてしまう優秀な頭脳を持っている事もあり、わざわざパソコンなどに残さなくても、脳内履歴でアレやコレやを楽しむことが出来るはずだ。
「ふん、あいつめ」とフリードリヒは笑った。そしてプリントされた画像に視線を移した。
アランの写真フォルダーにはキラキラと光る花や、ふわふわと浮かんでいる不思議な美しい光、そしてそびえる崖、一面の森を高い所から移したもの、そして木のてっぺんにしがみついている史朗の写真が送られて来ていた。だが、位置情報はやはりオフになっており、場所の特定には役には立たなかった。
フリードリヒ、奈々恵、セバス、そして分析班の3名がその画像を確認している時に、また新しい写真が読み込まれたと報告が入った。読み込みに少し時間がかかっていて、どうやらそれは動画のようだと。
「なんだ、これは…」 再生される動画を見ていた一同は目を疑った。
まず画面に史朗が映った。無精髭が生えている。
一眼レフカメラを手にした史朗が遠くの山の方を指差して「あっちの山の方はさ、なんか暗い感じがするよな。たまに何だか鳥みたいなのが飛んでいくのが見えるけどさ…」と話していた。
そして「あ!来た来た、あれだ!」というアランの声がして、画面が史朗から空の方に動いた。
「そのカメラのズームで撮れそう?俺の望遠じゃ限界だわ」史朗が言う。
それに答えて「行けると思う。これは小さいけど、月面まできれいに写せるくらいズームがきくんだ」と、その場の一同が聞き慣れたアランのカメラ自慢が続いた。
空を飛ぶ何かを捕らえたカメラは、ブレずに上手くズームでどんどん物体に寄っていく。
そこに映し出されたのは翼を広げて飛ぶ竜の姿だった。
「うわー!やっぱりアレだ!」とアランが言うのと共に、画面が大きくブレた。
史朗の声で「やっぱそうか。いるんだなあ。南の山が住処なのかな。あの山には近づかないようにしようぜ」と聞こえる。それに被さるようにアランの若干気落ちした「…ラドンじゃない」という声がした。
更にアランが自撮りのようにカメラを自分と史朗に向けて、その背後に飛ぶ竜が写るようにした。「ちゃんと入ってるかな?ま、いいか」と、自分の顔が見切れて片目と鼻しか写っていないまま「竜でーす。飛んでまーす」と空を指差して言う。その後ろで史朗が「飛んでる音というか衝撃波みたいなのは届いて来ませーん」と言う。
画面がまた飛ぶ竜を捉えズームして、一瞬止まってからまた動き出す。静止画を撮ったようだ。
「相当な高度で飛んでるんだと思うんだよね。肉眼で見えるサイズ感と移動スピードからして、恐らくジャンボジェット機と同じくらいの速度と高度と、そして大きさだと思います。…うわっ!!」とアランが言って、そこで動画は切れていた。
「竜だと…?竜がいるような場所なのか…。最後の驚いた声は何だったんだ?どうしたんだ、アラン…」 フリードリヒが愕然として言った。
その時、ライブラリーのパソコンで画像をチェックしていた班が、プリントしたものを持って報告に来た。
「失礼します!史朗さんが撮ったと思われる写真をプリントして持ってまいりました」
「見せてみろ」 フリードリヒが言うと、セバスが受け取りテーブルの上に並べる。
既にパソコン画面では見ていた画像も含めてプリントされて来たようだ。
アランの周りに光が飛んでいる写真。
高い崖。見たことのない花。見たことのない葉や実がついた木々。高い位置から写した森。木のてっぺんで笑っているアラン。
高い位置から写した黒い川…のように見える巨大な蛇の写真が数枚。
夜、燃えている焚き火。火の中に人の顔が見えるようだ。
昼間、テントと、石で組んだかまどで燃えている火と、その向こうの小さな川で裸で水浴びをしているアランと、周りを飛ぶキラキラした複数の光。
焚き火のそばで不思議な果物の皮を剥いているアラン。そして 周りを飛ぶキラキラした複数の光。
巨大な猪のような獣の前でセバスのようなポーズを取るアランと史朗。その獣を解体している途中のアランと史朗。
夜、テントのそばの焚き火で炙った肉を持っているアランと史朗。そして、テントの後ろに広がる、やけにたくさんの星が賑やかな夜空。
遠くを飛んでいく黒い鳥のようなもの。多分先程の動画の竜の姿だろう。
その場の全員が無言で写真に見入っていた。
最初に口を開いたのはセバスだった。
「こんなでかい化け物と戦ったというのか? 何という無茶を…。しかし無事仕留めたようで良かった」
フリードリヒが苦渋の表情で辛そうにつぶやく。
「竜だの大蛇だの、こんな獣だの、あの子は一体どんな場所にいるんだ…。写真では笑っているが、大丈夫なのか」
先日現れた時には笑いながら、暖かいとか動植物が大きいとか、そんな事しか言っていなかった。まさかこんなにも危険な場所にいるとは。
重苦しい空気が漂い、誰も言葉にはしないが「これでは長く生き延びることは難しいだろう」という思いを抱いていた。
その時、「大丈夫です!」 そう奈々恵が笑顔で軽く言った。
皆驚いて奈々恵を見る。
奈々恵が続ける。
「大丈夫ですよ。この光が一緒にいるんですもの。ほら、アラン様に纏わり付くようにいるでしょう。これは妖精です。こんなに綺麗な光の妖精がいる場所は聖なる場所です。周りに何か獣がいても、アラン様がこの場所にいる限りは守られているはずです。大丈夫です!」
その場にいた分析班の数名が「この女は何をバカな事を言っているんだ?」という顔で動きを止めている。
セバスが慌てた。「おい、奈々恵。何を言っている。こんな時にそんなおとぎ話みたいな事を言い出して、状況がわかっているのか?!」
「わかってるから言ってるんですよ」 奈々恵は引かない。セバスが頭を抱えて「ちょっとこっちに来い」と、奈々恵を部屋から出そうとした。
フリードリヒがそれを止めた。「待て。奈々恵は随分自信があるようだが、何故この光が妖精だと思う。お前はこの光を知っているのか?」
「はい。アラン様は昔から、お休みになっている時に、この光りに包まれたり、時々ご自身が光っていらっしゃいました。わたくしこの光は見慣れております」そう言って奈々恵は微笑んだ。
「光っていた?」
「ええ、ご本人も気づいていらっしゃらないご様子でしたが、全身がこの写真のような光り方をしておいででしたよ。その光の中に時折羽の生えた人型が見えました。
大きくなってその光は強くなって来ていて、ここ1年程はアラン様ご本人の光がこの小さな光よりもずっと強くなっておりました。
特に髪が輝くので、私は髪に魔法の力が宿っているのだと推測しておりました。聖なる光がアラン様をあらゆる厄災から防御しているのだろうと。それが、急に切ってしまわれて…あのクソガ…いえ、コホン。少々防御が薄れていたのではないかと推測致します」
「そんな事が起こっていたのか」
「旦那さまもご存知かと思っておりました」
「いや、私はそれは知らなかった。そうか、無意識に光っていたのか…」
フリードリヒは、この2人にアランが指先や手のひらに光を灯す事が出来る事実を伝えるのは今だと思った。
セバスと奈々恵を残して、他の者には画像の分析と位置の特定を急ぐように言って人払いをした。
そして話した。
セバスは驚いていたが、奈々恵は納得だといわんばかりに頷いていた。
フリードリヒが「この写真の光は、私があの子を初めて見つけた時に見た光だ」と言う。怪我をしてボロボロになったアランを見つけた時に見た光、そして数日前にアランが書斎に現れた時に纏っていた光。
「先日、書斎に現れた時にもこの写真のように光を纏っておった」 息を吐きながら言う。
「書斎に?現れた?」 奈々恵が怪訝そうに尋ねた。
「ああ、行方不明になった日だ。すぐに消えてしまったが、ふん、いつものように甘ったれてな。私の顔色が悪いと心配して、そして自分はシロと一緒にいて大丈夫だと。必ず帰るからと言ってな。ピザを用意しておけと」
「まあ、それでピザを用意しておけと言っていたのね?」 奈々恵がそういってセバスを見る。 「…ああ」 セバスが答える。
「写真を沢山撮っていると言っていたのでな、それでもしやと思ってライブラリーのパソコンを調べさせたのだ」
「この光と一緒に写っているものと、森の中の様子。何故こんなに高い木に登っているのか…、そしてこの巨大な蛇…。こんな巨大な物がこの世にいるなんて信じられません…」 セバスが言う。
「ゴジラの身長くらい長かったと言っていた」
「それは…、ゴジラの身長がわかりませんが…大きいのでしょうね」
「119.8mだ」
「なるほど…。この森の木や草も、花も、新種と言うべき物ばかりです。それにあの化け物のような猪」
「うむ。ここは火星かもしれないなどと言っていたが、本当にどこか違う星にいるのかもしれんな。重力が地球と違うらしい。一体どこにいるのか…」
「旦那様、大丈夫ですよ。アラン様は必ず元気に帰ってきます。奈々恵にはわかります」
「…そうか?」
「はい。違う星なのか違う次元なのか。でもアラン様の気配は感じます。元気で生きておいでです。」
「うむ。そう信じよう。セバス、とりあえずこの場所を特定することは進めてくれ。地球上である可能性も消えてはいないからな。どんな馬鹿な話だと思うことも漏らさず拾え。衛星写真であの日にあの場所で何が起こっていたのかの報告は変わらずか?」
「はい。先日お伝えしたように、あの現場付近で歩いている2人の姿は幾つか捉えられていました。GPSが消える直前に、川べりで体勢が崩れている様子が映っており、数分後の映像にはやはり何も映っておりません。
5kmほど離れた所に熊がいたようですが、その熊はその後も同じあたりを移動していたので、熊に襲われたということではありません。また、現場の状況を確認したものが争った後や…血の跡などもないと。
ただ、これはお伝えしておりませんでしたが、現場で検証をしている時に数分間キラキラと光が現れたとのことで…」
「光が現れた?」
「はい、見た者達も『この時期にダイヤモンドダストか?』と思ったそうです。その時に離れた所から見ていた者が、空間が歪んでいるようにも見えたと言っておりました。申し訳ございません。私の判断で、その部分の報告はしておりませんでした」
「あなたは!何よりも大事なことを!!」 奈々恵が鬼のような形相でセバスを叱りつける。
「…今後は、どのような事も全て報告せよ。その光を見たという者達を呼びなさい。話を聞こう」
「はっ」 一礼してセバスが部屋を出ていく。
「奈々恵、セバスは何も知らなかったのだ。あまり叱ってやるな。それにしても、そうか、あの子はよく光っていたのか」
「はい。嬉しいことがあった後は、特に明るく輝いておりました。悲しい事があった時には、妖精たちがその周りに集まっているように小さい光が沢山アラン様を包んでいましたよ」
「そうか…。今もその光と一緒にいるのであれば、大丈夫なんだろう…」
「はい。大丈夫です。奈々恵には確信がございますよ。今頃きっと『爺ちゃ〜ん』と言って泣きべそをかいています。必ず帰ってきますよ」
****************
そして、奈々恵の言う通り、俺はまさにその時「爺ちゃ〜ん!」と言って泣きべそをかいていた。
何だろう、奈々恵ってエスパーなの?
「うわっ!」と声を上げて撮影を止めて、そのまま固まる俺。
「どうしたんだ、アラン!」史朗が言った。俺は無言で史朗に今撮った動画の最後の所を見せた。デジタルズームで動画の最後の部分、竜の顔をアップにしながら。
画面を覗き込んでいた史朗が「うわっ!」と叫んで、「お、おい、隠れよう!早く!!」と言って木の間に跳び込んでいく。俺も後を追う。
森の中に潜み、気配を消してしばらく動かないようにした。空を見上げるのも恐い。
小声で史郎が「あの竜、絶対こっち見たよな?」と言う。
俺が答える。「見た…と思う。ものすごく目が合った感ハンパなし」
「でもそのまま飛んでたから、別にこっちにはこないよな?」薄ら笑いで史郎が言う。
「来ないと思うけど…、でも絶対に俺達のこと、というか、俺のこと見た」
俺達は泣きそうな顔で目を見合わせて「ううううう…」と呻いた。
そして俺は心の中で言ったんだ、「爺ちゃ〜ん!」って。




