魔獣 初めての戦い
長めです。
ここの気温は多分16〜17℃くらいだと思う。
川の水は確かに冷たいけど、でも北欧育ちの俺からすれば余裕で水浴びが出来る気候。
昨日、顔を洗うついでに裸になってバシャバシャやってる俺を見て、最初は「ヒィ〜!」なんて言ってた史朗も、「負けるもんか!大和魂〜!!」と言って、裸になって駆け込んできて一緒に水浴びを楽しんだ。
少しの時間だったからだと思うけど、史朗が「返って身体が暖まる気がする」と言っていた。
水浴びの後に火にあたりながら話し合った。これから毎日少しずつ食料を消費する。持って来ているのは1週間分だ。まだどれ位ここで過ごすのかがわからない。俺達は森で本格的に食料を確保する事を決めた。
木の実や果実を採るだけでなく、動物も狩る事になる。ただ石を掴んで投げるだけで十分な気もしたが、どんなやつがいるかわからないのでスリングショットやナイフ、斧は持っていた方が良いだろうという事になった。
森で野生の大型動物に出会って襲われた時の為にと持って来ていたライフルは、一応持ち歩くが最後の手段にする。
どうやら小川のこちら側には、たまにスライムが現れる程度で、魔物と言うか野生動物は現れないようだった。
川向うには、たまに大きな兎っぽい動物や、大きな鹿っぽい動物が水を飲みに来る。だがこちらに渡ってくることはない。
火の番をしている時に、夜の闇の中で赤く光るものが動き回るのは何度か見えた。恐らく何かの目が光っているんだろう。しかし川のこちらにはやってこないのだ。妖精さんがまったりのんびりしているのはそのせいなのかと思った。
「命の水川の恩恵ではないか?」
史朗がそういって川に向かって両手を合わせて拝む。俺もそれに習って拝む。ふと見ると妖精さん達も一緒に拝んでいた。
その時から、妖精さん達は史朗が川の方に行くと一緒について行き、川に向かって拝む仕草をするようになった。史朗が拝まないと、顔の周りに集まって、史朗に拝めと強要しているようだった。
笑いながら見ていたら、俺も髪を引っ張られて拝まされた。そんなに礼拝が気に入ったのか?そう思ったが、やがて気づいた。どうやら拝むと川の水が波打って礼拝に答えるのだ。
火の中にたまに見えるキラキラした顔を思い出して、俺は川の中を覗き込んでみた。でも、綺麗な水が流れているだけで特に何も見えなかった。
命の水川は浅い。浅い所は10cm程。深いところでも50cm程度のようで、何故か魚はいない。川幅は10mあるかないかだ。
食料確保の手始めとして、まずは小川の向こう側に罠を作ることになった。
川を渡って少し森の奥に行き、適当な所で地面に縦横1m、深さ2mくらいの穴を堀った。
今思えば、そんな小さな罠で何を獲ろうとしたんだ?と言う感じだが、ライフルを最後の手段と思っていた事も含め、この時の俺達はまだ地球の感覚から抜けられずにいたんだ。
掘った穴の底に、長さ1m前後の先を尖らせた木の枝を、尖ったほうを上に向けて何本も刺してから、その罠を隠すように細い枝を地面と平行に並べ大きな葉っぱをかぶせる。その上にその辺の落ち葉を乗せておく。
自分たちがうっかり落ちないように目の高さに印をつけて、獲物が罠にかかるまでそこには近づかないようにする。
それから、食べられそうな木の実を拾ったり、生っている実をもいで集めた。
川の近くには、ドングリが子供の拳大にでかくなったような木の実がたくさん落ちていた。そして幾つかの木には、リンゴが葡萄状になったようなでかい木の実が生っていた。味はちょっと渋いリンゴのようで、まあまあ食べられる。妖精さんが笑顔になるので、食べても安全らしい。
そして今日。3日目の、太陽が真上に来た時間。罠の方から甲高い、怒りを含んだ叫ぶような鳴き声が響いてきた。
「昨日の今日で、もう何かが罠にかかった?!」
「お、おう!行ってみよう」
焚き火のそばで、ドライフルーツを作ろうと「リンゴぶどう」を一粒づつに分けて皮むきをしていた俺達は、突然の展開にドキドキしながら武器を持って立ち上がり、ジャンプで木の上を移動して罠を作った場所に行ってみた。
そして、俺達の作った罠に片方の前脚を突っ込んで、尖った木の枝に脚を刺され激怒しているばかデカい生き物と対峙することになった。
「え?あれ、何?」
「猪っぽいけど、サイ?…じゃないよな。あのデカさはなんだ?」
「俺には毛と角の生えた戦車に見えるんだけど」
「た、確かに、そんな感じ」
怒り狂っているそいつは、鼻先から尻までで5〜6mの巨体。顔が猪のようだが牙以外にサイのように大きな一本角がある。背中から尻方向が硬い殻で覆われているような生き物だった。戦車みたいな猪。タンク猪だ。
前脚を負傷して、完全に穴に固定されている状態なのでその場でジタバタしているが、脚が抜けたら走り出すだろう。
下手をすると怒りのままに命の水川を越えて、俺達のテントの方に向かって真っ直ぐ突進しそうに思えた。
「やばいやばい、どうする?!どうしよう?!」史朗が慌てる。
「脚が抜ける前に仕留めよう」
「仕留めるって、出来るのか?!」
「やるしかないだろう!」
俺が言うと、史朗が「お前はこういう時の決断が早いな」と言って、スリングショットを構える。
俺もスリングショットを構えて、ウエストバッグに入れていた石を掴んで狙った。史郎と二手に分かれて、それぞれに目や頭を狙って石礫を打ち込む。
タンク猪は、突然の攻撃に更に暴れ狂い、木の上にいる俺の姿を認めると雄叫びを上げ、頭を少し下げてサイの様に鼻の上についている1m程の角をこっちに向けた。そしてその角をビューンと突くように俺に向かって伸ばしてきた!!
ぎゃー!なにこれー!!すごい伸びたー!!
どういう仕組なのか、タンク猪の角は、木の上の、4mは離れた場所にいた俺の所まで伸びてきて、俺を突き刺そうとした。間一髪で横飛びをして避けた俺は、慌ててスリングショットを落としてしまった。それに気を取られて、木に飛び移る時に滑って地面に落ちた。
「アラン!」
史朗が叫んで、そして更に俺を角で叩こうとしていたタンク猪に、連続して石礫を当て自分の方に意識を向けさせた。
タンク猪は史朗の方を向いて、今度は史郎に向かって角を伸ばし攻撃をする。俺はその時にがら空きになったタンク猪の首筋が妙に気になって、それ以上考えずに近くにあった木の枝を持って首筋に向かって槍のように投げた。
ぐぅぁうぅぅぅぅううう!!
木の枝が首筋に刺さり、怒りを含んだ叫び声があがった。俺はもう一本、大きめの枝を掴んでタンク猪の首筋に向けて投げた。さっきよりもかなり深く刺さった。
角を伸ばしたまま頭を振って暴れるタンク猪。その辺の木を手当り次第に突いて粉砕し、そして倒している。
あぶない、あぶない、あぶない!! 史郎、早く下に避難して!!
俺はタンク猪の少し後方に回り込んで、頭の動きに合わせてまた首筋を狙う。
史郎も木から飛び降りて、タンク猪を挟んで俺の反対側に立ち、同様に首筋を狙った。スリングショットで狙うのがもどかしいようで、石を掴んで投げつける。その石は弾丸となりタンク猪の首をえぐって貫通した。あれ?やっぱ武器いらない?
勢いが弱まったタンク猪の角は元のサイズに戻っていった。史郎が再び石を掴んでジャンプし、真上から眉間を狙って投げつけた。
「うらぁああああっっ!!!」
石が命中すると、暴れていたタンク猪はビクッと大きく震え、そして動かなくなった。石はやはり貫通して地中にのめり込んでいた。
タンク猪は片足を罠で固定されているからか、倒れなかった。
俺達は恐る恐るタンク猪に近付いて、絶命していることを確かめ、そしてその場に座り込んだ。
「…やった」 史郎が息を弾ませながら言った。
「おう、なんか、すごかったな」
「これ、魔獣だよな?」
「だよね。目が赤かった」
「俺達、こんなでかい魔獣と戦って勝ったんだな」
「…うん」
「うぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!」 史朗が雄叫びを上げた。
「あははははは!!」 俺が仰向けに寝っ転がって笑った。
しばらく興奮して笑ったり、スリングショットより石投げる方が強力だよなとか、一撃必殺のポイントなんて見極めてる暇なかったよとか、角が伸びて怖かったなとか、罠がしょぼすぎたとか、とにかく喋りまくった。
少し落ち着いて、明るいうちに解体して運ぼうということになった。
解体前に記録写真というか、もう記念撮影だな。未だ倒れないタンク猪の前で2人並んで写真を撮った。撮った写真を確認したら、2人とも申し合わせた様に変なファイティングポーズを取っていた。
「セバスになった気持ちでポーズをした」と言うと、「俺も!」と史朗が言った。
「強いのイメージがセバスさんなんだよな」「わかるわかる」と大爆笑しながら、俺達はナイフと斧を構えた。
立ったまま絶命したタンク猪こと「弁慶くん」に合掌をしてから、ナイフと斧を使って首を落とした。これがすごく大変な作業だった。チェーンソーが欲しいと思った。
罠として掘った穴の中に血が流れる様にして出来るだけ血抜きをした。
火で毛を炙っていたが、全体にそんな事をしていると日が暮れてしまいそうだったので、そのまま皮を剥ぐ事にした。硬そうに見えた殻のような皮は本当に硬かった。ナイフでも斧でも切ることは出来ない。皮を剥ぐにも二人がかりで、ヘトヘトになって半分も進まなかった。
この巨体全部をナイフと斧で解体するのは難しいだろうと言うことで、結局、ヒレとロース部分だけを切って運ぶことにした。それだけでもかなりの量だ。
最初に落とした首の所にキラッと光るものがあったので、ナイフで抉り出す。直径7〜8cmくらいの大きな赤い石が出て来た。史朗が「これは魔石というやつではないのかい?」と言う。
洗って史朗に渡した。とどめを刺した史朗が持っていた方がいいだろう。
残った弁慶くんの身体は、仕方ないのでそのままにした。明日、朝のうちからちゃんと埋める為の穴を掘って、内臓を抜いて解体をしてみよう。夜のうちに何か嫌な物を呼び寄せることにならなければ良いねと案じつつ、その場を離れてテントの方に戻る。
すでにうっすらと日が傾き始めていた。
テントの方に運んだヒレとロースは、何となく命の水で念入りに洗ってから、一部を焼いて、残りは燻製にすることにした。
川の近くにも火を焚いて、史郎と俺は川で身体を洗った。石鹸を使ってちゃんと洗った。そうしないといけないような気がした。
体を拭いて、テントのそばで肉を焼き、燻製にする作業をしながら、俺達は今日の戦いと反省点について夢中で話した。
妖精さん達が少し遠巻きになっていたのは、俺達がどことなく殺気立って居たからかも知れない。
塩コショウで味付けをした弁慶くんのヒレ肉は、思いの外臭くなくて美味かった。
コーヒーを飲みながら、焚き火で焼いている弁慶くんの肉を撮ってないぞと気づいて、2人と肉で記念撮影をした。
ちょっとカメラの位置を変えて、焚き火とテント、そしてその上の星空も入るようなアングルにしてもう一枚撮った。露光時間を長くしたので、俺達はしばしコーヒーと肉を持ってポーズをしたままシャッターがおりるまで固まった。
シャッターがおりてから、「なんか馬鹿だな俺達」そう言って笑った。
今日は史朗が先に寝て、俺が火の番をした。ハーモニカ吹いてていい?と聞いたら「子守唄に丁度いいからやってくれ」と言われ、俺はしばらく星を見ながらハーモニカを吹いた。
遠巻きになっていた妖精さん達が、少しだけ近くに戻ってきてお花をくれた。
花びらのラメのように光る部分が星と呼応するように輝いて、俺は穏やかな気持になって行くのを感じた。
妖精さんに「史朗の枕元にもお花を置いてあげて」と頼むと、心做しか史朗の寝息が安らかになったような気がした。




