初めての魔物
長いので2つに分けました。
「妖精」
自分で言っておいて何だが、それはない。俺は思った。
「…ちょっと待て、史朗。妖精さんの正体は人間だぞ。俺は子供の頃、何度も妖精さんになったことがある」
「急に何言ってんだ?」 史朗の目が点になった。
「俺はテレビCMとかドラマで妖精さんになった事がある。だが、本当に妖精さんを見たことはない。それは妖精さんがお話の中だけに出てくる想像で、目に見える時は人間が演じているからだ。間違いない」
口を開けたままポカンとしていた史朗が、ようやく言った。「…あのさ、じゃ、こいつらは?ちっこい人間か?羽があってヒラヒラ飛んでるけど」
「ううう、ちっこい。この時点で有り得ない、ううう。羽は後付け出来るがちっこくなるのは…うう」 言葉に詰まる。
「アランは思いの外、頭が固い系なのか?」 意外そうに史朗が言う。
「まともだと言ってくれ。奈々恵のファンタジー思考に染まってはいけないんだ」
「おまえ、奈々恵さんは確かにアレだけど、でもこれは現実っぽいぜ。そうじゃなきゃ俺達は2人して頭をやられているか夢を見ている」
「あの川の辺りに何か毒物があって、俺達は幻覚を見せられているのかもしれない。それか、知らないうちに熊にやられて死んだとか」
「それはそれでやだな。とにかく現実を受け…」
ひっ! 俺は息を呑んだ。そして、驚愕の叫びをあげた。
「…おい、史朗!おっさんだ!!」
「はい?」
「こいつ!俺の目の前でホバリングしてるやつ、腹が出て前髪前線が激しく後退しているヒゲの剃り跡が青いおっさん!」
「え? うわっ!待って!妖精のイメージがっ」 史朗が見たくないと言うように両手で顔を覆った。
俺は、地の底から出るような声で言った。「…史朗、俺は理解した。これは現実だ。こんなにもファンタジーじゃない妖精なんて、現実以外に考えられない」
指の隙間からこっちを見ながら史朗が言う。「おま…、なんか、色んな点が残念だけど、目の前の出来事を現実と受け入れられたのは…よかった、かな?」
「体長7cm程の羽のあるおっさん。さっきの如何にも妖精らしい女の子とは明らかに違う。なのに同じ様にくねくねしてるおっさん。かわいくはない。しかし逆にとても現実味を感じさせる。
人が演じるならば、こんなキャスティングはしない。何故ならきれいな所だけを見られる夢の世界を作り上げようとするからだ。
コメディならあり得るかもしれない。しかしそれでもお笑い枠で1人から3人程のキャスティングになるはずだ。だが、見ろ。ここにいる妖精さんのうち3分の1がおっさんやおばさんではないか。そんな番組があるだろうか?いや、あるはずがない…」
「アラン?アラン、大丈夫?」
「生物として1つの種族であるのならば、それは若い女の子もいればおっさんも居るだろう。俺達にとっては未知ではあるが、この目の前の老若男女の分布は紛れもなく現実に存在している種族のものだと認めるべきだ」
俺は自分にそう言い聞かせた。そしてスイッチを入れた。
カチっ。
「よし、認めた!」
「アラン、思考が全部声に出てたよ?」
「ごめん、史朗。ちょっとあまりの事に気持ちがついていかなくて。でも大丈夫。もう大丈夫だ。これは妖精さんだ」
史朗が、気遣うような呆れたような顔で俺に向かって無言で頷いた。
俺は目の前でホバリングしている羽おっさんはガッチリ見てしまったが、同じ様な体型でビキニ姿のおばさん妖精は出来るだけ見ないようにした。もちろん失礼がないように、だ。断じて見たくないとかそういう事ではない。
「こういうの、あんまりハッキリ見えるのも良し悪しだな…」思わず口にする。
「アラン、伝わってるっぽいぞ。おっさんがなんか泣いてるぞ」
「あ、ごめん。ごめんなさい。えーと、あなたの羽は虹色でとても素敵ですよ」
「…笑った!」
「本当に通じている」
「はにかんでいて気持ち悪いな。よし、俺も、俺も話しかけてみる。こんにちは。皆おしゃれでとても綺麗だね?」
シーン。「あれ?反応なし?」
無視されているのか、通じていないのか。
俺も同じことを言ってみる。
「皆おしゃれでとても綺麗だね」
「おおおお、みんなで喜んでいる。なんか、アランが言わないと通じないんじゃないか?何だろ、疎外感っていうか、寂しいぞ?」
史朗が落ち込んでいる。いけない。
「べ、別に通じなくていいんじゃない?」俺は言った。「素敵な妖精さんとの会話よりも、これからどうするかを考えないと」
「そうか、そうだよな…うん!」
史郎が俺の言うことについて来てくれた。良かった。
妖精さんは謎の連中ではあるけど、害がないんだったら別に最優先事項ではない。それに俺か史郎のどっちかが通じてるなら、何か用があっても足りそうだ。それよりも今するべき事をしなければ。
「この状況について出来るだけ把握しよう」
俺は落ち着きを取り戻そうと、ポケットに入っていた、爺ちゃんが持たせてくれたいつもの飴を出し、ひとつ史郎に渡して自分も口に入れた。
甘酸っぱい。
「普段の感覚を取り戻そう」そう自分に言って、ゆっくりと息を吐き出した。
妖精さんがキラキラ興味深そうに俺が手に持っている飴に集まっている。あげたほうがいいだろうか。
そんな事を考えていると、史朗が何を思ったか急に、「よし!」と言って俺と俺に集る妖精さんの写真を撮り始めた。
「ここでそれ?」
「証拠写真だよ。現実に意識を向けてさ、事実を記録して置くんだ。ほら、笑え」
無理。笑えません。
何枚か撮っていた史朗が「だめだな、妖精達は光としてしか写らないわ。人型が写真に撮れない」という。そして俺に画面を見せながら「これ、お前がぽわんとした光に似てるな」と言った。
本当だ。俺が子供の頃に見て真似をして、指先に灯す事を覚える元になった光に似ている。というか、そのものだ。
「お前が昔見たのって、こいつらなんじゃないの?」
「俺も今そう思っていた」
「フリードリヒさんも見たことあるって言ってたんだろ?」
「うん」
「あそことここって、何かで繋がってるんじゃないか?それでこいつらが行き来してて、野営していたお前らが目撃したんじゃないの?」
「だな」
「じゃさ、とりあえずここに居てみたら、また繋がるんじゃないか?」
「そうだね。じゃあここを拠点にして様子見しようか」
「おお、そうしよう」
俺は少し離れた所に転がっていた荷物を取りに行こうと、ごく普通に立ち上がった。が、何故かバランスを崩して、そのまま一歩踏み出した所ですっ転んだ。
「うおぅっ」
「おい、大丈夫か?!動きが変だったぞ、どっか怪我してるんじゃないだろうな」
「違う。なんか、トランポリンの上で跳んだみたいにボヨンと弾んだ!」
「は?」
「立ってみて。わかるから。何か変だぞ、ここ」
俺の言葉を聞いて、史郎がゆっくりと警戒しながら立ち上がった。そして「地面は普通だよな」と言う。そして俺と同じ様に、離れた所に転がってるザックを取ろうと一歩踏み出し、その途端にバランスを崩す。
「どぅおおおっ?!」
ボヨンと跳ねてしまい、転びそうになりつつもなんとかバランスを取って踏みとどまった。
「なんじゃこりゃぁ!!」 史郎が叫ぶ。
この状況で何だが、俺は以前、奈々恵に見せられた「日本のドラマ名シーン集」を思い出して、史朗の迫真のセリフに心の中で拍手をした。だが空気を読んで言わなかった。
「おかしいだろ?ジーパン刑事」 あ、言っちゃった。
「バランスが上手く取れんぞ、殿下」 ノリが良いよ、史朗。
キラキラ妖精さん達は、そんな俺達を見て笑ったり心配そうにしている。性格に個体差があるようだ。しかし飛び回っているだけで助けにはならない。
俺は座ったまま改めて周りを見回す。ザックの所まで這って行こうかと思いそちらの方に視線を向けて、そこで嫌なものが目に入ってしまった。
やだ、何あれ。ぶよぶよしていて気持ち悪い。
「…史郎、やばい。なんか変なものがいる」
「え?」
俺の指差す方を見た史朗が一瞬固まった。だが、すぐにニヤリと笑って言った。
「スライムじゃん。大丈夫だ。あいつは弱い。核を壊せば無力化する」
不敵な笑いを浮かべたまま史朗が石を拾った。やる気だ。
「当ててよ」
「任せろ! 俺は少年野球の練習をよく見学していた!!くらえ!俺の剛速球!!」
よくわからない事を言って片膝立ちのまま、うっすら水色のスライムめがけて石を投げつけた史朗。
ぎゅいぃいぃぃん!!! ばすっ!!
「「ええええ?!」」
俺達は目を見開いて大声を出した。
核には当たらなかったものの、史朗の投げた石は信じられない剛速球となり、スライムを通り抜けて向こう側の地面を深くえぐったのだ。
予想外の投球に二人が唖然としていると、石を投げられて怒ったらしいスライムが色を変え始めた。上から紫になり赤に変わる。激しい怒りの空気が漂って来る。
スライムってこんななの?と聞こうとすると、その前に史朗が言った。
「なんだこれ?!こんなスライム知らない!やだ、ちょっとアランやっつけて!うわっ」
史朗は後に後ずさろうとしたのか、勢いよく立ち上がってしまった。途端にビュン!と飛んだ。後方に3メートルくらい飛んで行って転がった。
「ちょ、まっ ええええ?!」
目の前の激おこスライムも気になるけど、いきなり大跳躍をした史朗も気になる。いや、とりあえずは激おこスライムを何とかしなきゃ。俺は石を拾って核を狙って投げつけた。
「えい!」
ぎゅううううううぃいぃぃぃぃいん!! ぷしゅっ! …ばきっ!!
ビバ!俺の剛速球。見事に激おこスライムの核を破壊した!
そしてついでに、その後ろにあった太い木に当たって木を倒した。何というか木が当たった所から粉砕されたようになって、だるま落としの様に上の部分が下に落ちるようにズレて向こう側に倒れたのだ。
「やったな!」
あちこち擦り傷を作った史朗が四つん這いになって戻ってくる。途中で自分の荷物を拾ってきたようだ。
俺も四つん這いになって荷物の所に移動した。他にスライムはいないか、または何か危険なものがいないかを確認して、荷物を引きずって一箇所にまとまって座った。
ザックから水筒を出して、残っていたまだ温かい紅茶を、ザックにぶら下げていたステンレスカップに注ぎ史朗に差し出す。自分も蓋に注いで一口飲んだ。
「びっくりした」
「…びっくりしたな。スライムってあんなになるんだ。てか、本当にいるんだ」
「史朗、さっき随分跳んだね」
「跳んだ」
「ここ、重力おかしいんじゃない?地球じゃないのかな、やっぱ」
「火星かよ。あはは」
「それな!」
「「ジョン・カーター」」
ハモった。
俺たちは映画にもなったエドガー・ライス・バローズのSF小説を連想したのだ。
「…やっぱそう思った? あの剛速球もやばいしさ」
「ね。でもさ、俺たち身体しっかりあるよね? 幽体離脱じゃないよね?」
「うん 擦り傷も出来てるし生身の身体だと思うぜ」
「マジか~。ここ火星なの? それにしては緑が豊かというか」
「待て! もしかしてさっきのはスライムじゃなくて火星人とか?!」
「げ! だとしたら攻撃しちゃったのまずいだろ。激おこ信号が他の火星人に送られてたりして?!」
「ちょ…、とりあえずこのスライムの死骸のそばを離れて隠れるべきではないか?」
「おう、そうしよう。うおっ」
慌てて立ち上がろうとした俺は、またバランスを崩して転んだ。やだもう、かっこ悪い。
「大丈夫か? そっと動こうぜ」
「うん」
座ったまま荷物を背負ってからそっと立ち上がり、腰を落として膝を曲げゆっくりとすり足で進み始める。




