…妖精さん?
青空が気持ち良い日だ。
空気は冷たいが、春の雰囲気も漂う。
急いで行く目的地があるわけでもない。慣れていない史朗に合わせてゆっくりと進む。
途中で見かける鳥や兎達に大喜びでカメラを向ける史朗。
「荷物になると思ったけど、一眼持ってきて良かったー!」と楽しそうだ。
まだこの辺は携帯の電波も入るからとスマホで撮った写真をSNSに上げると、すぐに反応があったようで、これまた喜んでいる。
「セバスさんには注意されたけどさ、こうなるとヘラジカ撮りたいよなあ」と言う。
まあ、それはそうだよね。
じゃあ、俺が以前ヘラジカの小さな群れを見かけた丘の所を通ってみようと思い、その方角に進む事にした。
しばらく進んで、小高い丘から下を見下ろせる場所に着いた。
「前にさ、ここでヘラジカの群れを見たことがあるんだよ」といって、下の少し開けたところを流れる川の辺りを探してみる。
いた!! 小さくしか見えないけどヘラジカが数頭いるのが見える。
「史朗、あそこだ!1時の方向にいる!」
「うおおお!ラッキー!」
そう言って史朗がカメラを構える。「本当に荷物になるなんて思わないで望遠レンズも持って来てよかった〜!!」と興奮してシャッターを切っている。
それを脇から俺がスマホで撮る。そしてSNSにあげる。
さっきの史朗の書き込みを見て、次の投稿を待って待機していたと思われるレンさんが、すぐに「何だよ、お前ら!いいなあ!!俺も撮りにいきてー!」と反応してきた。しめしめ。
俺は「ふふふ」とだけ書き込んでおいた。
撮った写真を軽くチェックして、しばらくそこで野生の生き物達を眺めた。
それからまたゆっくりと歩きだし、今日のおおよその目的地であるあの場所、俺が見つけられた、そして初めて爺ちゃんと一緒に過ごした川の近くに向かった。
昼前に腹が減ってしまい、持たされたお弁当を早めに食べることにした。俺には定番のいつものサンドイッチと甘い紅茶だ。
史朗が「美味いなあ。味もそうだけどさ、こういう所で食べると本当に美味い。普段は甘い紅茶なんて飲まないのにさ、この甘さがすごく良い」とにこにこしている。
「夜はココア飲もうぜ」と言うと、「ああ、いいね!」と嬉しそうに言う。
休憩をしてからまた歩きはじめる。
今日の、または今日から2〜3日の拠点とする場所に近付いて来た。
俺は「あの辺りにテントを張ろうと思うんだよね」と言って、5〜600メートル先の川がカーブしている場所を指差した。
いつもはタープを張るけど、今回はテントを張る。寝る時に周囲全体を囲まれている方が史郎は安心だろうと思ったんだ。史郎に言うと、それは有り難いと笑った。
実際にテントを張る前に、川に近い所で荷物を背負って歩いている写真を撮りたいと史郎が言った。俺達、ここに来てまーす!という写真を撮っておくのだと。
俺はふと、「こうして俺達がいる場所も、セバスの部下の誰かがGPSでチェックしてるんだろうなあ」なんて思った。「またあの川の近く?」って思われてるのかな?なんて勝手に思いながら、「いいよ別に。俺はここが好きなんだもんね」と心の中で軽く拗ねる。
写真の背景に良さそうな所を見繕おうと言いながら、史朗と俺は川ぎりぎりの所を歩いていた。
「釣り出来そうだな」と史朗が言って川を覗き込み、「結構浅いんだね」と言う。
「そうだね。この辺だとせいぜい4〜50cmくらいかな。真ん中の方に行くと結構深いけど、それでも俺の腰くらいまでしかないかな」
「へえ、水がきれいだな。夏だったら泳ぎたいくらいだ」
「ほら、魚もいるんだよ。結構でかいのがいるよ」
「おお、後で釣りしよう」
そんな話しをしながら2人で川を覗き込んでいた。
その時、遠くからぐぉぉおおおおという鳴き声が聞こえた。
「あれはなんだ?」と史朗がビクつく。「あれは熊だね。でもかなり遠いから大丈夫だよ」と俺が言う。
もう一度川の中に視線を戻そうとした時に、何かが草の中から飛び出して俺の足元を走り抜けた…気がした。
驚いて、それを避けようとして踏み込んだ場所が崩れ、俺の身体が傾いた。
「うわ!!」
「おい!!」
川に向かって傾いていく俺を掴まえようとして史朗が手を伸ばした。俺は反射的にその手を掴んでしまって、同時に「ヤバい!」と思った。その時には史朗の身体も一緒に川の方に傾いていた。
俺たちが揃って落ちようとしている川は深くはなく、落ちても流される事はない。俺が濡れるだけで済んだのに、つい差し出された史朗の手を掴んでしまった為に、2人でずぶ濡れになる事になってしまう。史郎は一眼レフカメラをその手に持っているのに。
史郎もこの後自分が川に落ちると気付いたらしく、反射的にカメラを持った手を上に上げた。
そして。
このまま二人でドボンだ…と思ったが、いつまで経っても水は跳ねないし川に落ちた冷たい感覚も来ない。
時が止まっているかのような浮遊感の中で、俺達は無言で目を見合わせる。
どういうこと?と言おうとした瞬間に尻もちをついた。史郎も脇に転がった。
川に落ちる瞬間だったはずが、俺達は柔らかい地面に放り出されていた。
身体を起こして改めて「どういうこと?」と口に出す。
「…いま俺たち川に落ちるところだったよな?てか、怪我してないか?大丈夫か?」
「ああ、尻は痛いけど大丈夫。史郎も無事?」
「転がった時にちょっと顎を擦りむいたっぽいけど、他は何ともない。カメラも…大丈夫だな」
俺達はお互いが無事であることを確認してから周囲を見回した。
空は変わらず青い。だが、景色が違う。
川がない。いや、あるけど、10mくらい離れている。周りは平らな場所だったはずなのに、俺達がいる場所のすぐ近くに高い崖が聳えている。
生えている木の種類が見たことがないものだ。そして空気が冷たくない。良い匂いがする。花が沢山咲いている。
「気のせいじゃないと思うんだけど、さっきと違う場所にいるよね」
「俺もそう思ってた」
森の中ではあるものの、確実におかしい。
ロートリングの森では、今日歩いていた川沿いの近くにはこんな崖はないはずだし、それにこの季節にこんなに花は咲いていなかった。
そもそも、こんな花は見たことがない。可憐な美しい花ではあるが、花びらの縁がラメをまぶしたようにキラキラしている。こんな状況でなければ「新種発見!」と喜んだかも知れない。
「うわぁっ!」
俺が立ち上がろうとした瞬間に史郎が声を上げた。
そして両膝立ちのまま、慌てて俺の周りで両手をバタバタさせ始めた。
「おい、アラン、大丈夫か!この、こいつら!あっちへ行け!!」
何かと思うと、キラキラと光るものが沢山飛んで来て俺の周りに集ってくる。それを史郎が必死で追い払っている。
あれ?この光、なんだか見たことある?
史朗は必死で光を追い払い、俺を助けようとしていた。そして、「おい!この光ってるの虫じゃないぞ、ちっこい人だ!」と声を上げた。
何いってんの?!と思った瞬間、キラキラと光るものが幾つか俺の目の前に集まって来た。
ほんとだ、ちっこい人だ。なんというか、ブーンという感じで羽を動かして飛んでいるようだ。俺の顔の前でホバリングを始め、ジッと俺を見てから笑ってお互いに顔を見合わせている。
まるで人のようだ。違うのは目に瞳がないというか、目全部が瞳というか、複眼というか、とにかく虫っぽい。なんて良く出来たホログラムだろう。どこの制作会社の作品?
「アラン!アラン、大丈夫かよ?!」史朗が俺を揺さぶる。
「史朗、このホログラムすごいよ」俺が言う。
「ホログラムじゃないよ、おい!本物だ。気をつけろ!」史朗が更に俺を揺さぶる。
「うわ!本当だ、触られた!」
俺はツンツンと頬を突かれたかと思ったら、前髪を引っ張られた。びっくりはしたが、全く痛くもなくノーダメージ。
そいつらは、追い払おうとする史朗にもまとわりつき始めた。
史朗は払いのけようとしていたが、痛くもなければ意識が無くなるわけでもなく、飛び回ってはいるが特に害はないらしいと判断したのか、払うのをやめて座り込んだ。
「史朗、これって、アレ?」
「…アレっぽいな」
そして俺達は声に出して言ってしまう。
「「…妖精?」」




