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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
ロートリング
14/117

森へ


 史郎と2人で、屋敷を離れて柵の向こうの森で4日〜1週間の間、野宿をして自然の中で過ごす。

 そう決めて準備を進めた。

 はっきりと日数を決めないのは、その時の状況を見ながら移動する場所を決めたかったから。



 俺が初めて野営をしたのは、爺ちゃんと2人であの川の近くに行った時だった。それ以降毎年、春から秋にかけて何度もこの森歩きをしていた。時々セバスや奈々恵も一緒に行った。

 俺にとってこの森は、文字通り庭であり、そして俺が「生まれた」場所でもある。


 敷地内ではあるけれど、安易に奥に行くと遭難することもある広大な森。

 うさぎはもちろん、イノシシや鹿も普通にいる。狼やクマに遭遇しないとも言えないので、一応身を守る武器を持つ。もちろん使い方はわかっている。

 史朗にもライフルの使い方や動物のさばき方など一通りの訓練が施された。

 ただ、狩猟目的ではないので、あくまでも身を守るための物。俺は今まで一度も使ったことはない。


 獲物を獲る必要があっても、罠を仕掛けたり、せいぜいスリングショットを使うくらい。基本的には持っている食料で済ませるし、足りなければ点在して設置してある避難小屋の食料を使う。

 今回は1回くらいうさぎを獲ってみるのも良いかも知れないな。

 


 セバスが「マサルとマサコは連れて行くんですか?」と聞く。

 

 俺の愛犬、秋田犬(あきたいぬ)のマサルとマサコ。今回は連れて行かない。


 「じゃあ、私が面倒見ておきましょう」とセバスが言う。ああ、俺の愛犬だけど、ある意味セバスの部下みたいな所もあるから、それで良いんじゃない。ぷん。 


 俺が珍しくワガママを言って飼うことになった愛犬達。 

 あれは去年の事だった。 


 「秋田犬を飼いたい」 

 

 爺ちゃんは、そう言った俺の顔を見て、ちょっと間をおいてから片方の眉を上げ「…ザギトワか?」と言った。

 俺は赤面した。やだもう、バレバレだよ。

 

 目が泳いでいる俺から視線を移し、笑いをこらえているセバスに「秋田犬の手配を」と言ってから、また俺を見て「何頭だ?5頭くらいでいいのか」と聞く。 

 

 やった!秋田犬が飼える!

 でも5頭は多い。2頭でいいと思う。

 俺は言った。


 「2頭、オスとメスで! 子供が出来たら増えるし」


 「では、そのように」


 爺ちゃんが言うとセバスが「(かしこ)まりました」と言って部屋を出ていく。 


 「名前はどうするんだ?一頭はマサルか?」 

 

 「ぶほっ」俺はむせた。


 実はそれを考えていた。ザギトワとお揃いにしちゃえと思っていた。でも、ちょっと恥ずかしいので「違うよ、もっと別なのを考えてるんだ」と言っておいた。

 爺ちゃんが「ふっ」と笑った。駄目だ、バレている。

 

 「屋敷の敷地内なら自由に走らせてもいいが、柵の外には行かせるなよ。熊どもに食われてしまうかもしれないからな」 


 「はい」

 


 それから1ヶ月が過ぎた頃、セバスがオスとメスの秋田犬の子犬を連れて来た。どちらも茶色と白の毛色だが、同腹の子ではないと言う。さすがはセバスだ。


 犬の訓練を学ぶ良い機会だと言うことで、まだ(しつけ)が済んでない子たちが連れてこられたらしい。

 初日に一緒に来ていたトレーナーが、育て方や注意事項を説明してくれた。生き物を育てるのだから、ちゃんと生き物の事を学び理解し、そして命への責任を持って接して下さいね、等。

 それから「また成長に合わせて、時々来て様子を見ながら躾方をサポートしましょう」という事になった。


 …なんだか2頭共、まだ赤ちゃんのくせに俺とセバスに対しての態度が違う。


 「セバスが躾たらすごく言うこと聞くようになるんじゃないの?」って言ったら、「アラン様の犬なんですからね」とジト目で見られた。

 それはそうなので俺も頑張るけど。


 どうも俺はなめられているのか、甘えては来るけど言うことを聞いてくれない。

 「アラン様の事は兄弟だと思っているんでしょうね」と言われた。

 主ではなく兄弟。なるほど。いや、納得している場合ではない。


 「言うことを聞いてくれない、ではなく、聞かせるんですよ」とセバスが言った。


 こいつらは、セバスを明らかに自分たちよりも格上の、従うべき存在と認識しているようだし、爺ちゃんに至っては、特に何をするでもないのに、爺ちゃんの気配がするだけでビシッと置物のようになる。


 くそう。

 じっくり俺のすごさを教え込んで行くしかないようだ。


 そう思って一生懸命に(しつ)けて来た。

 今ではちゃんと俺の言うことを聞くようになっている。でも、やっぱりまだセバスの方が従いやすいらしい。 

 俺には(じゃ)れて暴れて体当たりして来る事があるが、セバスには絶対やらない。

 

 「年の功って事もあるよね」と言うと、即座に「無いですね」と返ってくる。若かろうが年を重ねていようが男だろうが女だろうが、相手の力量を見極めるんです、犬は、と。 


 「…精進します」と言うしかなかった。

 

 そんなわけで、俺だけでは制御しきれない可能性がある2頭のデカい犬は置いていく。




 そして、いよいよ森歩き開始の日になった。


 自然は甘えっ子の俺にも厳しい。

 だが、自然は素敵だ。

 

 森の中で過ごすと感覚が鋭敏になる。自分がただの自然の一部である事を感じる。余計なものが抜け落ちて、生きる事にフォーカス出来る。

 

 今回は野営に慣れていない史郎が一緒なので、もし必要になったら無理せずに避難小屋を利用すればいい。まずそんなことは無いが、もし(はぐ)れても、2人ともGPSと衛星電話を持っているから何かあっても連絡は出来る。

 セバスにも毎日1回は定時連絡を入れる事になっている。 



 早朝、屋敷を出る時にセバスが「とりあえずこれを」と熊ちゃん撃退スプレーを手渡してくれた。

 「まずは回避。でもどうしようもなくなったら、戦う前にこれを使って下さい」

 

 それを聞いていた史朗が「ねえ、そんなに熊出るの?」と不安そうにこっちを見る。

 

 「いやあ、今までオレはあんまり近くで熊は見てないし。一番多く見かけたのは遠くを歩くヘラジカかな。まあ大丈夫だと思うよ」


 「ヘラジカ…。すごくデカくて結構恐い奴だよね、ヘラジカ」


 「うーん。まあ、ヘラジカは会っても刺激しなければ大丈夫だよ。多分」 


 セバスが、「ヘラジカに会ったら写真をとりたくなって近づくバカが後を絶ちません。くれぐれも安易に写真を撮ろうとしないように。撮るなら望遠で。前に立ってVサインなんて言語道断ですよ。熊も狼も山猫も、見てしまったら気付かれる前に立ち去る、いいですね?」と念を押す。

 わかってるよ。


 爺ちゃんが「慣れてるからといって気を抜くなよ。足元はよく見ろ。怪我をせんようにな」と言って、いつも俺の口に放り込んでくれる飴を「持っていけ」と持たせてくれた。 


 それをポケットに入れて、奈々恵からお昼の弁当を受け取って、いってきま~すと軽く言って俺達は森に向かった。

 何度も行っている森で、何度もしている事だから、いつもどおり大丈夫だろうと思っていた。 

 

 

 まさか、そのまま帰れなくなるなんて想像もしていなかった。  




 

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