史郎の才能 俺のひみつ (後)
もうひとつ判明した史朗の特技というか才能。
史郎は歌が上手い。
しかも、ちょっとやそっとの上手さではない。俺は史朗は天才だと思う。
楽しく一人旅の体験談を聞いていた時の事だ。史朗が旅先で野外演奏をしていたバンドと一緒に歌ったと言った。そして、すごく受けて投げ銭も沢山もらって、バンドのみんなもご機嫌で、ご飯をご馳走になった上に、更に家に泊めてもらったと言う。
「歌なんて歌えたの?」と聞くと、アメリカにいた時にロックバンドをやっていたという。
実は亡くなったお母さんが歌手をしていて、離れてしまった実のお父さんもミュージシャンなんだと。「だから、小さい時から音楽は聞くものじゃなくて、自分でやるものだってのが普通な家で育ったんだよ」と。
YahoTubeで検索してみたら、その時の動画が出て来た。その場で聴いていた人が撮ったものと、そのバンドの友達が撮っていたもの。
バンドの演奏も良かったんだけど、史朗の歌声がレベルが違いすぎた。どの音でも滑らかで引っかかりのない声で心地よく響く。
絶対音感があるそうで、歌声は5オクターブちょいは出るという。なんだそれ!
そんな事を聞いてしまったら、音楽好きの我が家の面々は黙ってはいられない。
夕食の後、料理長がバイオリンを持って来て、セバスもギターを持って来た。俺はピアノで、他のみんなもそれぞれに得意楽器を持って来た。爺ちゃんはその様子を見ながら面白そうに笑っている。
史朗はノリノリの皆を見てちょっと驚いていたけど、すぐに破顔した。そしてホームコンサートの始まりだ。
みんな演奏は上手いし、歌う人達も上手いんだよ。でも、史朗の歌声は本当に特別だった。動画でもすごかったけど、直に聞いたら鳥肌が立った。よく知っている歌を史朗が歌うと全く違う歌に聞こえるんだ。
写真と同じだ。史郎にかかると当たり前のものが特別に変わる。
俺はまさか自分が歌に感動して泣くとは思っていなかった。自然に泣いていた。史朗が歌うと、歌の世界が密度の濃い質感を持って、目の前で色や形や映像が展開されていくみたいだった。
みんなも思いがけないギフトに興奮して、大喜びで絶賛する。
そして、史郎が5オクターブの歌声を披露してくれるとロシアの曲を歌った。1人なのに何人もの人が各パートを歌っているみたいで圧巻だった。
爺ちゃんが「シロは音楽で生きようとは思わないのか?」と聞く。この問いかけは、史朗に音楽の道で生きて行くべきだと言っているって事だ。でも爺ちゃんは決して押し付けはしない。だから史朗がどう思っているのかを聞く。
恐らくこの様子だと、もし史郎が音楽でやって行きたいと言えば、爺ちゃんは惜しむこと無く援助を申し出るだろう。爺ちゃんにそうさせるだけの別次元の才能を史朗は持っている。
で、史朗の答え。
「俺は音楽が好きだから、それでやっていけたら良いなと思うことはあるんです。でも、自信がない。音楽に自信がないんじゃなくて、俺自身に自信がないんです。だから遊びで歌う事は出来ても、これを仕事にして生きていくという気持ちになれない」
みんな口々に勿体ないと言っている。よくそう言われると史郎が笑う。
褒める人達に笑顔で「ありがとう」と答える史朗が、なんだか悲しそうに見えた。
仕事で始めると責任が生じて、ただ思うままに自由に歌うわけには行かなくなるもんね。それに向かい合っていくのは本人で、誰がどんなに褒めてくれても、不本意だと感じる事をするのは苦しい。
大好きなことでそうしなきゃならなくなったら、大好きな事をやめたくなってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。そんな葛藤を越えてやっていくのは、他の誰でもなくやっぱり本人なんだ。
爺ちゃんが「シロは素晴らしい才能を持っている。それは君だけのものだよ、シロ。だから自分の思うようにするといい。だが、いつか世界中の人に聞かせたくなったら教えてくれ。私は生きているうちにその手伝いが出来たらとても嬉しい」と言った。
それから、「今はもう一曲歌ってくれたら満足だ」と。
史朗が目を見開いて息が詰まったように顔を真赤にした。泣くのを我慢した様に見えた。そして日本の歌を歌った。
俺達はまた感動で泣いた。日本語がわからない皆も泣いた。皆で泣いて何だかわからなくなったけど、みんな心が震えて、そしてホワッとあたたかくなって、色んな力が抜けて幸せになった。そう、ただ幸せになったんだ。
俺は幸せな気持ちのまま「俺は本当に爺ちゃんが大好きだ」と言って、座っている爺ちゃんの後ろから抱きついた。
頭をポンポンと撫でられ「そうか、良かった。爺ちゃんもお前が大好きだ」と言われた。それから「いつまでも甘ったれだな」と笑われた。
夜遅く、暖かいココアを飲みながら一緒に星を見ていた時、史朗が言った。
「俺さ、さっき『その才能は君だけのものだ』って言われて、その瞬間にすごく解放されたような気がしたんだ。
皆、俺が歌うとプロになるべきだって言ってくれるんだけど、でも、俺の気持ちが付いて行ってない事にはあんまり気付いてくれなくて、褒められて有り難いんだけど、ちょっと違うんだよなあって思っちゃってたんだよ。
でも、せっかく褒めてくれてるんだしありがとうって答えなきゃって。それで褒められるのも苦手になっちゃって、人前で歌うのが億劫になったりもしてたんだ。
でも、フリードリヒさんは、自分の才能を、自分の存在をただ誇れって、俺がプロになろうがなるまいが、ただそのまま俺っていう存在に素晴らしい才能があるって、それだけを受け入れてくれたんだって思って、ちょっと泣きそうになっちゃったよ。
誰の求めも振り切って、ただ自分の好きに自由にのびのび歌えばいいんだって。それをただここで聞いてるぞって。
きっとフリードリヒさんは、俺が両親の事とか色んな事を絡めているってのもわかったんだろうな。誰も関係ない、お前はお前でいて良いんだって言われた気がして、ああそうなんだって…すごく楽になった」
少し黙って泣いてるみたいだったけど、すぐに「お前の爺ちゃんはすげえな」って笑った。
「一番欲しかった言葉をもらった」って。
そうなんだよ。爺ちゃんはすごいんだ。
ただここに存在している事を許してくれるんだ。
「誰」であったとしても、どんな風でも、爺ちゃんのそばにいると、ただ生きていて良いって許されている気がするんだよ。
俺は史郎が爺ちゃんのすごさを感じて、褒めてくれるのが誇らしくて嬉しかった。そして、爺ちゃんが史郎を楽にしてくれて嬉しかった。
ほっこりして星を見ていると、ふと史郎が言った。
「俺、ずっと見てて気付いたんだけど、アランはさ、よく『やだ』とか『もうダメだ』とか言うだろ?でも、おまえがそれ言う時って、本当は嫌で駄目な状態を自分で越えた時なんだよな。
心底しんどい時って、何も言わないでただ真剣に取り組んでるじゃん?
あとは口に出して発散して、現状に向かい合う時とか、『あーもうやだ!だがやる!』とかさ。
言ってる断片だけ聞いてると、甘ったれで要領が良いだけのガキなのかなって思っちゃうけど、行動を見てるとさ、お前って派手な見た目と違って、努力家でわがまま言わないで地道にがんばってるよな。なんか尊敬するよ」
いきなり褒められて、俺の瞳は輝き、そしてまた完全に安心しきった大型犬になって転がった。
「でもさ、お前はもっとわがままになっても良いと思うぞ。人に迷惑かけないように、ものすごく頑張ってるだろ?ちょっと良い子過ぎて心配だよ」と史郎が続けた。
俺の中に燻る謎の罪悪感みたいな物を史郎はお見通しだ。いや、みんなお見通しなのかな。でも口にして言ってくれたのは、爺ちゃん以外では初めてだ。
なんか、史郎も爺ちゃんみたいですごいなって思った。だから、俺と爺ちゃんだけの秘密を教えることにしたんだ。
「史郎に俺の秘密を教える」ほわほわ笑いながら言うと、史郎が「え?秘密?」と聞く。
俺はゴロゴロ転がったまま、「爺ちゃんと俺だけの秘密なんだけどね」と言って、人差し指を出して史郎の前に立て、指先に光を灯した。
史郎が「何これ?!」と驚いて、ちょっと興奮して言う。「手品…じゃないよな?」
「あと、これも」俺は手のひらを上に向けて、手のひらに光のボールを灯す。
「…すごいな、きれいだな」と史郎が見入っている。
「多分、気功なんかの一種なんだろうと思う。これだけじゃ何の役にも立たないんだけどね」と俺は笑う。
だって本当に何の役にも立たない。微妙に明るいってだけだ。
8歳か9歳くらいの時に爺ちゃんと2人で森でキャンプに行った。川の方からほわほわした光が幾つも飛んで来るのを見て、きれいで驚いて、慌てて爺ちゃんに言ったんだけど、爺ちゃんが見た時はもう消えていた。
きれいだったのに見せられなくて悔しがる俺に「何となくわかる気がするよ。私も前に見たことがあると思うぞ」と、俺をじっと見て言った。
そう言われても、見せられなかったのが悔しくて、何となく指の先に点けばそのまま見せに行けるのにと思って、えいっ!てやったらぽわってついた。
びっくりしたけど面白くて、俺は爺ちゃん見せられて満足した。それをずっとやってたら、爺ちゃんに「これはとても綺麗で素敵だが、人前では絶対やるな」って言われた。
それからずっと秘密にして来た。セバスも奈々恵も知らないはずだ。
「弱いチャッカマンだよ」と言うと史郎が吹き出した。
「よりによって例えがチャッカマンかよ!」って言って、「でも、すごいな!きれいだなぁ!!」って嬉しそうに目をキラキラさせる。
「あれ?色も変えられたのに、上手く行かないな」
大きくなってから、色んな色に好きに変えられるようになってたのに、思うように行かない。どうしたんだろ。まあ別にいいんだけど。
「奈々恵さんに内緒で髪を切ったからだよ」と言われて、「ナナエの呪い」と2人で爆笑する。
そして史郎が笑いながら「やっぱお前、エルフなんじゃないのか?」と言った。
エルフじゃねえわ!




