良夫くん(仮)救出 / 前編
夕方を過ぎ、だいぶ暗くなった王都の貴族街。ワルノー侯爵邸のある通りは人通りがなく静かなはずだが、今日は人通りがいつもよりも多いようだ。
『どこかで夜会でもあるのか?随分と馬車が多いな』
『スタイリッシュ辺境伯の邸だな。そこで夜会でもあるんだろう』
『ワルノー様とは仲が悪い貴族だ。うちには関係ないな』
『良いじゃないか。静かすぎるよりも馬車が多い方がむしろ目立たないで商品を運び出せそうだ』
貴族街では些か質素過ぎる馬車に乗った男達がそんな事を言っている。2台の荷馬車を引き連れてワルノー邸に入って行くようだ。表門から入って行くという事は邸の客なのか。
ワルノー侯爵邸の斜め向かいにあるスタイリッシュ辺境伯の邸にはたくさんの人が集まっている。だが、夜会ではない。夜会がある風を装って王宮白騎士団と史朗班が潜んでいるのだ。
望遠レンズを付けた一眼レフカメラで、ワルノー邸に怪しげな馬車が数台入っていくのを見ていた史朗が、隣にいる王宮白騎士団長ウィットニーに『では、行きます』と言って、史朗班の7名と共に「姿消しの指輪」を装着した。
その瞬間、姿だけでなく気配も消えた史朗班。扉が閉じるのを見送り、ウィットニーは今回の作戦のために支給された通信用の魔導具で、ワルノー邸の裏門側に待機している副団長に連絡をする。
『白騎士団のウィットニーだ。白騎士団副長への通信である。シロウ班がワルノー邸に向かった。既に姿消しを発動しているので我らからは存在が察知出来なくなっている。
私は30分後に第一隊を率いてワルノー邸内の制圧に向かう。第二隊はこれより邸の周囲を包囲せよ。邸から出ようとする者があれば一人も逃さず捕らえるようにドーゾ』
『白騎士団第二隊、了解致しました!ドーゾ』
ウィットニーはケータイの画面を見ながら時間を計る。これより30分後に王宮白騎士団の第一隊はワルノー侯爵邸制圧の為に正面から突入する。
ワルノー侯爵夫人と長男夫婦、そして使用人も含め邸内にいる者達全員を確保、調査し、怪しい者はそのまま逮捕する。
制圧だけではなく、シロウ班が上手く保護対象であるワルノー侯爵家次男であり、次期女王の王配候補である「コードネーム:良男くん(仮)」を救出するまでのサポートも任務に含まれている。
騒ぎに乗じて保護対象を連れ出されてしまってはまずい。それを避けるために突入に先立って史朗達「救出班」に潜入をさせた。
良男くん(仮)は王都のワルノー邸で監禁されていると聞いていた。情報の出所が精霊界と知らされていないウィットニー達は、既に確認された確実な情報なのだと思っていた。だが、こちらの世界では確認が取れていたわけではなかった。
現場に到着した史朗が『確認が必要だ』と言うとウィットニーは怪訝な顔をしたが、侯爵邸に出入りする業者の御用聞きに扮して、ほんの20〜30分程で邸内の情報を掴んできた史朗の動きに感心した。
史朗は、まず厨房の下働きから良男くん(仮)の分の食事も毎日作っている事を聞き出した。そして、その食事は必ず侍女頭が運んでいるのだという事も。
更に年配の洗濯メイドからも、洗濯物を絞ったり干し場に運ぶのを手伝いながら話を聞いたらしい。
良男くん(仮)の洗濯物は少ないが変わらず洗っているそうだ。病気で外出をしない分、下着やシャツがほとんどだと。だが、洗う回数が減っているという。つまり着替える回数が減っているということだろう。
この洗濯メイドは長く勤めているらしく、ワルノー邸内の事情に詳しかった。
『侯爵様なんて言っても、ここの家族は下の坊っちゃん以外はくそったればっかりだよ』と吐き捨てるように言ったという。
史朗が何故かと尋ねると、この家はろくでもない連中と繋がってるのだと。
暗くなるとゴロツキのような者達が出入りする時があり、その連中が連れてくる女や子供の泣き声や、男の呻き声が漏れ聞こえる事があるという。
そして、そいつらが来ている時に若いメイドがお茶出しを命じられ、その翌日には「急に辞めて実家に帰った」と知らされる事もあるというのだ。
『ゴロツキ連中にお茶出しに行ったままいなくなるんだよ。怪しいだろ?だからあたしはさ、若い娘が働き口を探してここに来ると、わざと意地悪な事を言って早めに追い出すようにしてるのよ。ここは危険だなんて言えないからさ。これは内緒だよ』
『おねえさん、良い人じゃないか。おねえさんも美人だから気をつけないと』
『やだね、あんた。あたしは大丈夫よ。…あのね、あんただから話すけど、掃除の女中が先週くらいから坊っちゃんの部屋の掃除はしなくて良いって言われたんだってよ。で、侍女頭が部屋じゃなくて別の所から洗濯物を持って出て来たんだって。どこだと思う?地下に降りる階段のあたりから出て来たってんだよ。それもおかしな話だろ?だからあたしはさ、坊っちゃんは地下にでも閉じ込められてるんじゃないかって思ってるのよ』
だそうだ。ちなみに昨夜からまたゴロツキ供が屋敷に滞在しているのだという。いつもだと、今日あたりに連れて来た女子供をどこかに連れ出すはずだと言う。
史朗は思った。「丁度良いじゃないか。まとめて捕まえてしまおう」
聞き込みによって、良男くん(仮)が王都のワルノー邸内にいる事が間違いないと明確になり、この情報はすぐに携帯魔導フォン、略してケータイで王宮にいる王、黒騎士団、緑騎士団に伝えられた。どこから救出されるかで、王宮側での動きも変わって来る。
同時にケータイを持つ各隊の主要リーダー達、つまりアランの父、祖父、祖母、姉、スタイリッシュ辺境伯、黄騎士団を除く各王宮騎士団の団長と副長もこの情報を知ることとなる。
情報の共有は重要だ。速やかに全体に情報が伝わることにより、各隊の連携だけでなく、気持ちの有り様、士気も変わってくるのだ。
ちなみに皆のケータイはガラケーレベルだ。通話と留守録が使えるのみで、メール機能は付いていない。カメラも付いていない。通話も全員にオープンになっている。留守録付きのトランシーバーだと思っても良いだろう。
史朗とアランは、元々持っているスマホにグラウギリスでの通信機能を追加しただけなので、当然普通に撮影も画像送受信も出来る。全体通話も出来るが二人での通話も可能だ。
「そのうち、皆のも進化版にした方が良いかな…」とアランは思うが、それも事が落ち着いてからのことだろう。
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<ワルノー領内の宿 /アラン視点>
枕元に置いておいたケータイからウィットニー達の通信が聞こえ起き出したのか、元より浅い仮眠で時間を計っていたのか、待機休憩をしていた王宮黒騎士団のシュバルツが起きて来た。魔皇帝に串焼きを見つめて来いと言った男だ。
『あっちも動き出してるようだな。我らもそろそろワルノー城に潜入を開始か』とニヤリと笑い、他の俺小隊の皆を起こし準備を促している。
その様子を見ながらふと俺は思う。ワルノー城には密かに潜入するわけで、それなら俺達も姿&気配消しの神具を使った方が良いのではないか?と。
俺には今、王都のワルノー邸の廊下の様子が見えている。普段通りに過ごしている使用人達に気付かれる事なく、順調に進んでいる史朗班の視点を通して見ているのだ。
何故俺にだけ見えるか?
ふふふ、説明しよう。
作戦当日の朝、つまり今朝だ。
それぞれの出立前に朝食ミーティングをした。「良男くん(仮)救出」について話していた時、史朗が何気なく言ったんだ。
「透明マントみたいなのがあるといいよなあ」と。
邸内を秘密裏に捜索して、救出した良男くん(仮)を誰にも気付かれないように王宮に連れて行くなら、そういうものがあると楽だと。
確かにその通りだ。それではと、俺は「姿&気配消し」を付与した指輪を創った。史朗班の全員と、そして救出した良男くん(仮)の分もだ。
「透明マントって言ったのに指輪か」と言われたが、「全身が隠れるマントは持ち運びの時に嵩張らない?なんか邪魔じゃない?」と言うと、史朗も「それもそうだな、出来るだけ荷物は持たない方がいいな」と肯く。
「姿が消える魔法の道具と言えばさ、俺的にはホビットが旅をする有名なあの映画の、主人公が指輪をはめると姿が見えなくなる、あのイメージの方が好きなんだよな」
「ああ」
「それに、あの指輪は結構機能的だなと思うんだよね」
「機能的?」
「だってさ、誰かが装着して姿消しが発動すると、その現場の様子や位置情報が製作者に送られて来るんだぜ」
「え?まさかその機能、この指輪に…」
「付けたよ」
「えええ?お前、神様なのに冥王サウ●ン枠!?」
「サ●ロンみたいに監視や取り込みの為じゃなくて安全対策だよ。もしも、使用者が姿&気配消しの道具を装着したままで意識を失ったり行方不明になったら、姿も見えず気配も無いんだから見つけようがなくなるだろ」
「確かにそうだな」
「便利な物を使う時には安全対策もセットで考えておかないと」
「なるほど」
「あと、これね」
「何?小さいカラビナ?」
カラビナとはあれだ、多くが人の耳みたいな形をしている、輪状で一部が開閉出来る様になっている固定具の一種。
元々はドイツで銃をベルトにぶら下げるための器具だったが、今では登山具やキーホールダー、アクセサリー的にも使われている。俺の大好きな道具のひとつ。すごくでかいのから小さいのまで、デザインも色々ある。
「指輪だからそのままだと失くしやすいと思ってさ。使わない時は神力付与ペンダントと一緒に首から下げておけば無くさないだろうけど、使う時にいちいちチェーンから抜いて指に装着するのは現場では思いのほか手間だろ?」
「そうか、わかったぞ」
「うん、このカラビナをチェーンに付けておいて、カラビナに指輪をひっかけておけば取り外しが簡単だし無くさないだろ?」
「よく考えるねー。うん、これはこの方が断然いいな。しかもこのカラビナは羽みたいで良いデザインだ。使う人の気持で物が創れる、お前は良い開発者であり良い職人になれるぞ!」
ふふ、褒められた。使う人の気持ちで物が創れる…素敵な言葉だ。製作者として嬉しい言葉だ。
そんな事を考えてニヤニヤしていると、カラビナを見た騎士団長グレゴリーとバーティスと父上が『これはなんと画期的な器具か!』と感心していた。気分が良かった俺は、父上にもお洒落カラビナとスタンダードなカラビナをそれぞれ大中小のサイズで作って渡した。
『アルランティアよ、この作戦が終わったら、この器具の生産についても話し合いをしよう。我が領から発信する新しい「技術」についてもな!』
興奮気味に語る父上。
そう言えば、俺が精霊界にいる間に史朗が色々なプレゼンをしていたせいで、他にも城内にシャワーを作ったり、ダウンジャケットを作ったり、自動車を作ったり、やらねばならない仕事が山積みになっているのだった。忘れていた。またひとつ増やしてしまった。まあいいか。
話を戻そう。
そんなわけで、史朗達が「姿&気配消しの指輪」を指に装着して行動に移った時点で、俺には彼らの位置とそれぞれが見ている光景が、視界の左上にスクリーンがあってそこに映るような感じで見えているのだ。もちろん録画もしているぞ。
グレゴリーに『我々も姿消しの神具、あった方が良いだろうね?』と確認すると『是非に!』と言うので、俺の正体を知らない皆にバレないように、元から用意してあったふりをして全員分を創って渡した。カラビナとセットで。
さて、スクリーンで見えている王都のワルノー邸の映像に意識を戻そう。
史朗班の視点の映像に、一人分の食事を銀のトレイに乗せて、片手にワインのような瓶の入ったバスケットを持った女が歩いているのが映った。その途端に史朗とバーティスがそろってピーピー言った。すぐに止まったが、女は何の音かと周りを見てキョロキョロして警戒をしている。
俺は、「ピーピーは改良しないとな」とちょっと反省をした。
だが、ピーピーが知らせたようにその女は明らかに敵である。どうやらこれが侍女頭であるようだ。
謎の音に警戒をしていたものの、周囲に誰もいないと確認をして廊下の隅の方に行き、小さな扉の前で近くの台にトレイを置き、ポケットから鍵束を出して扉の鍵を開けている。
姿消しをしたままバーティスが近付き、鍵を開けた侍女頭に『おい』と声をかけ、後ろを振り向こうとした侍女頭を拘束する。誰もいないのに急に捕まえられ、ひぃっ!と声を上げて逃げようとした侍女頭は、バーティスにしっかりと押さえ込まれて身動きは取れない。
『だ、誰か…っ!』と声を上げようとするが、『誰も助けには来ないぞ』と低い声で言われ動きを止め固まった。
長くなったので前後編に分けました。
(2020/12/15)修正




