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アルランティアの日記   作者: 倉門 輝光
人間界
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魔皇帝マルコシウスの事情


 騎士の皆さんが突然の魔皇帝の来訪で騒然としている頃、俺は寝室で平和な朝の目覚めを迎えていた。



 昨夜は「やっと帰って来た息子と10年ぶりに親子3人で一緒に眠りたい」という、両親のたっての願いで共に就寝することとなったのだ。


 史朗が「そういうの、日本では川の字になって寝るっていうんだぜ」と教えてくれた。

 なるほど「川」という漢字に似ているということか。この形を再現するとなると、一番でかい俺は向かって右端に寝るべきか、それとも左で若干反り返って寝るべきだろうかと言って「アホか」と呆れられた。


 「お前はたまにとんでもなくバカになるな。真ん中に決まってんだろ。律儀に漢字の再現なんかしなくていいんだよ」


 「そうかなとは思ったけど…」


 「あれだ、お前、緊張してんだろ?まあ、帰って来た最初の晩だからな。とにかくさ、親に甘えてやれよ」


 そうは言われても。

 両親に挟まれて横になり、『あなたが小さな頃は、雷が鳴ると怖がって泣くので、いつもこうして一緒に寝たのよ』と母上に頭を撫でられ、父上には『そうだな。テレーシアが一緒に寝てあげると言うと、姉さまは先に眠ってしまうから嫌だと泣いてなあ…』と言われ。


 『さあ、では手を繋いで寝よう。お前は手を繋がないと眠らなかったのだぞ』と左右それぞれに手を繋ぐ。 

 もう(かなり)大きくなったので、この状況はなんだか寝にくいです…と思ったが、目を閉じて母上の子守唄を聞く内に、あっという間に眠ってしまったようだ。

 

 そして明けた朝、目を覚まして両隣の両親の寝顔を見て、確かに懐かしい様な気がして、「そうか、俺は本当にこの人達の息子なんだな」なんて思っていた。


 その時だ。


 廊下が騒がしくなり、執事が激しくドアをノックした。

 ただならぬ様子に両親も起きる。


 『何事だ?せっかくアルランティアと一緒に眠っているというのに』


 『本当に、何かしら騒がしい…』


 『失礼致します!た、ただいま魔皇帝と名乗る者が城に侵入して参りました!こちらに向かっているようでございますっ!!』


 『魔皇帝だと?!』


 『なんですって?!』


 『え?魔皇帝って魔災対本部長?』


 まるで敵襲だと言わんばかりの反応で青くなる両親。俺がポヨンとしているのは魔皇帝を知らないからだと思ったようだ。『魔皇帝とは魔物の王の事だぞ!』と教えてくれる。なるほど、やはり魔皇帝に対しての認識は誤って伝わっているようだ。

  

 俺以外が緊迫した雰囲気の中、執事の後ろから全然緊迫していない史朗が顔を出して「よう、どうする?」と言う。

 史朗には宿で精霊界で聞いた話をしていたので、魔皇帝が魔物の王ではないと知っている。俺はわざとこちらの言葉で返事をする。

 

 『史朗、魔皇帝をサロンに案内して待たせておくように。お茶もお出しして丁重にね。私もすぐに行く。皆にも慌てないように言いなさい。恐れることはないのだと説明をね』


 『畏まりました。その様に致します』


 相変わらず芝居がかった会話になるが致し方なし。礼をして執事を連れて立ち去る史朗。執事達には史朗が説明をしてくれるだろうから任せよう。 


 『アルランティア、何を言っている?』


 父上と母上が真っ青な顔で『あのような事、大丈夫なのか?』と言うので、『大丈夫ですよ。魔皇帝は敵ではありません。とりあえず会ってみましょう』と言って身支度を整える。


 身支度を整えると言っても侍女や従僕を呼んで手伝ってもらわねばならない。勝手に着替えるわけにはいかないのだ。

 史朗が魔皇帝の案内でこの場にはいないので、こちらの世界の貴族のやり方で身支度が進んで行く。


 用意された水で顔を洗い歯を磨き、髪を整えて着替えをする。

 自分でやらずに着替えの手伝いをさせないと侍女(ばあや)に叱られる。仕方なく立ったまま手を広げているわけだが、自分で着た方が全然早い。


 すぐそこで着替えている父上は侍女ではなく従僕が手伝っている(普段は執事らしい)。手伝うと言っても着る物を渡してもらう程度で、ボタンも自分で閉めている。俺もやろうとしたが叱られた。


 『10年分のお世話をさせていただきますよ!』と言ってあれこれしようとする侍女(ばあや)

俺はもう5歳じゃないんだけどな…。 


 客を待たせているとは思えない程時間を掛けて貴族らしく装い、更に母上の支度が終わるのを待ってからサロンに向かう。この時点で俺と父上はお茶を一杯ずつ飲んでいる。せっかくなので待つ間に父上に魔皇帝と魔族と言われる闇の一族について話をしておく。

 かなり待たせてはいるが、アポ無しで来たのはあちらなので、その辺は許されるだろう。


 結構な時間がかかった為、お祖父様、お祖母様、テレーシア夫婦、レジーナとミステリオンもすっかり起き出しており、騒ぎを聞き付けて待機していた。ヤル気になっている祖母と姉に武器は置いて行くようにと諭す。


 ぞろぞろとサロンに行くと、ドアのそばで騎士団長が直立不動で固まっていた。魔法が掛かっているようだ。

 ソファにはその魔法を掛けたであろう黒髪の美しい青年が座ってお茶を飲んでいる。うん、すごく綺麗な青年だ。年は俺と変わらないくらいかと思うが、でもきっととんでもなく年上なんだろうなと思う。

 彼の背後には2人の少年が立っていた。少年の姿ではあるが全く隙がない。かなりの手練であろうと思われる。そしてやっぱりとんでもなく年上なんだろうなと思う。 

 

 『やあ、待たせたね』と俺が入っていくと、一瞬目を見開き息を呑んで固まりかけた黒髪の青年が、カップを置いてさっと立ち上がり、そして即座に傅いた。ちょっと頬が赤いように見えるぞ。

 2人の少年もその後ろで傅いている。この2人はなんか青い顔をして手が震えているな。大丈夫かな? 

 

 黒髪の青年が下を向いたまま口を開く。


『白銀の御方に御挨拶をさせて頂きます事をお許し下さい。我は現魔皇帝を努めておりますマルコシウス三世でございます。此度はお目通りが叶い恐悦至極に御座います』


 うん、ちゃんとした人じゃないか。


 父上と母上には既に説明したが、他の皆は詳細を知らない。魔皇帝達の畏まった様子を見て驚いているようだ。まだ緊張状態は続いている。

 史朗から話を聞いたはずの執事も他の者達も青い顔をしている。

 俺は動けず苦しそうな騎士団長の魔法を解き、命の水を玉にして口元に送り飲ませた。

 そして、改めてこの場にいる者達に魔皇帝や闇の一族がどのようなものであるか知らせておかねばと思った。


 『皆あまり緊張をするな。この世界の多くの者達が誤解をしているようだが、魔皇帝は敵ではない。悪い者でもない。魔族と呼ばれる闇の一族は魔物とは違うからね、恐れる必要はないよ。むしろ親しみを以て関わるべき者達だ』


 俺がそう言うと、傅いたままではあるが、魔皇帝が驚いたように顔を上げじっと俺を見た。あら綺麗。配下の2人は下を向いたままではあるが、やはり小さく反応をしていた。

 魔皇帝が俺を見る目が、ちょっと子犬のような感じになって来た。


 あれ?何か間違ったかなと思いながら俺が続けようとすると、史朗が『アルランティア様、わたくしが』と言って後を引き継ごうとする。そして小さい声で「形式だ」と言った。あ、そうか、じゃあ任せよう。


 『アルランティア様のお言葉を皆様にお伝えします。

 こちらにおいでの魔皇帝陛下が統べる魔族、つまり闇の一族とは、我々とは異なり確かに闇を好む方々ではありますが、その心は気高く、魔が生じやすい負のエネルギーに耐性がある性質を生かし、魔物が増え過ぎて世の驚異とならぬように管理をするという、重要な役目を任されている尊い一族の方々でございます』 


 史朗の説明を聞いて皆が驚いている。騎士団長グレゴリーが衝撃を受けたように目を見開いている。


 『それは誠か…?そのような話は初めて聞きましたぞ。我らはずっと、魔族が魔物を生み出し操っているとばかり…。今の事が真実なのであれば、我らはとんでもない思い違いをしていたと言うことになりますが…』 


 その言葉を受けて父上が話す。


 『私もつい今しがた知ったばかりだが、我らの認識が間違っていたというのが真実であるようだ。グレゴリーよ、いや、この場にいる者達皆も知らなければならぬ。アルランティア様に知らされた真実をシロウに続き私が話そう。


 魔物が我らの済む区域に滅多に現れないのは、霊峰カラド山の頂きにある聖なる石より湧き出る聖なる水が川となって境界を作っているからだというのは知っているだろう。だが、近年その聖なる石の力が弱まっていたそうだ。 

 アルランティア様の導きにより、霊峰の守り手である狼族の働きが功を奏し、力が弱まっていた聖なる石が新たに再生を果たした。おかげで我らが知らぬ内にこの世界の均衡が守られたのだ。 

 我らが全く気付いていなかった境界のバランスの崩れを、いち早く察知していた闇の一族の方々は、聖なる石の再生が果たされるまで、難しい状況の中で可能な限り魔物の暴走を抑えていてくれた。

 しかし、闇の一族にも魔物や負のエネルギーの制御が難しくなりつつあったそうだ。如何に耐性があるとはいえ膨れ上がる負の念に飲み込まれてしまえば、闇の一族は我らが勝手に思っている恐ろしい魔族そのものになってしまう危険性があったのだそうだ。

 そうなってしまわぬよう、魔皇帝陛下は闇の一族の民を避難させる場を模索していらした。だが、いよいよそれが叶わぬ場合は、理性のない怒りや憎しみに支配された魔物の如き者に堕ち、世に混乱と破壊を(もたら)す事態になる前に、一族諸共にこの世界から消え去る事を覚悟なさっていたのだと伺った。

 私はそれを聞いて言葉が無かった。…何も知らず、感謝もせず、これ程に気高き民を魔物と同様と誤解して、長く敵と思い憎しみを向けていたのだと知り、私は己の無知と浅はかさに愕然としたのだ』

 

 父上の言葉を受け、グレゴリーは目を閉じ深く息を吐いてから、傅いている魔皇帝達に膝を付き『魔皇帝陛下、知らぬこととはいえ先程は大変な失礼を致しました。我らがご無礼をどうかお許し下さい』と謝罪した。


 そして父上を始めこの場にいたすべての者達が魔皇帝達に傅き頭を垂れた。

 

 信じられないという顔で皆を見る魔皇帝と配下の2人。やがて、涙を堪える潤んだ目で俺を見上げ震える声で言った。


 『我が麗しの白銀の御方、聖なる石を再生させこの世のバランスを戻し、我ら闇の一族をお救いくださいました事を心より感謝致します。

 それだけではなく、我が闇の一族の役割を認めていて下さった事、我は…、我は生まれてより350年、これ程の喜びを感じたことはございません。

 我ら一族は長きに渡り、変わらず誇りを持って務めを果たして参りました。ですが、他の種族からは忌み嫌われ、出逢えば有無を言わさず攻撃を受ける事も多く、尊いお役目を頂きながら恥ずかしい事ではございますが、やはり悔しく悲しく、不敬にも神をお恨みする事もございました。

 ですが、本日こうしてご尊顔を拝謁し我らを認めるお言葉を頂き、そしてこの者達の真摯な姿を目にして、これまでの苦い思いが氷解致しました。白銀の御方のお言葉を我が民に伝え、我らはより一層務めに励みたいと存じます』


 そう言ってまた頭を下げた。


 そうか、闇の一族、色々と大変だったんだね。俺はサンドゥールやシモーンが言っていた事を改めて噛み締めた。「魔」という言葉のイメージだけで誤解が広まってしまった。これも神が不在の時が長かったからなのだろうか。

 このような誤解を解いて正して行くのが、俺の役割のひとつなのかも知れないと思った。


 俺は魔皇帝の頭に手を置き、そっと撫でた。何故だかそうするべきだと思ったのだ。魔皇帝が顔を上げ、やはり何というか子犬のような目で俺を見上げた。


 『立ちなさい。お茶を淹れ直させよう。父上、母上、皆も、座ってお茶を楽しみましょう』


 そう言うと、皆立ち上がりそれぞれの席に移動する。魔皇帝も『…はい』と、何だか可愛らしく返事をして立ち上がった。 

 俺が座るのを待って皆も座る。グレゴリーは壁際に立った。

 

 お茶が運ばれて来て、父上と母上が飲みながら魔皇帝に聞こえるように会話をする。「形式」で、今この場で立場的というか身分的に、自ら魔皇帝に話しかけても良いのは俺だけらしい。


 『今日まで何も知らず、いや、知ろうともせず、長い間誠に闇の一族には大変に申し訳なかった。今後は我らが真実を正しく伝えて行かねばな』


 『ええ、そうですわね。わたくしも皆に伝えて参りますわ。魔皇帝陛下がこのようにお美しい方だと言うことも知られれば、誤解などもすぐに消えて行くでしょう。まずは我が兄である国王にお話ししましょう。きっと是非とも魔皇帝陛下にお会いしたいと仰ると思いますわ』 


 2人のその言葉に魔皇帝はにっこり微笑んだ。そして呟くように言う。

 

 『…我はお姿を隠される前のイシルディン神にお会いした事がある。我が麗しの白銀の君と瓜二つではあるが、イシルディン神はこのようにお言葉は下さらなかった。我らがそこにいる事もお気付きではないようであった。一陣の風を吹かせただけで立ち去って行かれたのだ。

 いや、もちろん我らの事はご存知ではあったのであろうが、関心はお持ちではなかったように感じ、我らの如き存在には目を止めては下さらないのかと寂しく思ったものだ。

 此度は、聖なる石の再生により一族を消滅から救って頂けた事を、せめて一言御礼を申し上げねばと参ったが、…きっと一瞥される事もなく帰ることになるのだろうと思っておったのだ。

 だが、白銀の御方はお言葉を下さった。尊き神であらせられるが、あなた方の子としてお生まれになったが故の温かい御心なのであろう。我はお二人にも感謝する』


 配下の2人が下を向いたまま泣いているようだ。そうか、最初に青い顔をして震えていたのは俺が怖かったんだ。冷たくあしらわれ傷ついて帰る事になると思っていたのだろう。彼等の大切な皇帝が悲しむのが怖かったのだろう。


 『始祖さま、いや、イシルディン神は元が精霊であるからね、表現はそっけないかもしれないが、でもちゃんと君たちを気にかけているよ。私にはよく分かる。イシルディン神が闇の一族をとても愛しく大切に思っている気持ちが流れ込んで来るからね』 


 『はい。イシルディン神の御心を信じます。…我が麗しの白銀の御方よ、我らはお役目は元より、あなた様のお役に立ちたく存じます。我ら闇の一族の存在をどうか御心の片隅にでも置いて頂きたく、図々しくもお願い申し上げます。どうぞ我ら、いや我の願いをお聞き届け下さい』 


 身を乗り出し熱のこもった目で切々と訴える魔皇帝。俺はにっこりと微笑んで言った。


 『そうだね。覚えておくよ。というか忘れないよ、魔皇帝くん』


 『ああ、麗しの御方、魔皇帝などと呼ばず、どうぞ我のことはマルコシウス、またはマルコ、いや、いっそのこと犬とでもお呼び下さい!』


 へ? 

 

 …犬ってなんだよ。いきなりおかしくなったぞ魔皇帝。

 配下の2人がやばいって顔してるぞ。もしかしてこれが素か?綺麗なのに残念な人か?

 すごくしんみりしてたのに場内一瞬でドン引きだよ。皆動きが止まってるぞ。あ、史朗だけが面白がってる。そのニヤニヤやめろ。


 『…犬はちょっとアレだから、マルコシウスにするよ』 


 『くぅ…白銀の御方に名を呼んで頂き…喜びに堪えません…はぅぅ。ありがとうございます。あ、そうであった!サザナミ、献上の品を我が麗しの御方に!』


 『はっ』


 ちょっと様子がおかしくなってきた魔皇帝マルコシウス三世がそう言うと、配下が進み出て小さな箱を俺に差し出した。受け取り開けてみる。すると、箱の中にはアボガドの種のような物が一つ入っていた。 




 

冒頭3行を少し書き直しました。内容は同じです。(2020/7/12) 

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