第三話 上級魔弓術と赤髪騎士
翌朝。
王城の勇者用客室。
「……よし」
朝食を終えたリリスは。
昨日購入した装備へ着替えていた。
丈夫な黒灰色の服。
黒いズボン。
その上から。
茶褐色の革鎧一式。
腰には。
鉄の剣。
どれも。
駆け出し冒険者向けの装備だ。
けれど。
「やっぱり動きやすい」
身体を軽く動かしてみる。
革鎧なので。
金属鎧ほど動きを邪魔しない。
これなら。
剣も。
《魔力弓》も。
問題なく使えそうだ。
――コンコン。
「リリス、準備はできていますか?」
「できてるよ」
扉を開ける。
そこには。
白銀の軽装鎧を身につけ。
長槍を背負ったリーナが立っていた。
「おはよう、リーナ」
「おはようございます」
リーナは。
リリスの装備を確認する。
「昨日購入した装備ですね」
「うん」
「問題なさそうです」
「じゃあ訓練場?」
「はい」
そこで。
リーナの赤い瞳が。
少しだけ細くなる。
「昨日の約束」
「覚えてるよ」
「本当ですか?」
「最初から全力を出さない」
「それです」
「大丈夫」
「……」
「その顔なに?」
「昨日、普通の治癒草から《HP全回復ポーション》を三千本作った人の言う『大丈夫』なので」
「今日は錬金術じゃないよ?」
「そこが余計に怖いんです」
◇◇◇
王城西部。
騎士団訓練場。
「広い……」
土を踏み固めた。
巨大な訓練場。
剣や槍を打ち合わせる騎士。
弓を射る兵士。
魔法を撃ち込む魔法騎士。
朝から。
何十人もの人間が訓練している。
「リーナ副隊長!」
「おはようございます!」
「……副隊長?」
リリスが。
隣を見る。
「言ってなかった?」
「……言っていませんでしたね」
「副隊長なんだ」
「一応」
「すごい」
「それほどでも」
そう言いながら。
少しだけ。
誇らしそうだ。
「二十歳で副隊長?」
「実力主義の部分も大きいですから」
「なるほど」
《槍術士》。
そして。
《赤魔法師》。
二つの職業を持つ。
リーナなら。
納得できる。
「では」
リーナが。
訓練場中央へ進む。
「まずは剣を確認しましょう」
「鉄の剣使う?」
「最初は木剣です」
「ですよね」
「少し安心しました」
「何が?」
「真剣を使いたいと言い出さなかったので」
「私をなんだと思ってるの?」
「規格外の錬金術師兼勇者です」
「間違ってない」
◇◇◇
木剣を受け取る。
リリスが。
軽く握った。
その瞬間。
頭の中に。
剣の扱い方が。
自然と浮かんでくる。
足の位置。
重心。
剣先。
間合い。
踏み込み。
斬撃。
受け。
流し。
「……すごい」
「どうしました?」
「《上級剣術》」
リリスが。
構える。
「身体が使い方を知ってるみたい」
「……」
リーナの表情が。
変わった。
「構えだけなら」
「?」
「新人には見えません」
「やってみる?」
「ええ」
リーナも。
訓練用の木槍を手にする。
「最初は軽く」
「うん」
「《身体強化》は禁止です」
「分かった」
「雷魔法も」
「使わないよ」
「魔力弓も」
「剣の練習だし」
「では」
二人が。
距離を取る。
周囲の騎士たちも。
少しずつ。
こちらへ視線を向け始めた。
「始めます」
「うん」
次の瞬間。
リーナが。
一気に踏み込んだ。
「――っ」
速い。
鋭い突き。
リリスは。
木剣を傾ける。
――カンッ!
真正面から受けず。
槍先を横へ流す。
「……!」
リーナが。
即座に槍を引く。
二撃目。
三撃目。
突き。
薙ぎ。
柄による打撃。
次々と。
攻撃が繋がる。
けれど。
「見える」
身体が。
自然に動く。
半歩。
横へ。
剣で流す。
身を沈める。
間合いへ入る。
「っ!」
リーナが。
槍の柄で。
木剣を受け止めた。
――ガンッ!
「やりますね!」
「リーナも!」
距離が離れる。
赤い瞳。
そして。
リーナが笑った。
「もう少し速くします」
「いいよ」
「言いましたね」
瞬間。
――ドンッ!
「速っ」
先ほどとは。
明らかに違う。
リーナの槍が。
赤い残像を引く。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
「っ」
受ける。
逸らす。
避ける。
しかし。
五撃目。
槍の先が。
リリスの左肩を掠めた。
「……あ」
革鎧に。
浅い傷。
「そこまで!」
リーナが。
すぐに槍を止める。
「怪我は?」
「ちょっとだけ」
服の下。
肩に。
浅い切り傷。
血が。
少しだけ滲んでいた。
けれど。
次の瞬間。
傷口が。
勝手に塞がっていく。
「……」
「……」
「本当に再生するんですね」
「うん」
《不老不死の加護》。
数秒も経たず。
傷は。
完全に消えた。
「痛みは?」
「少しあったけど平気」
「不老不死とはいえ」
リーナが。
真剣な顔になる。
「怪我をしていい理由にはなりませんからね」
「分かってる」
「ならいいです」
「でも」
「?」
「今度は私が当てる」
「……負けず嫌いですか?」
「ちょっと」
「それは私もです」
二人が。
笑う。
◇◇◇
次は。
《身体強化》Lv10。
「最低出力ですよ」
「分かってる」
身体へ。
魔力を巡らせる。
「《身体強化》」
瞬間。
身体が。
一気に軽くなった。
「……!」
脚。
腕。
視覚。
反応。
すべて。
強化される。
少し。
地面を蹴る。
――ドンッ!
「え?」
一瞬で。
十メートル近く進んでいた。
「リリス!」
「今の最低なんだけど」
「あなたの最低は普通ではありません!」
「難しい……」
「加減の訓練から必要ですね」
「うん」
それには。
リリスも。
素直に同意した。
◇◇◇
「次は」
リリスが。
少し楽しそうに右手を上げる。
「《魔力弓》」
青白い魔力が。
手の中へ集まる。
粒子が。
形を作り。
一本の美しい弓へ変わっていった。
弦も。
矢も。
すべて。
魔力で構成されている。
「おお……」
周囲の騎士たちから。
声が上がる。
「魔力武装か?」
「弓……?」
リリスは。
弦を引く。
すると。
何も持っていなかった左手側へ。
一本の魔力矢が。
自然と形成された。
「矢が勝手に」
「《上級魔弓術》の感覚は?」
「……すごい」
標的を見る。
二百メートル先。
小さな円形標的。
なのに。
距離。
角度。
風。
射線。
弓を引く強さ。
すべてが。
感覚として理解できる。
「撃ちます」
「どうぞ」
――シュンッ!
魔力矢が。
空気を切り裂いた。
そして。
――カンッ!
標的中央。
命中。
「……真ん中」
リーナが。
目を細める。
「初射ですよね?」
「うん」
「《上級魔弓術》……恐ろしいですね」
「便利」
「またそれですか」
◇◇◇
「次」
リリスの前に。
訓練用の魔導標的が。
十体並べられた。
「これなら」
頭の中に。
一つの戦技が浮かぶ。
「試していい?」
「何を?」
「これ」
魔力弓を構える。
━━━━━━━━━━
《多重捕捉射撃》
━━━━━━━━━━
瞬間。
視界の中。
十体の標的へ。
一斉に。
捕捉感覚が生まれた。
「……全部狙える」
「十体同時に?」
「うん」
弦を引く。
一矢。
ではない。
十本。
魔力矢が。
同時に形成される。
「《多重捕捉射撃》」
――シュシュシュシュシュッ!
十本の矢が。
別々の軌道を描く。
そして。
ほぼ同時。
――カカカカカカカカカンッ!
十体。
すべて。
命中。
「……」
「……」
騎士たちが。
静かになった。
「便利」
「それで済ませますか?」
「複数の魔物が来ても使えそう」
「ええ。集団戦ではかなり強力でしょう」
さらに。
「《追尾魔矢》も試したい」
移動標的。
左右へ。
不規則に動く。
狙う。
「《追尾魔矢》」
放つ。
標的が。
横へ動いた。
しかし。
魔力矢も。
空中で軌道を曲げる。
「曲がった」
――カンッ!
命中。
「避けても追うのですね」
「逃げる魔物に便利そう」
「リリス」
「なに?」
「素材目的で追い回す未来が見えます」
「便利じゃない?」
「否定できません」
◇◇◇
「じゃあ次は」
リリスが。
一番気になっていたものを見る。
━━━━━━━━━━
《魔爆矢》
━━━━━━━━━━
「……来ましたか」
リーナの顔が。
一気に警戒へ変わった。
「大丈夫」
「その言葉は禁止にしたいです」
「少ししか込めないから」
「本当に少しですよ?」
「うん」
使用する標的は。
普通の木製ではない。
訓練場の最奥に置かれた。
大型の魔法耐性標的。
さらに。
背後には。
攻撃魔法用の分厚い防壁。
「じゃあ」
一本の魔力矢を形成。
そこへ。
追加の魔力を。
込める。
「……」
少し。
もう少し。
「リリス」
「うん?」
「もう光り方がおかしいです」
「そう?」
「それ以上は禁止!」
「分かった」
魔力を止める。
「撃つよ」
「全員下がって!」
リーナが。
何故か。
周囲の騎士まで下がらせた。
「そこまでしなくても」
「撃ってください」
「はい」
弓を引く。
「《魔爆矢》」
――シュンッ!
魔力矢が。
標的へ。
直撃。
次の瞬間。
――ドォォォォォンッ!!
「わっ!?」
爆風。
土煙。
衝撃。
リリスの黒髪が。
大きく揺れる。
「……」
やがて。
煙が晴れる。
大型標的。
消滅。
その後ろ。
防壁。
中央が。
大きく抉れている。
「……」
「……」
「……」
「リーナ?」
無言。
「ちょっと強かった?」
「ちょっと?」
「少し?」
「リリス」
「はい」
「今の」
リーナが。
ゆっくり。
こちらを向く。
「どれくらい魔力を込めました?」
「かなり少なくした」
「具体的には?」
「……ほんのちょっと」
「今後、《魔爆矢》は禁止――」
「え」
「と言いたいところですが」
リーナが。
抉れた防壁を見る。
「使いこなせれば」
「非常に強力な切り札になります」
「じゃあ」
「ただし!」
「はい」
「加減を覚えてからです」
「分かった」
「本当に?」
「今度はもっと減らす」
「お願いします……」
◇◇◇
次は。
《雷魔法》。
「これも最低出力です」
「うん」
リリスが。
右手を伸ばす。
魔力操作。
魔力を。
かなり細く絞る。
青白い雷が。
指先に集まる。
――バチッ。
「おお」
「そのくらいです」
「じゃあ」
遠くの魔法標的へ。
「《雷撃》」
――バヂィッ!
雷光。
一瞬。
標的まで走る。
――ドンッ!
中央。
黒く焦げる。
「速い」
「雷魔法の長所ですね」
「これ」
リリスが。
《上級魔弓術》を見る。
「矢にも使える」
「……」
リーナが。
嫌な顔をした。
「何?」
「《雷装魔矢》ですね」
「うん」
「最低出力」
「分かってる」
魔力弓。
一本の矢。
そこへ。
《雷魔法》を重ねる。
青白い雷が。
魔力矢の周囲を走る。
「《雷装魔矢》」
――バシュンッ!
通常の魔力矢より。
さらに速い。
瞬く間に。
標的へ到達。
――バヂィィッ!
命中地点から。
雷が弾けた。
「……これ好き」
「でしょうね」
「速いし」
「ええ」
「格好いい」
「そこもでしょうね」
◇◇◇
最後。
「《回復魔法》も確認しましょう」
「怪我してる人いる?」
「いえ」
「じゃあどうする?」
その時。
近くで訓練していた騎士が。
手を上げる。
「昨日、腕を少し痛めまして」
「いいの?」
「軽い筋肉痛程度です」
リリスが。
腕へ手をかざす。
「《回復魔法》」
淡い。
白い光。
騎士の腕を。
優しく包む。
「……」
数秒。
「どう?」
騎士が。
腕を回す。
「痛みが……ありません」
「治った?」
「完全に」
「よかった」
「ありがとうございます、勇者様!」
「大したことしてないよ」
隣。
リーナが。
何故か。
少しだけ安心した顔をしている。
「何?」
「いえ」
「?」
「回復魔法だけは」
一拍。
「訓練場を破壊しないのですね」
「私をなんだと思ってるの?」
「本日の結果を思い出してください」
「……」
否定できなかった。
◇◇◇
訓練を終える。
結果。
《上級剣術》。
十分に実戦使用可能。
《身体強化》。
加減必須。
《雷魔法》。
加減必須。
《魔力弓》。
非常に相性が良い。
《上級魔弓術》。
予想以上。
《魔爆矢》。
特に加減必須。
「結論」
リーナが。
腕を組む。
「リリスは」
「うん」
「遠距離戦を主軸にした方がいいと思います」
「私もそう思う」
気配を察知。
危険を察知。
《隠密》で。
敵に見つからないよう接近。
あるいは。
十分な距離を確保。
《魔力弓》。
《上級魔弓術》。
そこへ。
状況に応じて。
雷属性。
爆発。
追尾。
複数捕捉。
「敵に近づかなくていいし」
「その方が安全です」
「不老不死だけど」
「それでもです」
「うん」
「そして」
リーナが。
真っ直ぐリリスを見る。
「近づかれた場合は《上級剣術》」
「なるほど」
「十分すぎる戦闘構成です」
「じゃあ」
リリスが。
笑う。
「これで冒険できる?」
「……」
リーナが。
一瞬考える。
「最低限の訓練は必要ですが」
「うん」
「実戦経験を積みながらでも問題ないでしょう」
「じゃあ次は」
「はい」
リーナも。
少し笑った。
「《冒険者ギルド》です」
その言葉に。
リリスの黒い瞳が。
また。
楽しそうに輝いた。
「やっと冒険者登録」
「勇者なのに随分嬉しそうですね」
「勇者より」
リリスは。
腰の鉄の剣へ。
軽く手を置く。
「冒険者の方が自由そうだから」
「……確かに」
五百年後の世界。
まだ。
知らないことばかり。
魔物。
素材。
街。
遺跡。
大陸。
その全てを。
これから。
自分の足で見に行ける。
「行こう、リーナ」
「はい」
「冒険者ギルドへ」
二人は。
騎士団訓練場を後にした。
次なる目的地。
王都の。
《冒険者ギルド》へ向かうために。




