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第十四話 水辺のスライム



 放たれた矢は湿地を吹き抜ける風に乗り、六十メートルほど離れた《ブルースライム》へ真っ直ぐ飛んでいった。


 ――プスッ。


「……あれ?」


 命中した。


 けれど、手応えがおかしい。矢は半透明の身体を貫くことなく、柔らかな表面へめり込んだところで勢いを失っている。


━━━━━━━━━━


《ブルースライム》


Lv:3


損傷:軽微


━━━━━━━━━━


「ほとんど効いてない」


 ブルースライムの身体が大きく震える。矢を包み込むように表面が波打ち、次の瞬間には弾き出された矢が湿った地面へ落ちた。


 LGOにもスライム系の魔物は存在していたが、五百年後の個体まで同じ性質とは限らない。リリスはすぐ二射目を放つのではなく、《鑑定》をもう少し深く使ってみる。


━━━━━━━━━━


《ブルースライム》


Lv:3


種族:粘体魔物


ランク:F


特徴:


水分を多く含む粘体を持つ。


通常の斬撃・刺突への耐性が高い。


身体内部の《粘核》を破壊されると

生命活動を維持できない。


弱点:


粘核


火属性


氷属性


━━━━━━━━━━


「やっぱり真ん中のあれが核なんだ」


 半透明の身体の内部には、親指ほどの青い球体が浮かんでいる。先ほどの矢は、その少し横を通っていたらしい。


 その間にブルースライムもこちらへ気づいた。


 ぷるん、と身体を縮める。


「……来そう」


 次の瞬間、弾むように前へ跳んだ。


 動き自体はフォレストウルフほど速くない。ただ、上下へ大きく跳ねながら移動するせいで、内部の核も一定の位置には留まっていなかった。


「これはいい練習になるかも」


 リリスは二本目の矢を番える。


 《照準》で粘核を追い、《動体射撃》で移動先を予測する。ただ本体へ当てるだけなら簡単でも、揺れ続ける小さな核を射抜くとなると話は別だ。


 五十メートル。


 四十五メートル。


 跳ねるたび、青い核も上下左右へ揺れる。


「……まだ」


 焦って撃たない。


 ブルースライムが地面へ落ち、身体が一度大きく潰れた。その反動で再び跳び上がろうとする瞬間、内部の核がほんの僅かに中央で止まる。


「そこ」


 ――ヒュッ!


 矢が放たれる。


 半透明の身体へ突入した矢は、今度は柔らかな粘体の中を突き進み――。


 ――カキンッ!


 小さな青い核を正確に貫いた。


「……当たった」


 ブルースライムの動きが止まる。


 膨らんでいた身体が力を失い、濡れた布のように地面へ崩れ落ちた。


━━━━━━━━━━


《ブルースライム》


討伐成功


━━━━━━━━━━


「ふふっ」


 思わず小さく笑う。


 一発目は失敗した。それでも、相手の特徴を知り、弱点を狙って二発目を当てた。


「こういうの、好きかも」


 ただ矢を撃つだけではない。相手によって狙う場所を変え、距離や動きまで考えて撃つ。それが思っていた以上に面白かった。


 けれど、依頼は五体討伐。


 《索敵》には、まだ四つの敵性反応が残っている。


「次もやってみよう」


◇◇◇


 二体目と三体目は、水辺の浅い場所にいた。


 二体がほぼ同時にこちらへ気づいたため、今度は少し難しい。


 片方が正面から跳ね、もう片方が右へ回り込むように移動してくる。


「意外とちゃんと動くんだ」


 単純な魔物だと思っていたが、完全に無秩序というわけでもないらしい。


 リリスは後退しながら一体目へ矢を放った。しかし狙った粘核は直前に身体の奥へ沈み、矢は粘体だけを通過して地面へ刺さる。


「外れた」


 すぐに次の矢を番える。


 もう一体が距離二十メートルまで接近していた。


 無理に核を狙い続ければ、近づかれる。


(だったら魔法も使おう)


 左手で短弓を持ったまま、右手を迫ってくるブルースライムへ向ける。


「《アイスニードル》」


 空中に形成された細い氷の針が射出された。


 ――パキッ!


 氷針がブルースライムの表面へ突き刺さった瞬間、その周囲が白く凍結していく。


━━━━━━━━━━


《氷魔法》Lv1


弱点属性補正


━━━━━━━━━━


「止まった」


 完全に凍ったわけではないが、動きが明らかに鈍くなった。


 今なら狙える。


 リリスは素早く矢を番え、凍りついた粘体の奥に見える核へ照準を合わせる。


 ――ヒュッ!


 ――カキンッ!


 二体目。


 続いて、先ほど外したもう一体が跳び込んでくる。


 リリスは身体を横へずらして回避し、着地したブルースライムが潰れた瞬間を狙った。


 矢を番える。


 引く。


 放つ。


 今度は一度で核を射抜いた。


━━━━━━━━━━


《ブルースライム》


討伐成功 ×2


━━━━━━━━━━


「よし」


 残り二体。


 弓を始めたばかりの頃なら、動く小さな弱点を狙う余裕などなかったはずだ。


 でも今は、少しずつ身体が弓の扱いを覚えてきている。


━━━━━━━━━━


《照準》


Lv3



Lv4


━━━━━━━━━━


「やっぱり、使い方で上がるんだ」


 命中させるだけではなく、どこを狙ったかも熟練度に関係しているのかもしれない。


 そう考えると、ますます試したくなる。


◇◇◇


 残り二体は少し離れた池の岸にいた。


 リリスは今度、距離を詰めなかった。


 約七十メートル。


 先ほどより遠い。


「この距離から、核に当てられるかな」


 《樫木の短弓》は初心者向けの短弓だ。本来なら遠距離射撃には向いていない。


 それでも《遠距離射撃》がどこまで補助してくれるのか確かめてみたい。


 風向きを見る。


 弱い横風。


 狙うのは少しだけ左。


 弦を引き切る。


 狙いを定めてからも、すぐには放たない。


 ブルースライムが跳ねる。


 一度。


 二度。


 三度。


 動きの周期を見る。


「次」


 着地。


 身体が沈む。


 核が中央へ寄る。


 その瞬間に指を離した。


 ――ヒュゥッ!


 これまでより長く、矢が風を切る音が響く。


 ブルースライムの身体へ入り、その中心へ。


 ――カキンッ!


「当たった」


 七十メートル。


 一射。


 狙ったのは身体ではなく、内部にある小さな粘核。


 綺麗に決まった。


「……これ、気持ちいい」


 思わず頬が緩む。


━━━━━━━━━━


《遠距離射撃》


Lv2



Lv3


━━━━━━━━━━


 最後の一体も、距離を保ったまま狙う。


 今度は相手がこちらへ向かって動き始めていた。一定の間隔で大きく跳ね、着地点が少しずつ左右へぶれている。


 狙うのは、今の核ではない。


 次に着地した瞬間の核。


 リリスは矢を番え、ブルースライムの動きを追う。


「……そこに来る」


 放つ。


 矢とブルースライムが互いに近づいていく。


 直後。


 スライムが予測した場所へ着地した。


 ――カキンッ!


 青い核が砕ける。


━━━━━━━━━━


《ブルースライム》


討伐成功


━━━━━━━━━━


依頼条件:


《スライム討伐》5/5


達成


━━━━━━━━━━


「終わった」


 まだ弓を使い始めて間もない。それでも最初にフォレストウルフへ放った一射とは、明らかに違っていた。


 リリスは《樫木の短弓》を眺める。


「やっぱり弓、楽しいな」


 もっと遠く。


 もっと小さな的。


 もっと速い相手。


 そういうものまで狙えるようになったら、きっとさらに面白い。


 いつか魔力を使った弓術も覚えることになるかもしれない。


 でも今は、この普通の弓で十分だった。


◇◇◇


 五体すべてを倒したところで、ドロップアイテムを確認する。


 《素材獲得量上昇》Lv10の補正を受けた素材は、すでに《自動収集》によって回収されていた。


━━━━━━━━━━


【今回取得】


《ブルースライムの粘液》×50


《ブルースライムの粘核片》×50


《水属性小魔石》×50


━━━━━━━━━━


「粘液……錬金術に使えそう」


 まずは《鑑定》。


━━━━━━━━━━


《ブルースライムの粘液》


品質:普通


分類:魔物素材


高い保水性と粘着性を持つ。


主用途:


錬金触媒


接着剤


保湿薬


冷却薬


━━━━━━━━━━


「接着剤にもなるんだ」


 次は粘核片。


━━━━━━━━━━


《ブルースライムの粘核片》


品質:普通


分類:魔物素材/魔力素材


粘体魔物の生命活動を支える

《粘核》の破片。


水属性魔力を僅かに保持する。


主用途:


水属性錬金


魔導具素材


ポーション安定剤


━━━━━━━━━━


「ポーションの安定剤……これいいかも」


 知らない使い道が出てくるたび、頭の中へ作ってみたい物が増えていく。


 そして、ドロップとは別に五体分の身体も残っている。


━━━━━━━━━━


《ブルースライムの死体》×5


回収しました。


━━━━━━━━━━


 半透明の粘体が《インベントリ》へ収まる。


「これ、解体したらどうなるんだろう」


 フォレストウルフやゴブリンとは構造がまるで違う。骨も皮もない。


 《解体》で何が取れるのか、純粋に気になる。


「帰ったら一体試そう」


 また予定が増えた。


 今日は《鉄葉強化液》を革の端材へ使う実験もするつもりだった。


「……二つくらいなら大丈夫かな」


 言った直後、自分で少し怪しいと思った。


◇◇◇


 討伐依頼は終わったが、リリスはすぐ王都へ戻らず湿地を少し歩くことにした。


 《水清草》の依頼分はすでに集まっている。それでも、ここには西方草原や森では見かけなかった植物が多い。


 《自動収集》もその期待に応えるように、次々と素材を回収していった。


━━━━━━━━━━


【今回取得】


《水清草》×20


《湿地苔》×20


《水珠花》×10


《青露草》×10


《沼蓮根》×10


━━━━━━━━━━


「沼蓮根?」


 知らない名前が混ざっていた。


━━━━━━━━━━


《沼蓮根》


品質:普通


分類:食材/薬用植物


湿地の浅瀬に根を伸ばす植物。


加熱すると食用可能。


僅かな滋養強壮作用を持つ。


主用途:


料理


疲労回復薬


滋養薬


━━━━━━━━━━


「食べられるんだ」


 今日の夕食とは別に、料理の練習へ使ってもよさそうだ。


 さらに少し先へ進む。


 すると《自動収集》が、今までとは違う通知を出した。


━━━━━━━━━━


新規素材


《蒼水晶砂》×10


━━━━━━━━━━


「水晶砂?」


 足元を見る。


 浅い水の底に、青白い光を反射する細かな砂が混じっていた。普通なら注意して探さなければ見逃しそうな量だ。


 《鑑定》。


━━━━━━━━━━


《蒼水晶砂》


品質:良質


分類:鉱物素材/魔力素材


水属性魔力を蓄積した

微細な結晶砂。


主用途:


水属性魔導具


錬金触媒


冷却素材


魔力伝導材


━━━━━━━━━━


「……鉱物まである」


 薬草だけではない。


 湿地には湿地でしか採れない鉱物もあるらしい。


「やっぱり色んな場所に行かないと駄目だね」


 森には森の素材。


 草原には草原の素材。


 湿地には湿地の素材。


 この王都周辺だけで、知らないものがいくつも見つかっている。


 世界全体なら、どれほどあるのだろう。


 想像するだけで楽しみだった。


◇◇◇


 王都へ戻ったのは午後だった。


 冒険者ギルドへ向かい、まず《水清草》を提出する。


━━━━━━━━━━


F級依頼


《薬草採取》


提出:


《水清草》×10


依頼達成


報酬:


銀貨4枚


━━━━━━━━━━


 続いてスライム討伐。


 討伐証明として《ブルースライムの粘核片》を五個提出した。


━━━━━━━━━━


F級依頼


《スライム討伐》


討伐確認:


5体


依頼達成


報酬:


銀貨5枚


━━━━━━━━━━


「二件とも問題ありません。お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


「初めて南方湿地へ行かれたんですよね。何か問題はありませんでしたか?」


「特には。ただ、ブルースライムって矢を身体に当てるだけだとほとんど効かないんですね」


「ええ。粘体ですからね。弓使いには少し面倒な相手です」


「核を狙ったら倒せました」


「……全部?」


「五体とも」


 受付職員が少しだけ黙った。


「何か?」


「いえ。新人の方には普通、火魔法を使うか近距離から核を狙うよう案内しているので」


「ああ……」


「遠距離から粘核だけを射抜いたんですか?」


「一番遠いので七十メートルくらいです」


「……そうですか」


 何故か昨日と似た顔をされた。


「私、何か変なことしました?」


「いいえ。順調に成長されているようで何よりです」


「今ちょっと言い方に困りましたよね?」


「気のせいです」


 絶対に気のせいではない。


 それでも依頼は無事に完了した。


 西方林の異変について新しい情報がないか掲示板も確認してみる。


 警戒情報は朝と変わっていなかった。


 《剛爪獣グラウル》一頭。


 そのさらに奥で発見された、五本指の巨大な足跡。


 B級冒険者を含む調査隊は、まだ戻っていない。


「……今日は変化なしか」


 少し気にはなる。


 でも、報告がないものを考えていても仕方がない。


 リリスはギルドを出て、《銀の木亭》へ戻った。


◇◇◇


 その日の夕方。


 部屋の机には《革の端材》と《鉄葉強化液》が並んでいた。


「まず少量から」


 革の端材一枚へ、強化液を薄く塗る。


 《錬金術》を使いながら液体を革の繊維へ浸透させていくと、表面に僅かな光が走った。


 数秒後。


━━━━━━━━━━


錬金加工成功


《鉄葉強化革》


品質:高品質


使用素材:


《革の端材》×1


《鉄葉強化液》少量


効果:


耐久性上昇


耐摩耗性上昇


軽度物理耐性


━━━━━━━━━━


「できた」


 普通の革片と並べて触ってみる。


 厚さはほとんど変わらない。それなのに、明らかに強度が増している。


 曲げることはできる。


 柔軟性も残っている。


「これなら防具にも使えそう」


 今の《革鎧一式》そのものを加工できるかもしれない。


 ただ、いきなり全体を改造するより、何枚か端材で条件を変えて試した方がいいだろう。


「濃度を変えたらどうなるかな」


 もう一枚。


 そして三枚目。


 気づけば実験が始まっていた。


━━━━━━━━━━


《革の端材》×3


《鉄葉強化液》使用


━━━━━━━━━━


 濃度を高くしすぎると、革が硬くなりすぎた。逆に薄すぎると強化効果がほとんど出ない。


「このくらいが一番いいかも」


 適度な柔軟性を維持しながら、防御力だけを高められる配合を探していく。


 さらに、今日手に入れた《ブルースライムの粘液》を見たところで手が止まった。


「……これ混ぜたら?」


 粘液には保水性と粘着性がある。


 鉄葉強化液を革へ定着させる補助剤に使えるかもしれない。


「一回だけ」


 完全にいつもの流れだった。


━━━━━━━━━━


使用素材:


《鉄葉草》×2


《ブルースライムの粘液》×2


《飲料水》×1


━━━━━━━━━━


 鉄葉草の強化成分を抽出し、そこへ少量のスライム粘液を加える。粘度が上がりすぎないよう調整しながら、革へ浸透しやすい状態を保つ。


 出来上がった液体は、最初の《鉄葉強化液》より僅かに透明度が高かった。


━━━━━━━━━━


錬金成功


《鉄葉浸透強化液》


品質:高品質


効果:


革・布素材への浸透強化


強化効果の定着率上昇


耐久性上昇


耐摩耗性上昇


柔軟性維持


使用素材:


《鉄葉草》×2


《ブルースライムの粘液》×2


《飲料水》×1


━━━━━━━━━━


「……こっちの方がいい」


 革の端材へ試すと、強化後も柔らかさがほとんど失われなかった。


「スライム素材、便利だなぁ」


 薬にも使える。


 接着剤にもなる。


 装備加工の補助剤にもなる。


 F級魔物の素材だからといって、価値が低いとは限らないらしい。


 リリスはさらに別の瓶へ手を伸ばしかけ――。


「……今日はここまで」


 止めた。


 少しだけ迷う。


 机の上には《ブルースライムの粘核片》もある。


「……明日」


 今度こそ片づける。


 その瞬間だった。


 遠くから。


 ――ゴォォォォォン。


 王都の鐘が鳴った。


「……?」


 一度。


 続いて二度。


 三度。


 宿の一階が少し騒がしくなる。


 リリスはすぐに立ち上がり、窓を開いた。


 通りでは衛兵が走っている。


「何かあった?」


 《危険察知》には反応しない。


 王都が襲撃されている様子でもなかった。


 部屋を出て一階へ降りる。


「ミリアさん、今の鐘って?」


「ギルドの緊急招集じゃないかね。王都全体の警報鐘とは音が違うから」


「緊急招集……」


 西方林。


 朝、森の奥へ入った調査隊。


 真っ先にそれが浮かんだ。


 リリスは装備を身につけ直し、《樫木の短弓》を背負う。


「ちょっとギルド見てきます」


「気をつけるんだよ」


「はい」


◇◇◇


 冒険者ギルドへ着いた時には、すでに大勢の冒険者が集まっていた。


 掲示板の前。


 受付。


 奥の通路。


 普段より明らかに慌ただしい。


「リリスさん?」


 見覚えのある受付職員がこちらへ気づいた。


「何があったんですか?」


 職員は少し迷ったあと、低い声で答えた。


「西方林へ入った調査隊が戻りました」


「無事ですか?」


「全員生存しています。ただし、一名負傷しています」


 また負傷者。


「グラウルに?」


「違います」


 リリスの表情が変わる。


「じゃあ……」


「深部で、別の大型魔獣を直接確認しました」


 受付職員が一枚の報告書を掲示板へ貼る。


━━━━━━━━━━


《緊急調査報告》


王都西方林・深部


大型魔獣を確認。


暫定識別:


《剛腕巨猿ガルガンド》


危険度:


B級相当


全高:


推定8m


━━━━━━━━━━


「……ガルガンド」


 巨大な五本指の足跡。


 途中からへし折られた巨木。


 その正体。


 報告はさらに続いていた。


━━━━━━━━━━


確認事項:


《剛腕巨猿ガルガンド》×1


本来の生息域:


西方林外

北西部原生森林帯


西方林での確認記録:


なし


━━━━━━━━━━


 リリスは最後の項目を見る。


「ガルガンドも……ここにいるはずの魔物じゃない」


「ええ」


 受付職員が頷く。


「そして、調査隊がもう一つ気になるものを発見しました」


「もう一つ?」


 地図が広げられる。


 ガルガンドを確認した地点より、さらに北西。


 森の地面。


 そこには巨大な亀裂が生じていたという。


「地割れ?」


「正確には、地下から何かが噴き出したような痕跡です」


「何が?」


「魔力です」


 リリスが目を細める。


 受付職員が、調査隊の持ち帰った小さな石片を机へ置いた。


 黒い石。


 しかし、その内部では青紫色の光が脈打つように明滅している。


「……これ」


 初めて見る。


 リリスは《鑑定》を使った。


━━━━━━━━━━


《変質魔力石》


品質:不安定


分類:異常魔力鉱物


地脈から急激に噴出した

高濃度魔力の影響により

通常鉱石が変質したもの。


内部魔力:


極めて不安定


注意:


強い衝撃を与えないこと。


━━━━━━━━━━


「地脈……」


「現在、ギルドではこう推測しています」


 受付職員が地図を指す。


「西方林のさらに北西で、何らかの地脈異常が発生した。その影響で原生森林帯の環境が変化し、《剛腕巨猿ガルガンド》が本来の縄張りを離れた」


 指が少し南へ動く。


「ガルガンドが西方林深部へ移動したことで、《剛爪獣グラウル》が押し出された」


 さらに南へ。


「そしてグラウルに追われる形で、ゴブリンが森の浅層や街道周辺へ移動した」


「……全部つながった」


「まだ仮説ですが、かなり有力です」


 魔物が次々と別の魔物に追われていたわけではない。


 始まりは、もっと別の場所。


 大地そのものに起きた異変。


 リリスは机の上の《変質魔力石》を見る。


 青紫色の光が、規則性もなく揺らいでいる。


「地脈の異常……」


 魔物だけなら、討伐すれば終わる。


 でも。


 もし原因が地脈なら。


「これ、グラウルやガルガンドを倒しても終わらないですよね」


「その通りです」


 受付職員の表情は険しかった。


 そして、リリスの黒い瞳は。


 ほんの少しだけ。


 興味深そうに《変質魔力石》へ向けられていた。

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