第十三話 森の外でできること
冒険者ギルドを出た頃には、王都の空が茜色に染まり始めていた。
西方林の奥には《剛爪獣グラウル》がいる。本来ならもっと北西の森林地帯に生息しているD級魔物で、少なくともここ十年以上、王都西方林での公式記録はないらしい。
気にならないと言えば嘘になる。
けれど、ギルドからも一人で探しに行くなと釘を刺されている。リリス自身も、今の実力でD級魔物へ挑むつもりはなかった。
「気になるけど……今できることをやろう」
そう決めて、《銀の木亭》へ戻る。
◇◇◇
「お帰り、リリスちゃん」
「ただいまです」
宿へ入ると、ミリアがいつものようにカウンターの奥から声をかけてきた。
「今日は薬を届けに行ったんだっけ?」
「はい。それだけの予定だったんですけど、また色々ありました」
「……また?」
「調査に入った冒険者さんが大型魔獣に襲われて、治療を手伝って、それからギルドに報告してきました」
ミリアがしばらく黙る。
「リリスちゃん」
「はい?」
「普通の薬品配送って、そんなに大変な依頼だったかしら?」
「私も違うと思います」
「だよねぇ」
困ったように笑われた。
夕食を済ませ、部屋へ戻ったリリスは装備を外して椅子へ腰を下ろした。今日は森の奥へ入ったわけではないが、それでも随分と色々なことがあった。
机の上へ、今日手に入れた素材をいくつか並べる。
《朝露花》。
《鉄葉草》。
そして、二体分残している《ゴブリンの死体》。
「今日は解体からやろうかな」
以前フォレストウルフを解体した経験はあるが、ゴブリンを自分で解体するのは初めてだ。
人に近い姿をしていることへの抵抗感は、やはり少しある。それでも魔物であり、冒険者ギルドでは素材として普通に扱われている。
リリスは一体だけ《インベントリ》から取り出した。
「……よし」
《解体》の知識を意識し、作業用の布を敷いて慎重に処理を始める。
粗い皮。牙。骨。腱。小さな魔石。
使える部分と、そうでない部分を見極めて切り分けていく。
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《解体》成功
《ゴブリンの粗皮》×6
《ゴブリンの牙》×4
《ゴブリンの骨》×8
《ゴブリンの腱》×4
《小魔石》×1
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《素材獲得量上昇》Lv10
解体補正適用
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「ちゃんと取れた」
死体そのものが増えるわけではないが、使える部分をほとんど無駄なく回収できている。《素材獲得量上昇》の効果は、解体では素材を十倍に複製するのではなく、普通なら捨てられるような部分まで高品質な素材として回収しやすくするらしい。
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《解体》
Lv3
↓
Lv4
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「こっちも上がった」
道具を《洗浄》で綺麗にし、解体した素材を《インベントリ》へ収納する。
残るもう一体は、今すぐ処理せず保存しておくことにした。魔物によっては錬金術で死体そのものを材料として利用できる可能性もある。
続いて取り出したのは《鉄葉草》。
「防具用錬金素材、か」
薬草でありながら、葉の内部には微量の鉄分と土属性魔力が蓄積されている。
手に取ってみると名前の通り葉が硬い。普通の草なら簡単に折れるところが、少し曲げても元へ戻ろうとする。
「これ、革に使えないかな」
自分が着ている《革鎧一式》を思い浮かべる。
まだ買ったばかりだし、初心者装備として不満はない。ただ、これから魔物と戦うなら少しでも丈夫な方がいい。
《錬金術》を使って鉄葉草から強化成分を抽出する。
葉を細かく砕き、生成した水と混ぜながら魔力を流し込む。濃い緑色だった液体は、やがて金属を溶かしたような灰緑色へ変化した。
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錬金成功
《鉄葉強化液》
品質:高品質
使用素材:
《鉄葉草》×3
《飲料水》×1
用途:
革素材強化
布素材強化
耐摩耗性向上
軽度物理耐性付与
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「おお……やっぱり装備に使える」
すぐに革鎧へ塗りたくなる。
けれど、そこで手を止めた。
「失敗したら困るよね」
さすがに現在使っている防具で、いきなり実験するのは危険だ。
まずは革の端材を買って試した方がいい。
「明日、武具店で端材もらえないか聞いてみようかな」
新しい予定が一つ増えた。
さらに《朝露花》も机の上へ置く。
「これはフェルナ草と合わせたいけど……今日はやめとこう」
昨日も、一回だけと言いながら二種類作った。
今日はちゃんと止める。
「……ちゃんと成長してる」
錬金術ではなく、自制心が。
少しだけ満足して、リリスは素材を片づけた。
◇◇◇
翌朝。
朝食を済ませたリリスは、まず冒険者ギルドへ向かった。
入口をくぐった瞬間、昨日とは空気が違うことに気づく。
西方林に関する掲示の前へ何人もの冒険者が集まっていた。
「何かあったのかな」
近づいて確認する。
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《西方林・追加警戒情報》
《剛爪獣グラウル》
生息地点を確認。
推定個体数:
1
現在のところ
フェルナ村方面への移動兆候なし。
ただし――
さらに深部にて
未確認大型魔物の痕跡を発見。
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「……未確認大型魔物?」
最後の一文が気になった。
その時、受付から声をかけられる。
「リリスさん」
「おはようございます。これ、昨日の続きですか?」
「ええ。今朝、偵察隊が戻りました」
「グラウルは確認できたんですね」
「一頭だけです。幸い、現在は一定の範囲から動いていません」
「じゃあ、ゴブリンを追い出したのはやっぱりグラウル?」
「その可能性はかなり高くなりました」
そこまでなら予想通りだった。
「でも、この未確認大型魔物って……」
職員の表情が少し険しくなる。
「グラウルが現在いる場所より、さらに奥で見つかった痕跡です」
「姿は?」
「確認できていません。偵察隊も無理をせず撤退しました」
正しい判断だろう。
グラウル一頭を確認することが目的なのに、その奥で未知の魔物まで探す必要はない。
「どんな痕跡だったんですか?」
「足跡と、倒された樹木です」
「グラウルのじゃなくて?」
「違います」
受付職員が一枚の写しを見せてくれた。
泥へ残された巨大な足跡の簡単な図。
五本指。
大きさは人間の胴体ほどもある。
「……大きい」
「偵察隊の報告では、グラウルの足跡より明らかに大きかったそうです」
「じゃあ……」
リリスの頭の中で、今までの情報がつながっていく。
森の深部に未知の大型魔物。
その外側に、本来ここにはいないグラウル。
さらに外へ追い出されたゴブリン。
そして街道やフェルナ村付近まで現れ始めた魔物たち。
「押し出されてきてる……?」
「ギルドもその可能性を疑っています。ただし、まだ確定ではありません」
森の奥で起きた何かによって、魔物が玉突きのように外へ移動している。
もしそうなら、グラウルを討伐するだけでは根本的な解決にならない。
「現在、西方林深部はC級以上の冒険者に立入制限を変更しました。B級冒険者を含む調査隊を編成しています」
「かなり上がりましたね」
「未知の魔物を想定していますから」
リリスは掲示を見つめる。
知りたい。
どんな魔物なのか。
何故突然現れたのか。
五百年前には存在しなかった種類なのか。
素材は何が取れるのか。
「……」
「リリスさん?」
「行きませんよ」
「まだ何も言ってませんが」
「顔に書いてありました」
「リリスさんの方にも書いてありますよ」
「……そんなに分かりやすいかな」
「かなり」
少し悔しい。
「今日は別の依頼を受けます」
「ぜひそうしてください」
受付職員が安心したように依頼表を何枚か並べた。
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F級依頼
《スライム討伐》
討伐数:
5体以上
場所:
王都南方湿地
報酬:
銀貨5枚
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F級依頼
《薬草採取》
対象:
《水清草》×10
場所:
王都南方湿地
報酬:
銀貨4枚
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「同じ場所なんですね」
「ええ。両方受ける方も多いですよ」
「じゃあ、両方お願いします」
「承りました」
森へ行けないなら、別の場所へ行けばいい。
それに《水清草》という名前は初めて聞いた。
その時点で、リリスにとっては十分に魅力的な依頼だった。
◇◇◇
ギルドを出たあと、昨日買った武具店にも立ち寄った。
「いらっしゃい……お、昨日の嬢ちゃんか」
「こんにちは」
「もう装備壊したとか言わないだろうな?」
「まだ壊してません」
「まだ、って言い方が怖いな」
店主が笑う。
「革の端材って売ってますか?」
「端材? 何に使うんだ?」
「錬金術の実験です」
「錬金術師だったのか」
「はい」
店主は奥へ行き、小さな革片をまとめた袋を持ってきた。
「加工で余ったやつならあるぞ。売り物にならん小さいのばっかりだが」
「それで十分です」
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購入:
《革の端材》×20
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「変なもの作って店を吹き飛ばすなよ」
「吹き飛ばしませんよ」
「錬金術師はたまにやるからな」
「……本当に?」
「本当に」
少しだけ興味が湧いたが、聞くのはやめた。
たぶん詳しく聞くと怖い話になる。
◇◇◇
王都南門を出ると、西側とは違った景色が広がっていた。
草原をしばらく進んだ先に、低地がある。その一帯には細い川と池が点在し、水辺を好む植物が広く生えていた。
「南方湿地かぁ」
西方林のような不穏な空気はない。
風に混じって湿った土と水草の匂いがする。
リリスは《自動収集》を起動した。
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《自動収集》Lv10
ON
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数分もしないうちに通知が入る。
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《水清草》×20
《湿地苔》×10
《青露草》×10
《水珠花》×10
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「依頼終わっちゃった」
まだ湿地の入口に着いたばかりなのに、《水清草》は必要数を超えていた。
もちろん、すぐ帰るつもりはない。
「スライムも探さないと」
《索敵》を使う。
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《索敵》Lv1
生体反応:
7
敵性反応:
5
距離:
約93m
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「ちょうど五体いる」
《樫木の短弓》を手に取る。
西方林の異変へ関われないなら、その間に自分が強くなればいい。
弓も。
魔法も。
探索も。
錬金術も。
まだ全部、始めたばかりだ。
「まずは弓でやってみようかな」
水辺の向こう。
半透明の青い身体が、ぷるんと揺れた。
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《ブルースライム》
Lv:3
種族:
粘体魔物
ランク:
F
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「スライム……ちゃんといるんだ」
LGOでもお馴染みだった魔物。
けれど五百年後の個体が同じとは限らない。
リリスは矢を一本番える。
距離は約六十メートル。
フォレストウルフを最初に撃った時より、ずっと遠い。
「当てられるかな」
少しだけ笑う。
《照準》。
《遠距離射撃》。
呼吸を整え、風を読む。
柔らかい身体の中央には、小さな青い核のようなものが透けて見えていた。
「……あそこかな」
弦をゆっくりと引き絞る。
西方林の奥で何が起きているのかは、まだ分からない。
それでも、焦る必要はない。
今日できることを一つずつ。
昨日より少しだけ遠くへ。
昨日より少しだけ正確に。
そしていつか、本当に必要になった時に、自分の足で森の奥へ行けるように。
「――今」
指を離した。
矢が風を裂き、青いスライムへ向かって一直線に飛んでいった。




