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第十一話 フェルナ村への薬品配送



 受付で依頼を受注すると、リリスは冒険者ギルドから木箱を一つ預かった。


━━━━━━━━━━


F級依頼


《フェルナ村への薬品配送》


配送品:


《初級回復薬》×10


《初級解毒薬》×5


《止血薬》×10


《解熱薬》×5


目的地:


フェルナ村


報酬:


銀貨6枚


━━━━━━━━━━


「こちらをフェルナ村の薬師、エレナさんへ届けてください」


「エレナさんに?」


「ご存じなんですか?」


「昨日会いました。息子さんを森で助けたので」


「ああ、昨日の報告にあった男の子ですね」


 受付職員が納得したように頷いた。


「でしたら話が早いですね。最近、西方林周辺でゴブリンが増えているため、念のため村の常備薬を補充することになりました。箱にはギルドの封印がありますので、中身はそのままお渡しください」


「分かりました」


 木箱を《インベントリ》へ収納する。


━━━━━━━━━━


依頼品:


《薬品配送箱》×1


収納しました。


━━━━━━━━━━


 依頼そのものは簡単だ。


 昨日一度通った道なので迷う心配もほとんどない。ただし、西方林では異常が確認されている。


 リリスはギルドを出る前に掲示板をもう一度確認した。


 E級依頼《王都西方林・異常調査》はすでに受注済みになっている。おそらく別の冒険者たちが調査へ向かったのだろう。


(私は村まで。森の奥には入らない)


 気になるからこそ、線引きはしておく。


 その代わり、道中で見つけられるものは遠慮なく集めるつもりだった。


◇◇◇


 王都西門を出てしばらく歩いたところで、リリスは《自動収集》を起動した。


━━━━━━━━━━


《自動収集》Lv10


ON


━━━━━━━━━━


 昨日通った草原だが、素材がすべてなくなったわけではない。採取範囲へ入るたびに、所有者のいない野草や木の実が《インベントリ》へ収まっていく。


━━━━━━━━━━


《緑癒草》×20


《青露草》×10


《赤実草》×10


《野甘苺》×20


《細魔草》×10


━━━━━━━━━━


「今日もよく集まるなぁ」


 歩いているだけなのに、錬金素材が増えていく。


 以前のLGOなら素材採取のために一つ一つ採取ポイントを回っていた。それも嫌いではなかったが、《自動収集》の便利さを知ってしまうと戻れる気がしない。


「これ、長旅したらすごいことになりそう」


 大陸を一つ横断するだけでも、どれだけの素材が集まるのだろう。


 少し想像して、楽しくなる。


 ただし街道沿いには農地もある。《自動収集》は畑や果樹園の作物にはまったく反応しない。


「そこは本当に安心だね」


 勝手に他人の畑を空にするような能力だったら、怖くて使えなかった。


 しばらく進むと、西方林が近づいてくる。


 昨日と同じように《索敵》《気配察知》《危険察知》を意識しながら歩く。


 今のところ敵性反応はない。


 その代わり、街道脇の低木の下から新しい素材が回収された。


━━━━━━━━━━


新規素材


《朝露花》×10


━━━━━━━━━━


「新しいの来た」


 足を止めて《鑑定》する。


━━━━━━━━━━


《朝露花》


品質:普通


分類:薬草


早朝から昼前にかけて

花弁へ魔力を含んだ露を溜める植物。


主用途:


解熱薬


疲労回復薬


薬草茶


錬金触媒


━━━━━━━━━━


「これ、フェルナ草と合いそう」


 フェルナ草にも解熱作用があった。


 作用が似ている素材を組み合わせれば、もっと強い解熱薬が作れるかもしれない。あるいは、疲労回復効果を残したまま別の薬へ発展させることもできそうだ。


「帰ったら試してみよう」


 また予定が増えた。


 リリスは少し嬉しそうに歩き出す。


◇◇◇


 フェルナ村へ続く分かれ道まで来たところで、《危険察知》が小さく反応した。


━━━━━━━━━━


《危険察知》Lv1


微弱反応


━━━━━━━━━━


「……ん?」


 すぐに足を止める。


 《気配察知》へ意識を集中した。


━━━━━━━━━━


生体反応:


3


敵性反応:


1


距離:


約82m


━━━━━━━━━━


「一体だけ……」


 場所は街道から少し離れた林の縁。


 人の気配も二つある。


 リリスは《樫木の短弓》を手に取り、足音を抑えて近づいた。


 やがて木々の隙間から見えたのは、荷車と二人の男性だった。村人らしい服装をしており、その前には一体の小さな魔物がいる。


━━━━━━━━━━


《ゴブリン》


Lv:4


種族:


亜人型魔物


ランク:


F


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「またゴブリン……」


 昨日ほどの数ではない。


 ただし、場所が気になった。


 ここはフェルナ村へ続く街道のすぐ近く。それも森の中ではなく、ほとんど道沿いだ。


 ゴブリンは錆びた短剣を手に、荷車を引いていた男たちへ威嚇するような声を上げている。


「下がっててください!」


 リリスが声をかけながら弓を構えた。


「冒険者!?」


 驚いた男たちが荷車の後ろへ下がる。


 ゴブリンがこちらへ顔を向けた。


「ギャッ!」


 標的が変わる。


 リリスは矢を番え、息を整えた。


 距離は四十メートルほど。昨日より少し遠い。


 《照準》で中心を捉え、《遠距離射撃》を意識する。


(頭は小さい。胸でいい)


 確実性を優先した。


 弦を引き切り、ゴブリンが走り出すより早く指を離す。


 ――ヒュッ!


 矢はほとんど狙い通りの軌道を描き、ゴブリンの胸へ突き刺さった。


「ギャッ――!」


 それでも倒れきらず、よろめきながらこちらへ向かおうとする。


「もう一発」


 二本目を番える。


 今度は距離が縮まっている。


 落ち着いて狙い、放つ。


 ――ドスッ!


 矢が脇腹から深く入り、ゴブリンが地面へ倒れた。


 少し待つ。


 敵性反応が消える。


━━━━━━━━━━


《ゴブリン》


討伐成功


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【ドロップアイテム】


《ゴブリンの粗皮》×10


《ゴブリンの牙》×20


《小魔石》×10


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《自動収集》Lv10


ドロップアイテムを

自動取得しました。


━━━━━━━━━━


 倒れたゴブリンの死体も別に残っている。


 リリスは近づいて触れた。


━━━━━━━━━━


《ゴブリンの死体》×1


回収しました。


━━━━━━━━━━


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ。助かったよ」


 二人の男性が荷車の陰から出てきた。


「村の方ですか?」


「そうだ。畑で使う道具を取りに王都へ行ってたんだ。まさかこんな街道までゴブリンが出てくるとは思わなくてな」


「最近よく見ます?」


「昨日までは見なかったぞ。森の中ならともかく、この道で見るなんて何年ぶりだか」


 やっぱりおかしい。


 ギルドの判断は正しかったらしい。


「村まで一緒に行きますか?」


「頼めるか?」


「私もフェルナ村へ行くところなので」


 ちょうどいい。


 リリスは二人と一緒に、村まで残りの道を進むことにした。


◇◇◇


「リリス姉ちゃん!」


 村へ入った途端、聞き覚えのある声が飛んできた。


「ロイ」


 家の前にいたロイがこちらへ走ってくる。


「また来た!」


「昨日また来るって言ったばかりだけどね」


「でもこんなすぐだと思わなかった!」


「今日は仕事」


「仕事?」


「薬を届けに来たの」


 荷車の男性たちも、近くにいた村人へ先ほどの出来事を話し始めている。


「街道にゴブリンが?」


「昨日より外へ出てきてるじゃないか」


「村長に知らせろ」


 村の空気が少しざわついた。


 ロイも不安そうな顔になる。


「またゴブリンいたの?」


「一体だけね。ちゃんと倒したから大丈夫」


「リリス姉ちゃん、やっぱり強いな!」


「まだF級なんだけどなぁ」


 少し複雑だった。


 昨日から九体、今日一体。


 戦えているのは事実だが、これで自分を強いと思い込むのは危ない。


「ロイ、母ちゃんいる?」


「いるよ。薬作ってる」


「じゃあ案内してもらっていい?」


「こっち!」


 昨日と同じ道を、ロイが先に歩いていく。


 今日はちゃんと走っていなかった。


◇◇◇


「まあ、本当に翌日に来るとは思いませんでした」


 エレナはリリスを見ると、驚いたあとすぐに笑った。


「私もです。冒険者ギルドの依頼で来ました」


 《インベントリ》から封印された木箱を取り出す。


━━━━━━━━━━


依頼品:


《薬品配送箱》×1


━━━━━━━━━━


「西方林の件で、ギルドから常備薬の追加だそうです」


「もう手配してくれたんですね」


 エレナが封印を確認して受領書へ署名する。


「最近少し在庫が減っていたので助かります。森へ入る人が減れば薬の消費も落ち着くと思いますけど……」


「実は、来る途中でもゴブリンが一体出ました」


「え?」


 エレナの手が止まった。


「村へ続く街道です。王都から戻ってきた村の人が襲われそうになっていました」


「そんなところまで……」


「ギルドではもう調査依頼が出ています。E級以上の冒険者が調べてるはずです」


「そうですか。それなら少し安心ですけど」


 完全には安心できないのだろう。


 エレナの視線が窓の外、森の方向へ向かう。


「ロイ。しばらく森には絶対入っちゃ駄目だからね」


「分かってるよ」


「一人では、じゃないからね。絶対に、よ」


「……はい」


 昨日のこともあるので、さすがにロイも素直だった。


「そうだ」


 リリスは思い出して《インベントリ》を開く。


「エレナさん、昨日言ってた薬、作ってみました」


「もうですか?」


「一種類目はこれです」


 取り出した小瓶を作業台へ置く。


━━━━━━━━━━


《初級解熱鎮痛薬》


品質:高品質


━━━━━━━━━━


「フェルナ草から作りました」


「見ても?」


「どうぞ」


 エレナは瓶を光へ透かし、色と濁りを確認する。それから蓋を開け、僅かに匂いを確かめた。


「……ずいぶん澄んでますね」


「錬金術で有効成分を抽出しました」


「フェルナ草だけで?」


「水も使ってますけど、薬草はフェルナ草だけです」


「少し舐めても?」


「はい」


 エレナは小さな匙でほんの一滴だけ掬い、舌へ乗せた。


「苦味がかなり抑えられてる……でも薬効は残ってる。普通に煎じたものより濃いくらいかもしれません」


「よかった」


「昨日初めてフェルナ草を見たんですよね?」


「はい」


「……錬金術師ってすごいですね」


「たぶん、私の《錬金術》がちょっと特殊なんだと思います」


 Lv10。


 しかも創造神から直接授かった技能である。


 普通の錬金術師と同じ基準で考えない方がいいだろう。


「もう一個あります」


「まだあるんですか?」


 次の小瓶を出す。


━━━━━━━━━━


《初級複合治療薬》


品質:高品質


━━━━━━━━━━


「フェルナ草と銀葉草を合わせました。解熱、鎮痛、炎症抑制と止血補助があります」


「一晩で?」


「二種類だけです」


「二種類も、です」


「……やっぱり?」


「やっぱりです」


 昨日ミリアにも似たような反応をされた気がする。


 エレナは薬を調べながら、感心したように何度も頷いた。


「面白いですね。薬師だと、素材の性質をなるべくそのまま活かす作り方が多いんです。乾燥させたり、煎じたり、粉にしたり。錬金術はもっと積極的に成分を組み替えるんですね」


「私もエレナさんの作り方、見てみたいです」


「なら一つ作ってみます?」


「いいんですか?」


「せっかくですから。薬師のやり方も知っておけば、錬金術の参考になるかもしれませんよ」


「やります」


 返事が早かった。


「リリス姉ちゃん、すごい嬉しそう」


「……そんなに?」


「うん」


 エレナも笑っている。


「素材の話になると、本当に分かりやすいですね」


 否定できなかった。


◇◇◇


 エレナが選んだのは《フェルナ草》と《朝露花》だった。


「朝露花も使うんですね」


「持ってるんですか?」


「さっき来る途中で採りました」


 リリスが取り出す。


━━━━━━━━━━


《朝露花》×2


使用


━━━━━━━━━━


「ちょうどいいですね。フェルナ草は解熱と鎮痛、朝露花は軽い疲労にも効きます。薬師の場合は、これをいきなり一緒には煮ません」


「別々?」


「ええ。抽出しやすい温度が少し違うので」


「……なるほど」


 エレナは二つの小鍋へ水を入れ、それぞれ別の薬草を加えた。


 火加減も違う。


 煮る時間も違う。


 さらに完成した煎液を濾し、最後に一定の割合で混ぜ合わせる。


 錬金術のような光も、魔法陣も出ない。


 でも、一つ一つの手順に理由がある。


「面白い……」


「錬金術とは違います?」


「かなり。でも、こっちも好きです」


 何より、魔力を使わなくても作れる。


 設備さえあれば、一般の薬師が日常的に作ることのできる薬だ。


 しばらくして、薄い黄緑色の薬湯が完成した。


━━━━━━━━━━


《フェルナ村の薬草煎液》


使用素材:


《フェルナ草》×2


《朝露花》×2


効果:


軽度解熱


軽度鎮痛


疲労緩和


━━━━━━━━━━


「錬金術みたいに品質表示まで分かるんですね」


「《鑑定》を使ってます」


「便利ですね、それ……」


「かなり」


 一口分だけ味見させてもらう。


「……苦い」


「薬ですから」


「でも、思ったより飲める」


「子供用には蜂蜜を少し入れますよ」


「なるほど」


 錬金術なら苦味そのものを減らせる。


 薬師なら別の素材を加えて飲みやすくする。


 同じ目的でも、考え方が違う。


(これ、組み合わせたらもっと色々できそう)


 新しい発想が次々と浮かんでくる。


 そんなリリスを見て、エレナが苦笑した。


「また今夜、寝るの遅くなりません?」


「……今日は大丈夫です」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんなんですね」


◇◇◇


 薬作りを終えた頃、家の外から鐘の音が響いた。


 ――カン、カン、カン。


「何?」


 ロイが窓を見る。


 エレナの表情が変わった。


「村の警戒鐘……?」


 すぐに外へ出る。


 村の中央では、数人の男たちが森の方を見て集まっていた。


 ベルク村長もいる。


「村長!」


「エレナか。ロイを家から出すな」


「何があったんです?」


「森の方から冒険者が戻ってきた」


「調査隊?」


 リリスも近づく。


 村の入口から、三人の冒険者が歩いてくるのが見えた。


 いや。


 一人は、両側から肩を借りている。


 鎧が大きく裂け、血が滲んでいた。


「怪我人!」


 エレナがすぐに駆け出す。


 リリスも続いた。


「何があったんですか?」


 ベルクが冒険者へ尋ねる。


「森の奥……予定してた調査地点までは行けなかった」


 剣士らしい男が息を整えながら答えた。


「ゴブリンじゃない。あいつらが浅いところへ出てきてる理由……たぶん分かった」


「何がいた?」


 男は一瞬だけ森を振り返った。


「でかい足跡だ」


「足跡?」


「熊でも、狼でもない。少なくとも俺たちは見たことがない」


 リリスの表情が変わる。


「魔物そのものは?」


「見てない。ただ……」


 冒険者が言葉を止めた。


 遠く。


 森の奥から。


 ――ォォォォォォォン……。


 低い音が響いた。


 狼の遠吠えに似ている。


 でも。


 あまりにも低く、大きい。


 村にいた鳥たちが一斉に飛び立った。


「……これだ」


 ベルクが呟いた。


「三日前から聞こえてる声は」


 リリスも森を見つめる。


 《危険察知》には何も反応していない。


 距離が遠すぎるのだろう。


 それでも。


 身体の奥に、ほんの少しだけ緊張が走った。


(何がいるんだろう)


 知りたい。


 でも。


 今はまだ行かない。


 隣ではエレナが負傷した冒険者の傷を確認している。


「深い裂傷です。中へ運んで!」


「私も手伝います」


 リリスはすぐに森から視線を外した。


 未知の魔物より、今は目の前の怪我人だ。


 そして。


 この日。


 フェルナ村へ薬を届けるだけだったはずのF級依頼は、王都西方林で起きている異変が思っていた以上に大きいことを、リリスへ知らせることになった。

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