第十話 最高位の霊薬と錬金術師登録
「じゃあ、普通に作ります」
リリスは作業台の上へ《治癒草》を一本置いた。
使う素材は先ほどと同じ。通常品質の治癒草、清水、そして空の瓶。それ以外には何もない。
「本当に、それだけでいいのか?」
錬金術師ギルド支部長グレイゼルが、半信半疑の表情で素材を確認する。
「うん。さっきと同じで」
「触媒は?」
「使わない」
「魔石は?」
「いらないと思う」
「魔力増幅剤も?」
「ない方が作りやすいかな」
「……」
グレイゼルの眉がぴくりと動いた。
その隣では、リーナがすでに諦めたような顔をしている。
「支部長。今から見るものについて、最初に一つだけ申し上げておきます」
「なんだ?」
「この人にとっての『普通』は、我々の普通とは違います」
「リーナ、酷い」
「昨日から何度も証明されています」
否定できない。
◇◇◇
リリスは治癒草へ手をかざした。
今度は先ほどの試験とは違う。《魔力操作》で無理に出力を絞る必要はない。
「……じゃあ」
MP十万。
その膨大な魔力の一部を、自然に錬金術へ流し込む。
「《上級錬金術》」
――キィィィィン。
「なっ……!」
先ほどとは比較にならない光が作業室を満たした。
治癒草が淡い翠色の粒子へ分解され、その一つ一つから有効成分だけが抽出されていく。
だが、それだけでは終わらない。
抽出された成分そのものが、リリスの魔力を受けてさらに変質を始めた。
「素材の……格そのものが上がっている?」
グレイゼルが目を見開く。
「そんな錬成法、聞いたことがないぞ……!」
通常の錬金術では、素材が持つ性能以上の物を作るには、複数の高級素材や触媒を用いる。
優秀な錬金術師であっても、基本的には素材の性能を最大限引き出すだけだ。
しかしリリスの錬金術は違った。
魔力そのものを投入し、素材の限界を越えて再構築していく。
「……綺麗」
リリスの深い黒の瞳に、光が映る。
透明だった水が、薄い翠色から青白い銀色へ変わった。
やがて光が収束し、一つの瓶へ液体が収まる。
直後。
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錬金成功!
《完全回復霊薬》
品質:最高
効果:
《HP完全回復》
《MP完全回復》
《状態異常完全治癒》
《肉体損傷修復》
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「……」
「……」
「……」
誰も喋らない。
リリスが完成した瓶を持ち上げた。
「《エリクシル》?」
「…………」
「グレイゼルさん?」
「触るな!」
「え?」
「いや、落とすな! 絶対に落とすな!」
グレイゼルが突然叫んだ。
「ちゃんと持ってるよ?」
「両手で持ってくれ!」
「瓶一本なんだけど」
「中身が問題なんだ!」
グレイゼルは震える手で《鑑定》を発動した。
数秒後。
「……本物だ」
声まで震えている。
「完全回復霊薬……」
「そんなに珍しいの?」
「珍しい?」
グレイゼルが勢いよく顔を上げた。
「珍しいなんてものではない!」
その声が試験工房に響く。
「《エリクシル》は高位錬金術師が一生かけても完成させられるか分からない霊薬だ! しかも普通は希少な霊草、高純度魔石、聖水、複数の触媒を使う!」
「でも」
リリスが作業台を見る。
「治癒草一本だったよ?」
「だから混乱しているんだ!」
昨日も似たようなことを言われた気がする。
リーナが静かに腕を組んだ。
「支部長」
「なんだ?」
「昨日、この人は普通の治癒草から《HP全回復ポーション》を三千本作りました」
「……は?」
「三千本です」
「…………は?」
グレイゼルの顔から表情が消えた。
◇◇◇
「詳しく聞かせてもらおう」
その後。
リリスとリーナはギルド支部長室へ案内された。
広い部屋には書棚が並び、錬金術に関する分厚い本や資料が大量に収められている。
リリスは座る前から本棚へ目を向けていた。
「……読みたい」
「リリス」
「分かってる。あとで」
「聞こえているぞ」
グレイゼルが苦笑する。
「登録が済めば資料室は利用できる。閲覧制限のない書物なら好きに読むといい」
「ほんと?」
「ああ」
「登録する」
「元々そのために来たでしょう」
リーナから即座に突っ込まれた。
グレイゼルは机の上へ一枚の書類を置く。
「まず確認したい。昨日作ったという三千本について詳しく教えてくれ」
「普通の治癒草が余ってたから」
「そこからか」
リリスは昨日の出来事を説明した。
余剰在庫。
普通品質の治癒草。
《錬金術》から《上級錬金術》への進化。
試しに一本作ったら《HP全回復ポーション》になったこと。
そして、そのまま約三千本加工したこと。
「……待て」
「?」
「三千本作って、魔力切れは?」
「なってない」
「MPはいくつだ?」
「十万」
「…………十万?」
グレイゼルが固まった。
「はい」
代わりにリーナが答えた。
「しかも《魔力自然回復超強化》があります」
「……」
グレイゼルが椅子へ深く座り直す。
「少し待ってくれ」
「うん」
「私の常識を組み直している」
「昨日の店主さんも似たこと言ってた」
「でしょうね」
◇◇◇
「錬金術師ギルドには、錬金術師としての技量を示す等級がある」
気を取り直したグレイゼルが説明を始めた。
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《錬金術師等級》
第七級
第六級
第五級
第四級
第三級
第二級
第一級
特級
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「七級から始まるんだ」
「ああ。通常、新規登録者は第七級だ」
「冒険者と似てる」
「こちらは戦闘力ではなく、製作技術、知識、実績、信用を総合して判断する」
第七級。
第六級。
第五級までは一般的な錬金術師。
第四級からは熟練者。
第三級以上ともなれば、大きな工房や貴族から専属契約を求められることもある。
「第一級は?」
「国内最高峰だ」
「特級は?」
「別格だな」
グレイゼルが腕を組む。
「歴史に名が残るほどの錬金術師や、国家規模で重要な技術を確立した者などに与えられる。単にポーションを上手く作れる程度では届かん」
「なるほど」
「そして普通なら」
グレイゼルはリリスを見る。
「君も第七級から登録する」
「うん」
「普通ならな」
「……また普通」
嫌な予感。
「先ほどの《完全回復霊薬》を見た以上、第七級で登録するなど無理だ」
「なんで?」
「制度の信用が壊れる!」
即答だった。
「七級錬金術師がエリクシルを作れることになるんだぞ!」
「作れたけど」
「そういう意味ではない!」
リーナが小さく笑った。
「支部長も慣れてきましたね」
「慣れたくない!」
◇◇◇
最終的に。
グレイゼルは複数の上級職員を呼び、追加審査を行った。
薬品鑑定。
素材鑑定。
魔石の純度判定。
簡単な合成。
魔導具の構造理解。
どれも。
リリスにとっては興味深いものばかりだった。
「これは?」
一つの赤い鉱石。
「《火魔石鉱》だ」
「《鑑定》」
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《火魔石鉱》
火属性魔力を蓄積した鉱石。
魔導具・錬金触媒・武器加工などに使用可能。
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「欲しい」
「試験用だ」
「……」
「そんな顔をするな。登録後に素材販売所で買える」
「買う」
「でしょうね」
次。
小型魔導灯。
「故障原因を調べてくれ」
「ここ」
「早いな!?」
「魔力回路が一つ切れてる」
指先へ魔力。
「《上級錬金術》」
――キィン。
魔導灯。
点灯。
「直った」
「修理まで錬金術で……」
「できた」
審査員の一人が、無言で評価表を書き直している。
◇◇◇
一時間後。
「決定した」
グレイゼルが新しい徽章を机へ置いた。
銀を基調とし、中央には青い錬金陣が刻まれている。
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《錬金術師ギルド登録証》
名前:
リリス・ルクスヴィア
認定等級:
第三級錬金術師
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「三級?」
「ああ」
「七級から?」
「冒険者ギルドに続いて飛び級ですね」
リーナが言う。
「第一級でも構わないという意見まで出た」
「じゃあ、なんで三級?」
「実績が足りない」
グレイゼルの答えは明快だった。
「技術だけを見るなら、少なくとも第一級相当と判断している。エリクシル製造に関してだけ言えば、それ以上だ」
「でも」
「君は錬金術師ギルドで仕事をした実績がない。依頼履歴も、納品履歴も、研究成果の公表もない」
「冒険者ギルドと同じだ」
「似た判断ですね」
リーナが頷いた。
「だから第三級」
「ああ。それでも前例がほとんどない特例だ」
リリスは徽章を手に取る。
「これで何ができるの?」
「ギルドの工房を借りられる。第三級までの依頼を受けられる。一般向けではない素材の購入も可能だ。各地の錬金術師ギルドでも身分証明になる」
「素材」
「やはりそこか」
「珍しい素材も買える?」
「金があるならな」
「金貨ある」
「昨日三百枚もらいましたからね」
「三百!?」
グレイゼルが再び固まった。
「何をしたら一日で金貨三百枚の報酬になるんだ?」
「HP全回復ポーション三千本」
「……そうだった」
聞いたばかりだった。
◇◇◇
「それと」
グレイゼルが《完全回復霊薬》を見る。
「この一本だが」
「うん」
「どうする?」
「?」
「これは君が作った物だ。当然、所有権は君にある」
「じゃあ持ってく」
「……簡単に言うな」
「だって便利そう」
HP完全回復。
MP完全回復。
状態異常完全治癒。
肉体損傷修復。
自分には《不老不死の加護》がある。
けれど。
「リーナとか」
「私ですか?」
「誰かが大怪我した時に使えるから」
「……」
「持ってた方がいいでしょ?」
リーナの表情が少し柔らかくなる。
「そうですね」
グレイゼルも頷いた。
「売却するなら相当な額になるが、金で買えない価値もある。持っておく方がいいだろう」
リリスは瓶を収納する。
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《完全回復霊薬》×1
《インベントリ》へ収納しました。
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「作り方は分かったし」
「……まさか」
「必要ならまた作れると思う」
「待て」
「?」
「今、『また作れる』と言ったか?」
「うん」
グレイゼルが両手で顔を覆った。
「頼むから市場に大量放出だけはしないでくれ」
「なんで?」
「世界中の高級回復薬市場が壊れる!」
「三千本の時と同じだ」
リーナが呟いた。
「……私、何か悪いことした?」
「していません」
リーナは笑いながら答える。
「ただ、できることが普通ではないだけです」
「そっか」
「納得しないでくれ……」
グレイゼルの声だけが。
やけに疲れていた。
◇◇◇
登録を終えたあと。
リリスは念願だった素材販売区画へ向かった。
「……すごい」
棚。
棚。
棚。
薬草。
魔石。
鉱石。
魔物素材。
人工素材。
錬金触媒。
数百種類。
「《鑑定》」
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《火魔石鉱》
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《水晶藻》
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《雷光石》
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《月雫草》
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《銀魔砂》
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「全部欲しい」
「駄目です」
「まだ値段見てない」
「全部買おうとしている時点で止めています」
「インベントリ広いよ?」
「容量の話ではありません」
リーナが、今にも買い物籠を大量に持ち出しそうなリリスの肩を掴む。
「必要な物からです」
「じゃあ少しずつ」
「それなら」
結局。
数種類の素材を。
少量ずつ購入することになった。
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《火魔石鉱》×10
《水晶藻》×10
《雷光石》×10
《月雫草》×10
《銀魔砂》×10
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「何作ろう」
「買った直後から考えているんですか?」
「うん」
「今日はもう錬金しませんよ」
「……」
「その顔は駄目です」
「まだ何も言ってない」
「分かります」
◇◇◇
ギルドを出る頃には。
空が少しだけ。
夕方の色へ変わり始めていた。
リリスは新しい錬金術師徽章を眺める。
冒険者として。
D級。
錬金術師として。
第三級。
この世界へ来て。
まだ。
ほんの数日しか経っていない。
それでも。
少しずつ。
自分の居場所が増えていく。
「リーナ」
「はい?」
「明日は依頼受けたい」
「冒険者ギルドの?」
「うん」
「何か候補はありますか?」
リリスは即答した。
「《魔晶茸》」
「やっぱり採取依頼ですか」
「知らない素材だし」
「予想通りです」
「あと」
「?」
「廃鉱山も気になる」
魔物が増えているという。
D級向けの調査依頼。
鉱山なら。
鉱石もある。
「……」
リーナが。
その表情を見る。
「素材目当てですね?」
「半分」
「残り半分は?」
「冒険」
リリスが小さく笑う。
さらりと揺れる黒髪の下、その瞳には未知への好奇心が浮かんでいた。
「じゃあ明日」
「はい」
「廃鉱山に行こう」
冒険者として初めて、自分で選ぶ本格的な依頼。
そして、その先に待つ未知の場所と新しい素材。
考えるだけで楽しみだった。




