第九話 異例の昇格と錬金術師ギルド
王城を出たリリスとリーナは、そのまま王都の冒険者ギルドへ向かった。
昨日まで着ていた茶褐色の革鎧とは違い、今日のリリスは完全に新装備だ。
黒い《黒鎧革装》の上から、白い《白魔繊衣》を前開きのまま羽織っている。腰には《黒鎧戦剣》、背には《黒鎧魔弓》。
艶を抑えた黒い硬皮装備と白いジャケットの対比はかなり目立つ。
「……見られてる」
「当然でしょうね」
「そんなに?」
「昨日F級で登録した新人が、翌日に装備を全部変えているんですよ?」
「自分で作っただけだけど」
「そこが一番おかしいんです」
「そうかな」
「そうです」
リーナは即答した。
王都の通りを歩く間も、冒険者らしき人々の視線が何度かリリスへ向けられる。
もっとも、本人はそこまで気にしていなかった。
「それよりランク」
「気になります?」
「うん。Fのままでも別にいいけど」
「昨日の実績を考えると、少なくともそのままということはないでしょう」
通常なら、冒険者は依頼を何度も達成し、実績と信用を積み上げながら一段階ずつ昇格していく。
けれど昨日のリリスは、登録直後に緊急依頼へ参加し、五十体を超えるゴブリン集団との戦闘を経験した。
さらにホブゴブリン・リーダー。
そして帰還途中には、《徘徊強敵》である《黒鎧大猪》まで討伐している。
「普通なら、何か月もかけて積むような戦闘実績を一日で作っていますからね」
「そんなに?」
「そんなにです」
◇◇◇
冒険者ギルドの扉を開ける。
「……あ」
「昨日の新人だ」
「装備変わってないか?」
「後ろのあれ魔弓か?」
「白いジャケット、結構格好いいな」
昨日よりも明らかに視線が集まった。
「やっぱり目立つ」
「諦めてください」
受付を見ると、ミレアがこちらに気づいた。
「あっ、リリスさん! お待ちしていました!」
「封書届いたよ」
「はい。審査結果が出ましたので、こちらへお願いします」
二人は受付へ向かう。
ミレアは一度リリスの装備を見て、それから首を傾げた。
「……昨日と装備が違いますね?」
「作った」
「作った?」
「ブラックアーマーボアの素材で」
「……昨日倒した個体の?」
「うん」
「昨日の夜に?」
「うん」
「……」
ミレアがリーナを見る。
「聞かない方がいいです」
「分かりました」
対応が早くなっていた。
◇◇◇
「それでは本題です」
ミレアが一枚の書類と、リリスの冒険者証を取り出した。
「昨日の緊急依頼について、商隊、生存した護衛冒険者、王国騎士団、そしてリーナ様から提出された証言を照合しました」
「結構ちゃんと調べるんだ」
「当然です。冒険者ランクは依頼の受注制限だけでなく、その人物の信用にも関わりますから」
虚偽の討伐報告や。
他人の功績を自分のものとして申告する者もいる。
だからこそ。
特殊な昇格を行う場合は、通常以上に厳しい確認が必要になるらしい。
「結果として、リリスさんがゴブリン多数の討伐、負傷者の治療、ホブゴブリン・リーダーとの戦闘、そして《黒鎧大猪》討伐に大きく貢献したことが正式に確認されました」
「うん」
「そこで王都本部の審査官による協議の結果――」
ミレアが。
新しい冒険者証を差し出す。
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《冒険者証》
名前:リリス・ルクスヴィア
種族:人族
年齢:21
冒険者ランク:
F級
↓
D級
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「……D?」
「はい」
「二つ飛んだ」
「異例です」
F。
E。
D。
本来なら一段ずつ上がる。
「通常は飛び級など、まず認められません。ただ今回は戦闘能力を実際に確認した者が多く、さらに王国騎士団副隊長であるリーナ様の証言もあります」
「私も」
リーナが続ける。
「少なくともD級相当の魔物を相手にしても、リリスなら単独で生存できる可能性が高いと報告しました」
「可能性?」
「冒険者ギルドに『たぶんもっと強いです』とは書けませんから」
「そっか」
「それと」
ミレアが少し真剣な表情になる。
「C級への昇格案も出ました」
「え?」
「ですが見送られました」
「どうして?」
「戦闘能力だけなら問題ない可能性があります。しかし冒険者は戦闘だけが仕事ではありません」
依頼主とのやり取り。
護衛。
判断力。
野営。
未知の土地での行動。
パーティー連携。
そして、状況によっては撤退を選ぶ冷静さ。
「リリスさんには戦闘力があります。ただ、冒険者としての活動日数はまだ一日です」
「なるほど」
リリスは素直に頷いた。
「じゃあDから」
「不満ではありませんか?」
「全然」
むしろ。
最初から上へ行きすぎるより。
少しずつ依頼を受ける方が楽しそうだ。
「いろんな依頼やってみたいし」
「……よかったです」
ミレアが安堵する。
「たまにいるんですよ。実力だけで高ランクを要求する方が」
「面倒そう」
「とても」
◇◇◇
新しい冒険者証を受け取る。
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《リリス・ルクスヴィア》
冒険者ランク:D級
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「これでD級までの依頼を自由に受注できます」
「どんなの?」
「魔物討伐ならオーク、ウルフ系上位種、小規模なゴブリン集落などですね。採取では危険地帯に生育する薬草や鉱石の回収、ほかには街道護衛などもあります」
「鉱石」
「そこですか?」
「錬金術に使えるから」
「やっぱり」
ミレアも。
少しずつリリスの性格を理解してきているらしい。
「素材買取も利用できますよ」
「売っていい素材が溜まったら持ってくる」
「ぜひお願いします」
「でも珍しいのは残す」
「でしょうね」
◇◇◇
登録関係が終わると、リリスは依頼掲示板を眺めた。
D級区画。
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《アイアンウルフ討伐》
推奨:D級
討伐目標:5体
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《魔晶茸採取》
推奨:D級
採取目標:20本
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《廃鉱山周辺調査》
推奨:D級
内容:
魔物増加原因の調査
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「……」
「目が輝いてますよ」
「魔晶茸」
「そこ?」
「初めて聞いた」
鑑定したい。
採取したい。
できれば錬金術にも使いたい。
「受けます?」
「今日はやめとく」
「珍しいですね」
「行きたいところがあるから」
「どこです?」
「錬金術師ギルド」
リーナが納得したように頷いた。
「そういえば、まだ正式な登録はしていませんでしたね」
「うん」
昨日は。
偶然見つけた錬金術店で。
三千本もの《HP全回復ポーション》を作った。
しかし。
あれはあくまで一般の店舗。
この世界の錬金術そのものについて。
まだ何も知らない。
「五百年後の錬金術」
小さく呟く。
どんな素材があるのか。
どんな製法が主流なのか。
どんな魔導具が作られているのか。
考えただけで。
胸が高鳴る。
「行こう」
「はい」
リリスは冒険者証を《インベントリ》へ収納した。
◇◇◇
冒険者ギルドから歩くこと。
二十分ほど。
「ここです」
「……大きい」
目の前。
石造りの巨大な建物。
入口には。
フラスコ。
魔法陣。
星。
それらを組み合わせた紋章が掲げられている。
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《聖ルミナス王国王都》
《錬金術師ギルド》
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「冒険者ギルドと同じくらいある」
「王都本部ですからね」
建物の横には。
煙突。
さらに別棟。
素材倉庫らしき巨大施設まである。
「楽しそう」
「入る前からですか?」
「うん」
扉を開ける。
瞬間。
「……!」
リリスの視界いっぱいに。
素材。
素材。
素材。
壁際の棚には。
薬草。
鉱石。
魔石。
魔物素材。
液体。
粉末。
結晶。
見たことのない瓶。
さらに奥では。
錬金術師たちが。
巨大な釜や魔導炉を使って作業している。
「……ここ好き」
「早いですよ」
「住めそう」
「住まないでください」
◇◇◇
「いらっしゃいませ」
受付にいた。
眼鏡をかけた若い女性が。
二人へ会釈する。
「本日は素材の売却でしょうか? それとも錬金依頼ですか?」
「登録したいです」
「錬金術師として?」
「はい」
「承知しました。では錬金術スキルの確認と、簡単な製作試験を行います」
「試験」
リリスの黒曜石のような瞳が。
少しだけ輝く。
「何作るんですか?」
「初級ポーションです」
「……」
「どうしました?」
「初級」
「はい」
隣で。
リーナの顔が。
引きつった。
「リリス」
「何?」
「お願いがあります」
「?」
「普通に作ってください」
「普通に?」
「普通の初級ポーションを」
「分かった」
「HP全回復にしないでください」
「……努力する」
「努力ではなく!」
受付嬢が。
困惑する。
「あの……何か?」
「いえ」
リーナは。
非常に疲れた顔で答えた。
「こちらの事情です」
◇◇◇
案内されたのは。
ギルド内の試験工房。
作業台には。
治癒草。
清水。
空瓶。
至って普通の素材。
「この素材を使い、初級HP回復ポーションを一本製作してください」
「品質は?」
「最低でも通常品質。良質以上なら十分合格です」
「なるほど」
リリスが。
治癒草を見る。
「《鑑定》」
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《治癒草》
品質:通常
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昨日と。
ほぼ同じ。
「……」
嫌な予感がする。
昨日。
何も考えず。
魔力を込めた結果。
《HP全回復ポーション》になった。
「魔力を抑える」
《魔力操作》Lv10。
これがある。
昨日より。
さらに精密に。
必要最低限。
「このくらい……?」
魔力を。
細く。
細く。
かなり細く。
「《上級錬金術》」
――キィン。
受付嬢。
試験官。
リーナ。
三人が。
完成した瓶を見る。
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錬金成功!
《高級HP回復ポーション》
品質:最高
━━━━━━━━━━
「……」
「……」
「……」
リリスが。
瓶を見る。
「失敗した」
「成功しています!」
試験官が叫んだ。
「初級を作るのには失敗した」
「そちらですか!?」
リーナが。
ゆっくり。
額へ手を当てる。
「リリス」
「かなり抑えたよ?」
「分かっています」
「昨日よりずっと」
「分かっています!」
試験官が。
完成品を。
震える手で鑑定する。
「通常品質の治癒草から……最高品質の高級ポーション?」
「何ですか、この変換効率は……」
「不合格?」
「なるわけないでしょう!」
「よかった」
「問題はそこではありません!」
また。
言われた。
◇◇◇
「念のため」
試験官が。
慎重に尋ねる。
「現在の錬金術スキルを確認しても?」
「いいですよ」
表示。
━━━━━━━━━━
《上級錬金術》Lv6
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「……上級」
「Lv6……?」
受付嬢が。
固まった。
「おいくつですか?」
「二十一」
「錬金術歴は?」
「……」
この世界に来てからなら。
二日。
「最近?」
「最近?」
「はい」
リーナが。
静かに口を挟む。
「深く聞かない方がいいと思います」
また。
同じ結論になった。
◇◇◇
「少々お待ちください」
試験官が。
急いで部屋を出ていく。
「どこ行ったんだろ」
「おそらく上司を呼びに」
「高級ポーション作っただけなのに」
「その『だけ』をやめませんか?」
数分後。
――バンッ。
扉が開いた。
入ってきたのは。
白髪混じりの男性。
年齢は。
五十代ほど。
深緑のローブ。
胸元には。
複数の錬金術師徽章。
「君か!」
「?」
「通常の治癒草から最高品質の高級ポーションを作ったというのは!」
「はい」
「上級錬金術Lv6!?」
「はい」
男性は。
リリス。
ポーション。
そして。
再びリリス。
忙しなく見比べる。
「私はこの王都錬金術師ギルドの支部長、グレイゼルだ」
「リリスです」
「さっそくだが」
グレイゼルが。
真剣な顔になる。
「もう一本」
「作ってもらえないか?」
「初級?」
「いや」
一拍。
「今度は」
「一切加減せずに」
「……」
リーナが。
硬直した。
「支部長さん」
「何だ?」
「それ」
「本当に言ってます?」
「もちろんだ」
リーナが。
天井を見上げる。
「……知りませんよ」
「?」
「何がだ?」
リリスは。
治癒草を。
一本。
手に取った。
「じゃあ」
少しだけ。
楽しそうに笑う。
「普通に作ります」
その一言を聞いたリーナだけが。
これから起こることを知っているかのように。
深いため息を吐いた。




