6溜まっていくモヤモヤ
工房に行くとアルベルトは宝石職人のクロノスさんとブローチの仕上げをしていた。
こんな作業中はもちろん話は出来ない。
これでもアルベルトは職人気質のところがある。仕事には誇りを持っているのだ。
ディアナは宝石デザインも担当しているので今日はそっちに仕事をするつもりだった。
今度のアメリア王女の10歳の誕生日にティアラを作る依頼を受けていた。実はディアナはこれでも王都ではかなり人気の宝石デザイナーでもあった。
元々ハルドン男爵領は王都からも近く良質の鉱石が採れ銀細工やジュエリーが有名だったがアルベルトの父の代には王家や高位貴族からの注文は滅多にない事だった。
だが、ディアナがデザインを手掛けるようになって今まで捨てていたようなクズ宝石などを使って安くて手軽なジュエリーを作ったおかげで若い令嬢や平民でも買えるような品物を提供できるようになり王都の店は高級ジュエリーの店とカジュアルの品物を扱うジュエリーショップの二つを経営していた。
アルベルトは主に高級ジュエリーの力を入れディアナはカジュアルな商品を担当するようになっていた。
そんな時に王家からアメリア王女の誕生日プレゼントの依頼を受けたのだ。もちろんデザインはディアナにお願いしたいと言われた。
ディアナは今そのデザインの作成をしていた。
土台はもちろん銀でそこに宝石を入れる。10歳の夢見る王女が喜びそうなデザイン。
花、星、ハート、キラキラ、その中に王家の品格もあってあまり大人っぽくなくてそれでもおしゃれで‥ああ、もうそんなデザインあるかしら。
そうだ。カチューシャがいいのでは?
波打つ流線形に花や葉をつけて真珠を散りばめたら、花の芯には小粒の宝石をはめ込んで‥髪に編み込むようにしたら。
王家も言えばユリだけどアメリア王女はすずらんが好きだと聞いた。
考え始めると次から次へとアイディアが浮かんだ。
ディアナは夢中になってデザイン画を描き粘土を使ってカチューシャのイメージを形って行く。
気づけば昼をとうに過ぎていた。
いけない。
ディアナは急いで屋敷に戻った。アルベルトもいたのに遅くなったと思った。今日はルナとダンは二人とも出掛けていて昼食は取らないと聞いていた。
ダイニングにはアルベルトとカレンがいた。
「きゃっ、もう、旦那様ったらぁ」
「カレン、二日酔いにはこれが効くんだ。さあ、飲んで」
グラスにはレモネードらしきものが入っていた。アルベルトが作ったのだろうか。
おまけに二人の距離はどうみても近い。
いつもディアナが座る席にカレンが座っている。
アルベルトの前には自分の食べる分のサンドイッチがある。
カレンはさっき来たのだろう。じゃあ、わざわざアルベルトはカレンの為に立ち上がって飲み物を作ったと言う事なのか?
「アルベルトったら、先に帰ってたのね。ひと声掛けてくれれば良かったのに」
ディアナは何でもないようにアルベルトに声を掛けた。
「ディアナ、あっ、これは。違うんだ。カレンが二日酔いで頭が痛いって言うから」
アルベルトは差し出していたグラスをそそくさとおろした。
やっぱり。
彼はわざわざカレンのためにハチミツレモネードを作ったと言った。
胸の奥にまたモヤモヤが湧き上がる。
おまけに気まずそうにそう言われると何かあるのか勘ぐりたくなる。
「ええ、見れば分かるわ。まあ、アルベルトったらカレンさんのためにそれを?私の分はないの?」
まあ~!みたいな顔で言ってみる。
ギクッ。
ディアナはアルベルトが肩を竦ませた仕草を見逃さなかったが、あえて気付かないふりをした。
ゆっくり首をカレンの方に向ける。
「カレンさん具合が悪いなら休んでてもいいのよ。でも、少しでも食べた方がいいかも、悪いけどそこ。私の席なの」
ディアナは何でもない顔でさらりと言うが席を指さした。
カレンは慌てて席を立つ。
「ごめんなさい。旦那様がここに座っていいと仰ったので」
カレンはガタンと音を立てて立ち上がった。自分はそんなつもりはなかったと言いたいらしい。
着ているワンピースはサイズもあっていて胸元までしっかりボタンはとまっている。
きっと、ディアナがいると思っていたのだろう。
「カレンさん、ディアナが言ったろ。何か食べた方がいい。遠慮はいらない。さあ、座って」
アルベルトは今度は向かいの席を指差した。
「はい、では少しだけ頂こうかしら」
カレンは急いで席を移ろうとした。
「カレンさん。悪いけど昼食は自分でキッチンに取りに行くの。食事の用意はルナが用意してくれているけどみんな仕事をしてるから時間がまちまちでしょう。だから昼食はまずキッチンに食事を取りに行ってね。朝、そんなことを説明するつもりだったのよ。でも、あなた声を掛けても起きる気配がなかったから」
ディアナはあくまでも親切なふりをした。
「すみません。奥様、昨日は私の誕生日で旦那様に勧められてお酒を飲んでしまって…」
カレンは恥ずかしそうに頬を染める。
「ディアナ、俺も悪かったんだ。つい、調子に乗ってカレンさんに酒を飲ませた」
「いえ、旦那様のせいでは、私が悪かったんです」
ディアナはそんな二人のやり取りを見てため息をついた。
「アルベルト!あなた、彼女に気でもあるの?さっきから何?」
「そんなわけ…」
アルベルトが目を反らす。
「そう、ならいいけど。カレンさん。いいから食事を取りに行って食べてちょいだい。あっ、それから聞いたわ。あなた昨日18歳になったんでしょう。悪いけどうちでは成人した女性をここに置くのは無理なの。落ち着いたら作業員寮に移ってもらうからそのつもりでいてね」
「そんな、私、まだ一人でやっていくなんて考えれません。ここを追い出されたらどうすれば…」
カレンは唇を震わせた。
アルベルトがディアナを阻止するように手を前に出した。
「ディアナ、その話はカレンさんが落ち着いてからって言っただろ。カレンさん、すぐにとは言わない。でも、君もゆっくりでいいが仕事を覚えて一人でやって行く事を考えなきゃな」
「はい、旦那様。それは私もそうしなきゃって思ってはいるんです」
すかさずカレンがアルベルトに言った。
「ほら、ディアナ。カレンさんもちゃんと考えてる。まあ、いきなりは無理だろうからこれからゆっくり考えればいいさ。まずは昼ご飯を食べよう」
「はい、ありがとうございます。奥様、私、二人分持ってきます」
カレンはそう言うとキッチンに行き二人分のサンドイッチを持ってきた。
テーブルの上にサンドイッチが三皿並んだ。
ルナはカレンの分までちゃんと昼食を用意してくれていたらしい。
ディアナはポットからお茶をカップに注いだ。
アルベルトの前に置く。
「ありがとう」
彼がいつものようにそう言った。
次にカレンの前にカップを置いた。
「奥様、ありがとうございます」
少し遠慮がちな声だった。
「カレンさん、遠慮しなくていい。そうだ、せっかくだからこれも飲んだら?」
アルベルト特製のレモネードを差し出す。さっき一度引っ込めたやつ。
ディアナは自分のカップを持つと自分の席に座った。
いつもならそこでほっとする。
だが、向かいの席にカレンがいてアルベルトと視線を交わしている。
アルベルトはカレンに自分の作ったレモネードを差し出してうれしそうな顔でサンドイッチを食べ始めた。
このモヤモヤした気持ちをどうすればいいんだろう?




