19お前は冷たい
翌日の昼食の時間が近付いた。
ディアナとアルベルトは事務所にいた。隣合わせの机にふたりで座ってはいるが昨晩の喧嘩から一言も口をきいていなかった。
ディアナはアルベルトをそっと見た。さっきから書類は動いていない。そわそわと何度か窓の外を見て書類に目を落としている。
「まあ、もうお昼だわ。あなた、そろそろ行かなくていいの?」
ディアナはじろりとアルベルトを見る。
「どこに?」
そう言いながらもアルベルトは目を伏せた。ディアナはアルベルトから目を反らしながら言う。
「お昼よ。今日もカレンを誘うんじゃないの?」
「もうカレンさんとは一緒に食べない」
アルベルトの声は小さかった。
「私が言ったからでしょう?いいのよ。あなたの好きにすれば」
ディアナはアルベルトの方を見てはいない。
「ディアナ。だからそんなんじゃないって言ってるだろう。俺はそんなつもりはなかったんだ」
「どんなつもりよ。彼女とあわよくば一夜を共にでもするつもりの事?」
「だから違うって!ったく。勘違いだって言ってるだろ!」
アルベルトは机に置いた書類を睨みつけた。カレンを誘わなかった。
窓の外かがざわつき始めた。作業員の声がした。皆、食堂に向かっているらしい。
じんまり数分が過ぎた。
するとカレンは事務所にやって来た。
「旦那様、お昼ですけど‥今日は一緒に?」
アルベルトはまだ椅子に座っていた。ディアナもその隣にいた。ディアナはアルベルトを睨みつけた。
「いや、カレンさん。ほら、俺がみんなと一緒だとみんなも気を使うだろう?それにカレンさんはもう食堂で食事するのも慣れただろうから、今日からは一人で行ってくれるか」
「え~。旦那様、一緒に行ってくれないんですか。私、これでも意外と神経細いんですよぉ。食堂は体格のいい男の人が多いし、遠慮なしに声を掛けられたりしたら‥私、恐くて断われないじゃないですか」
カレンは少し身じろぎをしてみせる。
「そうか。じゃ‥」
アルベルトは椅子から立ち上がる。
「何よ。さっきは一緒に行かないって言ってたくせに」
ディアナはまだそんな芝居に乗るのかと頭にくる。怒りの相手がアルベルトなのかカレンなのかもわからなくなりそうだ。
「あっ‥」
カレンがこれはまずい奴とでも思ったのだろう。
「そうなんですか。私ったらすみません奥様。旦那様はお優しいから」
カレンが上目遣いにアルベルトを見る。
アルベルトもまんざらでない顔で頬を緩ませ机からカレンの方に回り込む。
ディアナは立ち上がりアルベルトに近づくと彼の腕を抓り上げた。
「いてっ!ディアナ何するんだ!」
「何するって?」
ディアナは一度アルベルトを睨みつけるとカレンの方に向き直る。
「カレンさん、ここは職場です。男に色目を使ったり尻尾を振る場所じゃないのよ。まあ、独身の男に色目を使うのは好きにすればいいけど既婚者におかしなことをするのは止めなさい。そうしないと今にここで働けなくなるわよ」
カレンは唇を噛みしめてわなわな身体を震わせた。
「そんな‥奥様にそんなつもりはなかったんです。ただ、旦那様が優しくしてくださるのでつい‥誤解を与えていたなんて申し訳ありません。私はただ‥旦那様の好意に甘えていただけで‥だって、私一人暮らしなんて初めてで仕事にも慣れなくてお金もほとんどなくて‥だから」
カレンは目元に涙を浮かべる。
「ああ、カレンさん。誰も君を怒ったりしてない。君は悪くない。ただ、今の生活にまだ馴染めてないだけで」
「すみません旦那様にも迷惑をお掛けしてしまって‥」
ディアナはこの茶番に大きくため息をついた。
「ええ、でも、あなたは3カ月我が家にいたわ。その間仕事もした。だからあなたには初心者がもらうだけのお給料は払っていたはず。お金はこれからのために残しておくようにとも言ったわよ。掃除や洗濯も出来るようになりなさいと言ったはず。計画性を持って自活が出来るようにしなさいとも言ったはずよ。それを今になってお金がない?慣れていないから不安だと。いつまでそんな事を言うつもり?いつまで人に頼るつもり?ねぇ、あなたはいつになったら自立できるの?それをはっきり決めなきゃあなたはずっとこのままよ」
カレンはとうとう泣きだした。
アルベルトはカレンのそばに寄った。手を差し出そうとしてちらりとディアナを見てその手をそっとポケットに押し込んだ。
「ディアナ、言い過ぎだぞ。カレンさんだって何とかやろうとしてるじゃないか。お前は強いから何でもそうやって一人で決めれるんだ。でも、カレンさんは違う。ずっと辛い暮らしで身内だって‥今は頼れる人もいないんだ。誰かが助けてやらなきゃ。だろ?」
「すみません。奥様の気に障るようなことをしたのなら謝ります。でも、私、奥様が思っているような事‥そんなつもりはないんです。ただ、私も何とかしなくてはとは思っているんです」
「ほら、彼女も頑張るって言ってるんだ。だから、もう少し支えてやればいいじゃないか。寮にも入ったんだし後はお金を少し用立ててやればカレンさんだってそのうちちゃんと一人でやって行けるようになる。なっ、ディアナ」
「ええ、だったら食堂はつけがきくように私から話をしておくわ。次の給料でつけを払うようにして少しずつ生活を立て直して行けばいい。あなたに必要なのは人を頼らずにやっていく事なのよ。わかるわね?」
ディアナはもう言いたくはなかったが何とかカレンに話をした。
「ディアナお前は冷たいな。いいじゃないか少しくらいお金を用立ててやったって!」
アルベルトは苛ついた目でディアナを見た。まだ本気でカレンを助けることがいい事だと信じているらしい。
「それは彼女の為になりません。貰ったお給料でやりくりをする。みんなやっている事です。カレンさんあなたもやる気になれば出来るはずです。あなたの生活が落ち着けば王都での生活も考えましょう。どうします?」
「わかりました。奥様のおっしゃる通りですね。私、何とかやって見ます」
カレンはそう言うと事務所から出て言った。
「お前はほんとに冷たいな。でも、俺はもうカレンには関わらない。お前とこれ以上もめる気はないからだ」
事務所から出るときアルベルトは言った。心の中ではディアナが悪いからだと思っているに違いない。
そんな事知るもんですか!!いつまでも黙っていると思ったら大間違いよ!




