10仕事は楽しい?
翌朝カレンは時間になるとダイニングに現れた。
質素なワンピースの胸元はきちんと閉じられている。髪は緩めに結われていて後れ毛がひと房垂れている。
見るからに庇護欲をそそる姿だった。
「おはようございます旦那様。奥様は?」
「おはようカレンさん。ディアナがキッチンだ。いいから座って、ちゃんと起きれたじゃないかすごいな」
「ええ、何とか頑張って起きました」
「体調はどうだ?気分が悪いとかないのか?」
「はい、今のところは」
二人で話をしているとディアナが出来上がった朝食を運んで来た。
スープにサラダ、今日はゆで卵にソーセージだ。香ばしい匂いがして食欲がそそられる。
ディアナは次々に皿を置いて手際よく食事の準備をしている。
「なんだ。オムレツじゃないのか。俺がふわとろオムレツが好きなの知ってるだろう」
アルベルトががっかりしたように文句を言った。
ディアナは思った。だってカレンさんがあのオムレツ嫌いだって言ってたから今日はゆで卵にしたのよ。その代わりあなたの好きなソーセージをおまけしてるじゃない。
ほんの少しイラっとしたところにカレンが挨拶をして来た。
「奥様、おはようございます」
「おはよう。カレンさん悪いけどキッチンからカップとポットを持って来てくれない?」
「わたし、ですか?」
カレンはどうしてみたいな顔をした。
ディアナは更にイラっとした。
「ええ、私だって手は二つしかないの。あなたが増えた分皿も増えるでしょう。それに言われなくてもそれくらい手伝ってもいいんじゃない?」
「そんな言い方、奥様は私が邪魔なんですよね?いきなりやって来て何も出来ない私なんか」
「ディアナ、いい加減にしないか。カレンさんはお前みたいにこう言うことに慣れてないんだから」
「あら、だったらアルベルトあなただって見てるだけじゃなくて手伝ってくれたっていいじゃない?ほら、ポットを持って来てよ」
「まったく、どうして俺が‥」
そんな一悶着が終わって食事を済ませ工房に行った。
ディアナは気持ちを切り替えてみんなにカレンを紹介した。この金具の部署を取り仕切っているメアリーには事情を説明して彼女の世話を頼む。
メアリーは手慣れた様子で検品のやり方をカレンに教えた。
「カレンさん、仕上げの検品は出来上がった品物を確認するだけだから初心者のあなたでも出来ると思うわ。安心して最初はゆっくりでいいから一つずつ丁寧に傷や歪みがないか見て」
「分かりました。この金具に傷や歪みがないか見ればいいんですね。私頑張ります」
カレンは椅子に座り目の前にある仕上がった金具の一つを手に取った。
ディアナも一緒に丁寧にどこを見ればいいかなどを教えて後はメアリーに任せて自分の仕事に戻った。
依頼を受けているアメリア王女のティアラを仕上げなくてはならないので忙しかった。
昼前ディアナが作業をしているとメアリーがやって来た。
「奥様、少しいいですか?」
「ええ、どうしたの?」
「カレンさんですが」
メアリーは少し言いにくそうだった。彼女は先代が生きている時からここで働いて金具担当では一番の古株だ。人当たりも良く大らかで優しくみんなの信頼も厚い、ディアナも彼女に宝飾品の扱いをいちから教えて貰った。
「ええ、メアリー遠慮はいらないわ。言ってちょうだい」
ディアナは若いし経験も浅い。だが、先代が亡くなりアルベルトが後を継ぎ今はハルドン男爵夫人だ。メアリーから見れば雇い主で最も偉い人になるのだ。
「はい、実はカレンさんですが、検品はされているんですが、あれこれと興味があるらしくて隣で作業しているアンナに話し掛けたり立ち上がって別の金具を手に取ってはこれはどんなアクセサリーに使うのかと、まあ、興味があるのは良いことなんですが、落ち着きがないと言うか、周りも気が散って作業が止まってしまって」
「そう、まあ、初めてで彼女も珍しいんでしょう。昼食の時に注意しておくから様子を見てくれる?」
メアリーはほっとした顔をして出て行った。
昼食の時に屋敷に帰って三人で食事をする時にディアナはカレンに話をするつもりだった。
ルナとダンは後で食べると言っていなくなった。
ディアナは準備してある昼食をダイニングに運ぶ。カレンも自分の分を持ってテーブルについた。
今日の昼食はスパゲッティだった。カレンは美味しそうに食べ始めた。
ディアナは半分ほど食べ進めた辺りでカレンに声をかけた。
「カレンさん、仕事はどう?」
「はい、すごく楽しいです。色々な金具がネックレスやブローチの一部になると思うと何だかワクワクします」
アルベルトが口を挟んだ。
「そうか。だろう?女性は誰だって美しい宝飾品が好きだ。そんな品物を作っていると思うと楽しくなるよな。やっぱりカレンさんこう言う仕事向いてるんじゃないのか?」
「まあ、そうかもしれません。私、午後も頑張ります」
「ああ、ゆっくりでいいからな」
「ええ、カレンさんが楽しいのは良かったわ。でも、みんなそれぞれ仕事をしているから少しおしゃべりは謹んでね。あなたも喋っていると手元の検品が疎かにもなるから」
ニコニコしていたカレンの顔がグチャと歪んだ気がした。
チッ!
舌打ちの音がしてカレンが言った。
「奥様って何でも私にケチをつけたいんですね。私、ちゃんと仕事をしました。言われた通り金具に傷がないか歪みがないか確かめて、それなのにどうして?少しくらい話をしたからって、私だってみんなと仲良くしようと思って話し掛けただけなのに‥」
カレンは言いながら目元を湿らせた。
アルベルトが慌ててカレンに走り寄る。
「ディアナ、良い加減にしないか。少しくらい話をしたって良いじゃないか。彼女はみんなと仲良くしようとしてるだけだろう?」
「とにかく、仕事の邪魔はしないようにして、カレンさんも自分の仕事に集中してちょうだい。みんなと話をしたいなら休憩時間を利用したらいいわ」
「ひどい!奥様私、朝だって辛いけど頑張って起きたのに、仕事だって初めてで戸惑って、それでもみんなと仲良くしようと思っただけなのに!」
カレンは泣きながらダイニングを飛び出して部屋に駆け込んだ。
アルベルトが追いかけて行った。
「カレンさん気にしなくて良い。今日はもう休んで良いから、ディアナがすまなかった」
カレンを慰める声がダイニングにまで聞こえて来た。
アルベルトがダイニングに戻って来た。
「ディアナ言い過ぎだぞ。せっかくその気になってるのに。ったく。俺は仕事があるから行くけどカレンさんに謝っておけよ。いいな」
「アルベルト、メアリーさんから言われたのよ。喋りすぎでみんなが仕事にならないって。だから私!」
「そこをうまくやるのがお前の仕事だろう?俺だって取引先の事や新しい商品のことで忙しいんだ。あまり世話をやかすなよ」
アルベルトはいつになく冷たい声でそう言うと出て行った。
もう、どうして私が悪者になってるのよ!




