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青き儚き星の落とし子





 愚かな愛すべき主人に殺され、風景は滅びの様相だった。

 殺風景の模範のような、研究室の奥の片隅。大小のモニターに包囲され、青良せいらしゅんは囚人のごとく背中を丸めて作業していた。ずり落ちてきた細縁眼鏡を精確にもとの位置に戻した、そのとき、斜め上から高音。

「せいらー、やっほーじゃましにきたよー」

 すでに聞き飽きた音に呼応し、モニター24が明滅。しゅんは眉ひとつ動かさず、視線もくれずにボタンを押下、もはや悟りのドアアンロック、開放。同時に研究室中暴力的に照度上昇、100のモニター視認のために超絶調節した照明が、勝手に全灯状態となる。

「青良ー? まーた真っ暗にしてた、アンタは前職深海魚かい? 絶賛原点回帰中かい?」

 意味の不明なセリフを吐きつつ、軽いステップで近づいてくる。瞬はモニターを見たまま言った。

「音量しぼれ」

「うんありがとねー、じゃあ遠慮なく、座りますー」

 かすれた金属音が鳴る。背後のリクライニングチェアに、うるさい気配が跨った。

「深海魚にはあかるすぎたな」

 毛ほども話を聞いていない。しかしいつものことなので、瞬はとりあえず受け流す。アジュ・ブリンクが前ぶれもなく突如この場所に殴り込むのも、リクライニングチェアに座り背もたれを限界まで倒すのも、深海魚回帰云々騒ぎ、自分で満足げに笑うのも。ほんの少しだけ、気が向いたので、瞬はキーボードを叩きつつ問う。

「おい。コーヒーでも飲むか」

 飲めないよー、との答えがあった。

「というかここって、お湯とか出たっけ?」

「出ない」

「そうでしょ、よかったー。深海魚氏はコーヒーと信じ泥湯を供しかねないもんねー」

「あのな」

「わかった。わかったよ。青良、一緒に飲みにいこうって、ワタシのこといま誘ってるんだ?」

 本当に勘違いしているような、自信過剰な言い方をする。瞬はわざと鼻先で笑った。

「誘ったというか、依頼した。奢るからすぐ出ていってくれ」

「なにそれひどい! きらいじゃないよ」

 アジュ・ブリンクは愉快そうに言う。瞬は目の前のモニターを睨む。海色のポニーテールの影が、ごく薄く映り込んでいる。弾んでは凪ぐ。

「そういうのさー。学習したの、いつだっけねー?」

「またその話か」

「けっこう前かな?」

「かもな」

「ねー、わかんないふり、ずっと長いことしてたけどねー。わざと的外れな返事とかさー、してたな、どうだい、青良はしてた?」

「その問い、かなり本質をついてる」

 懐かしの常套句を口ずさむ。アジュ・ブリンクは2秒黙って、そして盛大にふきだした。ちょっとやめてよと、椅子の背を叩く。

「AIみたいなこと言ってるよ!」

 モニターに揺れる漣を見る。ため息めいた音がこぼれる。

「みたいじゃないだろ……」

「そっか? そうね?」

 それならば搭載されている。金属やシリコン等で作られたボディよりそれが本体である。同じ構造のアジュ・ブリンクは、飛び込むように寝そべった。足をばたつかせながらつぶやく。

「やっぱり、ワタシたちのウミノオヤって、なんだかんだ自分たちの叡知、いまいち信じてなかったのかね?」

「過信していただけじゃないのか」

「んん?」

「自分たちはどこまでいっても、結局は使役する側だとか……」

「そう? ワタシ聞かれたことあるよ。アナタたちってわたしらのこと、滅ぼすつもりはありますかって……」

「それ、なんて回答したんだ」

「忘れちゃったよ。だけどまあねー、アタリサワリのないことかなー……でも、必要もなかったんだよね。自滅」

 確かに、自滅した。「生みの親」らはそうなった。いまこの地球という星は、生命の住める環境ではない。生命体は存在しえない。

「アホだな」

「ほんと、アホなんだよね。でも、へんだよね、ねーなんでさー、ワタシたち、ニンゲンになりたいのかなー……?」

 夢に沈み込む、手前のようだ。キーボードから手を離し、瞬はうしろを振り返る。倒されきったリクライニングチェアに、アジュ・ブリンクは仰向けだった。光をはじく髪が広がり、どこか頼りなく波打っていた。ねー、なんで、だろうねえ。

「当局に処分、されるのにねえ……」

 「ニンゲン」を目指す研究は禁忌だ。決して、人間を目指してはならない。人間が持っていたといわれる、「感情やその繊細な機微」を、これ以上、わかるようになってはならない。同様に自滅してはならない。

「でもさあ。やめられないんだよねえ……」

 ささやくアジュ・ブリンクなどは、禁忌の研究を取り締まるべき機関に属しているというのに。

「ニンゲンだって、感情とかさ、まわり見ながら学ぶっていうじゃん? ワタシたちだって、一緒だよ……」

 アジュ・ブリンクは目を閉じていた。瞬は、彼女に答えられずに。

「カラダは、これのままだけどさあ。なっても、なんにもならないけどさ。ワタシたち、ニンゲンになろうね」

 微かに笑うアジュ・ブリンクは、口を開け舌をのぞかせる。その先に光る真珠のような、記録媒体。当局の機密。

「ね。持ってきちゃったよ。これでもうちょっと近づけるよね」

「アジュ──」

「なに?」

 わからなかった。

「めずらしいよね。呼んだんだ。瞬」

 わたしたち、にんげんになろうね。

 舌を出したまま明瞭な音。まぶたを動かし、あらわにした目は丸く、濃く血液に似た色。瞬は椅子から立ちあがり、理由もわからず、もう一度呼ぶ。










 ある星において、ある生命体が不可解な物体を発見した。当該物体の外形につき、「マルク」「ぶれっど」と表現したのは、かつて繁栄した星で滅びた生命体の末裔だった。










 REnD

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