岸シェロはん…は動かない④
「坊や。お巡りさんがいつ話をすり替えたんです?」
何やら憤っておるな。
質問で強引に攻めてきた。
「すり替えたのは坊やのほうじゃないか?」
「ぼくは話をすり替えてなんていませんよ。失礼ですよ!」
「だって質問を次々と変えて、わたしは聞かれてばかりですよ?」
「お巡りさんこそ、ぼくの話を聞くために声をかけてくれたのでしょ?」
何やら真剣モードに。反転攻勢する気か。
こちらもマジでいくぞ。
俺は警官に「話を聞く気がないならもう話しかけないで」といった。
俺の言うことにも一理あるはずなのだ。
だが──
「いいえ! 職質は取っ掛かりに過ぎない。きみに興味があるんだ」
何だと?
ますますショタ好き濃厚か。
まず彼の話に耳を傾けなければこれ以上の質問はさせてくれないか。
「なにが仰りたいのです……職質が取っ掛かりって」
「坊やにぜひ聞いてもらいたいのです」
聞いてもらいたいこと?
そんなことがあるなら、はじめから聞けば良かったじゃないか。
無理か。
中身が俺ではな。
ここで押し負けたくはないが無理はできない。
一旦、抜いた刀を引いてやる。
俺が静かになったので彼が口を開いていく。
「では良く聞いてくださいね。
きみは、はじめにこう尋ねましたね?
おじさんが誰なのかと。
わたしはすかさず「お兄さん」だと訂正して「交番勤務の警官」だと教えました。
きみはそのとき初めて声の主が警官だと知ったのだと。
お巡りさんが、きみに「お兄さんだ」と言ったのはわざとです。
声だけではわたしのことは、きみにわかりませんから。
わたし自身が若者であると漏らさなくては──」
「それは一体どういうことなのだ?」
何だこの巻き返しは。
俺が装ったことが仇になったのか。
それに気づいていたのはいつからだよ。
「わたしが警官だと名乗らなければ、きみにとって、わたしはただの不審者でしかないのです。
ここまでの会話は成立しているから、まだ誤解が生じていませんよね?
そして背後から声を掛けた時です。正直、怖かったです」
なぜ、お前が怖がるのだ?
恐怖を抱えていたのは再度同じ場面で殺傷された俺だ。
おまけに子供になってこの様に盲目でさまよっていた、俺の方だ。
「きみが振り返ることに直面するのが怖かったんだ。
けど「背後霊かと思った」きみのユーモアある感想には、ほっとさせられた」
なら、声を掛けるな。
用があるなら勇気を出せ。
「そのあと、それ以前にもきみの前方にいて声をかけてました。
相変わらずきみは気づいてはくれないけど」
「仕方ないだろ、こっちにも事情があるんだから」
それは勿論だと付け加えた上で。
「わたしの目に映っていたきみは「かなり」ぼーっとしていた。
きみ自身はきっと、ぼーっとしてたわけじゃない。
一生懸命、他人にぶつからない様に歩いていただけでしょう。
それを考えて歩いていただけ。
人様に迷惑をかけないようにするために集中していただけです。
きみはぼーっとなんかしていなかった。
それもよく知ってるよ。
悲しかったでしょう。そんな決めつけた言われ方がとても……。
そのあとまた質問をしました。
きみに繁華街に買い物に来たのか、親とはぐれて迷子になったのかと。
そこばかりを気にするのはどうしてなのかを考えてみてくれないか?」
買い物だったのか、親と居たかが気になるとは。
相手目線で考えるなら、この姿が誰かを知る者ということにもなるが。
それなら他人みたいな問いかけはせずとも良いだろう。
この男から警官の表情は見えないが、かしこまった印象は覚えた。
背後からの呼びかけに驚かせたことは、すでに陳謝済み。
だがすごく悲しそうな眼を向けているような気持になるのが不思議だ。
いま俺がおまわりに告げるはずだった内容だ。
それをなぜ、アンタが代弁するかのように語っているのだ?
警官は続けて口を開く。そこから漏れ出す吐息でわかる。
「交番勤務の制服警官なのに?
名乗らなければ、ただの不審者になる意味を考えさせられたよ。
あれだけ前方から言葉をかけたのに気づかないことも。
一番知りたいことはきみの名前と年齢だ。
どうか警戒をしないで素直に答えてくれないか?」
この警官は真剣で、かつ深刻な口調で名前を教えろと言ってきた。
名前ぐらいは聞くだろうな。職質だから。
だが真実に警官かどうかは図りかねる。
俺は訊くのなら、そっちから名乗れと主張した。
交番のおまわり以外の情報をくれないから警戒するんだよ。
俺の心情をそこまで言い当てようとする思いやりがあるのなら。
目の前の警官は、「きみに名を名乗るには勇気が必要だ」と言った。
いったい何の話だよ。
名を名乗れない警官なんか信じられると思うか。
「馬鹿も休み休み言え」といいたい。
というより、馬鹿は休んでいろ。
警官の息遣いが顔のそばに近づくのを感じた。
もしかして心の声を聞かれたかな。
「どうか……そのままで聞いて」
相手が俺との身長差を考えて、しゃがんでくれたようだ。
馬鹿なっ!
俺の記憶では、あいつは一度も少年のために身を屈めてなどいなかった。
別人なのだろうか。
警官と少年。
どこにでもある光景だから、俺が思い違いをしているのかな。




