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岸シェロはん…は動かない①


 お巡りさん?


 いったい、いつからぼくのことを見ていたのですか?

 そんなの怖いし、絶対おかしいでしょ……。



 ぼくは目の前に居る「交番の警官」を名乗る不審者から一刻も早く離れたい。







 ◇



「こんにちわ! 坊や、こんな繁華街をひとりでお散歩かい?」



 不意に背後から声がした。

 比較的に若い大人の男性の声だった。

 俺はその声にびくっとして背後を気にした。

 勇気を出して振り向くことにする。

 振り返るとそこには確かに大人が立ち尽くしている気配がした。


「坊やって、ぼくのことですか?」


 その問いに対し「そうだ」と返事が返って来たので間違いはないだろう。

 俺に話しかけて来たのだな。


「おじさん、だーれ?」


 

 何者だ。


 それより、ここはどこだろう。

 しばらく聴覚を頼りにさまよって来たが、どうやら周囲の雑踏から判断すると、あの道玄坂の繁華街なのだと漸く気づいたのだ。


 この人々のざわめきはときめきに満ちていた。

 俺には聞き覚えがある場所だ。

 だから判るのだ。


 光の渦に落とされた俺の目の前が暗転した。

 前の時なら自宅の部屋のベッドの上だった。

 だが今回は路上に立たされていた。

 

「お兄さんなんだけどな。わたしは近くの交番に勤務しているお巡りさんです」

「ふーん。……お巡りさんなんだ? てっきり背後霊かと思っちゃった、てへ」

「は、背後霊って坊や……」警官を名乗る男は、あははと苦笑いをした。

 警官も二十代前半か、おじさん呼ばわりが気になったような口振りだ。


「まず、お名前を聞かせてくれるかな?」

「やだよ。おじさんからの告白なんか聞きたくないし」


「おじさん」と返すことにより、自尊心のある若者なら言い直すかと。

 初めから若い声だとは知っていたのだから。

 これで年齢層がぐっと絞られたわけだ。


 なぜ「背後霊かと思った」などと答えてしまったのか。

 今度の俺は一体誰に転生したのか。

 それが問題なのだ。


 いま目の前に居るのは「交番のおまわり」だというではないか。

 そのシチュエーションもどこかで見覚えがあるぞ。

 

 そして俺の記憶が正しければ──


 交番の警官にオヤジギャグみたいな返事を返すのは小学生の男児だろう。

 年齢は十歳だ。

 スリム体型で顔立ちは可愛らしく、誰にでもモテそうな感じの。


 ああそうだ。

 俺はあの……黒耳シェロくんに転生しちまったようだ。

 商店街を北へ進んでいた時、半袖半ズボンだったのは手探りで気づく。

 半ズボンの中へ手を入れたときは声をなくしたわ。

 相当ちいさくなっていたからな。

 失くしたものは言わなくてもわかったけど。


 愛しのショタだ。


 俺が…………ついにこの俺が、ショタに転生したのだ!

 ショタは陽気でなくては可愛くないのだ。

 オヤジギャグは親父の受け売りなのだ。

 いつも後ろから声を掛けるとそう答えてくれて和まされたんだ。


「突然うしろから知らない人の声がする。びっくりしました」


 まじでびっくりしたわ。

 なんで前方から声を掛けて来ないのだ?


「ふつうにぼくの前方に来てから声をかけてもらえれば制服でお巡りさんだと判ったのに……」


 目の前の「交番のおまわり」が制服警官だと知っているのはこの前見たからな。


 ここは適当に返事を返しておこう。

 悪い人間がたぶらかしていないとも限らない。

 もちろん、前方から声を掛けてもらっても、今の俺には相手がどこの誰かはわからないのだ。

 なにせ、転生直後に失明してしまったようなのだ。

 暗転からいっこうに抜け出せずにここまで歩いてきたのだ。

 だれにもぶつからぬように周囲に意識を集中してな。


 警官の息遣いが聞こえた。

 口を開こうとするのがわかる。



「お言葉を返す様ですが、先程から何度も声をかけていたのですが」


 警官の言い分が正しいのであれば、俺は今はじめて気づいたということだ。

 注意深く歩いて来なければならなかった。


 警官も「考えごとでもしていたか」そのように質問をした。

 それについて俺は生意気な返答ではあるが。


「考え事をしていない人間なんかこの世にいますか?」

「え、いないですか?」

「お巡りさんは何の思考も巡らせないでぼくに近づいて来たのですか? それで背後に回ってこんにちわ、はないでしょ!」


 普通なら、そう目くじらを立てなければならない話でもないのだが。

 目の前の「交番のおまわり」を名乗る男には注意を払わなければいけない。


 なんといっても、シェロくんをどこかへ連れて行った奴なのだから。

 だからこそ、言葉は慎重に選ぶのだ。

 目が見えていないことを決して悟られてはならない。


「いやまあ、それはそうだけどね。何度も声をかけたけど、応答がなくて行っちゃうものだからお巡りさんも心配になってね。後ろから声を飛ばして驚かせたことは申し訳なかったね」



 たしかに「うわの空」で歩いていたようにも見えたんだろうな。

 うわの空で繁華街をあるいている児童を見かけたら警官は職質するものだ。


 迷子の届け出に関わらずにな。

 それらを未然に防ぐためにも防犯パトロールに力をいれている訳だ。

 だがこの「おまわり」は一体いつ頃から俺を、いやシェロくんを意識していたのか探る必要はあるな。


 おお!そういえば。

 俺もこの子を最初は『職質スルーできたら勇者』の少年だと疑ったものだ。

 それならもともと流行っているから、それを利用するのがいいかもしれない。


 不本意ではあるが身を守るためでもあり、シェロくんをも守れるかもしれない。

 だが『職質スルー』などという下劣な行為ではない。



「ぼくは『職質をパリイする!』ということにする」

 守りたい者のために。

 悪意ある国家権力を跳ね返さねばならないときが来ただけなのだ。


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