第94話 翡翠の出勤
「っふぅふ~~ん♪ ――っと! はァ゛??」
翡翠が鼻歌交じりに歩いていると、強引に引かれてしまった。引かれた方へと不機嫌に視れば、自身の身長や自身の嫁の蓮なんかよりも身長の低い女性がほくそくんでいた。
目は蓮よりも大きいがまつ毛は短い、前髪は分けられていて、おでこ全開。真っ黒い髪は肩まであり、後ろに束ねられている。口も大きく、白い歯を見せられる。
「――何? どなた様なのよぉ、君」
素で怒鳴りそうになるのを堪えて、翡翠は早乙女ミドリとして取り繕い、にこやかに聞いた。ここで翡翠だったのなら、間違いなく手も出してしまっていた。
「俺は都築マサルっての! あのさ! あのさ?? お前は《従業員》だよな?!」
「これ。お主はどうしてそう、強引なのでござるかなぁ?」
「じゃあ! すみ田はあてがあんの?? すぐに行かなきゃなんないってのに、6人も集まってないんだぜっ??」
「それは。お主に人望が、ないからでござろうが」
「でっかいブーメランを飛ばすんじゃねぇしっ!」
ダブルスピーカーの言い合いに、翡翠も引けてしまう。これはここを、今、逃げなければ拉致されかねない展開だと察したからだ。額にも汗が滲んでしまう。
(あ。これはやっべぇやつじゃねぇかよ!)
掴まれたままの腕を、翡翠も指を外していくのだが外れない上に、強く、さらに掴まれてしまうのだった。皮膚をつねるだとか、爪で引っ掻くなどの手段もあったが、あまりに小さな手に。
「ボクぅ、新人なのぉ。《変態》もないんでぇ、協力は出来ないのよねぇ♪」
「今、買えばいいじゃねぇか! な! すみ田!」
「然し。新人ではPもΔもあるまい。ま。拙者は稼いでおるから、出してもいいでござるよ?」
「いいの!? じゃあ、頼んますぅ~~俺、ちょっと今、手持ちが~~」
「お主はいっっっっつも、どうしてそうなるまで散財してしまうのでござるか! 蓄えなくどう生活をしていく試算なのでござるかっ! 自己管理出来ぬのなら、彼氏殿に言わねばならんぞっ!」
「や! ――~~っつ‼」
翡翠の腕を離すと、都築が土下座をして、床に頭をこすりつけた。
「勘弁してくんさいっっっっ‼」
「全く……で、お主。名をなんと申すでござるか??」
「――……言わなきゃダメぇ? てか。君は何て名前なのよぉ」
「拙者は、伊井すみ田でござるよ」
言ったら本当に終わりのように思えて、唇も吐き出してしまう翡翠。躊躇をしてしまい、顔も強張ってしまっているのが、皮膚具合に分かる。
「別に言いたくないのなら。あだ名で呼ぶまででござるよ。では、参ろうではないか、眼鏡!」
「眼鏡って……ボクは早乙女ミドリぃ」
「おお! ミドリ殿。暫く拙者らと探索に参るでござるよ!」
伊井も身長が低く、都築のへそ辺りまでしかない。赤い髪で、竜二のように左髪が長く、同じように縛っているが。こっちは女性らしくも、三つ編みだった。
そんな小学生のような伊井に、
(ああ。息子にもこんな時代があったっけかぁ)
1人息子の竜馬のことを思い出していた。
かれこれ3年近く、起きている彼と会っても、話してもいないが。
(18歳に、いつの間にかなっちまってたんだなぁ)
灌漑深げにため息を吐く翡翠の腕を、引っ張って連れて行かれたのは本棚。
LV.も低く、低所得者に心強い友だ。
端末の中のものは以外と高く、もっともリーズナブルな価格なのは本なのだ。
本の中のページを押して、表紙カバーに従業員カードをかざすだけで、ダウンロードも出来るのだが、使用後の神経の痛みもあって、ある一定の所得者になった従業員は、端末を使うようになる。
それこそ――翡翠は知らない。
「お主の所望する《変態》はなんでござるか?」
◆
「あん? ……ちょっと。なぁ、おいって……竜二? ぇえっと……」
「あぁー遅かったねー兆時さーん」
「……坊ちゃんは、お兄さんはどこだい?」
「? 一緒じゃないんですか? 戻って来てませんよ、翡翠さん」
端末パッドを持って戻った蟻島は目を疑った。明らかに、待たせたはずの部屋に竜二とたくましかいないではないか、と。そして、慌てて通路を戻って行った。
「翡翠ぃいいっっっっ‼」
血相を掛けてしまうのも仕方がない、こんなことがバレてしまえば、翡翠を溺愛する父親が何を仕出かすか、堪ったモノではないからだ。
「嘘であってくれっ! つぅか、本当に勘弁し――……ぅあぁ゛~~っ」
慌てて宙を見上げて出勤をしてる隊と、名簿の確認をしている。
宙にあるのは、隊や、隊員名簿なの掲示されている掲示板。携帯でも、勤務している従業員の一覧の確認が出来るのだが、一番早いのは、掲示板だ。
「早乙女、ミドリって。あれ、そうだよねー兆時さーん」
「嘘……どうして?? なんでっっっっ??」
慌てる蟻島の様子についてきた2人も。
翡翠の名前に、驚きは隠せないでいた。
「こっちが聞きてぇよォ~~もぉお゛おぅ゛うう゛っ‼」




