第85話 グレーライン
『お前らなんかにっ! オレの奥さんの何が分かるっつぅんンだよッ!』
後部座席にいる俺にも、はっきりとおじさんの声が、言葉が聞えた。
心の底から発せられているのが分かる。
(……そういや。おじさん既婚者だったっけ……)
ここでようやく俺もおじさんの、左手薬指の結婚指輪を思い出した。
おじさんが庇って、叫ぶほどの奥さんは。
(どこにいるんだろう?)
どうして、一緒に――横にいないんだろうって思った。
(あ。子供、いるのかな……どうなんだろう)
俺の頭が紋々、モヤモヤとなっていく中で。
『本当にくまちゃんはッ……たくまはどうなんだよ! ぉ、オレ、行くぞ?? 田医院なら分かっしさぁ!』
「父さんが来るなって言って、来たらどうなるのか……分かった上での発言なのかな? 竜二」
嘘だというのに、あたかも本当にあったかのように、おじさんのお父さんが吐き捨てた。
ちょっと、性格的には翡翠さんに似てるっていうか。
(間違いなく。親子です……ありがとうございます)
「だから竜二は、そのアパートで、そこにいる婚約者と仲良くちちくり合いながら、二人の帰りを待っていろ。すれ違ったらどうするんだい?」
これはぐぅの音も出ないだろう。
『っわ、分かった……から。婚約者とか止めてくんねぇかなァ~~?! つぅか、本っっっっっ当にたす――』
(あ)
血の叫びをするおじさんに対して、おじさんのお父さんは冷淡にも。
あろうことか携帯を切っちゃったんだ。
何の言葉も発せずに、だよ。
「んでぇ? 父ちゃんってばぁ、オイラ達をどぅしたいのぉかなぁ?」
口許を手で覆って翡翠さんが嗤った。
天候も悪く、車内も暗くて。
とても翡翠さんの表情は悪い面構えになっているんだけど。
絵面が、こうなんていうか――悪い。
「お仕事のいら――……」
「昨日の晩に。僕の隠れ家のマンションに泥棒が入ったんだよ」
「「!?」」
おじさんのお父さんからの言葉には。
俺もだけど、翡翠さんの身体も大きく弾んで、震えてしまっていた。
うん。はい、俺もなんですけどねぇ。
「室内が荒れに荒れてっ! そりゃあぁ、もうぐっちゃぐっちゃにされててな。まぁ、貴重品は他所に置いていたから盗まれていないんだが? だが、だがな? あまりにも酷い惨状。従業員の誰かに、手伝わそうとしたときに、丁度よく。君が視えたんで。つい」
肩を上げれ素っ気なくいったおじさんのお父さんの運転席。
ガッコン! と翡翠さんが拳で殴った。
「‼」
「ついってレベルの嘘じゃねぇかんなぁ?? 手前のは吐いちゃあいけねぇラインを超えちまってるんだっかんなぁ?」
運転席に顔を寄せて、おじさんのお父さんに耳打ちをした翡翠さん。
すると、ハンドルから手を離して。
「っちょ! ぉ、おじさんのおじっさぁあン??」
翡翠さんの胸ぐらを掴んだ。
親子が顔を向け合わせる様子に。
ごっきゅうん! と俺の喉も鳴った。




