第44話 諸星日向、負傷。 (再)
海中には諸星さんの血が拡がり続けていた。
真っ赤な水中程怖いモノはないなと俺は他人事にように思ってしまった。
「『牛男君! 大丈夫か??』」
一番大丈夫じゃない人に。
俺は心配されてしまった。
「ほれ。何か言わんか。主」
冷やかな目で俺を見ながらトトナが言う。
んな目で見られたって、
「は、ぃ……平気です」
俺だって返事くらいするってんだよ。
「『そぉか! そぉか! ならば、えぇんじゃよ!』」
陽気に鼻歌を歌い始める様子に。
「っちょぉ~~?? ぇ、えええ~~??」
俺はトトナを見てしまう。
「真剣になると……歌い始める従業員は多いんじゃ」
ぶくぶくぶくく――……
「そぅ、なんだ?」
トトナから視線を前に戻した瞬間。
イカが数杯並んでいた。
「――へ??」
情けない声しか出せない俺に、
「『っだ、りゃああッッッッ‼』」
津軽さんが雉から半鳥人になって、鳥の爪先でイカを薙ぎ払って行った。
そして、細い腕を伸ばして、俺の首根っこを掴むと勢いよく飛んだ。
目まぐるしくて、頭もついていかない状況に。
「へ? ぇ? あ、ぇ゛??」
俺は一向に情けない言葉しか出せないでいる。
「主。時間を確認したらどうじゃ」
トトナの言葉に、
「っにじゅう」
俺も慌てて時計見た。
【26:19:31】
「26分ッッッッ‼」
「『26分なのねっ!』」
「『津軽の姐さん。本当に、今回は僕も悪かっ――』」
「『君が謝る必要なんかない。必要なのは《商品》だけだよ!』」
頭の上を飛び交う会話に、俺はおじさんと他の従業員を合わせてしまう。
ペーペーじゃない従業員同士の会話だ。
今の俺なんかじゃ中に入ることも。
生意気だとか、邪魔だとかしか言われないだろう。
(悔しぃなぁ)
鼻先が痛くなった。
泣きそうだ。
「俯くな。耳を塞ぐな。目を閉じるな――口を閉じろ。じゃぞ。主」
「何、それ…意味、分かんないぃ~~……」
「言葉のままじゃ。現実を目の当たりにした者だけが、正真正銘の仲間になれるんじゃっ!」
バン! とトトナが俺の背中を叩いた。
「強くなられよ! わし共を凌駕するほどの従業員に! わし共を翻弄し続ける従業員になって! わしを喜ばせろっっっっ‼」
とても強い助言だ。
こんなことを一体、トトナ以外に誰が言ってくれるだろうか。
おじさんは離れるなと言うけど、何も言わない。
翡翠さんはおじさんには言うけど、基本が何も言わない人だ。
じゃあ、俺は。
誰に何を、何を誰に言えばいいんだ。
「ふぁ゛ぃ゛い゛い゛~~っっっ‼」
この窮屈で救いもない倉庫の中で。
俺がしなければいけないことだけは。
決まってしまっているというのに。
ぶくぶくぶくく――……
「『♪♪♪♪♪♪♪』」
演歌なのかJポップなのか、何なのかが、よく分かんない鼻歌を歌い続ける。
表情を盗み見すると、真剣に眼光の鋭い諸星さん。
尻尾の蛇が八つに分かれて、辺りを探索するかのようになってもいる。
「……このアバも。《課金》次第なのか? トトナ、さん」
「ぁあ゛ー~~さんは今さらじゃろぅが。うむ、課金と勤務期間と――あとは才能じゃよ。能力とは二重の極みで成り立つんじゃよ、おん――……タクマ」
「「…………っつ」」
思わず顔を見合わせて、横に反らしてしまった。
何か嬉しいとは思ったけど。
「『出血が止まることはないでしょうし、一刻の猶予もありませんよ! 諸星隊長! 津軽さん!』」
状況は悪化し続けている。
惚けている時間なんかない。
「『落ち着くんじゃ、源君。そう焦りなさんなぁ~~♪ ほれ、見てみぃよ』」
怪我を負っている諸星さんが。
慌てている源さんを落ち着かせている。
「『棚の領域に来たんじゃ!』」
確かに目の前にはドーム状のもの。
中には空気が入っているようだった。
「『さぁ! 商品を確保じゃ!』」
【23:21:19】
(――~~……時間も時間だっ)
時計に目をやった瞬間。
「『っぎ、ゃああああッッッッ‼』」
諸星さんの絶叫が木霊した。
視線を戻すとだ。
真っ赤な血が色濃く海中を漂っていた。
その先が見えないほどに。




