第35話 ラスボス父親の登場
《ワールドルーツ》の社内規約を一部抜粋。
★《新人》同行は熟練者との一日一回とし、入社後に置いて一週間は訓練及び鍛錬を徹底的に行い、三ヵ月間の研修期間とし、以後は契約更新するものとする。
◆
「あのさぁ。今日は、つまりはオフってことなのかなぁ?」
座椅子に腰を据えて、宙を仰いだ翡翠さんが言う。
俺も翡翠さんに、
「そぉー……なんじゃないんですか?」
段ボール箱を開けながら相槌を打つ。
おじさんは奥の和室の奥の浴室にいた。
水が弾く音が聞こえるからだ。
だから、今リビングに居るのは俺と翡翠さんの二人きりだ。
「俺は、その方が助かるかな。だって、叔父さんに拉致されてさ、なんやかんやと。おじさんと会っておっさんに会って、あべこさんや牌さんに会って、それに翡翠さんとも会ってたりして……――限界なんですって! もぉ、無理ですって! 身体がばっきばきなのっ! 俺ね! ヒキニート歴10年なんですよ!? 20年のおじさんには適いませんけど!」
思わず、ずらずら、と翡翠さんに感情を露にしてしまう。
思いもしなかった言葉に、思わず俺も、口許を抑えてしまう。
「へぇ。そぉなのぉ」
なのに、翡翠さんからの反応は薄い。
群青の人にとってみれば、俺なんか赤ん坊のように見えてうざいんだろうな。
「まぁ。よく頑張ったんじゃなぁい? 《新人》の分際にしちゃあぁ、いい経験になってよかったじゃねぇのォ?」
素っ気なく俺に翡翠さんが言う。
何て、適当に言う人なんだろうか、この人は。
「オイラにしたら羨ましいよ、手前がね」
「え? 何で??」
俺は翡翠さんの横に腰かけて、顔を見た。
翡翠さんは、そんな俺に引くこともせずに。
「オイラは群青だから、一気に飛び級で同級生みてぇのなんかいねェの。ちなみにオイラが何歳から、ここに送られているか分かる?」
携帯を弄りながら、逆に俺に聞いてきたから、俺は顔を横に振った。
「12歳の時から、ずっとここに勤めているの。でもね、オイラ、身体が弱くてね。だから、竜二君に父ちゃんの許可なく勝手に《獣王》を譲渡したんだ、当時10歳の竜二君に」
少し、辺りが暗くなっていて。
翡翠さんの顔には携帯の灯りで、不気味の雰囲気を醸し出している。
「ひっどい兄ちゃんでしょぉ、オイラってばぁ」
へらっと笑う翡翠さん。
でも、俺にはとっても泣きそうな顔になっているように見えた。
「うん。確かに……でも、それは――結果論ですよね? それだけ、翡翠さんも切迫していたような、感じに聞こえますよ? それに翡翠さんも、適当にやるような人間には思えないから」
俺は思ったことを口に出してしまった。
それに気がついたのは後の祭りでしかない。
だって、翡翠さんの顔が携帯から俺に向けられている。
大きく目を見開いていて、とっても怒っているようだ。
ガタン! と翡翠さんが立ち上がると冷蔵庫へと向かった。
「ぁ、あ゛! っす、い゛ま゛ぜんっ」
上擦った言葉で、俺は翡翠さんに謝った。
「何を謝んのよぉ。いいのいいの、気にしなさんなぁ」
手をひらひら、とさせる翡翠さん。
「あ、たくま君? お酒呑めるぅ?」
にまりと、ビールと発泡酒の缶を俺に見せた。
「ゃ……分かんない、ですけど」
◆
「えー兄さん? 今はあっちのリビングだよ」
――『そうなのかい? 本当に可愛い子だね、翡翠君は』
この《バーバーバロン》の群青竜典の別荘の部屋には、親も知らされていない道具が、ここぞ狭しとばかりにあるのだが。それを知るのは竜二だけである。
例えば、浴室の壁の防音。
幾ら、中で誰かと会話をすればシャワー音に変わる。
鏡を開けて、携帯を設置する箇所があって。
差し込むだけでどんな機密情報も話すことが可能になる。
竜二は一応、バスタオル一枚を腰に巻いて。
祖父の竜典と話していた。
「可愛いって思うなら、引き取ってくんない? じーさん」
――『っは、っはっはっは! 竜之助に怒られちまうよぉwwwwただでさえ、儂が翡翠君の傍にいるのも快く思ってもいねェってのにwwww』
浴室に響き渡る竜典の笑い声に竜二も目を細めた。
小さく舌打ちをしてしまう。
――『っでぇ~~? 儂にあンたの望みを教えてみなさいよ、竜二君wwww久しぶりの連絡に心が踊れるも、それが互いの利害に一致するとは思わんねぇ。あぁ、これは厭味だよぉwwww』
「俺の望みは……――変わらねぇよ、じーさん……20年間、ずっとだ」
赤いリボンを指先で遊びながら、竜二が嗤う。
彼の様子は壁全体に埋め込まれた小型カメラによって、向こうからは丸見えだ。
――『……――そっか。あンたは本当に堕ちる気なのね。竜二君』
「っは、当然♪ そんなの覚悟の上っしょ!」
っだっだっだっだ!
「!? じーさん! じゃ、じゃあ! またな!」
床に伝う振動の動きが浴室だと悟った竜二は水栓を開けてシャワーを流した。
慌てて身体を濡らして、相手を待った。
「誰だー兄さんかー~~??」
確認するように聞くも返事はない。
「? おい、誰だ?」
「パパだよ」
振り向いて開いた浴室の扉の前には。
群青竜之助が腕を組んで立っていた。
「来やがったか。父さん」




