氷の微笑
「……それで? どうしてここに晋作も居るのよ。晋作だけじゃないわ。おまけに九一や稔麿まで居るじゃない。私は義助に、桂さんと話がしたいと言ったはずだけど?」
「……すまない。桂さんとここに来る際にちょうど晋作に会ってしまってだなぁ。晋作がどうしても付いて来ると言って聞かず、桂さんの方も……」
桂さんと話がしたいと言って義助に頼んだ数日後、確かに桂さんは私との時間を作ってくれた。
けど……九一や稔麿も付いて来てしまった。
おまけに晋作まで……。
「おやおや、大胆にも二人で仲良く内緒話とは……いつの間に義助と美奈の仲は進展したのです? ねぇ、晋作?」
か……桂さん。
お願いだから今は晋作には振らないで……。
心の中で必死に叫んだ。
「……進展などはしちゃいねぇさ。そもそも美奈は、義助なぞには手に余る」
「そんなことは無いですよ。義助も優秀ですからね。そんな義助に相応しくないのなら、いったい誰なら相応しいのでしょうね?」
もう……桂さん……本当にやめて下さい。
笑いながら言っているけど、みんな笑えてないですよ……。
「私の手に余る? それならば晋作、お前はどうだと言うのだ」
義助は晋作に詰め寄った。
ほら……義助に火がついちゃったじゃない。
義助は普段は柔らかく穏やかな雰囲気だが、すぐに着火してしまうところがある。
そんな性格だからこそ、来島さんに嫌味を言われて禁門の変なんてものに関わってしまったのだろうけど……。
「俺ぁお前とは違うのさ」
「どう違うのか説明してみろ」
晋作と義助をどうして良いか困り果てて桂さんを見ると、そんな私と目が合った桂さんは不思議そうな顔をしていた。
桂さん、本当に助けて下さい……必死に桂さんに目で訴えた。
「はい! そこまでですよ。貴方たちは、まだまだですね。さて……と、今日は私が美奈に呼ばれて来たのですよ。部外者の貴方たちは、どうぞおとなしくしていて下さいね?」
全ては桂さんが発端でしょうが!
微笑みながらそう言った桂さんを見る晋作と義助の表情から察するに、二人もきっと私と同じことを思ったに違いない。
「さぁ、ここからは真面目な話をしましょう。美奈、話は義助から聞いていますよ。貴女は京に行きたいのですね?」
「美奈が京に行くなどという戯言、そんなこたぁ俺は認めちゃいねぇ。京に行けばその身に危険が及ぶ可能性もある。桂さんや義助らが京に行くのな構わねぇがなぁ……美奈が共に行くことは断じて許さねぇ。コイツはここで、俺が面倒をみる。今日は俺はそれを言いに来たのさ」
私が答えるより先に、晋作が反論した。
晋作は今なお、私の決断に反対なのだろう。
その言葉に私は何も言えずにいた。
「晋作が美奈を手元に置きたいことは分かりました。ですが、美奈の気持ちや想いを蔑ろにすることは、晋作の本意ではないはずでしょう?」
「そりゃあ……そうだが……それでも、今回ばかりは反対だ。美奈が京に行きたい理由を聞いちまったら尚更さな」
「話はだいたい義助から聞いています。美奈が京に行きたい理由は、義助たちを守るためでしたね?」
桂さんの問いに私は頷いた。
そんな私を見る晋作は、面白くなさそうな顔をしていた。
晋作が私の身を案じる気持ちは分かる。
それでも、私は立ち止まってはいられない。
「私は……京へ行く。晋作の気持ちはありがたいけど……私は仲間の命を見捨てて、ここで晋作と安全に暮らせないの。私には私にしかできないこともある……と、思うの」
「それで? お前には、義助たちを救う手立てがあるとでも言うのか?」
晋作は吐き捨てるように言った。
「それは……今は、まだ無い」
「ほらみろ。お前は一時の感情で動きやがる。策がねぇならば、今はまだ動くべき時ではねぇのさ。お前……犬死にするぞ? 義助たちには自分で身を守るように、よく言って聞かせりゃあ良い」
「確かにまだこれといった策はない。でも! 禁門の変に繋がらないようにすれば……望みはあると思う」
「ならば、それこそ義助たちに気をつけさせりゃあ良い」
「私は……義助にも九一や稔麿にも、桂さんにも欠けてほしくないの。それは晋作だって同じことだよ? みんな揃って新しい時代を……明治の世を見られるようにしたいの。だからこそ、危機的な状況の時は、そばに居てみんなの助けになりたいと思うの。晋作にはその気持ちは分からない? その気持ちは……晋作にとって要らないもの?」
私の言葉に晋作はそれ以上の反論はしなかった。
「京までの道中は私も同行します。美奈がひとりで突っ走ろうとした時は私が止めます。晋作……私や仲間を信じて、美奈を預けてはくれませんか? 話に聞いていた通り、義助たちに危機的な状況が訪れるとならば、彼らには美奈が必要となるでしょう。私はね……有望な若者たちを無駄に死なせるようなことは、したくないのですよ」
初めて見るような真剣な表情でそう言った桂さんは、晋作に頭を下げた。
晋作に頭を下げる桂さんに、みんな驚きを隠せなかった。
「……分かった。桂さんに美奈を預けよう。だが……コイツにもしものことがあったその時は……俺ぁ、桂さんだろうと……」
「分かっていますよ。そうならないように肝に銘じておきます」
桂さんがいつもの表情に戻ったのを確認すると、晋作はその場をあとにした。
「桂さん、ありがとう! 私……ちょっと言ってくる。晋作とちゃんと話してくる!」
去り行く晋作のあとを、私は夢中で追いかけた。




