自分の夢がみんなの夢だと思うなよ
「当時は確かに専務だった。でも今は隠居していてね、アンドーチェーンとは距離を置いている。」
じゃあなんであんなに周りを振り回せるんだ?と聞くと
「駅前再開発の話が市役所から来て、老朽化ビルはこの先地震とかあると危ないから、更地にして売却してくれないか?というんだな。今は街もどこか諦めモードだし、こんだけ周りが東京のビルやお店になって、まるで東京になってるから、地元パワーではかなわない、って言うんだな。」
それが現実なんだ、やっぱりと頷いたら
「でも専務は大株主だから市役所と話をさせてくれと言ったんだ。経営陣は聞くしかないよな。」
それで専務が市役所と話してみたら、市役所は駅前は地元の顔であってほしい。東京の資本で新しいアンドーチェーンに生まれ変われないか?と相談されたといわけだ。
ずいぶん虫のいい話だなと思って聞いていた僕は「で、専務は昔の腕前が今も通用するか試したわけですね」
と聞いた。小泉は
「そう。周りの抱き込み方も駆け引きも、人の見定めも、まるで現役だ。あっぱれだ。」
とほめたが
「でも専務は怖いんだ。再びアンドーチェーンが復活しても、やっぱり最後は笑いものにされるんじゃないかとね。」
僕は「笑いもの?ってなんですか?」
と聞き返した。
「君も知る通り、アンドーチェーンは大成功した。東京でもやってないことを最初にやった。東京のデパートだって視察に来たくらいなんだ。」
小泉は僕の目を見て続ける。
「でもその成功の秘訣を知った東京勢は、5年後にはこの街へ進出しアンドーチェーンに勝つんだな。」
周りを気にしながら
「街の噂になった。ペラペラ自慢して成功の秘訣を東京に話したからつぶれたんじゃないか、とかね。」
でもそうなんじゃないの?と僕は聞いたら小泉は真剣に言った。
「それは違う。」
「昔、専務が成功の秘訣を話したのは、東京から来た若いデパートマンや商社マンに、一緒に仲間になって、この街をさらに盛り立てて欲しいから、オープンに話したんだよ。
でも結果は違った。それ以来、経営から離れて原宿にいたが1年ちょいで戻って、島を1個買って隠居した。東京もこの街も嫌いになっちゃったのかな?」
小泉はその後の専務にも付き合っていたらしい。
専務は原宿に住み、いろんな若造に飲み屋のオッチャンとして登場する。ディスコにも行く。デザインギャラリーにも行く。専務時代に知り合った顔の広さを使って、事業をしたい若造にも会っていた。
その中にコンピューターの未来を語る若者がいて、かなり応援していたんだと。でもリアルな投資には躊躇してしまった。コンピューターが分からなかったから。でもカリフォルニアの別荘を毎月5万円で貸すことと、片道の飛行機代をプレゼントした。
「それが冨塚君のボスだ。」
冨塚も本社で社長から思い出話を聞かされていた。
専務からは経営の眼差しを学んだこと、カリフォルニアの家はこの会社が立ち上がるガレージカンパニーだったことだ。
でも恩返しは5万円では出来ないぞ。この街を皮切りにまずは50億円上げるプランにしろとも。
サイン会も終わった頃、中学生の女の子たちもモデルごっこ撮影イベントに飽きてきたらしい。
本屋は頑張って毎月誰かのサイン会を開催するがスジコ先生ほどにはならない。モニタとWi-Fiを入れた喫茶店は、テレビアンテナに付け替えて競馬中継を流し始め、ネットで馬券を買える人のためのWi-Fiになっていった。
地味に長く続いているのは楽器屋が開催するオヤジバンドの屋上ステージと、たまに開催する高校生ダンス大会だ。こじんまりしているが人気があった。
「この小さな盛り上がりを育てられないかな。」
小泉は話を振ってきた。
「あのバンドマンは結構な額の楽器を買うんだよ、腕前もプロみたいだ。ヨッチがしれーっと録音して東京にいる知り合いの芸能事務所に送ったらほめてた。でも彼らは農家なんだ。」
専務は覆面バンドでCD出してやろう、この街でしか買えない特別盤だ、って言うので小泉は楽器屋を通じて聞いてみたら、芸能は興味ないんです、お金もいらない、と断られた。毎日地平線までうちの土地。毎日農作業でそとに出られない。そとっていうのは、敷地の外側。つまり、たまには開放的になりたいらしい。バンドでは、ただそれだけを楽しみたいと。
アマチュアバンドはそもそもロマンとソロバンが合わないんでは?と聞いたら
「そう。で、彼らに聞いてみたんだ。やりたいことは何ですか?」と。
それで言われたのは、
うちの野菜が全国でミリオンセラーになることだってさ。彼らはクリエイターだなと小泉は言った。
「じゃあ野菜の通販ですかね。」と言ったら、そりゃありきたりだというわけだった。




