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二周目の王子と悪役令嬢、お互いバレバレなのに知らないふりをしている  作者: 夜凪 蒼


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第0話「台詞が違う」

王太子アレクサンダーの声が、大講堂に響き渡る。


「クラーラ・リンデンバウム。貴女の度重なる悪行、このアレクサンダーが許すわけにはいかない」


 壇上に立つ私——悪役令嬢クラーラは、両手を前で組んだまま微動だにしなかった。


 当然だ。この場面は知っている。


 前世の記憶がある。乙女ゲーム『星降る王国のアリア』。私はそのゲームを一周だけプレイして、エンディングまで見届けた人間だった。そして目が覚めたらこの世界の悪役令嬢に生まれ変わっていた。


 断罪イベント。悪役令嬢が学院中の貴族の前で王太子に婚約破棄を突きつけられるシーン。ゲームの中盤のクライマックス。


 覚悟はできている。ここを乗り越えれば、あとは地方領地でのんびり暮らせる。断罪されること自体は別にいい。


 問題は——


「リーリエ嬢への嫌がらせ、図書室での妨害、そして舞踏会での——」


 ん?


 私は眉をひそめた。


 今、なんて言った?


「——舞踏会での」?


 違う。ゲームでは「舞踏会での侮辱行為」と言うはずだ。一言一句覚えている。あの場面は印象的だったから何度も読み返した。


 王太子は「侮辱行為」と言わなかった。「舞踏会での」で、一瞬だけ間が空いた。まるで次の台詞を思い出そうとしているように。


 気のせいだろうか。


「——そして舞踏会での、件の騒動。貴女には弁明の余地がない」


 「件の騒動」。


 なにその曖昧な表現。ゲームの王太子アレクサンダーは、こんなふわっとした物言いをするキャラクターではなかった。もっと具体的に、もっと冷徹に、悪役令嬢の罪状を一つずつ読み上げるはずだ。


 背筋に冷たいものが走る。


 講堂のステンドグラスが壇上に色とりどりの影を落とし、王太子の銀髪を赤や青に染めている。


 その顔を、私はじっと見た。


 整った顔立ち。琥珀色の瞳。完璧な姿勢。ゲームのビジュアルそのままの美しい王太子。


 でも——目が、おかしい。


 ゲームの王太子は断罪シーンで「冷酷な怒り」を宿していたはずだ。悪役令嬢を心の底から軽蔑している目。なのに今、私を見つめるアレクサンダーの瞳には怒りがない。


 あるのは——なんだろう、これ。


 観察。


 まるで私の反応を確かめるように、こちらを見ている。


「アレクサンダー殿下」


 私は台本通りに口を開いた。ここで悪役令嬢は高飛車に反論して、さらに印象を悪くするのがゲームの流れだ。


「何をおっしゃっているのか、私には——」


「待ってくれ」


 え。


 王太子が、片手を上げて私の台詞を遮った。


 待ってくれ?


 この台詞、ゲームにない。


 断罪イベントで王太子が悪役令嬢の発言を遮るシーンなんて存在しない。ゲームでは悪役令嬢が最後まで反論して、それを王太子が一蹴して、婚約破棄が成立するのだ。


 講堂がざわめいている。周囲の貴族たちも困惑した顔をしていた。断罪イベントは彼らにとっても想定外の展開に入りつつある。


「殿下?」


 隣に立つリーリエが、小さく首を傾げた。聖女のヒロインらしい柔らかな声だ。彼女は何も知らない。ゲーム通りに、ただ戸惑っている。


 アレクサンダーはリーリエに「少し待ってくれ」と言って、再び私に視線を戻した。


「リンデンバウム嬢。一つ確認したい」


 声のトーンが変わっていた。壇上から響く断罪の声ではない。もっと——個人的な問いかけ。


「貴女は、このまま追放されて構わないのか?」


 心臓が跳ねた。


 その質問は、ゲームのどのルートにも存在しない。


 私は知っている。断罪イベントのあらゆる選択肢を。悪役令嬢が何を答えても追放される。反論しても、泣いても、沈黙しても結末は同じ。だからこそ私は「さっさと追放されて自由になろう」と割り切っていたのに。


 なのに——「構わないのか」と聞いてくる?


 知っているのだ。この王太子は、断罪イベントの結末を知っている。どう転んでも悪役令嬢が追放されることを知っていて、わざわざ確認している。


 まさか。


 いや、まさか。


 私はゆっくりと息を吸い込む。講堂に漂う蝋燭の蜜蝋の匂いが鼻をくすぐった。


(この王太子——転生者?)


 頭がぐるぐる回っている。落ち着け。まだ確定ではない。台詞が違うだけだ。この世界はゲームの完全コピーではないのかもしれない。多少のアレンジがあっても不思議はない。


 でも。


 あの目。私を観察するあの目。あれは「ゲームの王太子」の目ではなかった。


 あれは——答え合わせをしようとしている人間の目だ。


「——構いません」


 私は、できるだけ平静な声で答えた。


「追放でも、何でも。殿下のお好きなように」


 ゲーム通りの台詞。悪役令嬢は最後にこう言って、壇上を去る。


 アレクサンダーの目が、一瞬だけ細くなった。


 失望——ではない。


 面白がっている。


(何が面白いのよ、この王太子)


 私は踵を返して壇上を降りようとした。


「リンデンバウム嬢」


 背中に、声が刺さる。


「追放の件だが——三日、猶予をもらえないだろうか」


 三日の猶予。


 そんなもの、ゲームにはない。


 振り返ると、アレクサンダーが——ほんの微かに、口の端を持ち上げていた。


 笑っている。この状況で、この男は笑っている。


(何を企んでいるの)


(いや、それ以前に——あなた、誰?)


 講堂の空気が重く揺れる中、私はひとつだけ確信を持った。


 この断罪イベントは、ゲームとは違う結末を迎える。

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