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第26話 高石さんとのデート

 昨日、高石さんとのLINEは夜中まで続いた。前、LINEが来てた時は、1日1通程度のやりとりだったのに、今回は俺が返信すると5分ほどで返事がかえってくる。妹から高石さんのLINEにはなるべく早めに返信すること、と指示が出ているため、俺は絵の練習もそこそこに高石さんとのLINEに明け暮れた。


LINEの内容はどうでもいいものから、だんだんと恋話に変わっていった。

 『泉くん、どんな子がタイプなの?』とか『もし私たちが付き合ったら、最初のデートでどこ行きたい?』とか『泉くんみたいな人と付き合えたら楽しいだろうなあ』とかそういうの。


 うん……やっぱり高石さんは俺のこと好きなんじゃないだろうか? 少し前までは赤嶺のことが好きだったかもしれないが、今は俺に気がある。じゃないと、こんなLINE送ってくるわけないと思う。


 そんなLINEのやりとりをしているうちに、どうしても眠くなってしまったのでその旨を伝えたところ『明日、一緒に帰ろ?』と誘われた。


 というわけで、今日俺は人生で初めて女の子と二人で下校する。なんか、こういうのってめちゃくちゃラブコメ漫画っぽいよな。


「泉くんっ、お待たせー」

「お、おう」


 若干緊張しながら、人通りの少ない裏門で待っていると、高石さんが小走りでやってきた。やっぱり走り方とかうさぎさんぽくて可愛い。ちなみに、裏門で待っていてほしいと言ったのは高石さんだ。


「じゃ、行こっか」

「ん? どっか行くのか?」

「当たり前でしょー? せっかく一緒に帰るんだもん! あたし泉くんと一緒にお茶とかしたいな?」


 高石さんは上目遣いで言った。なんかこの目を見ていると断りにくいんだよな。まあ、妹から「誘いに乗れ」って指示が出てるし、断るつもりはないけど。


「じゃあ、駅前のスタバでも行くか?」

 うちの生徒がたくさんいる、あのスタバ。今日こそフラペチーノとやらを飲んでみたい。

「んー、スタバかあ。あそこうちの生徒ばっかで、ちょっとうるさくない? それに、あたしタピオカ飲みたいかも。タピオカいや?」

「いや、全然嫌じゃないよ」

「よかった」


 フラペチーノはいつでも飲めるしな。ただ、少し引っかかったこともある。高石さん、人通りの少ない裏門を待ち合わせ場所にしたり、うちの生徒がたくさんいるスタバを嫌がったり。もしかして、人目を避けてるのか? だとすると、どうして。



 高石さんに連れられてやってきたそこは高校のある最寄り駅から2駅ほど離れた場所にあるタピオカをメインに扱ったカフェだった。お客さんのほとんどがテイクアウトで買っていくようで、中で飲めるスペースには人はあまりいない。


 ちなみに、というか当然だが俺は初めてのタピオカデビュー。メニューを見て分かったことだが、実はタピオカって色んな種類のお茶の中から自分の好きなものを選んで、そのお茶にタピオカを投入するっていう仕組みなんだな。俺は一番定番っぽい「タピオカミルクティー」っていうやつを選んだ。


 商品を受け取り、適当な席に座る。


「タピオカのお店もだいぶん減っちゃったよねえ」

「え、そうなのか?」

「うん、もう流行終わっちゃった感じ」

 ああ、だから人がまばらなのか。あれだけ大流行してたのに、終わるのはあっという間なんだな。

「次はバナナジュースとかマカロンが流行るらしいよー」

「へえ。そういう情報ってどこで調べてくるもんなんだ?」


 死ぬほどどうでもいい内容だが、もしかしたら漫画のネタに使えるかもしれないので、一応聞いておく。


「友達に聞いたりとか、あとはインスタが多いかなあ? 泉くんはインスタやらないの?」

「あー考えたことなかったな」


 インスタってなんか未知の世界なんだよな。ただ、最近はインスタ発信の漫画も増えてきてるのでチェックしてもいいかもしれない。


「もし、アカウント作ったら一番に教えてね?」

「え、いいけど……」

「やったあ!」


 一番って変なとこにこだわるんだな。だけど、高石さんは大袈裟なまでに喜んでいる。俺にとってはめちゃくちゃどうでもいいとだけど、こうやって喜ばれると悪い気はしないというか。素直に可愛い。


 さて、そろそろタピオカとやらを飲みたいんだが……。これ、どうやって飲むんだ? カップにはピターッとビニールで蓋がされている。このビニールを剥がすのか?


 俺がカップの端をつめでカリカリやっていると

「泉くん、こうやってストロー刺すんだよー?」

 と言いながら高石さんがぶっといストローを勢いよくビニールに刺した。タピオカ飲むには思ったより豪快さが必要なんだな。俺も真似してストローを刺すと、無事にビニールの蓋に穴が開いた。


「おお、ほんとだ」

「あはは、もしかして泉くんタピオカ飲むのはじめて? かわいい」

「うん、はじめて。あ、結構うまい」


 ずずっと音を立てながらタピオカとミルクティーをストローで吸い込む。タピオカのもちもちした感触と甘いミルクティーがマッチしている。これが流行るのは分かるわ。もう廃れかけてるらしいが。


「おいしいよねー、あたしも好き」


 美味しそうにタピオカを飲む高石さん。改めてみると、やっぱ高石さんって可愛いよな。小動物的な可愛さがある。口の中でタピオカを頬張ってる感じ、めちゃくちゃリスっぽいし。


「そんな風にじっと見られると恥ずかしいな」


 俺が見つめていると、高石さんは両手で頬を隠して目を伏せながら言った。


「あ、ごめん……高石さんが可愛かったから」

「えー、もう! そんなこと全然思ってないくせに! あたし全然可愛くないもん」

「いや、思ってるって。高石さんめちゃくちゃ可愛いぞ」

「……ほんとに思ってる?」

「ああ、もちろん、ほんとに思ってる」

「えへ、嬉しい」


 顔を赤らめる高石さん。二人の間に、なんかほわわーんとした空気が流れる。色で言うと完全にピンク。


「……ね、泉くんさ、このあと家来ない?」

「え!? 家!?」


 突然の誘いに驚いた俺は声が裏返る。え、なんで急に家?


「今日ね、ママとパパ帰ってくるの遅くて、寂しいから一緒に居てくれない?」


 高石さんの手がそっと俺の手に触れる。潤んだ目は俺の目をじっと見つめていた。

 え? え? なんだ、この状況。さすがの俺でもこれは家に行くのはやばいということが分かる。ただ同時に妹の指令が『誘いに乗れ』だったことも思い出す。

 とりあえず、もうちょいジャッジに時間が欲しい。


「さ、さすがにご家族がいない時に家に行くのはだめなんじゃないか?」

「えーなんでー? あ、もしかして泉くんえっちなことするつもり?」

「い、い、いや、しないけど!」

「あはは、なんか焦ってて可愛いー。しないって断言されたら、それはそれでちょっと寂しいかも」


 え、それはえっちなことしてもいいって意味にも捉えられないか? いやいやいや、まさかな。というか、高石さんってLINEでもそうだったけど、やたら俺のこと「可愛い」って言うんだよな。「かっこいい」って言われるのも嬉しいけど「可愛い」ってすごい心をくすぐられるというか、その辺のツボめちゃくちゃ分かってるわ。


「しないなら、大丈夫でしょー! ねえ、じゃあ決まりね? 行こ?」


 半ば強引に高石さんは俺の手を取って、椅子から立たせようとした。待て待て待て。なんだこのスピードは。妹の指示によるとここは誘いに乗らなければならないんだろうけど! 俺の野生の勘が『家に行くのはまずい』と言っている。


「ねえねえ、はやくー」


 どうする? これ、どうすればいいんだ? あ、だめだ。もう考えられない。もういい! 本能に任せる!


「悪いけど、高石さん家には行けない! 白波さんを裏切ることになるような気がするから!」


 思考を放棄した瞬間、出てきた言葉がこれだった。そうだ、俺の本音はこれ。妹には『誘いに乗れ』と言われていたが、どうしても俺は高石さん家に行きたいと思えない。なぜなら、俺は白波さんのために勝利を掴まないと行けないし、高石さんがどれだけ可愛かろうが俺の敵だ! 敵の誘惑に負けたと白波さんが知ったら……俺は忠誠を誓っている者として恥ずかしい。司令塔には悪いが、ここは引けない。


 俺が白波さんの名前を出した途端、高石さんの空気がすっと変わった気がした。色で言えばピンクから冷たい青に。


「泉くん、澪ちゃんと付き合ってるの?」

「いや、付き合ってないけど」

「じゃあ、澪ちゃんのこと好きなんだ?」

「そうだな、好きだ」


 人として尊敬している。


「ふーん? はっきり言うんだね? 男らしいんだー」


 なんだろ、男らしいと褒められているのに、少しだけ嫌味っぽい感じもする。


「最近、泉くん、澪ちゃんとなんかこそこそやってるもんね。二人だけの秘密とか、あったりするのかな?」


 一瞬ドキリとする。なんで知ってるんだ? 確かに白波さんとは教室の中でも時々絵の練習について話したりはする。でもそれは二人で話している時だけだし、誰にも聞こえないような小さな声で話しているのに。いや、だからこそ高石さんが気づいたということかもしれないけど。だとすると、高石さんってめちゃくちゃ白波さんのこと見てるんだな。

 俺が黙っていると「ふふ、図星かな?」と言って高石さんは笑った。


「でも、大丈夫だよ! あたしとも秘密、つくろ? 澪ちゃんには私たちのことバレないようにするから」

「……バレるとかバレないとか関係ない。ただ俺が裏切ってるような気持ちになるから嫌なんだ」


 俺がはっきりそう言うと、一瞬ひどく傷ついた顔になり俯いた。自分は間違ったことをしていないはずなのに、なぜか罪悪感が湧く。


「……なんであたしより澪ちゃんがいいの?」


 俯いたまま泣きそうな声で高石さんが言った。


「白波さんは俺を救ってくれたから……」

「ちがう、あたしより澪ちゃんの方が可愛いからでしょ?」

「いや――」

「あたし知ってるよ?」


 俺の言葉を遮るのと同時に、高石さんが顔をあげた。いつもの可愛らしい小動物っぽい雰囲気が消えている。どこか恐怖さえ感じるような冷たい表情。


「泉くん、人の外見しか見てないもんね?」

「え?」

「そうでしょ? 泉くんは、人を見た目で判断してる。可愛いから優しくする、ブスとは関わらない。まず見た目で中身は二の次だもんね?」


 そんなことない――と否定出来なかった。確かに、脳のバグが起きる前、俺は人が醜いからという理由で誰とも関わろうとしなかった。脳のバグが起きたあとは、人と関わるようになり人間の内面の面白さも知ることができたが、それはあくまで見た目が美しく見えるようになったから。つまり見た目が受け入れられるようなったからこそ、中身をみようと思ったってことだ。中身は二の次と言われても、否定はできない。


「ほら、図星。私、ずっと見た目で判断されてきたから分かるんだー。泉くんは最近、何か心境の変化があって、みんなのこと可愛く見えるようになっただけなんだよね? だから、みんなに優しくしてる。でも、そうやって顔だけで人のこと判断する人のことなんていうか知ってる?」


 高石さんは俺の耳元にそっと近づき、

「クズって言うんだよ?」

 と嬉しそうに笑いながら言った。

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