第18話 イケメン
学校に到着して早々、男子を観察してみることにした。妹のいう『今回の事件に興味のなさそうな男子』っていうのを見つけなければならない。それを休み時間ごとに繰り返す。思えばこうやってクラスの人間関係に注目しながら観察するなんて初めてかもしれない。
いつもは、ほとんど見た目だけしか見てなかったし、基本的に休み時間は絵ばっか書いてたしな。
こうやって見てみると、確かに妹の言う通り『白波さんの陰口を言っている』グループと『我かんせず』グループに分けられている気がする。とういか、実はよくよく見ると後者の方が多い。前者の方が目立つし数もそこそこいるのもあって、クラス全体で白波さんを孤立させているのではないかと思っていたが、実はそうではないようだ。
だが、後者のグループが白波さんの味方になっているかというとそういう訳ではない。白波さんの周りには、やはり寅野さんしかいない。うっ、なんかあの白波さんがぼっちになっている光景をみると心が痛い。白波さんは笑っていて元気そうにみえるものの、やっぱり辛いだろうしな。あとで声をかけに行こうと思う。俺なんかで元気になるか分からんが、俺は最低でもイケメンという特技を持っているわけだし、大丈夫だろ!
で、肝心のターゲットにする男子だが。我関せずの男子は結構な数がいる。昨日は高石さんを積極的にかばっていた男子も、今日は女子のように白波さんの陰口を言ったりするようなことはしていない。まあ、俺に対しても男子は陰口とか言ってなかったしな。そういうもんなんだろう。
だが、そうなってくると少し難しい。記憶を頼りに昨日の事件で高石さんを庇っていなかった男子を見つけなければならない……。
うーん、誰が文句言ってなかったっけ? 昨日は結構状況にテンパっててイマイチ覚えてないんだよなあ。
ただ、朝から休み時間のたび観察していて一人だけ気になった人物がいた。
黒髪センターパートの前下がりトランクスヘアのイケメン男子。こういう呪文のような髪型も覚えられるようになった。あの髪型は、ドラゴンボールのトランクスか、かなりのイケメンしか似合わないって米山さんが言ってた。なので俺の脳バグを通さなくても彼はイケメンなんだと思う。名前は確か……木下! 木下裕也だ!
なんで俺は木下が気になったかというと、木下は休み時間のたびに一人で漫画を読んでるからだ! 確か木下は少し前までは赤嶺と同じグループでつるんでいたはずだが、なぜか今日は一人でずっと漫画を読んでいる。だが、これは俺にとってはチャンスだ! グループでいられるより一人でいてくれた方がいい!
それになにより! 木下が読んでいるあの漫画『BLAME!』じゃないか! あの伝説のSF漫画……見た目は『ワンピース』とか『鬼滅の刃』とかポピュラーなものを選びそうな感じなのに、そこをチョイスするなんて……一体どういう人間か気になる。
ということで、俺はほとんど自分の興味からターゲットを木下にすることにした。イケメンに話しかけるってちょっと緊張するんだが、そこは俺もイケメンなので大丈夫だと思う。
昼休み、相変わらず漫画を読んでいる木下に話しかける。
「よ、よお」
突然俺に挨拶されて、漫画を読む手を止め眉を潜める木下。やっぱり初めて話しかけるのに『よお』は不味かったか? 『初めまして』の方がよかったかもしれない。まあ、とにかく言ってしまったんだから続けよう。ただひとつ分かることは、近くで見ても木下はイケメンだってことだ。
とにかく、俺は頭の中で組み立てた会話のシミュレーションを続けることにした。
「元気?」
「元気だけど。泉だっけ? なんか用か?」
「それ、読んでるの『BLAME!』だよな? 俺も好きでさ」
「ああ、これ? ネットで面白いって見つけたから読んでんだけど、今のところイマイチわかんね」
え!? 完全に俺の会話シミュレーションと別方向に言ってしまった。俺の頭の中では木下は「泉も好きなのか? 俺もこれ好きでさー」みたいな感じでお互いの考察議論を酌み交わす予定だったんだが。どうしよう。
「泉は、これ意味分かるわけ?」
次のセリフに困っている俺に、木下が聞いてきた。助かった。
「完全に理解してるかって言われたらそうじゃないけど、俺なりの解釈はあるぞ」
「へえ、教えてくれよ」
「まず、何がわかんないんだ?」
「この世界がどこで、主人公が何をしてるのか分かんねえ」
「え!? そこからか!?」
「そこから頼む」
まあ、セリフが極端に少ない漫画だからな。逆にそこ分からずに、よく6巻まで読めてるな。
「そうだな、まず、この漫画の舞台はめちゃくちゃ未来だ。で、この世界ではネットの核みたいなとこであらゆることを管理してたんだが、ある時パンデミックみたいなのが起きて、人間のほぼ全てがネットの核にアクセスできないウィルスに感染したんだ。管理者を失ったネットの核は、建物の増築を永遠に繰り返したり、ウィルスにかかった人間を敵と判定して攻撃し始める。それを止めるために、ウィルスに感染していない人間を探しているのが主人公だ」
俺は早口で『BLAME!』の説明した。ちょっとドヤ感も出てたと思う。あー、これがオタク特有の早口ってやつか。ものすごい気持ちよかったが、これ失敗したな。引かれるやつだ。
「あーなるほどな。分かった分かった」
「え、分かったのか!」
だが、木下は俺の早口には引かずに普通に返事をしてくれた。
「そういう設定だって分かったら、面白いわ、これ!」
「だ、だろ!?」
う、嬉しい! 俺の気持ち悪い説明で、漫画の面白さ分かってくれたって言われるのすげー嬉しい! そうなんだよ、面白いんだよ『BLAME!』は!
「泉、漫画好きなのか?」
「お、おう。木下もか?」
「そうだな、結構読む方かもな? ジャンプとか。ただ、有名なやつって大体読んだんだよな。なんかおすすめとかある?」
「あるある。よかったら、今度なんか持ってこようか?」
「マジ? さんきゅー。じゃあ俺もなんかお前に貸せそうなの持ってくるわ」
おお、漫画を貸し合うとか人生で初めてだ。なんか、こういうのいいな。
「でも泉俺の持ってる漫画とか全部読んでそうだよな。持ってくる前に確認したいからLINE教えてくんねえ?」
「あ、お、おっけーおっけー!」
しかもLINEまでゲットできたぜ! ちなみにこれで、俺のLINEの連絡先リストは二人に増えた。嬉しい。あ、帰ったら妹にも聞いとこうかな? もし学校で予想外のこととか起きたら、即司令塔からの指示が欲しいし。
とにかく、これで今日一日の成果としては花丸なんじゃないかと思う。友達になるにはまだまだかかりそうだが、何事もコツコツやることが一番大事だ。コツコツ毎日努力し続ければ、必ず成果になるんだから。
*
「さすが、お兄ちゃん! すごい! 完璧だよ!」
「へへ」
帰宅してから今日の成果を報告すると妹はめっちゃ褒めてくれた。最近気づいたんだが、こうやって褒めてくれる存在がいると、やる気がでる。
「じゃあ、もう次の課題いけるね!」
「え……」
いや、もちろん次の課題があることは予想できてたが……もう? まだ、全然木下と友達になれてる感じしないんだが。
「そんな構えなくてだいじょぶだって! 今日の課題の延長みたいなものだから!」
「なるほど、延長……」
今日の課題も結構大変だったのに、その延長か。いやいや、挫けるな。これも全部白波さんを救うためだ。俺が早く成果を出せば、白波さんも早く救われるんだから。
「では、次の課題を発表しまーす! 次は『木下さんと白波さんと寅野さんとお兄ちゃんの4人で休みの日に出かける』だよ!」
「ええ!?」
「どう? 楽しそうでしょ?」
「いや、楽しそうだけど……この課題が白波さんを救うことに繋がるのか?」
「だいじょーぶだって! 全部『計画通り』になる予定!」
妹は『計画通り』と言った瞬間、悪そうな顔で笑った。『デスノート』か……? まさか、妹が漫画ネタを披露する日が来るとは。若干すべってるけど、そこも可愛い。
俺が一切笑わずに真顔でいると、妹は少し顔を赤くしてから咳払いをひとつしてしきり直した。
「とにかく、お兄ちゃんはできれば今週末の土日か、遅くても来週の土日3人を遊びに誘うこと」
「そ、そんなこと出来る気がしないんだが。百歩譲って誘うことに成功したとしても、どこに行けばいいか分からんぞ。俺、誰かと遊びに行ったこととかないんだから」
「うん、私もお兄ちゃんにはそれはまだ難しいかなって思ったから、行先は私の方で考えといたよ」
「え、ほんとか? どこだ?」
「じゃーん! ここでーす!」
妹は嬉しそうにスマホの画面を俺に見せてきた。画面には都内のスーパー銭湯のホームページが表示されている。
「スーパー銭湯……?」
「そう! スーパー銭湯!」
「いや、ハードル高ッ!」
「あ、そういうのはわかるんだね?」
「分かるわ!」
女子との温泉回って、ラブコメ漫画ではある程度仲良くなってからだからな! 俺とあの3人の仲じゃ、そこに手を出すのは時期尚早すぎる。
「確かに女子とスーパー銭湯に遊びに行くのは、普通だったらちょっと難しいかもしれない。でも、今回お兄ちゃんには漫画っていう強い武器があるんだよ」
「なんで漫画が武器になるんだよ」
「まず、ラッキーなことに木下さんも白波さんもお兄ちゃんも漫画が好きっていう共通点がある。寅野さんが漫画好きかどうかはわかんないけど、多分白波さんが行くってなったら寅野さんも一緒に来るんじゃないかな。そして、このスーパー銭湯には漫画が4万冊置いてある! どれも読み放題!」
「え、読み放題?」
その言葉に胸がときめく。漫画読み放題。リピートしてずっと聞いていたい響きだ。
そうか、スーパー銭湯って行ったことなかったが、そんな量の漫画が置いてるところもあるんだな。確かに、漫画好きの二人なら『漫画読みに行こうぜ』って誘いやすいかもしれない。だが……。
「いや、それならさ漫画喫茶でいいんじゃないか? むしろそっちの方が、温泉要素がついてない分誘いやすいだろ」
「うん、まあそれも考えたんだけどね。でも漫画喫茶って、あんまり会話しちゃいけないでしょ? それだと、せっかく遊びに行ったのに漫画読むだけで終わったーってなりそうな気がしたんだよね。でも、スーパー銭湯ならお風呂に入ってリラックスした状態で、一緒に漫画読んで感想とか言い合えば絶対仲が深まると思うんだ!」
「確かに……」
妹の言わんとすることは分かる。温泉で仲が深まらないのであれば、温泉回なんか必要ないわけだし。まさかエロのみの目的で温泉回が描かれているわけではあるまい。
「行先がスーパー銭湯な理由は分かった。でも、やっぱりちょっと誘っても断られる気がするんだが」
女子がそんなに仲良くもない男子と一緒に風呂なんか行くわけないって気持ちがどうしても勝ってしまう。
「確かに、普通だったら断られるだろうね」
「――なら……」
「でも、お兄ちゃん、あたしさっき言ったよね? お兄ちゃんには『漫画』っていう武器があるって」
「え?」
「『サ道』を布教するんだよ」
妹がニヤリと笑った。『サ道』。そのタイトルはサウナ道を略している。もちろん、俺の本棚にもある漫画だ。タイトルの通り、サウナとはどういうものか、サウナはどれほど気持ちいいか、サウナの素晴らしさを語った漫画で、それを読んだ者の100人中120人はサウナに入りたくなるという素晴らしい漫画だ。
なるほど。確かに、あれを読めばほとんどの人間がサウナに入りたくて入りたくてたまらなくなる。
俺はそのタイミングでサウナに誘えばいいだけ、ということか。
もちろん、俺もあの漫画を読んだ後、サウナに入りたくて入りたくてたまらなくなったが、ただでさえ醜い人間の裸体なんてみたら卒倒する可能性があったので挫折した。
「由香よ……」
「ん?」
「完璧な作戦だよ! 我が妹ながら、天才だ!」
「へへ、そうでしょー!」
優しくて可愛いだけでなく、天才の妹。もし仮に可愛いがなくなったとしても、俺は妹のことを尊敬したままでいられると今、確信した。




