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第14話 教室での事件

 ということで、妹に「どんどん人と関わる」と宣言してから、一ヶ月が過ぎた。この間、驚くことに俺は一切何も成果をあげられていなかった。いや、『驚くことに』じゃねえわ! 驚くどころか、自分にちょっと引くわ。


 あの時、妹の言葉に感銘を受けたし、なんならちょっと感動して目にじんわり涙まで浮かべていたのにも関わらず、俺はこの一ヶ月の学校生活はあいも変わらず、ほぼほぼ絵の練習で終わってしまっていた。ちなみに、漫画も一切進んでいない。それなのに、妹は何も言わずただただ俺を信じて待ってくれている。すごく、心が痛いです。


 もちろん、俺だってとにかく誰かと関わろうとした。女子たちに絵の依頼を頼まれた際には、なんとか仲良くなろうと雑談らしきものを投げたりしたが、不思議なことに手応えがなかった。

 今、不思議と言ったが訂正する。不思議でもなんでもなく、俺の雑談がしょうもなさすぎて、相手も返答に困ってただけだ。そりゃあ『今日はいい天気だなー』なんて言っても、どう返答すればいいか分からないよな。


 人と関わるために絶対必要不可欠である会話だが、俺はその会話というもので一体何を話せばいいのか全然分からない。


 白波さんとは結構自然に話せてた気がするのに。だが、よく考えてみるとあれは基本的に白波さんが雑談を振ってくれていて、俺はそれに乗っかっていただけに過ぎなかったかもしれない。白波さんは自然にこなしていたが、いざ自分が雑談を振る立場になってみると、これが本当に難しいことだとよく分かる。


 それでも、白波さんさえ間に入ってくれてさえいれば、時々は他の女子と雑談的な会話をすることもできた。たとえば、寅野さんとかはよく白波さんの席の近くへと来てたんだが『英語の課題やってきた?』みたいな二人の会話に、白波さんが『泉は?』って感じで話題を振ってくれていた。ってここでも、結局白波さん頼りなわけだが! だが、なりふり構ってられない俺は少しでも白波さんの会話テクニックを真似しようと、チャンスがある時はなるべく会話に入っていた。


 しかし、そんな俺に絶望的状況が訪れる。

 ――席替えだ。


 3週間前に行われた席替えによって、俺は窓際の一番後ろ、白波さんは廊下側の前から2番目という教室という狭い空間の中でほぼ最大の遠距離に位置する運びとなった。


 そして、そこから……ほとんど白波さんと話すことはなくなってしまった。毎日あの妖精さんのような可愛さを近くで見れていた日々が懐かしい。物理的距離は、心理的距離と比例しているのかもしれない。心のどこかで、少しは白波さんと仲良くなれているのかもしれない、なんて思い上がりだった。


 白波さんは優しいから、席の近いぼっちの俺を気遣って話しかけてくれていただけだ。

 また、似顔絵依頼も、もうほとんど女子の似顔絵を描いてしまったので、新しく依頼が来ることはないと思う。


 ということで、白波さんと席が離れたことをきっかけに、俺はまた完全なるぼっちに戻ってしまった。人と関わることを頑張るどころか退化している。


 ただ、ひとつだけ。実は、白波さんと席が離れてから、一人だけ仲良く? なった女子がいる。その名も、小動物系うさぎ女子、高石さんだ。ハテナマークがついているのは、高石さんとはほとんどLINEのやりとりしかしてないからだ。


 ある日、突然、高石さんからLINEを聞かれた俺は、慌ててスマホにLINEアプリをインストールし、高石さんと連絡先を交換した。


 なので、俺の連絡先リストには今のところ高石さんしか登録されていない。

 そして、その日から高石さんはやたらと俺にLINEを送ってくるようになった。内容は本当に、どうでもいいようなこと。『今日食べたアイス美味しかったー』とか『ねむたーい』とかそういう内容だ。


 そんな感じで日々LINEが送られてくるのだが、何故か学校で話しかけられることはほとんどない。なので、『仲良く』のあとにハテナマークがついているというわけだ。

 それでも、高石さんは今現在の孤独な俺の唯一の希望であり、光だ。大事に関係を育てて、友達になりたいと思っている。


 多分、高石さんは俺のことが好きなわけだし、俺がよっぽど変なことさえしなければ友達ぐらいにはなれるはずだと信じている。実はイケメンで本当にラッキーだった。

 まあ、こっからどうやって関係を育てていけばいいのかは、今のところさっぱり分からんが……。


「いいかげんにしてよッ!」


 突然、教室に緊迫した声が響く。白波さんの声だった。俺の席から斜め45度に視線を向けると、どうやら白波さんが高石さんに向かって何か言っているようだった。

 白波さんは眉間に皴を寄せ、高石さんを睨みつけて、怒ってるようだった。反面、高石さんは小刻みに震えて小さくなり、より一層小動物っぽい雰囲気。白波さんの声が結構大きかったせいもあって、クラス中が二人に注目して、シンとしている。


「み、澪ちゃん……? どうしたの?」

「どうしたのって……しらばっくれないで! 全部、高石さんがやってるんでしょ!?」

「わ、私なんのことか分かんない。なんで澪ちゃんがそんなに怒ってるのか分かんないよ」

「嫌がらせのDMとか、物隠したりとか! ずっと我慢してたけど……でも、さすがにこれは許せない!」


 そういう白波さんの手には破られた紙が握られている。遠くてよく分からないが、目を凝らしてみてみる。その紙は……俺が、白波さんの似顔絵を描いたスケッチブックの1ページだった。見事に半分に破られている。


「澪ちゃん……? ちょっと落ち着いて? あ、あたしそんなことしてないよ……」

「してるじゃん!」


 いつもうるさい教室が異常な静けさに包まれている。一体何が起きているのか全く分からない。


「……ヒック、ヒック」


 静寂を破ったのは、高石さんの泣き声だった。

 白波さんに責めたてられていた高石さんは何を言い返すことなく、泣き始めた。とても悲しそうな泣き声だけが教室に響く。

 その反応を見てか、白波さんは少しだけ困惑した表情になる。だが、すぐにまたキッと高石さんを睨みつけ、顔色を怒りに戻す。


「泣いてないで、ちゃんと答えてよ!」


 返事を求める白波さん。だが、その言葉への返答は全く別のところからだった。


「おい! もうやめろよ!」


 声を発したのは、クラスで一番のイケメン。名前は、確か赤嶺だ。前に白波さんが大きめの声を出してクラスの視線を集めたときに、からかっていた男子。


「沙織泣いてるじゃねえか! それ以上言う必要ねえだろ」


 なんであいつが高石さんをかばい始めたのかは分からないが、とにかく何やら仲裁に入ったらしい。


「……赤嶺には関係ない」

「いや、見てて気分悪いんだよ。だいたい、それってほんとに沙織がやったのか? 証拠あんのかよ?」

「それは……でも、高石さんがやったっていう根拠はちゃんとある」

「はあ? じゃあ、言ってみろよ」

「この前、高石さんが――」

「もうやめてっ!」


 白波さんが何かを言いかけた瞬間、高石さんが叫んだ。


「あたしが悪いの。澪ちゃんが何に怒ってるのかは分かんないけど、多分あたしが悪いんだよね? 謝るから……ちゃんと謝るから、もう許してっ!」


 高石さんはそういうと、わっと泣き出した。しゃがみ込み、肩を揺らし、わんわん泣いている。さすがの白波さんも、その姿を見て動揺しているのか、何も言えずにいた。

 そして、そこからクラスの空気が嫌な方向へと変わった。


「さすがにあれはやりすぎだろ……」

「あいつ、沙織ちゃんに妬いてるんじゃねえの?」


 まず男子たちが口々に、聞こえるか聞こえないような声で白波さんを責めた。それに続くように、女子たちも

「ていうか、澪の被害妄想なんじゃないの?」

「沙織がやったっていう証拠ないんだし」

と高石さんをかばい始めた。


 これは、さすがの俺でもまずいと言うことが分かる。クラスの雰囲気が、完全に白波さんを悪としている。怒る白波さん、泣く高石さん。仔細を知らない他人からすれば、ただ白波さんが高石さんをいじめてるだけのように見える。もちろん、俺も仔細知らないけれども。


 こういう空気、俺はよく知っている。女子達が俺の陰口を言っているときの空気と似ている。だが、今回は男子たちもそれに加担! 単純考えてその効力は倍!

 もし俺が白波さんの立場なら、すごく辛いはずだ。泣いてる高石さんより、もっとずっと辛いような気がする。


 だが、当の白波さんは顔が見えないほど俯いているので、どんな表情をしているのか分からない。ただ、若干手が震えているように見える。


「……わかった」


 ぽつり、と白波さんが言った。そして言った直後、突然走って教室から出て行った。まるで嵐が去るように。


「逃げたのかな?」

「逃げるのはいいけど、ちゃんと沙織ちゃんに謝ってから行くべきだよねえ」


 白波さんが出ていった後も、変わらない教室の空気。出て行った白波さんをあざ笑う声。

 ただ一人、寅野さんだけが、白波さんの後を追うようにして教室から出て行った。

 ――俺は? 俺は、どうする?

 俺は……決まってる! 白波さんの後を追う!

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