18 Out of the Loop
「主、ご心配をおかけしました」
翌日、リルハープを肩に乗せたリコリネが、ユディたちの部屋を訪れる。
「リコリネ! 調子はどう? というか、全身鎧は脱いだほうがいいんじゃないかな…!?」
「いえいえ、昨日は脱いで過ごしましたよ。しかし最早これは私の皮膚の一部のようなものですからね。着ていないと落ち着きません」
「なんだそりゃ…」
ユディとリコリネの会話に、シュレイザがついそう零してから、立ち上がる。
「出立は午後にする。歩いて船に乗るだけならできるな? 一度ハザカイキの村に戻ったほうがテメエも休みやすいだろう。村長に出立の流れを話してくる」
シュレイザはちゃっちゃとそう決めて、部屋を出て行った。
「ありがとうございます、シュレイザ殿」
リコリネが、入れ違いに部屋に入ってくる。
ユディは丁寧にリコリネを敷きものの上に座らせた。
「昨日は凄い嵐だったね」
少しぎこちなく、世間話から入る。
応じるのはリルハープだ。
「雷が鳴らなかったので、リルちゃん的にはマシな方でしたね~~」
「二人とも眠れた?」
「はい、私はぐっすりでしたが、リルハープ殿が…」
「リルちゃんはちょっと寝不足なので、ひと眠りします~~」
妖精はパタパタと、床に置かれているユディの肩掛けカバンの方に行く。
リルハープはセエラセイラに貰った香り袋の匂いが気に入っており、時々用もないのにその近くに行ったりしている。
妖精はいつものように、体を丸めてすぐに眠りに着いた。
ユディはその様子に微笑むと、リコリネの方を見る。
「リコリネ、無事でよかった……」
「…ふふ、主は大袈裟ですよ。私としても、あのようなつまらない場面で果てるわけにはいきませんからね。次は油断しません」
「油断だったんだ?」
「まあ、…はい。連なりの諸島の一周目が終わったところですからね。気が抜けたのでしょう。結果的には、主が村人の死に直面することもありませんでしたし、ひとまずのところは間に合いましたので、一安心です」
その部分でのリコリネの気の使いようは、凄まじいの一言だった。
まずユディに、治療以外で村人との過剰なコミュニケーションを禁じるのを手始めとし、各村の村長に、十五歳以下の子供を不必要にユディに近づけさせないようにと、村を訪れる度に確約させていた。
ひょっとしたら、リコリネの中でも、トビークレイとの別れが特別な意味を持っていたのかもしれない。
そのため、ユディは連なりの諸島の人々を、ほとんど通りすぎる程度にしか把握していないし、村の人々もユディのことをそこまで深く記憶してはいないだろう。
情を交わさないというのは、それはそれで寂しいものがあったが、リコリネの気づかいが痛いほど伝わってきたので、ユディは大人しくそれに従った。
そんなことを思い出しながら、ユディは会話を続ける。
「意外に海の生き物が襲ってくることが多かったから、あれはビックリしたけどさ」
「ええ、本当に。武器をモーニングスターにしておいて正解でした。海上で近距離戦闘というのは無理がありますからね。ただの偶然ですが、先見の明があったと嘯いておきましょう」
「そういえば、リコリネって初めての武器なのに難なく使えるんだね? 結構当てるのとか難しそうなのに」
「…まあ、教育の賜物というところでしょうか。我が家は特殊なので、ひと通りは触るのです」
リコリネは自慢するでもなく、淡々とそう述べる。
なんだか久しぶりに雑談をしたような気がして、ユディは胸がじんとした。
「リコリネ、連なりの諸島を一周してどうだった? 気に入った村とかあった?」
「はい。金魚村などはとても愛らしくて気に入りました。至る所に金魚の入った石鉢があって、村を見ていて飽きません。色とりどりの小さな魚とは、リボンのようにも見えるのですね」
「ああ、僕もあの村が一番好きだなあ。村の人たちも、普段は金魚の木彫り細工をして、大陸に卸すお土産を作ってるんだって」
「二周目に訪れた時には、その木彫り細工を買わせていただきたいですね。たぶん、出てくるのはカニでしょうが」
「ホントそれ! 僕はそろそろあの味に飽きてしまわないかが心配かな……」
「…ふふ。いいではありませんか。あまり裕福な土地ではありませんから、せめて金銭の代わりにと、精一杯もてなしたいのでしょう。私としては、カニは連なりの諸島でしか食べられないので、特別感があります」
フルフェイスの中から、柔らかく笑う気配がにじみ出てきて、ユディはほっと一息ついた。
「リコリネ。シュレイザが、しばらく休憩がてらどこにでも連れて行ってくれるって。おすすめの無人島とかあるらしいよ。どこか行きたいところってない?」
リコリネは、静かに俯く。
「そう…ですね。……。実は、酷使したせいでそろそろモーニングスターが壊れそうなのです。鉄球の部分は平気なのですが、鎖部分がなかなか。やはり細かい部分に血液などの体液が入り込むと、管理が難しいとわかりました」
「う、うん?」
予想外の武器トークにユディは戸惑う。
「その旨を手紙にしたためたところ、新しい武器が届くとか。というわけで、休暇がてら、港街まで使者と会いに行ってまいります。無人島などは、それが終わった頃にリクエストさせていただきますね」
「ああ、そういうことか。なんていうか、効率的で君らしいなあ。とりあえず一人じゃ心配だから、僕も行くよ。大陸の方は久しぶりだし、たまには行ってみたいんだ」
ユディの言葉に、リコリネは少し動揺したように見えたが、結局否定はしなかった。
「わかりました。……。いろいろとありましたね。主は少し学術的興味に敏感なところがありますので、二周目は心行くまで観光を楽しみましょう」
「ええ? そんな風に見えた?」
「はい。連なりの諸島は、大陸よりも天啓を大事にする風習があるようだとおっしゃっていましたね。そのため、最近生まれてくる子供たちには、閃の大陸と同じで、少し耳慣れない単語を持つ子が多いとか。なるほどと思いました」
「あーそういえばそんなこと言ってたっけ。よく覚えてたね?」
「はい。たくさんたくさん、覚えています。忘れません。何せ私は、日記をつけているのですから」
「僕も備忘録くらいはつけてみようかなあ、とは思ったことがあるんだけどさ。毎日コツコツ続けるのは、なかなか難しいよ」
「…ふふ。主には私が居るのですから、私を備忘録代わりに使ってくだされば、それでいいのです。……。……あの」
「うん?」
「今更ですが。昨日は主を動揺させてしまい、申し訳ありませんでした…と思うと同時に、少し嬉しかったです。私が、私を大事にするのは、主の心を守ることにもなるのですね。身をもって実感しました」
ユディは、困ったように笑う。
「本当に今更だ。僕もきっと、伝え方が足りなかったんだろうけど…。今度は無茶しちゃダメだからね。君は危なっかしいから、今度って言えるかどうかもわからないことになりかねない」
「…はい」
「僕は君が大事だよ、リコリネ」
「……はい」
リコリネの声は、震えていた。
「泣いている?」と聞こうと思った。
が、やめる。
リコリネはきっと、答えないだろう。
そこからは、静かだが、必要な時間を一緒に過ごした。
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数日後、港街の大地に降り立ち、ユディはうーんと伸びをする。
「久しぶりだと、なんとなく空気が違って感じるなー…!」
「同感です~~っ」
ユディの言葉に、リルハープは胸ポケットの中で同意した。
リコリネとシュレイザは、そんな二人を微笑ましく見守ってから、すぐにそれぞれの役割を思い出したように動き出す。
「では、私は待ち合わせ場所に行ってまいります。シュレイザ殿、主の護衛をお願いしますね。いつよからぬ輩に襲われるかもわかりません」
「ああ」
「普通にしててそんな深刻に襲われることってある!!?」
思わずユディが声を上げた頃には、リコリネは背を向けて行ってしまった。
とりあえず、歩き方を見る限りは元気そうなので、ほっとする。
「ご主人サマご主人サマ、オヤツ~~♪ 買い出しの時間ですよ~~!」
リルハープは、なぜかここのところ元気がなかったが、今ではすっかり元通りだ。
「いいけど、今日は一泊していくんだから、あんまり荷物になるのはダメだよ?」
「は~~い」
「どちらにしろおれが荷物持ちだ。テメエも遠慮せずに好きに買え」
「そういうシュレイザは、何か欲しいものとかないんだ?」
「ああ。おれは余計なものは持たない。どうせ海に出てばかりだからな」
その返事を聞いてから、ユディはシュレイザの住む掘っ建て小屋を思い浮かべる。
確かに、最低限のものしかない。
「じゃあ、マトナと、仔犬たちのぶんのお土産を買ってあげないとね」
そう言って笑うユディを、シュレイザは驚いたように見ている。
「それは…。考えもしなかったな。確かに村では魚ばかりで獣肉は滅多に食わせてやれねエか。……」
シュレイザは一度じっと押し黙った。
ユディは不思議そうにその顔を見上げる。
シュレイザは、ともすれば見落としそうなほどのささやかな笑顔を、ふっと浮かべた。
「おれはとっくに。いろいろ持っていたんだな」
シュレイザの、こういう素直なところを、ユディはとても好ましく思っていた。
なんだか嬉しくなって、柔らかく微笑む。
シュレイザは気まずくなったのか、露骨に視線を逸らした。
「行くぞ。肉屋に」
「キャンディが先ですから~~!」
「こらリルハープ、大声出さない!」
ユディは胸ポケットをおさえながら、早歩きを始めたシュレイザに急いでついていく。
三人でわいわいしながら、買い物を楽しんだ。
久々に武器屋に寄って細剣の手入れをして貰ったり、最近はどんな本が流行っているのかをチェックしたり、街では目まぐるしいほどにやることがたくさんあった。
ぐるっとまわってから、港の辺りが騒がしいのに気づく。
見ると、貿易船なのだろうか、ものすごく大量の物品が運び込まれていた。
「なんだろう?」
ユディが何気なく呟くと、噂好きそうな商人が足を止める。
「ご存じないのですか? 前代騎士王の国葬が行われるとか! いや~、あれほどの贈り物は、私も初めて見ましたよ。きっと墓前には世界中の花が添えられるのでしょうね。名高い名君でしたから」
「……え…」
ユディの脳裏に、何もかもを豪快に笑い飛ばすあの笑顔が浮かんだ。
混乱しながらも、平静を保とうとする思考が無理やり会話を続ける。
「前代…っていうのは…?」
「ああ、ひょっとして、連なりの諸島の方ですか? あちらではなかなか情報に疎くなりますからねえ! 随分と前に、騎士王は老齢を理由に王位を譲られましたよ。今では息子さんが若き王として采配を振るっているとか。平均寿命が六十代な点を考えると、長生きされた方ですよ」
「じゃ、じゃあ、アシュアゼさんは…王の七翼はどうなったんですか!?」
「はて、アシュアゼ…? 七翼はもちろん健在ですが、そんな名前の方は今の七翼に居ましたっけ? すみません、大陸が違うと、やはり情報に疎くなってしまいますね」
「そんな……」
ユディは放心した。
明らかに情報量が多すぎる。
一気に情報を詰め込まれると、まるで大陸の方では何年も経ってしまっているようにも感じた。
商人は、不思議そうにユディを眺めると、「ああ、なるほど、あなたも騎士王のファンだったのですね。すみません」と勝手に解釈し、申し訳なさそうに去って行く。
「……おい。大丈夫か?」
シュレイザに肩を叩かれて、ユディはハッと我に返った。
「…あ、ごめんシュレイザ、なんだか……びっくりして……」
「…そうか。無理もねエよ。テメエはずっと連なりの諸島の事情にかかりきりだったんだからよ。知り合いだったのか?」
「……うん。でも、情報収集をしていたリコリネは、知ってたはずだ、何で……」
「おい。しっかりしろ。本当にそれがわからねエならテメエは平常から遠い」
ユディは視線を彷徨わせる。
胸ポケットのリルハープが目に入った。
リルハープは、零れるくらいに目を見開いて、本当に心配そうにユディを見上げている。
そうか、とユディは理解した。
わざと、黙っていたんだ。
「…僕が、目の前のことに集中できるように…。それが、僕の望みだったから」
「だろうな。テメエは大事に思われてる。そしてわかってやれ。黙ることもある意味辛エだろう」
「だけど…! だけどこんな…!!」
シュレイザは、ユディの額をトンと小突いた。
「落ち着け。聞いてやるから。だがアイツの前では不満は言うな。ここに置いていけ。テメエが誰かの死を知ったところで。その誰かは生き返るわけじゃねエ。その胸のざわめきは無駄ですらあるとも言える。おれでも同じように黙っていただろう」
「身近な誰かの近況でも、知らないほうがいいって?」
ユディは噛みつくようにそう言ってから、別に身近な誰かでも無かったことに思い至る。
騎士王もアシュアゼも、旅の途中で出会った誰かでしかない。
ならば、どうしてここまで焦りが来るのだろうか。
必死にこの気持ちの正体を探るように、黙り込む。
シュレイザは、急かさずにじっと待った。
かつてユディが、シュレイザにそうしたように。
「…わからない。まだ、整理がつかない。けど…。なんだろう。すごく、置いて行かれたみたいな気持ちになった。僕の知らないところで、世界が勝手に動いてて、それは当たり前の話なのに。それから、それから…!」
ユディは、気持ちを形にできないもどかしさで、一度意味もなく首を振った。
ようやく絞り出す。
「それから。あの人たちに、好意を抱いていた。僕は…。どこかで、自分が無敵だと思っていた。無敵だから、僕が好意を抱いた相手は、無条件に幸せに、ずっとずっと生きて、そういう世界が正解だと思ってた。今まで、目の前に冷酷な現実を突きつけられたことだってあったのに。無敵だと思ってた」
「なるほどな」
シュレイザは、ストンと納得がいったような反応をした。
「懐かしいな。そういえばおれもガキの頃はそう思っていた。いつしか諦めていたが。テメエはまだ諦めがつかないんだな。それは…。うまく言えねエが。いいことなんじゃねエかと思う」
「……いいこと? こんなに焦るのに?」
「ああ。焦っとけ。それはテメエにとって些細な事じゃなかったって証拠だ。世界が些細じゃねエのは。いいことだ」
そう言ってから、シュレイザは、ハー…と長い溜息をついた。
「テメエは本当に難しい。強いのか弱いのか。どっちかにしろ。妖精も全身鎧も大変だな…。まあアイツラはアイツラで相当変だが」
「本人の前でそれはないでしょう、シュレイザ~~!」
妖精がユディの胸ポケットで反応した。
シュレイザは、フンと鼻を鳴らすだけだ。
ユディは、必死に気持ちを整える。
シュレイザの言葉に、心から同意できた部分がある。
リコリネの前に、この気持ちを持って行かないことだ。
区切りをつける方法を、探さなければ。
シュレイザは諦めだと言っていたが…ひょっとしたら、区切りをつけるしかなかったのを、そう表現したのかもしれない。
世の中のすべてが、上手に区切りをつける方法と向き合っているのだとしたら、それは少し悲しいとも感じる。
だが、やらなければならない。
リコリネには笑顔で居て欲しいのだから。
「……シュレイザ、付き合ってもらっていいかな?」
「ああ」
「波打ち際で、オカリナを吹くよ。お別れの曲を」
「そうか。…そういえば今まで言ってなかったが」
「…うん?」
「テメエのオカリナの音色は。嫌いじゃねエよ」
「……、…ありがとう」
ユディは微笑んで、波打ち際へと歩き出す。
シュレイザは、ゆっくりとその後ろをついていく。
今日の空は妙に澄んだ翡翠色で、海も美しい翠玉色だった。
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宿に戻る頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。
最初はリコリネとリルハープ、ユディとシュレイザで部屋を取ろうとしていたが、シュレイザに猛反対された。
「前から思ってはいたが。テメエらちょっと頭おかしいだろう」
そう言って憤慨するので、まあたまにはいいかと三部屋を取ったが、ユディには連なりの諸島で雑魚寝をしてきた日々と何が違うのかがいまいちわからない。
リルハープだけは、悪戯っぽく笑いながら満足そうにしている。
宿の一階で食事をとっていると、入り口付近で人々がざわざわとし始めた。
なんだろうと目を向けると、ガシャリと鎧の音がする。
ガシャリ、ガシャリ。
大きな船のイカリを背負った全身鎧が堂々と歩み来る姿に、人々は自然と威圧されていた。
「ぶっ!?」
食後の水を飲んでいたユディは、咳き込んでしまう。
シュレイザも、口を開けてその光景を眺めている。
「り、リコリネ、どうしたのそれ!?」
慌てて立ち上がり、そのままユディたちを素通りしようとしていたリコリネを呼び止める。
「……? ああ、主ですか。すみません、待ち合わせは部屋でしたので、気づきませんでした」
リコリネはマイペースに合流した。
シュレイザは、見るからに他人の振りをしたそうな顔をしている。
ワンテンポ遅れて、リコリネはユディの質問を吟味しはじめた。
「で、それとは、どれのことでしょう?」
「いや、背負ってるそれだよ…!」
「ああ、これですか! これは、鎖鎌です」
「え?」
「これは、鎖鎌です」
「いや聞き取れなかったとかじゃなくてね!!?」
「テメエ。どう見ても大型船のイカリだろう。それは」
シュレイザの言葉に、リコリネは首を傾げる。
「そうなのですか? 開発部が言うには、これだけ大きな得物であれば、万が一鎖が千切れたとしても、振り回せば中距離で戦えるとのことです。いかがですか主、やはり新しい武器というものは、心が躍りますでしょう! ニューリコリネですよ!」
「ま、まあ、そう…かな!?」
「そしてシュレイザ殿、ご安心ください。見た目ほどは重くないのですよ。あなたの操船技術を妨げることはないでしょう」
リコリネはよっぽど重量オーバーがトラウマになっているのか、見た目ほど重くない発言が決め台詞みたいになっているようで、一生懸命説明している。
「……そうか。その見た目を重視してもらいたかったが……」
コイツと一緒に歩くのか、という戸惑いが、シュレイザから溢れている。
「…まあ、リコリネが楽しそうだから、それでいいかな…」
結局ユディはそう結論付けて、微笑む。
上手に区切りをつけることはできたみたいだ、と、その時初めて思った。
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「テメエいい加減にしやがれ!!」
次の日。
さあ宿を発つかと準備していた時に、リコリネの部屋から怒声が響いた。
ユディは飛び跳ねるように驚いて、慌ててリコリネの部屋をノックもせずに開ける。
「リコリネ!? ……シュレイザ?」
見ると、シュレイザがリコリネにつかみかかっており、リコリネは冷静に、されるがままになっている。
「ああ、主。お騒がせして申し訳ありません」
「これは、どういうこと?」
ユディは眉をしかめて、リコリネとシュレイザの間に入るように立つ。
シュレイザは、チッと舌打ちをしながら、そっぽを向いた。
「なんでもねエよ」
「なんでもないって声じゃなかっただろ?」
ユディは戸惑いながらも、詰問口調にならないように気を付けた。
しかし、答えたのはシュレイザではなく、リコリネだ。
「ご心配なく。価値観の相違と言いましょうか、ちょっとケンカになってしまいました。しかし、どうということはありません」
「ご心配なくって…心配に決まってるだろ。二人がケンカするなんてよっぽどだよ、何があったんだ」
ユディの言葉に、ようやくシュレイザが口を開く。
「テメエには関係ねエ話だ」
「はい。心苦しいですが、個人的な問題が含まれますので、主はご退場ください。すぐに仲直りして見せます」
リコリネがそう続ける。
ユディは、さすがにちょっとショックを受けた。
「それは……。僕が部外者だってこと?」
「「………」」
シュレイザもリコリネも押し黙る。
シンと場が静まりかえった。
「はいはい、そこまでですから~~」
ユディの胸ポケットから、ふわりと妖精が舞い上がった。
「ご主人サマ、寂しいってお思いのようですが、これに関してはリルちゃんも仲間ハズレですので、一人ではありませんよ~~! やはりどうしてもプライベートはありますからね~~、ここはお互いに飲み込みましょう~~。リコリネもシュレイザも、ご主人サマが飲むのですから、二人も憤りを飲み込むべきです~~っ」
妖精は、腰に手を当てて、全員に言い含める。
リコリネは、難なく頷いた。
「は。かしこまりました、リルハープ殿」
「チッ。そもそも仲直りを主張するほど仲良くなってもねエよ」
シュレイザは、まだちょっと不満そうにそっぽを向いている。
ユディはおろおろとリコリネとシュレイザを見比べた。
「本当に大丈夫なんだね? 僕に何かできることはない?」
「主、お気持ちだけで十分です」
「…出立するぞ」
シュレイザはどかどかと部屋を出て行った。
リコリネは、戸惑うユディに目を向ける。
「主。そういえばあれは、青い鳥に乗りこんだ時でしたね。私は主と、いつかケンカというものをしてみたいと、そう言ったことを思い出しました。シュレイザ殿のように、猛る思いを真っすぐにぶつけてくる相手というのは、なかなか貴重ですね。主とも一度ケンカをしてみたいと思っていましたが、先にシュレイザ殿に念願をかなえてもらってしまいました」
「…はーー…。ほんっと君って、そういうところはマイペースだよなあ。そんな風に言われてしまうと、なんてことのないやりとりだったのかもしれないって安心してしまうじゃないか」
ユディは困ったように笑ってから、クシャリと自分の髪の毛を掻きまわした。
リコリネは静かに頷く。
「…はい。事実そうですから、ご安心ください。それでは我々も行きましょうか。リルハープ殿、この場を収めていただき、感謝に堪えません」
「リルちゃんはキャンディの買い溜めを早くやりたかっただけですから~~! ほらほら行きますよ、ご主人サマ~~っ」
妖精は、いつものようにユディの胸ポケットに入り込む。
「まったく、人の気も知らないで…。でも、僕もちょっと興味があるかもしれないな。どうやったらシュレイザはケンカしてくれるんだろう?」
ユディは無理やり興味をそっちに移しながら、歩き出す。
後日、ストレートにシュレイザにそれを聞くと、一日中、色々な形で「馬鹿」と連呼されまくってしまった。
ユディにとってケンカをするのは、とても難しいことの一つなのだと思い知ったのだった。




