17連なりの諸島巡り
ハザカイキの村でリコリネは情報収集をし、ある結論に達した。
無事な者も居れば、錆の祝福を受けてしまった者も居る。
その差は、ある時間帯に、特定の場所にいたかどうかだった。
つまり錆の精霊の通り道にたまたま居た動物や人間に、錆が訪れる。
今回は皆殺しのキルゼムの時とは違い、キルゼムという人間を介してではなく、狂乱した精霊が直接祝福を撒き散らしたと考えられた。
話し合いの結果、まずは被害を申告してきた各村を回り、病人や老人、子供などの弱りやすい人間から先に治療をし、すぐに次の村へと出立して、二周目に軽症者を治療していく流れで行くしかないだろう、という結論となった。
回り道にはなるが、錆の祝福は病ではないので、放っておいても悪化することはない。
まんべんなく死者を出さないで行くための、効率的な道筋はそれしかないとリコリネは語った。
ユディが一日に治せるのは、大人なら二人、子供だけなら三人が限界だった。
正しく言うと、それ以上の数をこなそうとしても、リコリネにきつく止められた。
ハザカイキの村長ジャウカは、全ての村との連絡役を申し出てくれ、ユディたちはハザカイキを拠点に、各村を回っていく。
シュレイザは当たり前の顔で、自ら進んでユディの送迎を買って出てくれた。
各村の重傷者を治療しては、ハザカイキに戻る日々が続く。
そのため、連なりの諸島をすべて一周するまでに、途方もない時間がかかってしまった。
二周目に入るにあたり、最初にすべての住民を治療したのは、やはりハザカイキの村だった。
村人たちは、我先にとは言い出さなかったものの、待ちわびていた治療をようやく受けることができて、狂喜乱舞していた。
それまでは、無事な者達が細々と食料調達をして日々を繋いできたのだが、ようやく全員で漁に出ることができ、村では盛大な宴が開かれた。
ユディはその日、シュレイザの家でゆっくりと体を休めていたのだが、村の人々が感謝を込めて、その日捕れた一番いい獲物を、満面の笑顔でわんさかと持ってきた。
「ユディ様、見てください! とても新鮮なカニですよ、カニ!」
「カニ…? ヤシガニなら見たことがありますが、カニは初めてです。美味しいんですか?」
ユディの言葉に、村人たちは本当に嬉しそうな顔で、いそいそとカニをシュレイザの小屋の床に置いていく。
「それはもう! 生でも茹でても食べれますよ! ほら見てください、まだ動いてますよ! 全部置いていきますね、たくさん食べてください!」
ガサガサガサガサガサガサ……
無数のカニが、小屋の中を所狭しと動く中、村人たちは満足げに帰って行った。
「ワン、ワンワンッ!」
マトナが警戒するように吠えている。
マトナはとても賢く、ユディが恩人であることをしっかりと理解しており、とてもユディに懐いていた。
しかし全身鎧という異形のリコリネには、いまだに吠えまくっている。
ガサガサガサガサガサガサ……
カニはマトナを怖がるでもなく、小屋の中を新鮮に動いている。
シュレイザは、何とも言えない顔でカニを見ている。
そのシュレイザの頭の上で、リルハープは気持ち悪そうにカニを見ている。
船旅をしていくにあたり、ユディたちはシュレイザにリルハープを紹介した。
シュレイザは物凄く驚いていたが、特にリルハープについてコメントすることはなかった。
リルハープが話しかけるとちゃんと答える辺り、特に態度が変わったりはしていない。
「その…。せっかくのご厚意ですから、感謝していただきませんとね」
リコリネは、必死に村人の行動を擁護した。
ガサガサガサガサガサガサ……
カニはマイペースに、座っているユディの膝を登り始める。
食べたことがないので、ユディにとってカニはただの未知の生物だった。
(なんかひしめいてて…気持ち悪いな?)
(なんで床に置いて行ったのでしょうか~~…?)
(困りましたね、触りたくないです)
(この光景、シュールじゃねエか……?)
「ウーワンッ、ワンワン!!」
思い思いにカニを見ながら過ごした。
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「なんだよ錆び取りユディって!!」
ある村で接待を受けた時に聞かされた真実に、ユディはあてがわれた部屋の敷物に座りながら、バンと床を叩く。
連なりの諸島は、基本的に床に座るスタイルだ。
リコリネもリルハープもシュレイザも、「あー…」という空気を醸し出して、ユディを見ている。
「ついに主の耳に入ってしまいましたか…」
「リコリネは知ってたってこと!?」
「主が村人の治療に専心している間、私は情報収集などをしておりましたからね。なんでも、本土の方から流れてきた、救世主の噂らしいです」
………。
(任せときな、立派な二つ名つけてやっからよ!)
ユディの脳裏に、からっとした船乗りの笑顔が浮かぶ。
「……あの時のあれか!!」
善意でしかない事実を知り、ユディはガクリと項垂れた。
「せめて…せめてもうちょっとカッコいい二つ名が良かった…!! まるで僕は便利グッズ…! …じゃあひょっとして、村の人たちがやたら僕の容姿や所作を大袈裟に褒め称えてくるのにも、何か理由があったりする? あれ居心地悪いんだけど…」
リコリネは、錆び取りユディがナルシストであるという謎の噂を告げようかどうか悩む。
「………。いえ、そこまでは存じ上げません」
リコリネは、ユディの心を守るほうを選んだ。
「馬鹿が。名前なんてどうでもいいだろ。テメエの価値が変わるわけじゃねエ」
「シュレイザ……」
最近、ユディはリルハープ翻訳が無くても、シュレイザのぶっきらぼうな優しさがわかるようになってきていた。
随分と仲良くなれたように思う。
やはり長く一緒に居る時間を過ごすというのは、そういう力があるのだろう。
「この村からは、『孤立島』が見えるのですね~~」
リルハープが、窓際をパタパタと飛び回りながら、話題を変える。
リルハープもなんだかんだ言って、ユディが落ち込まないように気遣ってくれているのだろう。
ユディはまんまとその思惑に乗っかって、どれどれと立ち上がって窓辺に行く。
かなり遠くに、ぽつんと島がある。
「…ホントだ、あそこだけ天気が悪い感じだね」
間抜けな感想だが、見た感じはまさにその通りでしかない。
リコリネも、ユディの隣に並ぶ。
「とても人が住めるような場所ではないように見えます。錆の精霊はあそこから来たという噂ですが……」
リコリネの言葉に、リルハープがうーんと唸った。
「なんだか、逆だと思うのですよね~~。リルちゃんが見る限り、あの海域には、精霊サマの気配がまるで感じられません~~」
「どういうことだ?」
シュレイザの問いに、リルハープは難しい顔のままだ。
「精霊サマの気配が全く感じられない場所なんて、リルちゃんは初めて見ました~~。あの島は、なんといいますか……『圏外』という感じですね~~」
ユディは驚いてリルハープを見る。
「つまり精霊から見放されているから、あの島はあんな雰囲気ってこと?」
「ふむ…。もしそうでしたら、精霊様は我々の住む世界を守っている、という話になるのでしょうか?」
リコリネの問いに、誰も答えることはできなかった。
ユディは、ぽつりとつぶやく。
「世界に、内側と外側があるみたいだ。ひょっとしたら、世界はまだまだ広いのかな…」
海風が家の壁を撫でながら過ぎる音が、妙に鳴り響いて聞こえた。
リルハープは考え事をするように、窓の外をじっと眺めている。
「錆の被害にあった人は、あれから増えていません~~。…そろそろ、錆の精霊サマの存在はもう、消えてしまったのだと……そう断じてもよさそうですね~~…」
リルハープの声音はとても寂しそうで、誰も口を挟めない。
「祝福どころか、呪いのように扱っている村人も居ましたね~~。錆の精霊サマは、どんなお気持ちだったのでしょう~~。ひょっとしたら消えてしまう前に、誰かに自分の存在を知って欲しくて、こんなことを……」
コンコン。
唐突に、部屋の扉がノックされる。
リルハープは慌ててぴゃっとユディの胸ポケットに隠れ、それを見届けてから、ユディは「どうぞ」と応じた。
ドヤドヤと入ってきたのは、昨日ユディが治療を終えたばかりの、村の若衆だ。
漁を終えて来たのか、とても嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「ユディ様、見てください! とても新鮮なカニですよ、カニ!」
(また!!!?)
どうやら連なりの諸島ではカニは御馳走らしく、ユディはたくさんの村を回っているのに、大体出てくるのはカニだ。
ユディたちにはカニの足を無言でほじり続ける未来が待っている。
気持ちはありがたいし、嬉しいが……。
嬉しいのだが……。
「よかったですね、主。私もちょうどお腹が空いていたところです」
「テメエはいつも空腹だろうが…」
シュレイザがあきれたようにリコリネを見ている。
この二人も仲良くなった…と思ったが、よくよく考えると、「シュレイザ殿、おなかがすきました」「テメエまたか! 待ってろ。調達してくる」という、最低限の会話しか見ていない気がする。
仲は、いいのだろうか…?
シュレイザは手慣れたもので、海藻や小魚をすぐに見つけてきては、軽く調理をしてリコリネに与えている。
そのため、拠点として使っているハザカイキの村では、シュレイザの小屋周辺にかなりの量の海藻が干されており、いつでもリコリネの腹に入れられるようにしてある。
ただ、基本的にしょっぱい食べ物や、酸っぱい果実や、潮を含んだ花が多いようで、リルハープはそこが不満で仕方ないらしい。
本土から持ってきていたオヤツ類はとっくに底を尽きてしまった。
かといってユディは村を治療して回らねばならないため、ユディが一つの村に足止めをされている間に、リコリネは定期的に大陸本土まで、甘いものの買い出しに出かけている。
ついでに手紙や日記をガッディーロ家に送れて一石二鳥だと言っている。
リコリネ一人ならば心配だが、シュレイザが嫌そうに大陸まで送り届けているので、大丈夫そうだ。
「ごめんよシュレイザ、今更だけど、僕らの行動に付き合わせちゃって」
食事の後、リコリネとリルハープが湯浴みに行っている間にユディがそう謝ると、シュレイザは何とも言えない顔で見下ろしてくる。
「テメエみたいな見た目が弱っちいのを一人にしておきたくねエだけだ。別に全身鎧を送り届けるのに不服はねエよ。海の上を渡すのはおれの仕事だ」
「ああ、それもあるけど、そもそもホラ、錆を追い払う作業に付き合わせてるからさ。置いてきたマトナと一緒に居たいだろ?」
「余計な心配をするな。それに。マトナはもう……おれを必要としていない……」
そう言って、シュレイザは項垂れる。
先日、マトナは四匹の仔犬を産んだのだ。
シュレイザが留守にしている間、ハザカイキの村のみんなでマトナを可愛がっており、いつの間にか村で飼われている別の犬と仲良くなっていたのだという。
落ち込んでいるシュレイザの様子に、ユディはつい笑ってしまった。
「おい。何がおかしい」
「ごめんごめん! だってシュレイザって見た目は前よりもどんどん逞しくなっていってる感じなのに、中身は繊細なのが可愛くって」
「……チッ。馬鹿にするな」
吐き捨てるように言う姿に、ユディはニコニコとしてしまう。
シュレイザは、ユディの様子にため息をついた。
「…全身鎧から聞いた。造船中なんだってな」
「うん? うんうん、そうなんだ」
「船乗りに名乗り出た。おれが運んでやる」
「…えっ!?」
「乗り掛かった舟だ。送り迎えしかやらねエが」
「でも…」
「惑乱の大陸に行きたがる船乗りは他に居ないだろう」
「それは、そうだけど…」
「おい。そこは素直に礼を言っておけ」
「……。わかった、ありがとうシュレイザ、助かるよ」
そう言って微笑むユディから、シュレイザは気まずそうに目を逸らす。
「ドラゴンを倒したら……」
「うん?」
「いや。なんでもないが…」
「…??」
シュレイザとは、たまにこういう会話になる。
何か言いたいことがあるのだろうが、引っ込めたがるという感じだ。
しかし慣れたもので、ユディはじっと続きを待った。
やがて、シュレイザはユディに目を向けてくる。
「おい。心に決めた男は居るのか?」
「男!!? いや、男はちょっと、居ないかな……!?」
「……そうか」
「……??」
また、シンとした時間が流れる。
なんだかんだで、シュレイザからまた話し始めた。
「念願が叶うといいな」
ぽつりとそう呟く。
ユディは、驚きに目を見開いた。
思えば、面と向かって、ここまでストレートに応援されたことはない気がする。
本当は、少し気づいていた。
自分を大事に思ってくれている人たちは、みんな、モノノリュウに向かうことを止めたがっている。
別に応援してほしかったわけでもないはずなのだが、たったそれだけの一言で、ユディは泣きそうになって、喋れなくなった。
シュレイザは、そこからユディと一緒に黙り込む。
気まずい沈黙ではなかった。
この感覚には覚えがある。
山菜の村の、おじじさんだ。
あの人も、無口なのに優しさが伝わってきた。
こんなふとした瞬間に思い出せるくらい浅い場所に、おじじさんのことは仕舞われていたのだと、ユディは初めて知った。
…やはり、泣きそうになって、結局何も喋れなかった。
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「今日は船を出せねエ。最悪の場合。嵐が来る」
翌日。
早朝に空模様を見て、シュレイザはそう判断する。
今は晴れて見えるが、今までに何度も、シュレイザの言った通りに天気が悪くなった。
船乗りには独特の感覚があるのだろう。
リコリネは、まるで疑う素振りもなく頷いた。
「わかりました。では村長殿に、もう一泊させてほしいとお願いしてまいります」
リコリネが去っても、シュレイザは窓の外を睨みつけている。
「…シュレイザ、ひょっとして、嵐は苦手?」
ふとユディが問いかけると、シュレイザは驚いたように振り返った。
「なぜだ?」
「天気が悪い日はちょこちょこあったけど、何度か嵐になった時があったよね。その時に、なんていうか……こわばってるように見えたから」
シュレイザは、チッと舌打ちすると、忌々しそうにぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。
そして窓を閉め、どっかりと床に座り込む。
「おれがガキの頃に両親が。嵐の日に船を守ろうとして。…帰ってこなかった。それだけだ」
ユディは口をつぐんだ。
シュレイザは、壁に凭れる。
「自然災害ってのは。一番厄介なのはどこに怒ればいいかわからねエところだ」
シュレイザは、相変わらずユディとあまり目を合わせない。
「テメエが戦っているドラゴンも似ていると思った。今回の錆のことも。それらと戦う力がどうしてテメエにだけあるのか。そんな細っこいのによ。大変だろうとは思う。思うが。怒る方法を持っている分には……羨ましい」
「シュレイザ……。…もう君は一人じゃないよ。一緒に旅をするんだしね。これから、一緒に怒ったり笑ったりしよう。僕が君の分も怒ったりすることもあるかもしれないね」
そう言って微笑むユディを、シュレイザは驚いたように睨みつける。
いや、睨みつけているのではなく、目つきが悪いだけだ。
また沈黙が流れた。
が、今度はシュレイザが気まずそうにして、話題を探しはじめる。
「……。……おい。あの全身鎧遅すぎねエか? 滞在許可を貰うだけだろう」
「え? …言われてみれば確かに。ちょっと見てくるよ」
ユディは立ち上がり、扉を開けた。
「!? リコリネ!!」
「リコリネ~~!?」
廊下で倒れているリコリネが、目に飛び込んできた。
ユディも、胸ポケットに居るリルハープも悲鳴を上げる。
ユディは慌てて駆け寄り、助け起こした。
「リコリネ、どうしたんだ!?」
フルフェイスの中から、「う…」とくぐもった声がしたあと、ハっと覚醒した気配が伝わってきた。
「す、すみません主、一瞬意識が途切れて……ですが、ご安心ください。村長殿にはちゃんと伝えてまいりましたよ。快諾していただけました」
「何言ってんだ、そんなことどうだっていい!!」
ユディが怒声を上げるのを初めて見たシュレイザは、驚いたように部屋の入口からそのやり取りを見ている。
ユディの焦りは続いたままだ。
「リコリネ、君は否定してたけど、やっぱり最近ちょっと元気がなかったんだね? ダメじゃないか無理しちゃ! …いや、ずっと動き詰めだったから、そこを気遣えなかった僕が悪いか…」
「い、いえ主、違います、私が目測を誤りました」
「おい。どっちが悪いとかはどうでもいいだろう」
シュレイザが鋭く声を挟むと、ユディから無理やりリコリネを奪うように抱き上げた。
船乗りの屈強な体は、リコリネを全身鎧ごと持ち上げるなど、苦ではないらしい。
「どのみち今日はゆっくり過ごすことになる。しっかり寝て来い」
そう言って、あてがわれた部屋の内の片方へと連れていく。
ユディはおろおろとついていき、リルハープはふわりと舞い上がって、わたわたとリコリネの頭上を飛んでいる。
リコリネは悔し気に、細く声を落とした。
「毎日精霊の祝福をかけ続ける主の方が、よほどお疲れでしょうに、情けないです……」
「リコリネ、そんなことはいいから…! 僕が平気だからって、君まで平気でいる必要はないんだ、僕と君は違う人間なんだから…!」
「ほらほら、リコリネの看病はリルちゃんがしますから、ご主人サマたちはとっとと部屋を出てってください~~!」
なぜかリルハープが、威嚇をするようにユディを睨みつけると、しっしと追い払う仕草をする。
シュレイザは無言でリコリネを、床に敷かれた敷物の上に寝かせる。
「鎧は一人で脱げるか?」
「はい…。ありがとうございます、シュレイザ殿」
「チッ。殊勝なモンだな。最初に会った頃の勢いはどこにやった。とっとと調子を戻せ」
そう言い置くと、シュレイザは立ち上がって部屋を出て行く。
ユディは心配でしかない表情で、リコリネを覗きこんだ。
「リコリネ、僕は傍で手を握っていたいんだけど……」
「主、お気持ちだけで十分です」
「……わかった。それじゃ……」
後ろ髪ひかれる思いで、ユディは部屋を後にした。
隣の部屋では、シュレイザが既にくつろいでいる。
「……テメエも今日はしっかり休め」
「……うん」
ユディは、シュレイザの前に座り込んだ。
壁に凭れながら、ぼんやりと床の木目を眺めている。
「…だが。話くらいなら聞いてやる」
シュレイザが、どこかの方角を見ながら、ぽつりとそう言った。
外に吹く風が、少し強くなってきた。
シュレイザは、言葉を続ける。
「弱音があるならここに全部置いていけ。全身鎧には笑顔だけを見せてやれ。テメエがアイツを必要とするように。アイツにもテメエが必要なんだろう」
ユディは、しばらく苦悶するように眉をしかめた。
頭を抱えながら、小さく声を出す。
「僕はずっと、目の前のことでいっぱいで、なんてことを…! 考えてみれば、この一年くらい、ずっと連なりの諸島を移動しっぱなしで……休んだり、観光したりなんて、不謹慎くらいに思ってて…!」
「一年…?」
シュレイザが、訝し気に片眉を上げた。
しかしユディはそれに気づかず、胸の内を吐露し続ける。
「でも、すごく順調に行ってたから、失念してたんだ、順調なのはリコリネのおかげだったのに! いつも、さりげなくフォローしてくれたりとか、雑事を引き受けてくれたり、僕はただそれに甘えて……どうしよう、もし取り返しのつかないことになったら、どうしよう…!!」
「落ち着け」
シュレイザの声音は、いつになく優しかった。
「……事実として。連なりの諸島はテメエらに救われている。最初は錆が広がる恐怖があった。だが。テメエが病の類じゃないと断言したことでクソ共の心がどれだけ救われたか。わからないことがわかっただけでどれほど安心できるか。まずはそこが大前提だ。テメエの行いの正しさを知れ」
「正しくなんてない、リコリネのことをおろそかにした時点で、僕にとってはもうすべてが間違いなんだ…!」
「……そうか。だったら次は全身鎧に聞きに行け。正解はアイツが持っている。テメエにとっての間違いが。アイツにとっても間違いだとは限らねエ」
外から雨音がする。
ユディはただ息を荒くして、何かにじっと耐えるように時間を使っている。
シュレイザは、静かに続ける。
「島のクソ共は待たせておけ。テメエは島の一周目を終えた。急ぐ必要はねエ。途中で休んでも誰にも文句は言わせねエよ。……見た感じだが。あの全身鎧はテメエの傍で幸せそうにしているようにしか見えん。毎日毎日馬鹿みてエに張り切ってな。アイツのことを思うならアイツから幸せを奪ってやるな」
先程よりも、外に吹く風が強くなった。
瞬く間に天気が悪くなった辺りは、やはり嵐なのだろう。
「とにかく。明日辺りにアイツとちゃんと話せ。アイツのやりたいようにしてやれ。おれがどこにでも連れて行ってやる。テメエらの好きそうな場所もある」
ユディは、はじめて反応するようにシュレイザを見た。
その反応の素直さに、シュレイザはほんの少しだけ、口の端を上げる。
「おれが気に入っている無人島がある。樹木でできたトンネルのような場所が見事だ。そこを抜けた先の眺めもいい。干潮の時は亀の甲羅のような岩が出てくる」
ユディは、ちょっと微笑んだ。
「それは……見てみたいなあ。いつの間に僕の好みを覚えられたんだろう?」
「テメエがわかりやすいだけだ。どこを通ってもアレが凄いコレが凄いとうるさい」
「あははっ! うるさくてごめん、色々珍しくってさ」
いつも通りの調子になったユディに、シュレイザは一息ついた。
「まあ…寝てろ。全身鎧の食事は部屋に直接運びに行けと村長に言っておいてやる。ひと眠りすると気分転換になるだろう。不安とかいうクソ野郎は弱ったところに付け込むからな。おれにしぶといと言ってみせた元気を取り戻してこい」
「でも、嵐の中シュレイザを一人にするのは…」
「ガキ扱いすんな」
「……わかった。ありがとう、シュレイザ。おかげでもう、随分とスッキリしてるよ」
「チッ」
舌打ちだけが返ってきて、ユディは笑ってしまった。
そのまま、敷物の上に横になる。
シュレイザは、しばらくして寝息を立て始めたユディを、考え込むようにじっと見ている。
「一年……か」
その表情は、とても険しいものだった。




