16ユディの二つ名
「もうじきだ。そろそろ目的地が見えてくる」
話し込むユディとリコリネに、シュレイザが静かにそう告げた。
シュレイザは、持っていた操船用のロープを船底の突起に結んで帆を固定すると、何故かオールを持ち始める。
「もう到着なのか、あっという間だったなあ」
「そうですね、船旅は初めてではないはずですのに、珍しい光景ばかりに感じました」
のんびりと話し込むユディとリコリネに、シュレイザはため息をつく。
「おい全身鎧。戦いの準備をしろ。そいつを守ってやれ」
「…? シュレイザ?」
きょとんとするユディの隣で、リコリネは無言で背負っているモーニングスターを引き抜いた。
シュレイザは、前を見ながら話を続ける。
「ここは『ウミシダ海域』。陽のある頃にここを通る船乗りは居ない。だがおれは今急いでいる。遠回りをする時間がない。そして知覚の精霊エティナイの祝福で鋭くなった五感が捉えた。人食いウミシダが近づくスクリュー音を」
シュレイザは、目つきの悪さをますます鋭くしながら、きつくオールを握りしめた。
「シュレイザ殿。ご忠告はありがたいのですが、そういった話はもっと早くに言って頂きたかったですね」
淡々と声を落とすリコリネに、シュレイザは気まずそうに前を見たままだ。
「……テメエらが。楽しそうに会話をしていたのが悪い」
ユディは、一度瞬きをした。
「…シュレイザ、ひょっとして、邪魔しないように気を使ってくれてた…?」
「来るぞ!」
ザバアッ!!
シュレイザの叫びと同時に、長い羽根を持ったウニのような植物のようなよくわからないものが、トビウオのように跳ね上がり、船の上に着地しようとしてくる。
うねうねと触手が動く姿が気持ち悪い。
しかも、一体二体どころではない。
無数とも言える、それは群れだった。
「くたばれクソ共!!」
ドゴン!!
シュレイザは嬉々としてオールを振るい、人食いウミシダたちを叩き落していく。
ジャラララッ、ドッ!
リコリネは、後方を担当している。
鎖つき鉄球を振るってウミシダたちを器用に絡めとり、他のウミシダにぶつけていく。
ユディは、咄嗟に精霊道具の本を開いた。
しかし、シュレイザが鋭く制止する。
「おい! テメエの力は温存しておけ。現地に着いて使いモンにならないなんざ笑えもしねエ落ちだ」
「でもシュレイザ、病みあがりな上にずっと操船して疲れてるだろ!?」
ユディの言葉を、シュレイザは鼻で笑った。
「はっ。海の男を舐めてんじゃねエよ! オラアッ!!」
ドゴオッ!!
シュレイザの一振りで、数匹単位のウミシダたちが、海中へと強制送還させられていく。
シュレイザの表情は嬉々としていて、ユディだけでなく、胸ポケットのリルハープも、後ろで戦うリコリネも理解した。
(ストレス、溜まってたんだなあ…)
(なるほど、ストレス発散ですか)
(ストレス解消なんでしょうね~~…)
「クソがッ! 果てろ! 消え失せろ!! ハハッ、ハハハハハ!!」
生き生きとしている姿に、ユディはほっとした。
リコリネも、危なげなくウミシダの群れを退けて、船は夕陽の手前に見える島へと一直線に向かっていった。
-------------------------------------------
「来い!」
「わわっ!?」
岸に辿り着くと同時に、シュレイザは船を乗り捨てるようにして、ユディの手を引いて走り出した。
ユディはあまりの勢いに転びそうになりながらも、なんとかついていく。
そう走らないうちに、村へとたどり着いた。
島の中の村なので、ほとんど外敵が居ないのだろう、素通り状態で入ることができた。
全速力で駆け抜けるシュレイザたちを、皮膚にぽつぽつと錆の浮いている村人たちが、何事かと振り返る。
「まだ動ける方も多く居るようですね、安心しました」
最後尾を駆けるリコリネが、独り言のように言いながら、村人たちを振り返る。
「だが激しい仕事はできねエ。おれも大陸に辿り着いただけで無様に倒れ込んだくらいだ。漁師仕事には致命的だろう。生活ができん」
シュレイザは、睨みつけるように前を見ながら、吐き捨てた。
ユディは覚悟を決めるように、口元を引き締める。
やがて、ぽつんと建つ掘っ立て小屋に辿り着く。
村外れにある、とも表現できそうだが、そもそも家々が密集して立っていないので、ここでは普通の立地なのかもしれない。
入れ、とも何も言わず、シュレイザは乱暴に木戸を開けて、ユディを中へと押し込んだ。
「マトナ!」
シュレイザは、小屋の中央に横たわっている何かの前で膝をつく。
ユディは呼吸を整えながら、驚いて目を見開いた。
「…ワンワ!」
「ワンワですか、初めて見ました。そういえば、肌寒い地方に生息すると図鑑に書いてありましたね」
遅れて入ってきたリコリネの言葉が続く。
舌をべろりと出して、ハッハッ、と浅い呼吸をしながら、つらそうに横たわっているのは、ワンワと呼ばれる生き物だった。
ふかふかの毛並みに、やはりポツポツと錆が浮いている。
シュレイザは、一度ワンワの毛並みを大事そうに撫でると、ユディを睨みつける。
いつもの鋭い眼光には、すがるような、願うような感情が浮いている。
「……たのむ。ワンワは人間よりも小さい。同じ錆であっても。おれよりずっと辛いだろう」
「わかった。君の大事な家族なんだね、全力を持って治すよ」
ユディはしっかりと頷いて、精霊道具の本を開く。
そして、一言一言を噛み締めるように大事に発音し、シュレイザにかけたものと同じ音の祝福をかけ、ワンワから錆を追いやった。
先日と同じように、ずしんと重たい疲労感が、ユディの上に乗ってくる。
肌寒い気候にもかかわらず、汗が出るくらいだ。
ユディは、気持ちを整えるように深呼吸をした。
「…どうかな?」
心配そうにワンワを窺う。
ワンワは、ぐったりと横たわったままだったが、うっすらと目を開けた。
「マトナ!」
シュレイザは、感極まったように声を上げる。
ワンワは、撫でようと近づいてきたシュレイザの手の平を、ぺろりと舐める。
それが精いっぱいだったようで、そのまま目を閉じて眠りについた。
「…成功したようですね、よかったです」
背後で見守っていたリコリネは、安堵の息を吐く。
それと同時。
わあああっ!!
リコリネの背後、つまりシュレイザの小屋の入口で、人々の湧く声がした。
慌てて全員が振り向くと、何事かと見守っていた村人たちが、小屋の入口に集まって、中で起きたことを覗き見ていたようだ。
「なんだ今の!」
「助かった、これでオレたちの錆も取ってもらえる!」
「アンタ頼むよ、アタシはいいからうちの爺さんを助けとくれ!」
我先にと、ユディに手を伸ばすように小屋に入ってこようとする村人たちに、シュレイザは「不味い」と呟いて舌打ちし、ユディを乱暴に引き寄せ、庇うように背後に隠す。
リコリネは咄嗟に足を踏み鳴らした。
「お静かに!!」
ドゴン!!
小屋の床は抜け、轟音が響き渡り、夜に備えて枝にとまっていた島の鳥たちが飛び去って行く。
村人たちは、驚いた顔で制止していた。
ユディもシュレイザもびっくりしている。
リコリネは、凛とした声で語り掛ける。
「落ち着いてください。あなたがたが焦りのあまり、身勝手に我が主に乱暴狼藉を働くとあれば、私はこの村を滅ぼさずにはいられなくなるでしょう。断言します。焦ってもいいことはありません。まずはお下がりください」
人々は、リコリネの力を目の当たりにし、恐れるように下がっていく。
リコリネは、淡々と続ける。
「我々は、そこなシュレイザ殿の依頼を受けて、ここまで参った者です。シュレイザ殿を通しての話ならば受けます。または、村の代表者を連れてきてください。その者となら話をしましょう。これが最低限の筋です。どうぞご協力願います」
村人たちは我に返ったように、自分たちがやろうとしていたことを恥じて顔を赤らめた。
「みなさんは家へ帰っていてください」
人々の背後から、中年の男がやってくる。
全員、その言葉を受けて、すごすごと下がっていった。
やってきたのは、中肉中背の男だった。
男は温和な笑みを浮かべる。
「どうも、村長のジャウカです。そしてハザカイキの村へ、ようこそおいでくださいました。この村は、集落だった頃の名残で、かつての族長の名を村の名にしております。お客人、話の方は大体聞こえておりました。まずは無礼をお許しください」
するとリコリネは入り口から下がり、ユディに場を渡すようにする。
シュレイザも、のっそりと横に避け、ユディを庇うのをやめた。
ユディはハっと表情を引き締める。
「…ユディと言います。精霊教の巫女様の命を受けて、この度の騒ぎを収めに参りましたところ、こちらのシュレイザさんの案内を受けることができました。とても感謝しています」
「おお、おお、なるほど…それはなんとありがたいことでしょう。重ね重ね、ユディさんの御心を乱すような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、こういった時に焦ってしまうのは、仕方のないものだとわかっています。どうぞお気になさらず」
ユディの言葉に、ジャウカ村長はただ、深々と一礼をする。
ジャウカは顔を上げると、シュレイザの方に目を向けた。
「…シュレイザは、早くに両親を亡くしましてな。一時期は暴風のように荒れ狂っていたのですが、どこからかワンワを拾ってきてからは雰囲気が優しくなったと、村の者たちが向ける目も最近は変わってきておりました。そのワンワが助かってよかった」
「…!?」
シュレイザは、初耳とばかりに驚いている。
それだけでユディは、シュレイザがいかに自分から人を遠ざけてきていたかを理解した。
村長は、薄く笑う。
「やはり気づいてなかったか。若いから仕方がないとはいえ、たまには自分以外の世界にも目を向けてごらん。見える景色も変わってくるだろう。とはいえ、我々がお前に向けてきた視線も、同情や憐憫が多かったからな。気に障る気持ちはわからんでもない。どうかこの機に、互いに歩み寄れたらと思っているよ」
シュレイザは、ジャウカ村長から視線を背けた。
「……チッ。好き勝手言いやがって」
村長は一度呼吸を置くと、またユディに視線を戻す。
「ユディさん、夕闇のせいかもしれませんが、お顔の色が優れないように見えます。どうか今日の所は、ごゆっくりとお休みください。この小屋では狭いでしょう、私の家に来ませんか? ささやかながら、もてなしをさせてください」
「…いえ、お気遣いいただきありがとうございます。ですが野宿に比べれば、この小屋はとても居心地がいいです。シュレイザさえよかったら、今日はこっちに泊まってもいいかな?」
ユディに目を向けられて、シュレイザは露骨に戸惑っている。
何度か、何かを考え直すそぶりを見せた後、「勝手にしろ」と呟いた。
「ありがとうシュレイザ。それでジャウカさん、僕もまだこの力の消耗に慣れていないようなんです。明日までにそちらで、錆を追い払う儀式の優先順位を決めておいていただけますか? 一日に何人を消化できるかもわかりませんが…」
村長は、ゆっくりと頷く。
「わかりました。やはり老人と子供には辛いようで、ありがたいことです。ユディさん、アナタの存在を、連なりの諸島の村や集落に流してもよろしいでしょうか? 今この島は、絶望に支配されております。アナタという希望があれば、それだけで明日を生きていける者も居るでしょう」
「おい! あまり背負わせるな。酷だろう。…連れてきたおれが言うのもおかしいが」
シュレイザがジャウカ村長を睨みつける。
ユディは、首を振った。
「大丈夫だよシュレイザ、最初からそのつもりだったし、その方が今後動きやすくなるから、ありがたいんだ」
「…わからねエな。なぜ見ず知らずの奴らのためにそこまでする? テメエの動機は嘘だったんだろう?」
シュレイザは、モノガリである自分のことを打ち明けたユディの真相を知っている。
一方でジャウカ村長は、ユディとシュレイザを見比べているが、口を挟んだりはしない。
ユディは、首を傾げた。
「うーん、どうだろう? 今回ばかりは、それができるのが僕だけだからって理由なんじゃないかなあ。たぶん、シュレイザでも、リコリネでも、相手にはできなくて、自分にしかできない何かがあったら、やっちゃうんじゃない? 例えば僕が、高い棚に手が届かなくって、シュレイザには届く棚があったら、シュレイザは棚の上のものを取ってくれるだろ? それってすごく自然で、当たり前のことだと思う」
シュレイザは、変な顔をする。
「だが。見なくていいものを見る可能性の方が高いだろう。すべてに間に合うとは限らない。テメエは当たり前に傷つくだろう」
「……その結論は、今出すべきじゃないと思う。ジャウカさん、その辺りの調査もお願いできますか? この村の治療がいつ終わるかわかりませんが、それでも今から島を回る優先順位を決めておくのは決して無駄じゃない。シュレイザ、僕は結構、しぶといよ」
シュレイザは、閉口した。
そのタイミングを見計らって、ジャウカ村長が頷く。
「わかりました。忙しくなりそうですが、やることがありますと、かえって気がまぎれますね。承りましょう」
黙って聞いていたリコリネが、一歩前に出る。
「ではジャウカ殿、私に錆の浮いた者への接触をお許しください。明日のために、今から二、三の問診を行っておきたいのです。少しでも細かい症状を知っておきたい」
「おお騎士様、お気遣い痛み入ります。では私が案内いたしましょう。どうぞこちらへ」
歩き出すジャウカ村長の背を追いながら、リコリネが振り返る。
「シュレイザ殿、主をしっかりと休ませておいてください。そして私にはそこの納屋でも使わせてください。鎧の手入れをしなければなりませんので。それでは」
リコリネは、言うだけ言って返事も聞かずに去って行く。
シュレイザは、そろそろリコリネのマイペースさに慣れてきていた。
ユディが、おずおずとシュレイザを見上げる。
「…シュレイザ、板ってある?」
「…ああ? 何に使うんだ」
「ごめん、リコリネが壊した床板を直すよ……」
「馬鹿かテメエは。今休んでろと言われたばかりだろう! おれがやる。テメエはそこでマトナでも撫でてろ」
シュレイザは呆れたようにそう言うと、さっさと動き出す。
ユディは、申し訳なさそうに頷いた。
「…わかった」
ユディはワンワを撫でながら、ガンガンと金槌で板を打っていくシュレイザの作業をのんびりと眺めている。
「マトナって、シュレイザが名前を付けた?」
「…そうだ。マトナはメスだ。女に適当な名前を付けるわけにもいかねエだろ」
その答えが微笑ましくて、ユディは笑ってしまった。
「適当じゃないってことは、何か意味があるんだ?」
「知らん。だが。ある日唐突に『ヤマトナデシコ』という言葉が浮かんだ。おれが考えるよりはマシな音だったからそこから取った」
「…? 自分の頭に浮かんだのに、自分で考えた単語じゃないって思ったってこと?」
「あ? …言われてみればそうだな。なぜかそう思った」
「そっか……連なりの諸島にも、天啓が来てるのか…。こんなに遠いのに」
ユディは小さく独り言を言いながら、マトナのお腹を撫でる。
マトナは眠ったままだが、気持ちよさそうにピクリと耳が動いて、一度だけ寝返りのように、ふわふわの尻尾が、ふぁたりと反対側に倒れた。
「うわあ、ワンワってすごく可愛いなあ!」
つい感極まって、ユディは感想を述べる。
「テメエが言うのかよ…」
吐き捨てるように言われたシュレイザの言葉に、ユディは首を傾げる。
「ええ? どういう意味?」
シュレイザは何も答えず、黙々と作業を続けていく。
そして次の日から、ユディの忙しい日々が始まった。
-------------------------------------------
ヤンチャなコゲジャバル、優しいメトロポリタン、気弱なカンタローの三人は、村を代表する悪ガキだ。
正しく言うと、コゲジャバルが二人を連れまわし、二人はコゲジャバルに振り回されながらも、楽しい毎日を送っていた。
錆の祝福が村を襲ったその日も、彼らは島の突端で探検をしていたために、難を免れた。
逆に言えば、村で仕事の制限なく自由に動き回れるのは、この三人しか居ないことになる。
彼らは、大きな使命を背負わされていた。
「本当に今日現れるのか?」
きょろきょろと海岸を歩きながら、ヤンチャなコゲジャバルは独りごちる。
優しいメトロポリタンは、のんびりとコゲジャバルの後ろをついていく。
「村長の話だと、そうなるけど。どこの海岸に辿り着くんだろうね?」
「そろそろ島を一周になっちゃうよ~…」
気弱なカンタローは、泣きそうな声でそう言った。
その時、コゲジャバルはサっと二人を茂みの方に突き飛ばした。
「誰かいる、隠れろ!」
コゲジャバルの見ているほうに目を向けると、今辿り着いたばかりの船がある。
船を降りてくるのは、何の変哲もない青年と、眼光鋭い船乗りの男と、全身鎧だ。
メトロポリタンは、期待を込めて小声を発する。
「あの人たちが、『錆び取りユディ』の一行かな?」
油断なく眺めているコゲジャバルは、残念そうに首を振る。
「いや。見ろよ、あの船乗りの男。俺にはわかる、あれは人殺しの目だ。あのゴツイ全身鎧といい、たぶん人攫いじゃないか?」
「で、でも、真ん中のお兄さんは優しそうだよ?」
カンタローの言葉に、コゲジャバルはフンと鼻を鳴らす。
「考えてみろよ、『錆び取りユディ』なんてダッセー二つ名を持つ奴だ、もっと冴えないおっさんに決まってんだろ?」
「そっか…。どうしようね、『錆び取りユディ』さんを村まで案内しろって村長に言われてるのに」
メトロポリタンが、途方に暮れたように言うと、カンタローは焦ったように全身鎧を指さした。
「あ、あの人、一人で『鳴かないワンワの森』に入っていくよ! どうしよう、危ないよって止める?」
鳴かないワンワの森とは、村の大人たちが、絶対に近づいてはならないと、口を酸っぱくして忠告してくる場所だ。
なんでも薄暗い森の中に、鳴かないワンワがぽつん、ぽつんと突っ立っていて、しかも微動だにしないという、不気味な場所だとか。
その森に入って無事に出てこれた者は居ないという話だが、そもそも誰が聞いてもそんな怪しい森に行く気は起きない。
コゲジャバルは、訝し気に全身鎧の行動を見送る。
「周辺を見回る気か? まあ、大丈夫だろ。いい大人が、あんな不気味なものに迂闊に近づくとも思えねーし。それより、念のため聞き耳を立てるぞ。他の村からの噂によると、『錆び取りユディ』は物凄いナルシストって話だからな、本人かどうかは会話を聞くしかねー」
「わかった。知覚の精霊、エティナイの祝福よ―――!」
三人はそれぞれに、エティナイの祝福をかけて、五感を研ぎ澄ませる。
青年と船乗りが話し込んでいるのが、先程よりもくっきりと見えるが、大声で会話をしてくれないと、ここからでは流石に聞き取れない。
どうしようかと焦れている頃に、待望の大声が聞こえてきた。
しかし、別方向からだ。
「主、主見てください! 私が近づいても撫でても吠えたり威嚇したりしないワンワ殿が居たのです!」
全身鎧が、物凄く嬉しそうな声を上げながら、微動だにしないワンワを抱きしめて青年たちの方へと駆けていく。
青年は驚愕している。
「リコリネ、なんかそのワンワ地面から生えてない!!?」
全身鎧が抱きしめているワンワは、何故か地面から茎のようなもので繋がっており、そして全身鎧に引っ張られているためか、背後の地面はズゴゴゴゴと盛り上がりながら、青年の方に迫ってきている。
船乗りが、焦ったような声を出す。
「馬鹿が! 何を連れてきてやがる!?」
ズボオオオオオッ!
物凄く大きなチョウチンアンコウのような生き物が地面の中から飛び上がり、牙だらけの大きな口を開けて、額にある触手の先端を抱きしめている全身鎧を飲み込もうとしている。
「リコリネ!!」
咄嗟に青年が、片手に細剣、片手に本、という謎のスタイルで、全身鎧と入れ違うように飛び込んでいく。
コゲジャバルたちは、その時の青年の表情を見て、震えが走った。
こんなに離れているのに、生まれて初めて、殺気というものを直に感じた。
先ほどまでの優しげな雰囲気はどこへやら、視線だけで相手を殺せるのではないかと言えるほどに、青年からは凄みを感じた。
「<その時、目にもとまらぬ一撃が、リコリネに襲い掛かる生物を寸断していく。その断絶は清々しいほどに力強く、つややかで麗しい死の果実を贈りつけるだろう>」
冷酷な声音が落ちる。
青年は、その生き物とすれ違うように、トンと着地をした。
バツン!!
ワンテンポ遅れて、全身鎧に襲い掛かっていた生物は、口を閉じる前にバラバラになって地面に降り積もっていく。
コゲジャバルたち三人は、顔を見合わせた。
「自分の一撃を褒めちぎってる!」
「ナルシストだ!」
「錆び取りユディだ!」
しゅーんと項垂れて申し訳なさそうに謝罪をしている全身鎧たちの方へと、三人は手を振りながら駆け出した。
「おおーーい、おおーーい!」
こうして三人は、無事に大役を果たすことができたのだった。




