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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
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19それからの日々

 それから、どれくらいの月日が流れただろうか。


 連なりの諸島の観光を挟みながらも、ユディたちは着実に、人々や動物たちから、錆の精霊の痕跡を追い払っていった。

 マトナが産んだ仔犬たちはすっかり大きくなって、ハザカイキの村の住民たちを守っている。

 ハザカイキの村長ジャウカは、少しでもユディたちの負担を減らすために、治療を終えた村から、まだ錆に苦しんでいる村へと援助を派遣するシステムを作り上げ、ユディたちはゆっくりと島を回ることができた。

 ユディが村人を癒す間に、リコリネたちは動けない村人の代わりに島の害獣を駆除するという流れもできており、なんとか連なりの諸島は持ち直した、という感じだ。


 そして、祝福の力を使い続けたユディの能力は格段に増していた。

 生まれた時に精霊から与えられた祝福の量は生涯変わることはないが、力のコントロールを磨けば、1の力で10の実力を出せるようになる。

 今なら短文で音の祝福を発現させたりもできそうなほどだ。

 もっとも、村人たちから錆を追い払う使い方しかしてこなかったので、なかなか実感は湧かない。

 とはいえ、生け簀の魚や通りすがりの獣の錆までも払ったりしていくくらいには、余裕ができていた。



 そしてついに、ユディたちは連なりの諸島の二周目を回り終えた。


「あー…やっと、肩の荷が下りたーー…!」


 最後の島からハザカイキに帰ってきて、ユディは心の底から一息ついた。


「主、おめでとうございます。まさに快挙ですね。騎士として、共に島を回れたこと、誇りに思います」


「ほらリコリネ、また大袈裟になってる…」


「いや。さすがにそこは喜んでおけ」


 シュレイザなりにユディを讃えている。


「ワン! ワンワンワンッ!」

「うわっ!?」


 シュレイザの小屋に向かおうとすると、村の方からマトナが千切れんばかりに尻尾を振って駆け寄ってきた。

 ユディはマトナの体当たりを受けて、尻餅をつく。

 最近マトナは怪我でもしたのか、後ろ足をひょこひょこさせて歩いているのだが、それでもこの体当たりの威力だ。


「ほらマトナ、こういう時は僕じゃなくて、シュレイザの方に行かないと…!」


 顔を舐めまくってくるマトナをよしよしと撫でながら、ユディはくすぐったそうに笑った。


「余計な気を遣うな」


 シュレイザは、目を細めてその様子を見ている。

 シュレイザからは、最初の頃のイライラした感じは抜け、随分と柔らかい雰囲気になったと感じる。

 まあ、目つきも口も、変わらず悪いのだが。


 マトナに続いて、村長ジャウカが一緒にやってくる。

 気が付けば、ジャウカには一本二本と白髪が混じるようになっていた。


「ユディさん、よくぞやり遂げてくださいました。ハザカイキの村一同、首を長くしてこの時を待っていましたよ。さ、こちらへ…」


 ユディは立ち上がり、ジャウカの案内に従い、村長宅へとついていく。


「わうわう!」

「クゥーンクーン」

「ひゃんひゃん!」

「キューン…」


 後から後から、大人になったマトナの子供たちが合流してきて、ユディやシュレイザに尻尾を振りながらまとわりついてきた。

 しかしリコリネの周辺だけ、すき間風が吹いている。


「………」


 口には出さないものの、リコリネは寂しそうだ。

 ユディはおろおろとリコリネを見る。


「リコリネ、僕が直接一匹抱き上げて渡そうか?」


「…いえ、大丈夫です、主。おそらく、私が背負っているこの巨大鎖鎌のせいでしょう。数々の海の害獣を殺害してきましたからね。まさに血塗られた武器。そう、そんな運命的な武器を選んだ、これは私の宿命なのです!」


「そ、そっか、なら仕方ないね…」


 リコリネが拳を握りながら盛り上がっているので、ユディは水を差さないでおいた。

 ちなみにユディはワンワの尻が好きなのだが、「焼きたてふかふかのパンみたいでかわいい」と言っても、シュレイザにもリコリネにもリルハープにも、あまり同意は得られなかった。


「次はもっとまともな武器なんだろうな?」


 武器という言葉に反応したシュレイザが、リコリネに鋭く念を押す。

 大陸に渡ったら新しい武器に交換しろと、シュレイザは隙あればリコリネに言い続けている。

 リコリネはちょっと残念そうに頷いた。


「はい…。開発部からの手紙では、次は普通の金棒だそうです」


「普通とは~~!!?」


 思わずリルハープが、胸ポケットから小声で言う。

 シュレイザは、渋い顔だ。



「お待たせしました、こちらへどうぞ」


 村長ジャウカはのんびりと振り向いて、静かな客間へとユディたちを通した。

 ワンワたちは飽きたように村中を駆け回りに去って行き、シュレイザの傍にはマトナだけが残る。

 ユディたちは慣れたように敷物の上に座り、村長と向かい合った。


「さて、今日はお疲れでしょうから挨拶は抜きで、手短に行きましょう。まずユディさん、これをお受け取りください。アナタの献身的な行動を思うと不釣り合いな額面にはなりますが、各村から少しずつかき集めた謝礼となります。恥ずかしながら、かき集めてようやく謝礼と言える額になった、と表現するのが正しいのですが」


 中身の入った革袋が置かれて、ユディは驚いてジャウカの顔を見る。


「いえ、それは…! そもそも、食事や寝床を提供していただき、不自由もなく…」


「受け取ってください。そこのシュレイザを連れて行かれるそうですね。ささやかですが、旅の資金の足しにはなるでしょう。あって困るというものでもありますまい」


 そう言われて、ユディは改めて、もう自分一人だけの旅ではないのだと思い直した。


「…わかりました、いただいておきます。正直言うと、とても助かります。こちらの島では、『金魚の唄』と表現するんでしたっけ」


 金魚の唄とは、一日のうちに一度、思いがけない所から、ふっとその人に訪れる幸せのことなのだそうだ。

 例えば、無くしたと思っていた思い出の鈴が見つかったり、待ち望んでいた花が一斉に開花したり。

 そんな時は、耳で聞き取れないほどにささやかな金魚の唄が届いているのだと、金魚村の人はそう言っていた。

 村長ジャウカは、思わず、といったように微笑む。


「金魚村の言い伝えですね。そのように感じていただけるのであれば、こちらとしても安心します。シュレイザのことを、よろしくお願いしますね。といっても、出立を急かしているわけではありません。どうぞ心行くまで、この村に滞在して行ってください。ひとまずのところ、今夜は『島快癒の宴』を催しますよ。ユディさんは主役ですから、ぜひご参加をお願いします」


 ユディは、わかりましたと頷いてから、ジャウカの表情にハッとする。

 ジャウカは、涙ぐんでいた。


「ああ…本当に……一時はどうなることかと…。長かった……。これまで築いてきたものが瓦解するのは、本当にあっという間でしたね…」


 そう言って、感極まったように瞼を抑える姿は、まさに村の責任者の姿だった。

 ユディは今更、ジャウカが感じていた重圧を知る。

 一時は島を封鎖する話が出ていたことを思うと、本当に、一歩間違えれば滅びの危機だった。

 ジャウカはとても聡明な人なので、そのことを誰よりもわかっていたのだ。


 その瞬間、ユディはいきなり、猛烈に恥ずかしくなった。

 目まぐるしく思考が動く。


 そうだ、ジャウカさんは村の危機がわかっていながら、僕みたいな他人に運命をゆだねるしかなかったんだ。

 なのに、当の僕は、最初になんて言った?

 たまたま自分だけが取れる、棚の上にある荷物を取るようなものだ、みたいな言い方をした気がする。

 人の気も知らずに、なんてのん気な……もうちょっと言い方があっただろう!

 いや、そもそも、目の前のことしか見えてなかったというか、なさすぎた。

 考えてみれば、昔からそうだった。

 大陸情報倶楽部だって、ジャンを失って、リコリネを失いかけたモヤモヤを晴らすために、ほとんど憤りに任せて動いてた。

 よくよく考えれば、たくさんの人の雇用を生み出すような事業だったのに。

 もし失敗していたら、どれだけの人に影響が出ただろう?

 無責任にもほどがある!

 でも、そうだ、誰も僕に文句を言わなかった。

 誰にも文句を言われなかったのに、僕は今、自分が軽率だと後悔している?

 もっと完璧に、相手の気持ちを慮って動けたらよかったって思ってる。

 つまり、これは……理想が高い?

 僕は、プライドが高いってことになる?

 ……たぶんそうだ。

 だってシュレイザの前では弱音を言えるのに、ギュギュやリコリネや、あの日泣いていたティセアの前では、諭すような物言いをして!

 自分のことだってまだまだなのに、女の子の前で格好つけたいんだ!


 どんどんどんどん思考が本筋から逸れて行って、猛烈に恥ずかしくなっていると、シュレイザが隣で、溜まらずに噴き出した。


「はっ。まるで百面相だな」


「ユディさん、どうかされましたか…?」


 ジャウカも心配そうに続けてきて、ユディは慌てて首を振る。


「あ、いえ! その…。今まで、目の前しか見えてなかったなと。ジャウカさんの気持ちを今更理解して、僕は、まだまだ子供だったなと…。なんか、いきなり、そう思ってしまって…」


 赤くなって顔を伏せるユディに、ジャウカは瞬きをした。


「ああ、すみません、私がつい感極まって泣いてしまったからですね。いえいえ、ユディさん、それは子供というわけではありませんよ。どちらかというと、若さですね。周囲を顧みず、真っすぐに前へと突き進める若さです。きっと何十年も経って、今日を振り返ってみたら、微笑ましい思い出になると思いますよ。あの時はああだったな…と、ある日突然、それまでわからなかったことに気づけると言いますか」


 そう言って、ジャウカは微笑ましげに笑う。

 その時、ユディは初めて理解した。

 自分には今、振り返れるくらいの思い出があるのだ、ということに。

 もう、昔がわからないばかりの自分ではないのだということに。

 ユディは、まだ恥ずかしさを引きずっているような笑顔を浮かべた。


「…はい、事実、今まさにそういった経験をしてしまいました。すこしは成長できたのかもしれません、ジャウカさんのおかげですね」


「ははは、面白いことをおっしゃる。さて、涙ぐんでおいて何を言い出すかと思われるかもしれませんが、せっかくのめでたい席です、湿っぽくなっては意味がない。気持ちを切り替えて、どうぞ夜までごゆっくりお過ごしください」


「…はい」




 そしてその夜。

 ユディは宴会の席で、死んだ目をしながら、ハザカイキ村一同の心づくしを受けている。

 一人の若者が音頭を取る。


「よっ! 錆取り屋!」


 他の村人が続く。


 \錆取り屋っ/  \錆取り屋/  \錆取り屋!/  \錆取り屋ーッ/


「ハハ……嬉しいナア……」


 ユディはぎこちない笑顔を返しながら、錆取りユディとしての最後の務めを果たしている。

 リコリネはおろおろしながらユディを心配そうに見ている。

 胸ポケットのリルハープは、笑い死にそうになっている。

 シュレイザは無言で酒を飲んでいる。


 こうして、ハザカイキの村人たちはユディを祭りあげながら楽しく宴を終え、錆事件は無事に収束した。



-------------------------------------------



 翌日。

 シュレイザの小屋で、ユディがマトナを撫でながら気の抜けたようにボケっとしていると、リコリネがマイペースにやってきた。


「さて主。すべてが終わりましたので、ご報告したい話が山ほどあります」


「え…!? ひょっとして、ずっと溜め込んでた…!?」


 ユディは壁に凭れていた背を、慌ててしゃんと伸ばす。

 リコリネは、きっちりとした姿勢でユディの前に座ると、シュレイザがめんどくさそうにリコリネに目を向けた。

 その辺をのんびりと飛び回っていたリルハープは、シュレイザの肩に降り立つ。

 一同を見渡すと、リコリネは静かに口を開いた。


「まずは、船の件です。実はとうの昔に建造は終わっており、先日試運転も済みまして、今はこうの大陸の中では、もっとも惑乱の大陸に近い、『酵母の村』という村に停泊させてもらっております。酵母の村はガッディーロの息がかかっておりまして、本来船着場などはない場所なのですが、まあ一艘ですし、邪魔にならない程度に手入れを続けていただいております。シュレイザ殿が操船されるということで、そう大きな船ではありませんからね、維持費もあまりかからないでしょう」


「…!?」


 いつの間にか進んでいた話に、ユディは必死についていく。

 リコリネはユディの様子を一度観察すると、すぐに続けた。


「硬の大陸の内乱は、もうすっかり落ち着いております。酵母の村に行くルートとしましては、繁の港町→硬の港町→職人の街→酵母の村、というルートで行かせてもらいます。主にルートを決められると、ライサス先生に会うために、叡智の街に寄りたがるでしょうからね」


「そ、そんなことないって、モノノリュウを倒してから戻るって宣言してるわけだし!」


 ユディは慌てて言うが、どこかで気持ちを見透かされたような気もしている。


「左様ですか。それはよかったです、私の考えすぎでしたね。さて、次の報告です。情報の館からの書簡にて、モノオモイが起こしたと思われる事件がぽつぽつと散見されはじめました。どうやら竜が夢を見る周期に入ったようですね」


「え!?」


 驚くユディに、リコリネは淡々と続ける。


「ご安心ください、主。各地で起こった事件は、きちんと解決されているとの報告を受けております。事情を知らない方々には、主のように竜の夢に還すことはできないでしょうが、退けるのは可能なようですね。各街には騎士団もおりますし、そこは人間の底力を信じていただければ大丈夫と思われます。ですが、山菜の村のおじじ殿に主がお話しした通り、竜に夢を還せないので、目覚めは早まるでしょうね」


「そっか…。もうのんびりしてはいられないのかもな。ありがとうリコリネ、すっかりダラダラしてたよ」


「…ふふ。たまにはよろしいのではないかと、私としては思ってしまいますが。そして私の事情となりますが、新しい武器を携えた使者とは、硬の港街での待ち合わせとなっております。その時は、また休暇を一日頂ければ嬉しく思います」


「わかった。じゃあ、やり残したことが無ければ、すぐにでも出立しよっか」


 ユディは、ヘソ天しているマトナの腹をわしゃわしゃと撫でながら、ちゃっちゃと決めて行く。


「お待ちください~~!」


 意外にも、リルハープが待ったをかけてきて、一同は驚いて妖精に目を向ける。


「すみません~~、リルちゃん、ちょっとだけ気になる点がありますので、あと一日だけ出立を待っていただけないでしょうか~~?」


「珍しいね、リルハープがそんなこと言うなんて」


「わかりました、リルハープ殿。そうですね、明日出立となれば心の準備もできますし、私としては反対する理由もありません」


「どうでもいい」


 ユディ、リコリネ、シュレイザの順で、特に異論はなかったので、その日はのんびりと過ごすことにした。

 しかしリルハープは、やはりパタパタと小屋の中を飛び回るだけで、何をするでもない。


「シュレイザ、旅の荷造りとかする?」

「いらん」


 不思議に思いながらも、ユディは普通にその日を過ごした。




 次の日。


「キューン……」


 マトナの元気がない。

 ユディたちは、焦ったようにマトナを囲んで、ふかふかの毛並みを撫でていく。

 リルハープは、困ったようにマトナを見下ろした。


「やはり、足腰が弱ってきていたのですね~~…」


「おい! どういうことだ。何を知っている?」


 シュレイザはとても動揺しながら、リルハープを睨みつける。

 リルハープは、静かに首を振った。


「ワンワは人間よりも寿命が短いですからね~~…と、そう言えばおわかりいただけるでしょうか~~?」


 ユディたちは、ハっと息を呑む。


「そんな、昨日まではあんなに元気だったのに…!」


「………」


 リコリネは、青褪めているシュレイザの横顔を、じっと見つめた。


「…シュレイザ殿、マトナ殿の傍に居てあげてください」


 シュレイザは、焦ったように声を荒げた。


「馬鹿にすんじゃねエ! 男がそう簡単に決めたことを覆すとでも思ってんのか!」


「いいえ、誤解しないでください。後から合流しましょう、という提案です。私と主は徒歩で酵母の村まで向かいます。シュレイザ殿は、全てが終わった後、路銀を最大限使って、鳥車などを利用して向かってきてください。主、そうすれば、モノオモイの気配を探りながら移動できますし、一石二鳥です」


「! そっか、それがいい。シュレイザ、これ、お金」


 ユディは、先日ジャウカから貰った革袋を、そのままシュレイザに差し出した。

 シュレイザは、「だが」と言いながら、決めあぐねている。

 ユディは、背を押すように微笑んだ。


「シュレイザ、待ってるから。ゆっくりおいでよ。僕もその方が、旅に集中できるしさ。僕たちの分も、マトナの傍に居てくれると嬉しい」


 シュレイザは、老ワンワとユディを見比べる。

 やがて、大事そうにマトナを抱き上げた。


「……わかった。必ず行く。待ってろ。だが。ひとまずは繁の港までおれが送る。マトナを弱ったまま置いていくわけにはいかねエからな。そこまではテメエがマトナを持ってろ」


「……そうだね。そうして貰えると助かる」


 お互いに線引きを決めて、頷きあう。

 シュレイザは布に包んだマトナを差し出し、ユディは船旅の間、マトナを大事に抱きしめながら、ワンワとの最後の一時を噛み締めた。



-------------------------------------------



「どうして死ぬなんて現象があるんだろう? 枯れない花があったとして、困る人っているのかな」


 硬の大陸へと向かう船で。

 ユディは甲板からぼんやりと水平線を眺めながら、そう呟いた。

 隣のリコリネが、フムと唸る。


「実に興味深い疑問ですね。私も子供の頃はよく、命はどこから来るのか、等の不思議について思いを馳せたりしましたが。今ならば、少し考え方が変わっているのかもしれません。少々お待ちください」


 そう言って、むむむと考え始めるリコリネの真面目さに、ユディは笑ってしまった。

 さっきまで、マトナのことでモヤモヤしていたのが嘘のような気持ちで、ユディはリコリネの横顔をじっと眺める。

 やがてリコリネは、思案気にフルフェイスの頤に指を添えながら、話し始めた。


「きっちりと、それに当てはまる答えにはならないのですが…。しかし、ライサス先生に聞いた、興味深い話があります。なんでも、植物がこの世界の支配者である、という論文を出した植物学者が居るそうなのです」


「へええ、面白そうだね、どんな話?」


「植物が、鳥に種を運ばせるために果実を作り、ハチに受粉をさせるために蜜を作る、という話がありますが、これは人間に対しても同じことが言えるのではないかと。植物は、人間に利がある栄養分を有した果実を作り、人間に自分を保護させ、そして増やさせているのではないか、という見方ですね」


「ん……確かに、そう言えるかも。面白い見方だなあ」


「また、自分の種だけで埋め尽くすために、他の植物に対しては毒となる成分を出す植物があったりするのです。多様性の必要ない世界ならばそれでいいのでしょうが、そういった強い植物一択になってしまうと、通常は生態系が狂ってしまいますね。しかし、何らかの理由で、枯れる…つまり、死という現象が起きると、その植物だけで大地が埋め尽くされるという危機を避けることができます。これは、植物に支配される世界を回避できるという話になります。死とは、自己のためには不要でも、他者のために必要なものなのかもしれません」


「……なるほど」


「また逆に言えば、死という現象があるから、種の維持のために発展・発達・進化をしていくとも受け取れます。私が地味に恐ろしいと思ったのは、牙猪河馬キバシシカバという生き物の例です。その美しい牙は、金持ちが好む装飾品にうってつけのため、ハンターが寄ってたかって牙猪河馬を狩っていた時期がありました。ですがある日、牙を持たない個体が生まれ、ハンターに狩られる種ではなくなりました。今ではただのシシカバとして繁殖し、平和に群れをつくっているのです」


「…えっ、牙を持たずに生まれるって、そんな自分でコントロールできるもの!?」


「わかりません。ですが現に今、牙シシカバという種は存在しないのです。他にも、天敵が存在する昆虫が、その天敵にだけ効く毒を生み出したり…など、なんだかぞわぞわするような事象が、この世にはたくさんあるのです。シシカバの場合は、突然変異体だけが生き残ったものとして納得がいくのですが、昆虫の件はちょっと、不思議すぎます。これも、死という概念があるからこその、回避のための進化と言えるでしょう」


「確かに。努力とかで身体変化できるんだったら、僕だってもうちょっと強くなれただろうなあ」


「はい、私も進化して目から光線を出したりしたいです」


「それは別に…」


「とにかく。そのように、死というものに理由付けをしようと思えば、いくらでもできるのではないかと、そう思います。しかし、それと同じく、死なないことに対する利点だって、たくさん見つけられるかもしれない、とも思うのです。主の中で、死が不要なもので、その不要さこそが正しいという答えが出せるといいですね」


 ユディは何度かリコリネの言葉を、頭の中で反芻した。

 それから、考え考え、言葉を出す。


「…なんだか…。今のリコリネの話で思ったんだけど。学問って、そのためにあるんだろうね。自分なりの答えを出すために、それに近い問題を見つけて、その問題に寄り添って……」


「ああ、確かにそうです。…ではやはり、私が賜った教育というものは、本当に素晴らしいものなのですね。先生には感謝をしなければ。そして同時に、主にも」


「ええ? 僕がリコリネに何か教えたことってあったっけ?」


「…ふふ。主はよく、当たり前のことが、当たり前ではないと、教えてくださいますよ。先程の、死に対する考え方もそうです。人は死んで当たり前だと、そこに疑問符を差し挟むことすら、私には思いつきませんでした。主は私に、世界の広さだけでなく、深さも教えてくれていると、そう感じます」


 リコリネは、何かを思うような仕草で、水平線に目を向けている。


「硬の大陸が近づいてきましたね。……。死ぬのは怖くはありませんが。旅の終わりは、少し怖いです。主の目的が果たせるようにと祈りながらも、ずっとこのまま、旅を続けられたらいいのにとも思います」


「リコリネ、何言ってるんだ、旅なんていくらでも続けられるさ。モノノリュウを倒してからも、まだまだたくさん行きたい場所があるんだから。一番最初に、君の故郷の掘削の街だけどね」


「…ふふ、そうでした。約束を覚えてくださっていたんですね、嬉しいです」


「僕だって、本当は細かいところまで忘れたくないんだよ。ウェイスノーさんに挨拶して、トビーとも話したいな。その後はライサス先生に顔を見せて、それからテリオターク兄さんに手紙でも書いてみようかなあ。ギュギュのことだって、そろそろ調べても怒られないかもしれない」


 嬉しそうに語るユディを、リコリネは優しく見守っていた。

 この優しい時間も、ずっと終わらなくていいのに、と思いながら。

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