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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
101/137

20硬の大陸

 こうの港街にて。

 リコリネがガッディーロ家からの使者の方へ行っている間、ユディは保存食などの買い出しをしに、街をぶらついている。


「やっぱりはんの大陸と比べると、硬の大陸って空気が乾いてる感じがするなあ」


 胸ポケットに話しかけると、リルハープが小声で返してきた。


「わかります~~。ですが、あんまり懐かしいって感じもしませんね~~。久々に戻ってきたのですから、もっと何らかの感慨などが来るものかと思っていました~~」


「あ、そうなんだよなあ。僕とリルハープとリコリネが初めて会った大陸なのに。こっちの方には初めて来るから、結局初めての場所って感じになってしまうというか。叡智の街に行けば、流石に懐かしいって思うんじゃないかな?」


 そんなことを話しながら歩いていると、見慣れた全身鎧の人影を見つけた。


「あれっ、リコリネだ、おーい」


 ユディは何も考えずに、ついつい声をかける。


「!?」


 大荷物を背負った若い娘と何かを話しこんでいたらしいリコリネは、焦ったように振り返る。


「なっ、あ、あるじ、どうされましたか!?」


 そのあまりの驚きように、ユディも驚いてしまった。


「ご、ごめん、つい声をかけてしまっただけで…」


 その様子に、リコリネと一緒に居た若い娘が、くすくすと笑いだす。

 娘はなぜか、布に包まれた長物を抱え持っている。


「ごめんなさいユディ様。私が待ち合わせに遅れてしまったので、リコリネ様とはようやく合流できたところなのです」


「ああ、ガッディーロの使者の!」


 ユディは改めてその娘に目を向ける。

 そして、驚いた。

 その娘は、あまりにも独特の雰囲気…というか、色合いをしていた。

 艶やかで美しい黒髪は滝のように長く豊かで、黒玉のような黒い瞳は濡れたように輝いている。

 今まで各大陸を巡り、暗い色合いの髪色は何度か見かけたことがあるが、ここまで真っ黒なのは初めて見る。


「うわあ、綺麗な目と髪の色だなあ…!」


 思わず感想を述べると、娘は一瞬何も言えなくなるほどに驚いて、目を真ん丸にしている。

 ユディはハっとして、慌てて付け加えた。


「ってごめん、いきなり不躾に…!」


「…あ、いえ…」


 娘はまつげを伏せる。

 切れ長の瞳は、涙で潤んでいた。

 リコリネが、少し微笑みながら説明をする。


「主。実は最近、せんの大陸では、非常に稀ではありますが、唐突にこのような髪と目の色を持って生まれる人間が居るのです。ですが、珍しいということがどういう意味合いを持つか、おわかりでしょうか?」


「…? うーん…わからないな、綺麗だし、良いことだと思うんだけど、違う?」


「ええ、残念ながら。多くの場合、『両親の身体的特徴と全く違う子が生まれた』という意味合いになってしまうのです。母親は不貞を疑われたり、また、『チェンジリング(妖精の取り換え子)』という言葉が生まれたり、かなりの確率で、家庭は崩壊します。このアイネも、家庭の不和が原因で、うちの孤児院に来たようです」


 ユディは、サっと青褪めた。


「ごめん、何も知らずにのんきなことを言ってしまったのか、僕は…」


「いいえ!」


 アイネと呼ばれた娘は、慌てて一礼してくる。


「初めまして、アイネクライネと申します。アイネとお呼びください。あの…。嬉しかったです。そんな風に言っていただけたのは、生まれて初めてで…。ガッディーロに拾ってもらうまでは、周りの人にも、いつも不吉だ不吉だって言われていましたから。…リコリネ様が、命を賭してユディ様をお守りする気持ちが、わかった気がします。ステキなお方ですね」


 そう言って微笑むアイネクライネの姿に、ユディはどう返していいかわからなかった。

 リコリネが、柔らかな声音で付け加える。


「ライサス先生は、昨今のそういった事情に心を痛め、今では硬の賢者として、正しい知識を広められているそうです。なんでも、隔世遺伝の辺りを使って攻めているとか。また、賢者としての発言権を利用して、こう触れ回っているそうです。『かつて見た妖精は、取り換え子などをするような存在ではなかった』と。もう少し先の未来では、アイネのような子供たちにも、幸せな日常が待っているでしょう」


「そっか、先生らしいなあ…」


 ユディは思わず目を細めた。

 胸ポケットの中では、妖精が我が事のように、自慢気に頷いている。

 アイネクライネは、気を取り直すように、またくすくすと笑う。


「ですが、私の存在を見られてしまってよかったですね、リコリネ様。今までユディ様は、リコリネの様の話の上でしかガッディーロを御存じなかったのでしょう? これで実在が証明できましたね」


 いたずらっぽく言うアイネクライネに、リコリネは自慢げに返す。


「甘いですねアイネ。主は私の言うことをお疑いになるような方ではないのですよ」


「あら、流石の信頼関係ですね。さて、それではユディ様、今日一日、リコリネ様をお借りしますね。せっかくですし、本来ならばユディ様も交えてお話をしたいところなのですが、一応、機密事項もありまして……」


「あ、いや、もちろん! 僕も買い出しがまだだったんだ。それじゃリコリネ、またあとで」


 ユディは邪魔にならないように、そそくさと手を振って、歩き出す。

 しばらく歩いて振り返ると、リコリネもアイネクライネも、何か特別な感慨を持って、まだこちらを見ていた。

 野暮なことをしてしまったと、なんだか恥ずかしくなって、用もないのに無理やり角を曲がった。




 しばらく行くと、海沿いの道に出た。


「…シュレイザ、今頃どうしてるかなあ。マトナと元気にやってるかな」


 海を見ていると、すぐにそうした疑問符が出てくる。

 リルハープが、また胸ポケットから返事をしてきた。


「シュレイザとは何だなんだで結構長い時間を一緒に過ごしましたからね~~。リルちゃんもまだちょっと、シュレイザが居ない生活って落ち着かないです~~っ」


「あんまり君とシュレイザが仲いい所って見たことないけどね?」


「シュレイザの感情はメロメロでしたけどね~~。自分よりも小さいものに甘々というか、可愛くて仕方がないみたいですよ~~、ご主人サマ含めて~~」


「む……。シュレイザに比べたら、誰だって小さいだろ」


「そうかもしれませんね~~。本当は、小さい子と遊んであげたりしたかったようですが、相手はシュレイザを見るとギャン泣きしますからね~~。ご主人サマなんて、子供好きってわけでもないのに、向こうから寄ってきますのに~~。世の中は上手く行かないものです~~」


「僕の場合は舐められてるだけだと思うけどさ。でもシュレイザ、最近丸くなったよね。リコリネとも、あれから喧嘩をしてないみたいだからよかったよ」


「まあ、あの二人には共通点があるので、そうそう仲違いはしないでしょう~~」


「えっ、共通点なんてあったっけ?」


「……ご主人サマって本当、ご主人サマですよね~~。リルちゃん付き合いきれません~~」


「む……。僕も付き合いきれなくなってきたし、もうピノッキオ読めって言われても読むのやめようかなあ」


「ほらほら、モノオモイの情報収集をしなくていいのですか~~?」


「! そうだった、職人の街と酵母の村の情報も集めようかどうしようか悩ましいんだよなあ! そこを越えたらいよいよ決戦だし、ここはあんまり調べずに、楽しみに取っておくかどうか…」


 うーんと悩み始めたユディに、妖精は思わず笑ってしまう。


「まったく、相変わらずご主人サマは、旅の楽しみ方がお上手ですね~~っ。どう転んでもリルちゃんが付き合ってあげますから、ちゃっちゃと決めてください~~!」


 せっついてくる妖精に、ユディはくすぐったそうにしながら、買い出しと情報収集を始めた。

 リコリネは自分でも買い物をするだろうとわかってはいたが、それでも珍しいものを見つけると、リルハープと一緒にリコリネへのお土産を買ってしまうのだった。



-------------------------------------------



「主、お待たせしました」


 夜に部屋の扉がノックされ、リコリネが入ってくる。


「うわ」

「………」


 扉を開けたユディとリルハープは、ついそういった反応をしてしまう。

 全身鎧のリコリネが、存在感のある金棒を背負っていた。

 ある程度の覚悟はしていたのだが、やはり実際に目の前で見ると、想像よりもゴツイし、迫力がある。

 というか、この大きさには見覚えがある。

 昼間、アイネクライネが抱えていた、布に包まれた長物は、このくらいの大きさではなかっただろうか。

 華奢な娘に見えたが…。


「……リコリネ、強そうだね、もう見るからに」


 ユディが控えめに感想を述べると、リコリネはパっと嬉しそうにガントレットをつけた両手を合わせる。


「はい! 鎧も新調したのです、さすが主ですね、一目でそれを見抜かれるとは!」


「!? も、もちろん! そうだリコリネ、お土産を買っておいたんだ!」


 もはやリコリネの鎧はマイナーチェンジ過ぎて、ユディには前の鎧との違いがわからなかった。

 誤魔化すように部屋に招き入れる。

 リコリネは招かれるまま、不思議そうにフルフェイスを傾いだ。


「お土産…ですか? 私に…?」


「そうなんだ、ほらこれ。リルハープと一緒に選んだんだ。ガラスペン。これなら、日記を書くのに使えるだろ?」


 そう言って、細く、繊細なガラス細工を差し出す。

 手に持てるアートのようなそれを、リコリネは驚いたように受け取った。

 しばらく、ぽかんとしている。


「……、……。……ふふ、ふふふふ…!」


 やがて、リコリネは耐えきれないように笑いだす。

 ユディとリルハープが不思議そうにしていると、リコリネは「失礼」と言いながら、説明を始めた。


「実は、これから行く『職人の街』の名産品なのですよ、ガラス工芸は。そこから来ているお土産品ですね、これは。こちらで買うと、多少割高ですのに」


「え!?」

「まあ~~、知りませんでした~~!」


 ショックを受けているユディとリルハープを見て、しかしリコリネは嬉しそうにしている。


「ですが、とても嬉しいです。私は今日、お二人と買い出しには行けませんでしたが、見えない私を連れて行ってくださったのですね。私のことを考えて、お土産を選んでくださるなんて。別に長く離れていたわけでもありませんでしたのに。…大事にします。こうなると、インクも多種多様なものを買いそろえたくなりますね。荷物になるので、それができないのが残念です」


「ああよかった、気に入ってくれたんだ…」

「一瞬ヒヤッとしました~~っ」


 三人で笑い合う。


「それで、主。出立は明日で大丈夫でしょうか? モノオモイの情報などは?」


「ああ、うん、一応聞き込みをしてみたけど、それらしき話はなかったんだ。だから明日で大丈夫」


「左様ですか。では英気を養わねばなりませんね。早々に退室する無礼をお許しください」


「リコリネ~~、リルちゃんもそっちの部屋に行きます~~!」


 いつものようにパパっと決まって、その日はユディ一人で眠りにつくことになった。

 一人で眠る時は、オカリナを吹くようにしている。

 あまり触らないでいると、指が鈍るからだ。

 開いた窓に腰かけて、夜風の中へ、のびやかな音を混ぜ込んでいく。

 空には動く月と、動かない月が見える。

 今はどちらも、遠くにあった。



-------------------------------------------



「リコリネ、歩きだよ歩き、船での移動じゃない! 足元が揺れてない!」


 翌日。

 硬の港町を出立して早々に、ユディは興奮気味に隣を見る。

 リコリネは、微笑まし気に応じる。


「…ふふ、そうですね。別に陸地を歩いてなかった、というわけでもありませんのに、なんだか懐かしいです。シュレイザ殿が居ないので、余計にそう感じるのかもしれませんが」


「あーそっかそっか、久しぶりの三人旅だもんなあ。少し寂しい感じはあるけど、これはこれでいいのかもしれない」


「私としては、主とリルハープ殿が一緒に居てくださるなら、何の文句もありませんね」


 リコリネも、ちょっと張り切ったように歩いている。


「…リルハープ?」


 いつもうるさい妖精が、今日はだんまりなので、ユディは不思議そうに胸ポケットを覗き込む。

 妖精は、すうすうと寝息を立てていた。

 リコリネも一緒に覗き込んでくる。


「…どうやら、お疲れのようですね。また最近、眠りに着く回数が増えているように感じます」


「あ…そっか。モノノリュウを倒したら、リルハープのことをライサス先生に相談してみるべきかもしれないな…」


「……そうですね」


 リコリネは、深刻な声を出した。

 ユディは、胸ポケットを大事に撫でながら、打って変わって、静かに歩き出す。

 リコリネも、リルハープの眠りを邪魔しないようにと、そこからは黙ってくれた。




 翌日、朝食を済ませてキャンプ地から旅立つと、リコリネが念のためにと確認をしてくる。


「主、久々の陸での旅ですが、体調の方はいかがでしょう?」


「うん、特に問題ないかな」


「左様ですか。残念ながら、徒歩となりますと職人の街は遠いですから、お覚悟のほどを」


「…なんだか、リコリネが旅の案内をしてくるって、新鮮だなあ。やっぱり硬の大陸がホームってことなんだろうね」


「そうですね、療養のために暇を持て余していた今となっては…という言葉が添えられますが。主と出会ったばかりの頃も、このようにしっかりと案内ができればよかったのですが」


「あれはあれで楽しかったけどなあ、リコリネが酔っ払ってさ」


「その辺りのことは、記憶にございません」


 フルフェイスを背けるリコリネに、ユディは微笑んでしまう。

 今日もリルハープはおねむのようで、胸ポケットからは寝息が聞こえる。


 のんびりと旅を続けていると、唐突に横合いから、騒がしい声がかけられた。


「おおおーーい、頼む、ソイツを止めてくれーーっ!」


 驚いて声のした方を見ると、少年が手を振りながら瑠璃色の草原の中を駆けてくる。

 どうやら騎乗鳥を追いかけているようで、騎乗鳥は、背に乗った荷物をものともせずに、物凄い勢いでこちらへと走ってきた。


「どうやら私の出番のようですね!」


 リコリネは金棒を抜き放ち、意気揚々とそれを構えて騎乗鳥を迎え撃とうとしている。


「リコリネ!? それ息の根を止めるやり方だから!!?」


「ご安心ください主、ちょっと轟音を立てるだけですから!」


 慌てて羽交い絞めにしてくるユディに、リコリネは諭すように言いながら金棒を握りしめている。

 しかし、騎乗鳥は本能的に身の危険を察したのか、ザザアーっと急ブレーキをかけて、「クルル…っ」と不安そうに鳴きながら、数歩下がっていく。

 その後、怯えたように、駆け寄ってきた少年の方に大人しく戻って行き、クルルと少年の背に隠れた。

 少年は戸惑っている。


「おおっ? おいおい、どうしたんだよ…」


 戸惑いながらも、わしゃわしゃと騎乗鳥の頭を撫でている辺りは、普段の仲の良さが窺える。

 ユディは急いでリコリネに金棒を仕舞わせて、少年と合流をした。


「ごめん、その子を驚かせてしまったみたいで…!」


「いやいや、サンキューなニィちゃんたち、助かったよ! コイツ臆病でさー! さっきだって、湖の水飲んでた時に、木の実かなんかがバッシャーンって落っこちた音だけで逃げっちまってさー。ま、手綱から手ェ放してた俺っちも悪いんだが、いきなり置いていかれた俺っちの方が驚いたのなんの!」


 身振り手振りを交えて説明してくる少年からは、とても快活な印象を受けた。

 少年は、にこやかに笑って続ける。


「俺っち、調達屋のラルファシアンってんだ! ラルフって呼んでくれよ! こっちは騎乗鳥のジュニ。ジュニアだから、ジュニな!」


「なんと、二世ですか。珍しいですね、騎乗鳥は使い潰す人が多いという話ですが」


 リコリネが、思わず口を挟むと、ラルファシアンは自慢げに鼻の下を擦った。


「へっへ、まーな、母ちゃんの育て方がいいんさー。実は俺っちも二世なんだぜ、調達屋の!」


 そういえば…とユディは思い出した。

 第一次調達屋ブームが来ているとか何とかいう情報があったなあ、と。


「あれだよね、ブームの」


「おいおい、あんなミーハー共と一緒にしねーでくれよ! 俺っちは生粋の由緒正しい純血種の調達屋っての? 格が違うんさー、格が! なんちゃって」


 マシンガントークというのだろうか、ラルファシアンは、一気にばーっと喋る感じの少年だった。

 ユディもリコリネも、その勢いに笑ってしまう。


「ラルフ、僕はユディっていうんだ、よろしくね」

「私はリコリネと申します」


 ラルファシアンは、「フーン」と言いながら、まじまじと二人を見てくる。


「なーんか、雰囲気のあるコンビだなー? 俺っちとジュニも名コンビだし、仲良くしてくれよ! ユディっちたちはどこまで行くんだ? 硬の港街か?」


「あ、いや、逆逆、職人の街の方に行くんだ」


「おおっ? 奇っ遇だなあ! 俺っちもそこに行くんだよ、調達依頼を受けちゃってさー! といっても、もう品は揃えてあるんだ、せっかくだから一緒に行かねーか?」


「私は構いませんが、しかしジュニ殿に乗って移動される方が早いのでは?」


 リコリネの言葉に、ラルファシアンは笑って首を振る。


「そりゃそーなんだけど、ジュニにはもう、目いっぱい荷物をのせてっからさー。これ以上重くすんのも可哀想で、どのみち歩いてく予定だったんさー」


「ああ、それならぜひご一緒したいなあ、ラルフと一緒に居ると楽しそうだし」


 ユディの言葉に、ラルファシアンは満面の笑みを向けてきた。


「おおっ、決まりだな! いやー助かった助かった、気がまぎれそうだ。そろそろ禁断症状が出てきてて大変だったんさー」


「薬物中毒ですか?」


「リコリネ本当に社交とかできてた!!?」


 直球でズバっと聞く姿に、ユディはハラハラしている。

 しかしラルファシアンはあっさりと笑い飛ばした。


「似たようなもんさー。白乳中毒っての? もうさっきだって湖の水がぜーんぶ白乳だったらどんなに幸せかって想像だけでヨダレ出そうになってたっつーか!」


「ああ、なるほど、好物なんだね? よりによって保存の効かないものが好物ってツラすぎる…!」


「おおっ、ユディっち、わかってくれるかー! 仲良くできそうで嬉しいさー」


 ラルファシアンは、懐っこくユディと肩を組んできたりしながら、騎乗鳥の手綱を引いて歩き出す。


「ラルフ殿、何なら手綱は私が引きましょうか? …あ、その、騎乗鳥には思い入れがありまして…」


 リコリネは良かれと思ってそう提案してから、持ち逃げを警戒されるかもしれないということに気づき、しかし今更提案をひっこめるのも怪しい気がして、段々声が小さくなっていく。

 しかしラルファシアンは嬉しそうなままだ。


「おおっ? マジか、助かるさー、たまには手ぶらで居たいんだよなー、ほいヨロシク!」


 あっさりとリコリネに手綱を渡す。

 リコリネは、呆けたように受け取ってから、「よろしいのですか…?」と、戸惑いがちに騎乗鳥の羽毛を撫でている。

 ラルファシアンは、きょとんとした後、リコリネの問いの意味を理解して、楽しげに笑った。


「いーんだよ、母ちゃんの教えなんさー。『もし裏切られたら、それはそれで相手をボコる理由ができるから、基本的には親切で居なさい』ってなー」


「へええ、面白いお母さんなんだね?」


 ユディが感心しながら言うと、ラルファシアンは、のんびりと歩きながら、遠くの方を見ている。


「ま、血のつながりは無いんだけどさ、実際面白いんだわー。母ちゃん、今は調達屋を引退して、フツーに学校の先生やってんだー。まとまった金が手に入った時に、思い立って、その辺の子供たちに無料で文字の読み書きを教えて、将来の武器にしてやりたいって理由で学校を開いたとか。そしたら噂が広まりに広まって、ある日を境に、学校の前には定期的に捨て子が置かれるようになったんだとさ。困窮した母親たちが、『この人なら育ててくれる』って思ったんだろうなー。で、俺っちもその一人だったってワケ」


「それは…」


 リコリネが、言葉に窮した。

 ラルファシアンは、リコリネの意見を見透かしたように頷く。


「な、無責任だよなー。けど母ちゃんは、『まとめて面倒見てあげるわよ!』って、今でもガンガンに張り切ってんだわー。口癖みてーに、『いつか絶対にボコす』って言ってっけどなー。俺っちもようやく独り立ちできる年になったし、調達屋として一旗上げて、少しでも学校…っつか、もはや託児所か、そこの助けになるんさー。弟や妹がいっぱいいるわけだしなー」


 そう言って、ラルファシアンは、騎乗鳥の背に目を向けた。

 こんもりと、木の枝などが積まれている。


「ま、今はまだ、駆け出しの依頼しか回ってこねーんだけどさー」


「駆け出しとか、違いがあるんだ?」


 ユディが興味深げに隣を見る。


「あるある! かさばって処理がめんどい依頼は誰もやりがたらねーんさ。例えば今回は、香木の収集だなー。香木は樹液に虫が寄って来たりで処理が大変な上に、たくさん採っても持てる数には限度があるかんなー。けど、食いもんの燻製や、貴族用の扇子に使われたりと需要はあるわけさー」


「なるほど、確かに生活に必要なものではありますね。ラルフ殿の仕事は、生活の支えになっているのですね」


 リコリネの言葉に、ラルファシアンはくすぐったそうにする。


「へっへ、そんな風に言ってもらうと張り合いが出るさー。俺っちには母ちゃんから受け継いだ、独自の調達網があったりするからさー、基本的に他のヤツよりは有利なんだわ」


「なるほど、親子で同じ職業だと、そんな利便性があるんだなあ…!」


 またもや感心するユディに、ラルファシアンはますます気を良くして、ユディと肩を組む。


「やっぱ二人ともイイヤツさー、コレで白乳があれば完璧なんだけどなー! ユディっち、持ってねーの?」


「持ってたとしても腐ってるだろ!」


 一人と一匹が増えただけなのに、わいわいと、楽しい旅路となった。

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