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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
94/137

13敵前逃亡

 不夜の街が近づいてくるにつれ、夜に空を見上げる回数が増えていく。

 動かない月が、本当に近くて、大きい。

 やはり惑乱の大陸の上空に浮いているのだろうという、時の大賢者ユルブランテの推測は当たっていそうだ。


「美しいですが、気持ちが和む日もあれば、冴え冴えとして怖いような色合いに見える日もありますね。こちらの心の持ちようによって変わるのでしょうか? 不思議な気持ちになります」


 川べりで野営をしながら、リコリネが感想を言う。


「あの月が、モノノリュウの住処なのでしょうか~~?」


 なんとはなしにリルハープもつぶやくが、誰もそれに答えられない。


 そこから何日も何日も歩いて、一行はようやく不夜の街に辿り着いた。



-------------------------------------------



「うわ本当だ、夜なのに明るい!」


 門番のチェックを抜け、街に一歩踏み込むと、ユディは思わずそう口にした。

 とは言っても、街に入る前から、既に夜は明るかった。

 随分と近くなった動かない月が、炯炯とこの近辺を照らしているからだ。

 もちろんそれだけではなく、蛍光花が意図的に街の要所を飾っていたりと、それなりに夜のこない街という特徴を意図してはあるようだが。


「しかし、眩しいというほどではなくて安心しました。この様子ならば、眠れずに苦しむことはなさそうです」


 リコリネも、物珍し気に周囲を見渡しながら通りを歩く。


「こっちは明かりに色がついていて、煌びやかですね」

「本当だ」


 リコリネは明かりに導かれるように、興味の赴くままに歩き、ユディもその隣をきょろきょろとしながら行く。

 すると黒スーツの男が、リコリネの全身鎧の肩を慣れ慣れしく叩いてきた。


「お兄さんお兄さん、どうだい今夜、いい子が居るよ」


「いい子…ですか?」


 リコリネが興味深げに振り向くと、黒スーツの男はリコリネの声を聞き、「女…!?」と小声で驚いていた。

 ユディも一緒に話に加わる。


「いい子って、親戚の子か何かですか?」


「は? ああ、いや、その意味では赤の他人だが…」


「なんと。他人にも関わらず、そうも手放しで褒められるとは、よほど人間のできた御仁のようだ」


「なんだろう、良い人を紹介する商売なんて初めて聞いたな、どういう意図があるんですか?」


 リコリネとユディの問いに、黒スーツの男は面食らったようにしてから、「なんでもねーよ! こっちは治安が悪いからさっさと帰んな!」と言ってサッサと去って行った。

 後には、きょとんとしているユディとリコリネが残され、お互いに顔を見合わせる。


「なんだったんでしょうね?」


「わからないけど、こういう時は地元の人に従うのが鉄則だろうから、従っておこうか」


 ユディたちはのんびりと道を引き返す。

 リコリネは、安心したように息を吐いた。


「変わった街と聞いておりましたが、身構える必要はなかったようですね。きちんと話が通じましたし」


「確かに。じゃあ今日は宿を取ろうか。船が出せるかどうかは明日聞き込む感じでいいかな」


「わかりました。ざっと見たところ、船乗りのフの字もなさそうな街なのが不安ですが、ちゃちゃっと片付いて、観光もできるといいですね」


 日が暮れているというのに、女の子たちがクレープを食べながら隣を通りすぎていく。


「えっ、これヤバくない!? マジアリなんだけど!」

「それある、やばいやばい!」


 ひたすらヤバいを連呼していく様を、リコリネは心配そうに見ている。


「ヤバいとは…毒物でしょうか? 確かに中毒症状のような言語の乱れを感じます」


「あれが日常会話だったらかなり失礼なこと言ってるよ!?」


 ユディは思わずそう返す。


 街の中央付近にある案内板を見て、雑談をしながら宿に向かっていると、ちょうど酒場から出てきた酔っぱらいの若者集団に出くわした。

 彼らはリコリネの姿を見ると、「ウェーイ!」と大はしゃぎで近寄ってきた。


「ちょ、全身鎧ウケすぎ」

「えぐー!」

「風呂リダ行くときどうすんの?」

「ダブリューダブリューダブリュー」


 リコリネと共に取り囲まれたユディは、困惑気味に集団を見る。

 「リコリネは見世物じゃない」と言ってやろうかとも思ったが、どうも彼らからは悪感情が見受けられないというか、ひたすら楽しそうだ。

 どうやらこれが彼らの常なのではないかと思い、確かめることにした。


「…ひょっとして、パリピの人ですか?」


 ユディの問いに、若者たちはワっと盛り上がった。


「いぇいいぇい!」

「いつメンいぇー!」

「ベスト・フレンド・フォーエバー! ダブルピース!」

「だぶりゅーだぶりゅーだぶりゅー!」


 よくわからないが、喜ばれている…?


 心配になってリコリネを見ると、フルフェイスをしていても、当惑しているのが伝わってくる。

 ただひたすら、風雨を耐え忍ぶかのように突っ立って居ると、若者たちは勝手に満足したのか、笑って肩を組みながら通りの向こうへと歩き出していった。


 ユディたちは、茫然とその後姿を見送る。


「賑やかな人たちでしたね~~」


 胸ポケットからのリルハープの声で、二人はハッと我に返った。

 リコリネは、まだ困惑をにじませている。


「驚きました。言語体系が違う方々と初めて遭遇したもので……」


「話通じてましたよ~~!?」


「いや、リコリネの感想はわからないでもないかなあ。だぶりゅーっていうのが笑い方だって理解できるまで、僕も時間かかったし……。どっかの妖精が『くすくす』って口で言って笑った時くらいの違和感があったよ…。ひたすら楽しそうだったから、見てて楽しい気持ちにはなったけどさ」


「ああ、なるほど、お二人とも流石ですね、ニュアンスで会話を理解できるとは。私などは、真剣にジマクが欲しかったところです」


 ………。


 その瞬間。

 リコリネの言葉に、ユディは背筋にぞわっとした何かが走った。


「………リコリネ。今、なんて……?」


 震える声で問いかけるユディに、リコリネはフルフェイスを傾ける。


「主…? 私は何か、お気に障るような言葉を言ってしまいましたか?」


「リコリネ。ジマクって……何?」


 一瞬、空白の時間が流れた。

 リルハープは胸ポケットの中で、戸惑うようにリコリネとユディの顔を見比べる。

 リコリネは、不思議そうにフルフェイスの口元に手を当てた。


「…? ……?? そういえば、何でしょう? おかしいですね。先程は、この場にふさわしい単語を口にした気持ちになっていたのですが……??」


 場が、シンと静まりかえる。

 いや、実際には、通りすぎる人々の雑談であふれかえっていた。


「とりま、了解道中膝栗毛!」

「かたじけパーリナイーッ」

「よきまるざえもんのじょうってなー!」


 さわさわと、人と言葉が流れていく。

 炯炯と輝く、動かない月の下で。


「主…?」


 リコリネは、沈黙に耐えかねたように、おずおずとユディを窺う。


   バッ!!


 ユディはリコリネの手を掴み、駆け出した。

 リコリネは一瞬つんのめって、転びそうになったところをなんとか耐える。


「あ、あるじ、どうされましたか…!?」


 ユディはそれには答えず、一目散に鳥車の乗り場へと駆けこんだ。

 ユディは金貨をカウンターに叩きつける。


「今すぐ、せんの港町に出してくれ!」


「おっ、兄ちゃん気前がいいねぇ! いいぜ、これなら夜間手当をつけてもお釣りがくらぁな!」


 こういった急な仕事には慣れているのか、おじさんは笑顔ですぐに厩舎の方へと手配に行く。

 リコリネは状況について行けずに、再度ユディを窺った。


「主、これは…」

「今すぐこの大陸を出る! 惑乱の大陸には別ルートから行こう、いいね!?」


 いいねと聞きながら、有無を言わせない強い口ぶりだった。

 リコリネは、黙り込んでしまう。



 鳥車の中で、二人は一切口をきかなかった。

 数日間、考え事をしたり、仮眠などの休養をとったりして過ごす。


 ようやく閃の港町に辿り着くと、ユディは同じように真っ直ぐ船着場に向かい、「どこでもいいからすぐに出港できる場所へのチケットを!」と要求する。


「そうなりますと、はんの港町行きの船しかありませんが……」


「かまわない、それで」


 二つ返事で了承すると、停泊している船へと乗り込んだ。

 タラップを上がると同時に出港準備が始まったところを見ると、かなりギリギリで乗り込めたようだ。

 まるで、逃亡者のような旅へと変わっていた。


 船室は二つ取ったが、荷物を置いてすぐに、部屋の扉がノックされた。

 開けると、全身鎧のリコリネが立っている。


「主…。そろそろ、答え合わせをさせてください」


 ユディは無言でうなずくと、リコリネを船室へと招き入れた。



-------------------------------------------



 ユディはイスに腰かけて、リコリネは示されたベッドに座る。

 胸ポケットのリルハープが、そろりと顔を出して、パタパタと部屋を飛び始めた。

 ユディは、覚悟を決めたように、リコリネと向き合う。


「リコリネ、ごめん、色々と言いたいことがあるだろうけど…」


「いいえ、勘違いなさらないでください。別に主を責めに来たわけではないのです。普通に、今後の予定を詰めに来ました。私も数日考えぬいて、この強行軍は私のためであるだろうことは、だいたい察しがついております」


 ユディは、少し驚いたようにリコリネを見る。

 リコリネは、淡々と話を続けた。


「私が療養時期に入っていた折、ライサス先生がしていた話を思い出しました。なんでも、生徒の一人に『セラーナ』という女生徒が居たそうなのですが、彼女は周りから、『セっちん』というあだ名で呼ばれていたそうです。先生は、彼女が何らかのイジメを受けているのではないかと判断し、相談に乗ろうとすら思ったところで、生徒たちがせっちんの意味を知らないのではないか、ということに思い至ったそうです。事実、そのようでした」


 ユディは黙って、リコリネの話を聞き続ける。


「先生はセラーナ殿に、せっちんの意味を告げるかどうか、悩んだそうです。その時、先生は思い知りました。知ってしまえば、それまで何とも思っていなかった単語が、違うものに聞こえてしまう可能性があるのだ…と。『知る』ということは、良い側面ばかりではないのかもしれない。それまで純粋に聞けていた単語が、卑猥な暴言に聞こえてしまうほどに変わってしまうこともあるのだと」


 リコリネは、一度言葉を区切る。


「これは私個人の考えですが、確かに『耳を汚す言葉』というものは、この世に存在するように思います。同じくして、ライサス先生は、『自分は汚れてしまったものだ』と感じたそうです。先生が主の無垢さに惹かれたのも、今思えばそのことに起因するのかもしれませんね」


 リコリネは、じっとユディを見返した。


「これと全く同じとは言いませんが。主が危惧されたのは、これと似たようなものではないでしょうか? あの時、私の身に自然と降りてきたのは、間違いなく、竜の夢から染み出した天啓です。あの街では、眠らずとも、知らない単語が降ってくる。それが降り積もり、竜の夢を知れば知るほど、私という存在が、変質を遂げてしまうのではないかと。それを恐れたのですね?」


「……その通りだ。あの大陸の、そしてあの街での月の力は、明らかに他とは違うように感じた。もちろん、それほど君がヤワだと思っているわけじゃない。君の芯の強さを信じていないわけでもない。だけど……」


「…いえ、わかります。あのパリピたちは、正気の沙汰とは思えませんでした」


「普通にああいう性質の人たちは世の中に存在すると思いますよ~~!!?」


 リコリネの言葉に、リルハープが急いでパリピをフォローした。

 ユディは、膝に置いた手で、ぎゅっとこぶしを握る。


「君がどう変わってしまっても、受け入れる自信はある。だけど、そのことと、目の前の懸念事項を見過ごすことは、全然違う。ただ、逃亡を判断したのは、あの時『まずい』と思った、ほとんど僕の直感のようなものだ。君を失うかと思った。これを、どう伝えればいいかが……うまく言えなくて、今日まで黙ってしまっていた」


「……、そう…ですか。ではやはり、私は主に、ありがとうございますと…言わねばならないのでしょうね」


 リコリネの声が震えていることに気づき、ユディはハッと言葉を詰まらせる。


「リコリネ、違うんだ! これはすべて僕のワガママでしかない、君が旅の足を引っ張っているとか、そういうわけじゃない!」


「そうですよリコリネ~~、リルちゃんも黙っていましたが、実は閃の大陸に居ると、少し疲労を感じておりました~~。あのままでは、また睡眠時間が増える日々が訪れていたと思います~~っ」


「リルハープ、それ初耳だけど…!?」


「つ~~んっ、ご主人サマは過保護すぎるから言い出しにくいんです~~っ」


 ユディとリルハープを尻目に、リコリネはますます俯いて、かすれた声で、はい…と微かな音を発するだけだ。

 それは、船が波に軋む音に紛れるほどに小さな声だった。

 必死に、泣くのを我慢しているのが伝わってくる。


 ユディはどう声をかけたものかと思考を巡らせるが、結局答えは出ない。

 リルハープは、ふわりとリコリネの肩に降り立ち、フルフェイスを心配そうに覗き込む。


 おそらくそれは少しの間だったのだろうが、途方もなく長く感じる沈黙だった。

 やがてリコリネは、一度だけ深呼吸をすると、意を決したように顔を上げる。


「もう大丈夫です、切り替えます。今回の旅は、モノオモイを掃討できましたし、閃の大陸から行くルートは使えないと判断するために有用なものだという結論を出せましたね。主、実はお伝えする必要もないかと思い、黙っていた話があります。別ルートから惑乱の大陸に向かう、とのご判断ですが、実は今、我がガッディーロ家は少々面倒なことになっているのです」


「…えっ、あ、うん…!」


 唐突な話の切り替えに、ユディは少しついていくのに苦労した。


「先日お話しした、闘技の街で起きた奴隷解放の件です。闘技の街は、ガッディーロがあるこうの大陸にあります。そこが滅びて、ガッディーロは難民…つまり、解放奴隷の受け入れを行っているのです。また、奴隷に渡った大量の武器の手配をガッディーロが仕込んだのではないかという疑いを、他の街から持たれております。そのため、当分の間は自由に動くことはできず、以前にお話しした船の建造・手配については、年単位での遅れを余儀なくされるでしょう」


「ああ、なるほど。それはもちろん、こちらの都合でしかないから受け入れるつもりだけど、そうなると協力の点でも無理しなくていいって伝えるべきかもしれないな」


「いえ、先約は主にありますので、そこはご遠慮なさらず。ただ、私は繁の港町に到着し次第、ガッディーロに連絡を取り、使者と話をつける必要があります。硬の大陸も、今は内乱の影響で荒れていると予想されるため、スムーズにいくかどうかもわかりません」


「大丈夫だ、幸いモノオモイの件も今は落ち着いているし、気長に待てると思う」


「そうですね、不幸中の幸いでした。主もしばらくの間、繁の大陸に足止めを食らうと覚悟していてください。私からの用件は以上です。それでは」


 リコリネはスっと立ち上がる。


「リコリネ…!」


 咄嗟にユディは、リコリネの手を掴む。

 悲しませたまま、行かせたくはなかった。


 だが、何を言えばいいのだろうか。

 リコリネが本当は何に傷ついているのかも、すべて把握できているとは言えない。

 かといって、聞いたところでリコリネが胸の内をさらけ出すとも思えない。

 どうもリコリネは、自分の感情も事情も何もかも、真剣に隠したがるように感じる。

 そのために、嘘をつくことも厭わないだろう。


 リコリネに嘘をつかせたいわけではない。

 だからといって、このまま放っておきたくもなかった。

 リコリネは強く、頼れる存在であるのは明白なのに、ユディには時々、彼女が何かの拍子にフっといなくなってしまうのではないかと思うほど、儚く感じる。


 リコリネは、不思議そうに掴まれた手を見ている。

 ユディは、必死に思考を巡らせた。


「……リコリネ」


「はい」


「―――これは、剣と魔法の世界の話です。『ある冒険者の少年が、旅先で温泉地を見つけました。彼は喜んで、衣服や剣などの装備をすべて置き、身一つで湯船に浸かりに行きました。その時、丸裸の少年を狙って魔物が襲ってきましたが、少年はあっさりと返り討ちにできました。さて、なぜでしょう?』」


 リコリネは、ぽかんとユディを見てくる。

 ユディは、畳みかけるように言葉を付け足す。


「質問は、リコリネとリルハープで、五回ずつだ」


 そう言って、ユディは微笑んだ。


「まあ~~、面白そうですね~~! では早速質問です~~、その少年は、実は素手で魔物を倒せるくらい鍛えていましたか~~?」


 リルハープは、嬉しそうに乗ってくる。

 ユディは面白そうに首を振った。


「いいえ。少年は、旅ができる程度の最低限の肉体しか有していませんでした」


 それから、ユディとリルハープはリコリネに目を向ける。

 リコリネは、一拍の間をおいて。

 フルフェイスの中で、ふ、と、囁くような笑みを浮かべる気配がした。

 それだけで、場が華やいだように、ユディには思えた。


「では、次は私の番ですね。その魔物は、息を吹きかけただけで死ぬくらい弱い魔物でしたか?」


「いいえ。魔物は、一般人が一人では太刀打ちできない程度の強さでした」


 しばらく三人で、その謎かけ遊びに夢中になった。

 少しずつ笑顔も増えてきて、その日は楽しく船旅を過ごした。



-------------------------------------------



 しかし、どうしたことか、次の日からリルハープにも元気がなくなった。

 リルハープはずっとリコリネに引っ付いて、数日間の船旅を過ごしていく。


 ユディは食事などでリコリネたちと顔を合わせる度に、必死に楽しい話題を探して話しかけた。


「そうだ、僕も手紙を書いてみようかなあ! ほら、ガッディーロが大変ってことは、トビーとか、ウェイスノーさんも忙しそうだし、応援の意味でたまには…」


「いけません、主」


 強い口調で、リコリネが止めてくる。


「主がこの旅を辞められるのであれば賛同できますが、そうでなければ、里心が付くだけでしょう。現に先日、ライサス先生の手紙を何度も読み返していらっしゃったのを、私は覚えていますので」


「うっ、確かに…! じゃあ、旅が終わってからの楽しみに取っておこう…」


「はい。それがいいと思います」



 別の日。

 甲板でメイスの素振りをしているリコリネを見つける。

 ユディはめげずに、リコリネに話しかけた。


「リコリネ、身が入ってないようだけど、何か考え事?」


「主…ああ、はい…。セドリック殿と、セエラ殿のことを思い出していました」


「ああ、僕もたまに考えてしまうな、今頃どうしてるだろうって」


「はい…。あの時、やはりミギ殿ダリ殿のことを、あの二人に打ち明けなくて正解だったと、そう思っておりました」


「…それは、どうして?」


「いつかの別れを思うと、大なり小なり、聞いた側は平常ではいられなくなるからです。ミギ殿もダリ殿も、お二人がいつものように笑顔を浮かべている状態を見てから、先に行きたいと思うのではないかと……そう思いました」


「…リコリネ。どうしてそんなことを?」


 眉を顰めるユディに、リコリネはフルフェイスの中で、ただ微笑む気配を出す。


「いえ。日記を書いていると、そうして今までの旅を振り返る機会が訪れるのです。しかし、素振りに身が入らないのはいけませんね、ご指摘に感謝を」


 そうして素振りに集中を始めるリコリネに、ユディはなぜか声をかけられずにいた。



 そういった日々が過ぎて、ようやく船は繁の港街に辿り着く。


「さあ、ここからは忙しくなりますよ!」


 リコリネはそう言うと、日記や手紙を持って、手紙の配達所に駆け込んでいく。

 リルハープは、いつものように、ユディの胸ポケットに潜り込んでいる。


「リルハープ、ようやく陸地だ。ほら、植物が多い繁の大陸だよ、元気出た?」


「まったく、ご主人サマにはそっとしておくっていう選択肢がないことを思い知りましたよ~~っ。普通、元気がないと思ったら、あんなに一生懸命話しかけてきませんよ~~! もうちょっとデリカシーってものを持った方が、おモテになるのでは~~?」


「よし元気そうだ」


 いつもの憎まれ口を聞いて、一安心だ。

 そこでようやく、平常通りに思索を巡らせることができた。


「というか、落ち着いて考えてみたら、ガッディーロ家が解放奴隷の受け入れをしてるって、領主とはいえ、かなり資金繰りに困ってる可能性が高いような…? リコリネは絶対それを言わないだろうし、僕もこっちで何か、船の建造費の足しになるような仕事を見つけた方がいいのかもしれないな」


「まあ~~、ご主人サマにしては気が利きますね~~。どうせ賞金首を狩るくらいしか思いつかないのでしょうけど~~」


「いきなり全快になるのやめてくれないかなあ?」


 人目につかないように道の端に寄りながら、リルハープとぎゃーぎゃー言い合う。


「だって仕方がないだろ、路銀稼ぎに楽師をやろうとしても、リコリネがラブロマンスが発生するだの何だの言って止めに来るんだから。まあ、妖精の見世物でもやっていいって言うんだったら話は別だけど?」


「言いましたね~~! そうやってリルちゃんを粗末に扱うと、後で泣きを見ますよ~~!」


「へーーそれは興味深いな、どんな折檻が待ってるって?」


「ピノッキオの絵本を同じ日に十ローテくらいして読んでもらいます~~っ」


「それはキツすぎる…!! リルハープさては僕が絵本を読むのに飽きてるってわかってるな!?」


「ふっふーん、あれで隠しているつもりとは、片腹痛いですね~~?」


「お待たせしました」


 用事を済ませたリコリネが声をかけてきて、ユディとリルハープはピタリと口を止めた。

 リコリネは、元気に握り拳を作る。


「さあ、賞金首を狩りに行きますよ!」


 ユディとリルハープは顔を見合わせて、すぐに大笑いした。

 リコリネは、不思議そうにそれを見ていたが、そのうち笑いの輪に加わる。


 繁の大陸は、活発な獣の被害を収めることも賞金の対象になるので、リコリネの手紙の返事が来るまで、ユディたちは獣狩りをして過ごした。

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