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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
93/137

12ディエル的事後処理法

 ユディは連日のように音の祝福を使い、力の限り、発明都市の人々を癒し続けた。

 倒れるわけにはいかないので休み休みだが、徐々に怪我人の数は減っていった。

 リコリネは、ユディの秘書役を申し出て、被害状況の把握や、手の空いた者への指示に努める。


 数日後、実験都市と芸術都市から、救援要請を受けた騎士団がやってくると、リコリネは押し黙り、すべての指示をユディに任せた。

 指令系統を一つに絞ることを重視するリコリネの、従者としての振る舞いは完璧と言えるだろう。


 派遣されてきたのは、どちらも副隊長だった。

 片方は「ロクハラ」という男性、そして片方は「ミヤスドコロ」という女性だ。

 詳しく聞かずとも、名前の響きでせんの大陸出身者だとわかる。


 ユディは、創始者ディエルを装い続けながら、丁寧に貴族の礼を向け、詳しい事情を把握するよりも、倒れた人々の救助に集中していることを述べる。

 そして、この街の騎士団長は、自らの行いに心を痛め、再起不能になっていると告げた。


 二人の騎士は、顔を見合わせて頷くと、ユディにそのまま陣頭指揮を続け、我々騎士団を使って欲しいと述べる。

 ユディはしっかりと頷いた。


「了承した。では、貴殿らにしかできない部分を頼らせてもらう。まずは見回りをお願いしたい。街の見取り図が必要ならば、騎士団の詰め所へ向かってほしい。そして、なるべく大きな声で、騎士団が援護に来たことを触れ回ってほしい。目的は二つある。一つは、人々の心に安心感を生むため。もう一つは、火事場泥棒や犯罪の抑止だ。どちらも急務であるため、いちいち私に伺いを立てたり、進捗状況を報告する必要はない。各自の思うままに任せよう。私は常にここに在する。急用があれば、伝令を。以上!」


「「了解」」


 騎士たちは、整然とした足取りで、大陸情報俱楽部を出て行く。




 嵐のように日々が過ぎ、ようやく一息つけるようになったのは、思ったよりもずっと後のことだった。

 そして、一息つく頃には、ユディはすっかり我に返って死んだ目をしている。


「リルちゃん、最初は笑い死ぬかと思いましたが、段々慣れてきましたよ~~!」


 タイジョウの個室で、妖精はソファに沈み込んだユディを慰める。

 リコリネも、同意するように頷いた。


「そうですよ主、もはやあれはテリオターク殿の生き写しと言えるでしょう」


「やめろ、そっとしておいてくれ…!! あんな…あんな偉そうに、僕は何様なんだ…!!」


 今更猛烈に恥ずかしくなってきていて、ユディは頭を抱えた。


「そうは言いますが、もはや後には引けませんよ、ご主人サマ~~、この後も騎士たちと話し合うのでしょう~~? 普段のご主人サマなんて威厳どころか、吹けば飛ぶようなスケコマシにしか見えませんからね~~、アレでいいと思いますよ~~」


「なんで僕はどさくさに紛れて罵られてるんだろう??」


「そうですよ主。私など、勢いのままよくわからないキャラ付けをしてしまったので、自分を見失いかけています」


「それは自業自得のような!!?」


「まあそれはともかく。上に立つものとしての風格を重視した主の判断は、正しいものと思われます。危機的状況の中では、指導者が居た方がスムーズに事が進みますからね。さて、そろそろ現状での問題点と、主がご依頼された情報収集内容を報告させていただきますね」


 リコリネは、きっちりとまとめ上げた資料をパラリとめくり、言葉を続けた。


「まず、希望の街にある、情報の館にご依頼された情報の報告です。デギーデジー殿からの結論としては、今のところ、各大陸のどこにも、モノオモイが起こしたと思われる事件は起きていないようですね。これは私見になりますが、デギーデジー殿の周囲には優秀な者が多く集まり、またデギーデジー殿は、自分にできないことを他者に頼る術を心得ております。まず間違いなく、この報告は正しいものでしょうし、デギーデジー殿はモノオモイの被害者でもありますからね、それらしい事件があれば、ちゃんと見分けがついているでしょう」


「…わかった、僕も同意見だ。じゃあ、今のところは、これで最後の事件だと考えてよさそうだな…。リルハープの意見は?」


「そうですね~~…。人間にも、浅い眠りと、深い眠りがあるように、モノノリュウにも、夢を見る眠りと、夢を見ない眠りがあるとしたらどうでしょう~~? リルちゃん、この考えは、しっくりくるのですよね~~」


「…なるほど、それは納得がいく意見だと思う。じゃあ、そろそろ夢を見ない眠りの周期が訪れてきているのかもしれないな。楽観視まで行くのは危険だけど、一息つける可能性があるのはありがたい。モノオモイの発生が、閃の大陸に偏りやすいのは、困りものな事実だけど。リコリネ、問題点の方は?」


「はい。主はお忘れになっていらっしゃるでしょうが、おさえの翼がじんの大陸を発ちました。おそらく、こちらへ向かってきてるものと思われます」


おさえの翼…って、騎士王の七翼の?」


「やはりお忘れでしたか。こちらは私が独自に調べました。主が創始者ディエルを名乗り、口止めをしなかったために、情報が漏れてしまったのです。もちろん、発明都市を救った英雄という、好意的な広まり方なのですが」


「……? ……ああ! そういえば、スカウトに来るんだっけ!!?」


「十中八九そうなりますね。まあ、流石に私用だけでは来ないでしょうから、街の被害状況の確認と、今後の動向の把握要員として立候補したのでしょう。念のため、この一週間のうちにこの街を発つ予定にしておいたほうがよろしいかと」


「くうっ、迂闊だった…! そうか、なんだかんだで結構長く滞在してしまってるからなあ」


「仕方がありませんよ~~。もはや復興作業と言っても過言ではない被害ですからね~~」


 リルハープの言葉に、一度押し黙る。

 死者の数も、具体的な被害も、リコリネのみが把握しており、それらはユディに知らせることなく、直接ロクハラとミヤスドコロの騎士二人へと報告している。

 ユディも、リコリネの気づかいを感じ取り、敢えて自分からはそれを聞かないでおいた。

 ユディはじっと思案して、今後の予定をざっと立てた。


「……よし。それじゃ、この後の話し合いで、後は全部騎士団に引き継いでもらう流れで行こうと思う」


「かしこまりました」


「観光ができないのは残念でしたが、なんとか駆け抜けましたね~~」


 リルハープの言葉で、ユディはようやく、駆け抜け終わったことを悟る。


「そうか……。お互いに、頑張ったね」


 ユディは、何週間ぶりかで、微笑んだ。

 リコリネもリルハープも、釣られたように微笑み返す。


「しかし残念ですね、創始者ディエルごっこを見るのはこれで最後ですか」


「リコリネ!!」


 割と本気でユディは怒った。



-------------------------------------------



 副隊長二人にとって、タイジョウの創始者ディエルは、まったく笑わない、厳しい目をした人物でしかない。

 中性的な顔立ちも相まって、冷酷な印象すら受ける。

 そのため、ロクハラもミヤスドコロも、いつものように緊張をして、ディエルの前に座った。

 圧殺鎧鬼は背後に控えているだけなのに、威圧感が凄い。

 一等級の賞金首を倒し、海賊船を潰し、闘技の街を滅ぼしたという噂すらある、冗談みたいな存在だ。

 フルフェイスに阻まれて、圧殺鎧鬼の視線がどこを見ているかはわからないのが、また怖かった。


 騎士たちの緊張は露知らず、ディエルは静かに話し始める。


「ご足労に感謝を。圧殺鎧鬼から報告を受けているとは思うが、重ねて言おう。今回の件は、モノオモイの仕業だ」


 ロクハラは、頷いた。


「はい。我が芸術都市も、私が遠征中にモノオモイが起こした事件が三件発生したと、隊長から説明を受けておりました。街中の者が一昼夜の間、無理やり踊らされ続けたという、この被害規模の甚大さから見ても、異論はございません」


 ロクハラは一度言葉を切ると、すぐに言葉を続ける。


「そもそも、この閃の大陸では、昔から他大陸よりも事件が多いのです。そのため、腕利きの騎士が優先的にこちらに回されるようになっているのですが、騎士はモノガリではないため、モノオモイが原因なのか、それとも変人…というか、狂人が多い性分の大陸なのか、わからずにいたのです。ひょっとしたら、今まで解決した事件の中にも、モノオモイが原因のものがあったのかもしれません」


 ミヤスドコロも、前もって目を通しておいた資料の中身を、確認の意味で口に出す。


「今回の事件も、事の発端は、発明都市が音声を拡散する装置を開発したことにあるそうですね。そしてここの町長が、ついでのように娘のオルガンの腕を披露するため、子供オルガン発表会のイベントに仕立て上げたとか。オルガンは子供用の品で、そろそろ大人になる娘に新しいものを買い与えるため、この後捨てられる予定だったと。そして件の事件が起こったのは、イベントで優勝した娘が、オルガンへと別れの挨拶を告げた時」


 ディエルは、ゆっくりと頷いた。


「そこにどんな願いが、想いがあったかは、もう関係のないことだ。問題は、人々が心の落ち着きを取り戻した時、なぜ自分たちがこんな目に合わねばならなかったのかと、真相を知りたがる部分にある。人は理不尽というものに理由を求め、少しでも納得をしたがるからだ。我々はこの事件を、モノオモイの事件として発表するか、それとも別の都市伝説のようなものを作り上げて誤魔化すかの二択を選ばなければならないだろう。私としては、後者を推したい」


「それは何故です?」


 ロクハラの問いに、ディエルは鉄面皮のまま答える。


「竜の夢、つまり竜の存在を人々に知らせるべきではないと考えるからだ。特に、この閃の大陸は、惑乱の大陸に近い。不要な混乱を招く結果になる可能性が高いだろう」


「それは、…確かに。特に今は、民衆の傷が深すぎます」


 ミヤスドコロは同意した。

 ディエルは一定の調子で話を続ける。


「都市伝説の候補としては、ちょうど話が進められている『埋め立て地プロジェクト』を利用したい。新しいものを生み出しては捨てる所業に、精霊様がお怒りになったのではないか…とね。まあ、精霊様が本当にそのような話でお怒りになるかどうかはともかく。後ろめたさがある者には、説得力を持つだろう。タイジョウはそういった情報を流すことに一役買えるため、こちらとしても協力を惜しまないつもりだ。何なら説得力を持たせるために、知り合いの賢者に名を借りる手もある」


「虚偽の情報を流す…ですか。致し方ない所はあるのかもしれませんね…」


 ロクハラは、難しい顔で唸り声を上げる。

 ミヤスドコロも、すぐには頷けない様子で、ディエルの顔を見た。


「…うちの隊長からは、現場の判断に任せろとの指示を受けてはおりますし、騎士という立場からでは、その意見に異論はありません。ですが…。私個人としては、一点、ディエル殿にお伺いしたいことがあります」


「拝聴しよう」


「なぜ、そこまでされるのですか? 聞けば、町長が差し出そうとした褒賞も、街機能の回復ために使ってほしいと辞退されたそうですね。また、人々を癒している現場を見せていただきましたが、ディエル殿の献身には、鬼気迫るものを感じました。失礼かとは存じますが、職業柄、裏のある者を多く見てまいりましたので、安心をしたいのです」


 ディエルは別に気に障った様子もなく、もっともだと呟いた。


「まず、私の不遜も傲慢も、そうした献身と称される対価の上に成り立っていると思っている。これが一点」


「社会的地位の保持には義務が伴う…というやつですか」


 ロクハラは納得したように言う。

 ディエルは頷き、話を続けた。


「次に、私は商売人だ。取れるところからは取るし、取れない所からは取らない。今回は、後者だったというのが一点」


「合理的ですね」


 ミヤスドコロが感想を述べる。

 実に商人らしいと感じた。

 それからディエルは、眉をしかめて、じっと考え込んだ。


「そして……私は、他者に二度、命を救われている。一度は土砂崩れに巻き込まれた時。もう一つは、賞金首に襲われた時。だから私は、彼らが救うかもしれなかった人々を、代わりに……」


 そこまで言って、急にディエルは首を振った。


「いや……。違うな。貴殿らの信を得るために、彼らの存在を使うのは、卑怯だと感じる。……恥ずかしながら、先程のように聞かれるまでは、あまり自身の行動理念について考えてはこなかった。少々待ってほしい」


 ミヤスドコロは、驚いた。

 ディエルがとても真面目に考えている…というのが伝わってくる。

 だが、商人とは、もうちょっと狡猾というか、ちゃっかりしている存在ではなかっただろうか。

 この人はこんな風で、本当に商人としてやっていけるのだろうかと、変な心配をした。


 ディエルは、もう一度口を開く。


「私の故郷は、モノノリュウに滅ぼされた。モノノリュウの思い通りにさせないことで意趣返しとしているのか、それとも私一人が生き残ってしまったことへの償いなのか、これ以上苦しむ人を増やしたくないのか、身の底にある喪失感を、何かで埋めようとしているのか。どれもしっくりくるような、こないような……。いや、ひょっとすると、場の雰囲気に流されるままにこのような行いをした可能性もある」


「い、いえ、御謙遜を! さすがに流されて利他的な行為に走るというのは聞いたこともございません…! 善行とは、ある程度強い心の意思が必要なことだと、私は思っております。うっかり石を蹴ってしまうのと、石を蹴らないように注意深く避ける努力をする差と言いますか」


 なぜか、ロクハラがフォローしている。

 妙な流れになって、副隊長たちは内心でどうすればいいかわからない様子だ。

 ディエルは、そんな二人に気づいていないように、まだじっと考え込んでいる。


「そういうものだろうか…。ただ…。最近、ずっと気になっているのは、この発明都市の隊長だ。彼は、どうなってしまうのだろう」


 ロクハラは、少し困ったように目を伏せた。


「…こちらに、おさえの翼が駆け付けるという情報が入りました。この街の騎士団の立て直しは、彼に一任されるでしょう。私の口から無責任な話は言えませんが、隊長殿は被害者ということで、手厚い補助を受けられると信じております」


 ディエルは、どこか遠くを見るように呟く。


「そうか……。きっと、毎日、この街のために尽くしてきたのだろうに。守って来た人々を、自らの手で傷つけて……、あんなことが、許されていいかと、……っ」


 いきなりディエルの目から、ぼろりと涙がこぼれて、ロクハラもミヤスドコロも息を呑んだ。

 だが、それに一番驚いていたのはディエル自身のようで、慌てて「失礼、」と、目を隠している。

 ディエルは唇を震わせながら、必死に何かを飲み込もうとしているように見えた。

 まるでメッキが剥がれ落ちたかのように、急に彼が、年相応の青年に見えてくる。


 すると、それまで微動だにしなかった圧殺鎧鬼が、一歩前に出てきた。


「ロクハラ殿、ミヤスドコロ殿、我が殿の事情については、他言無用でお願いしたい。また、創始者ディエルは、本来人前に出る存在では無いものと認識していただき、上にディエルの存在を報告することは控えるよう、謹んで請い願い奉る」


 ごく自然に、圧殺鎧鬼が場の会話を繋いだ。

 ロクハラも、ミヤスドコロも、気圧されるようにして、「はい」と言うしかない。


「関係者にも、口止めを願いに参る所存だ。して、ミヤスドコロ殿。裏を見通すこと、叶われたか」


 圧殺鎧鬼の問いに、ミヤスドコロは慌てて首を振った。


「いえ、…とんでもございません。ディエル殿への協力を惜しまない旨を、ここに確約いたします」


「信を得られるは、喜ばしきこと。さすれば、都市伝説を広めるという結論で、噂を流す方だけはタイジョウにて話を進めてまいろうぞ。さて諸事情にて、これより、我らは姿を隠さねばならぬ。この街の事後処理の引継ぎをお願いしたいと欲するが、いかがか」

 

「わ、わかりました。後はこちらですべて処理します」


 ロクハラが何度も首肯するのを、圧殺鎧鬼は満足そうに見た。


「ディエルの存在を隠すため、混乱を収めた手柄はすべて騎士団のものにしていただきたい」


「そ、それは…」


 ミヤスドコロが何かを言おうとしているが、圧殺鎧鬼は構わずにディエルに声をかける。


「殿、参りましょう。今宵の雨は骨身に染みます」


(晴れてますけど!?)

(まだお昼ですけど!?)


 ロクハラとミヤスドコロは、雰囲気に飲まれて、その戸惑いを口に出せなかった。

 ディエルは、「わかった」と短く答え、速足で部屋を出て行く。


 圧殺鎧鬼が「失礼」と礼を向け、扉を閉じるのを、二人は茫然と見送ったのだった。



-------------------------------------------



 ユディは早速、ライサスライガに速達で手紙を書く。

 事情とともに、賢者の名の使用許可を求める、必要最低限の内容だけなのだが、何故だかちょっと緊張した。


 数日後、速達が返ってくる。

 「好きに使いたまえ」と一言だけが、懐かしい筆跡で書いてあるだけだ。


 あの話の長い先生が、たったの一言。

 すぐに事情を察して、いち早く返信するために、そうしたのだと伝わってくる。


 それだけの短いやり取りだったのに、胸がいっぱいになった。

 こんなことなら、もっと普段から手紙をやり取りしておけばよかったと思うし、同時に、里心が付くからやめておいた方がいいとも思う。

 結局、何度も何度も、一言だけの手紙の文面を見返した。




 タイジョウに指示を終え、すっかり都市機能を取り戻した発明都市を、ユディたちは逃げるように発つ。

 なんだかんだで微妙に目立つことをしてしまったので、保存食などの旅用具を割り引いてもらったり、餞別にお菓子を持たせてもらったりと、そこそこ円満な旅立ちとなった。

 目立つのは嫌だったが、石を投げられるよりはこの方がいいとリコリネは言っている。

 リルハープは、早くも底を尽きかけていたトリミツのキャンディの代わりに、お菓子を貰えたと喜んでいた。

 「リルちゃんは、スイーツ妖精を名乗ってもいいくらいです~~っ」と、よくわからないことを言いながら、ご機嫌だ。



 リコリネは、すっかりいつものように戻った日常を楽しむように歩いている。


「次はいよいよ、不夜の街ですか。名前からして、夜に辿り着いてもよさそうなところが良いですね」


「ああ、そうか、確かに今まではその辺を調節しながら野営をしたりしてたっけ。なんだか遠い昔みたいだ。バタバタしてたから、旅自体が物凄く久しぶりに感じるなあ」


「ご主人サマは相変わらず、時間間隔だけは何時まで経ってもぼんやりさんですね~~」


「いえいえリルハープ殿、流石に今回ばかりは、私も主と同意見です。忙しない日々でした。あのように余裕のない中で日記や手紙を書いたのは初めてです」


「リコリネ几帳面だね…?」


「いえ、もはや几帳面というよりも、何らかの使命感すら抱いておりました。次はのんびりできたらいいのですが……まずは、惑乱の大陸に渡れる移動手段の確保、でしたか」


 リコリネが、思い出すように空中を眺めながら言う。

 ユディは頷いた。


「そうだったそうだった。ただ前情報だと、不夜の街は閃の大陸の中でも一番変わってる場所らしくって、スムーズにいかないのを覚悟しといたほうがいいかもしれないな」


「まあ~~、変わり種で言えばリコリネも負けてはいないと思われますが、どのように変わっているのでしょう~~?」


「お待ちくださいリルハープ殿、なぜ常識人の私を狙い撃ちに…?」


 リコリネが不服を申し立てているが、ユディは構わず話を続ける。


「なんでも、自分たちのことを『パリピ』って名乗ってるらしい。グループみたいなものかな?」


「グループ名ですか、それは面白いですね。私たちも負けじとグループを作るべきでしょうか」


「リコリネは大人しくしとこうか」


 ユディは先手を打って釘を刺しておく。

 リコリネは、「む……」と唸ると、ちょっと拗ねたようにそっぽを向いた。

 ユディはその様子に笑ってしまいながら、説明を続ける。


「あとは、ゆーえんち、っていう場所があったり、前にちらっと話したオバケ屋敷っていう場所があったり、ディスコっていうダンス会場があったりと、娯楽に特化した街らしい。その性質上、若い人が多いんだってさ」


「なんと。リルハープ殿が若人の流行についていけるかどうか、今から心配になってしまいますね」


「リコリネ、どういう意味ですか~~!?」


「仕返しです(ぷいっ)」


 二人のやり取りに、ユディはまた笑ってしまった。

 リコリネが、何事もなかったかのようにユディに向き直る。


「おばけやしき…とは、わっと驚かされる場所でしたか。オバケというのは、驚かせてくる生き物という意味合いでしょうか?」


「うーん、僕は、よくわからない怖いもの、っていう印象を受けたかな」


「なるほど、よくわからないから怖い…というのは、なんとなくわかります」


 頷くリコリネに、リルハープは首を傾げる。


「まあ~~、リコリネのよくわからないものってなんでしょう~~?」


「そうですね…。実際あった話ではなく、今パっと思いついたことを言いますが。例えば、夜道を歩いているとします」


「うんうん」


 ユディも興味深げに話しに加わり、相槌を打つ。


「すると、道の端に、全裸の老人が、ただ立って居るのです。襲ってくるでもなく、何かを見ているわけでもなく、局部を隠すでもなく、ただ立っている。しかし、私はその道を進むしかない。仕方なく通りすぎると、老人の横を通った時、彼がただ、ぼそぼそと童謡を歌っているのだとわかるのです」


「うわ、それは確かに怖いな…」


「リルちゃん的には、パっとそういう話を思いつくリコリネの方が怖いのですが~~…?」


「む……何をおっしゃるのですかリルハープ殿。主の怖いものを聞いてから判断しましょう」


「ええ…?」


 いきなり話を振られて、ユディは困ったように宙のどこかを見上げる。


「よくわからない怖さか…。僕は、そうだなあ…。例えば、朝起きて、顔を洗いに行く。するとハブラシとかの日用品に、ウジ虫がぽつんとついている。ウジ虫のはずなのに、それは微動だにせずに、ただナナメに、ぽつんとくっついてるんだ。だけど、ちゃんと柔らかくて、生きている」


「ふむふむ?」


 今度はリコリネが相槌を打っている。


「僕は普通にそれを紙に包んでゴミ箱へ捨てるだろうね。すると次の日、今度はぽつんと二匹のウジ虫がついている。意味がわからないけど、毎日増える。今度は壁にも、ランダムに。僕は、七日目くらいで、一ヵ月後の朝を思い浮かべる。室内にびっしりとついた、ウジ虫を」


「………」


「たぶんその辺で、ちょっと海の中へ歩いていくんじゃないかなあ」


「どうですリルハープ殿、主の方が数段闇が深かったでしょう」


「リルちゃん、ドン引きです~~…」


「そんなに変わらないだろ!?」


 他愛のない話をしながら、お互いにようやく日常が戻ってきたと感じた。

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