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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
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09正しい夢、狂った夢

 セエラセイラは、テーブルに置かれた紙に熱心に数字を書き込み、ウーンウーンと唸りながら考え込む。


「んー…。3865」


「それだと、正解が二つ。場所違いが二つ。不正解は無し」


 ユディは、確認するように手元の紙を見ながら、面白そうに答える。

 すぐにセエラセイラは顔を上げた。


「わかった、3685っしょ」


「正解! すごいじゃないかセエラ、まだ五回目なのに当てに来た」


「んふふ、これ運が絡むねー。でも面白い、数字当てゲーム」


 この数日、セエラセイラはユディと遊ぶことに夢中になっており、片時もユディを離さなかった。

 そしてセエラセイラもセドリックも、とてもマイペースな性格なので、リコリネが日常で全身鎧を着ていても、別段気にしてこない。

 ようやく別室から、リコリネとセドリックが話を済ませて戻ってくる。


「おかえりリコリネ、セドリック。どうだった、旅の話は」


「もう大興奮さ! 特に印象に残ったのは、マーケット・フェスティバルの話だね! 修練都市なんて一生訪れない場所だと思っていたけど、幸せを運ぶ蝶なんて伝説のロマンチズムには、かなりの刺激を受けたよ! ああ、結婚式にふさわしい香りを作り出したい…! セエラ、兄は今から離れの工房に籠ってくるよ!」


「はいはーい、いってらー」


 セエラセイラは、セドリックの背など微塵も見送らずに、頭脳戦後の疲労感を楽しむようにソファに寝そべる。

 庭に出て行く兄の背に、手すら振らないぞんざいさだ。


「リコリネ、お兄の相手ありがとねー。根掘り葉掘り聞かれて大変だったっしょー」


「いえいえ、私としましても、旅を隅々まで振り返るきっかけをいただけた気持ちです。…さて、セエラ殿。そろそろ主を返してもらってもよろしいでしょうか?」


「えーやだー。ユディもうずっとここに居てよー。うちと結婚していいからさー」


「こらこら、引き留める理由で軽々しくそういうことを言わない」


 ユディは、軽くメっと叱る。

 リコリネは、そのやり取りが微笑ましくて、フルフェイスの中でつい笑ってしまった。

 セエラセイラは、悪びれずに続ける。


「だってうち、もうちょっと男らしいヒトが好みだけど、ユディの頭の中身は凄く欲しいんよねー。村一番の調香女の求婚なんだし、受けといて損はないよ?」


「それ、調香師との違いがよくわからないんだけど…?」


「だって調香師だったら、お兄と被ってイヤじゃん? だから、お兄は調香子、うちは調香女って名乗ってるん。これなら、どっちも村一番って言えるし?」


「って言ってもなあ、今のところ、セドリックはともかく、セエラが調香しているところなんて見たことがないから、僕の中では自称村一番って印象かな」


「あ、言ったな? いーよリコリネ、ユディ返したげる。今日はうちがご飯作るわー」


「えっ、セエラって料理とかできるんだ?」


 いつもキッチンに立つのはセドリックばかりで、セエラセイラが料理を作ったところなど見たことがない。

 そして香りの村らしく、出てくる食事は、香草を使った薫り高いサラダや肉料理がほとんどだ。


「んふふ、いつもは面倒くさくてやんないだけー。見てなよ、びっくりさせちゃるわ」


 見てなよ、と言いながらも、セエラセイラはさっさと一人でキッチンに籠りに行った。

 食事が好きなリコリネは、少し声音を弾ませる。


「思わぬ展開になりましたね、楽しみです。…さて、そろそろミギ殿とダリ殿が散歩から帰ってくる時間ですね」


 リコリネが言い終わらないうちに、カリカリと窓の外から、引っ掻き音がする。


「さすがリコリネ、ドンピシャだね」


 ユディは笑いながら、窓を開けて二つの長靴を入れてやる。


「にゃーん!」

「にゃにゃー!」


 ミギくんもダリちゃんも、すっかりユディとリコリネに懐いていた。

 ユディとリコリネそれぞれに、思い切りぴょーんと突っ込んでくる。

 二人で、嬉しげにそれぞれを受け止めた。


「それじゃセエラ、向こうの部屋を借りるよー」

「んー」


 ユディがキッチンに声をかけると、声だけが返ってくる。

 ユディとリコリネは、顔を見合わせて頷くと、パタンと部屋の扉を閉めた。


「リルハープ、出ておいで」


「ぷはあ~~っ」


 妖精は、ユディの胸ポケットから羽を震わせて飛び出した。

 リコリネは、目を細めてその様子を見る。


「リルハープ殿、お疲れ様です。主、それでは予定通りやってみましょう。準備の方はいかがでしょうか?」


「もちろんできてるよ、セエラが離してくれなかったせいで、時間はたっぷりあったからさ」


「ご主人サマ、ああいうゲームを知っているなら、リルちゃんにも早く教えて欲しかったです~~っ。まあ、こっそり頭の中で答え合わせなどをして楽しんでおりましたが~~」


「リルハープって結構、知的遊戯が好きだよなあ。まあ、僕もなんだけど。で、君のリクエスト通り、さっそく実験してみようか。さあミギくん、ダリちゃん、そこの椅子に座って」


「にゃー!」

「にゃーん!」


 長靴はぴょーんと飛び跳ねて、ユディの言うとおりに、行儀よく椅子の上に着地した。

 しかしじっとして待ってはいられないようで、すぐにお互いでにゃんにゃんとじゃれ合い始める。

 ユディは和んでしまいそうになりながら、慌てて気を引き締め、腰元に下げた精霊道具の本を取り出した。

 何も書かれていないページを、パラパラとめくる。


「じゃ、行くよ。『音の精霊タールトットの祝福が降り注ぐ。この二つの命に、みずみずしい音を分け与えるために。その音は、甘やかなキャンディが儚く溶け消えるような、ほんのつかの間、僕らの耳でも捉えきれる音となるだろう』」


 ユディの言葉に合わせて、ふわりと緑の燐光が舞い上がる。

 淡い光は、やわらかく二つの長靴を包み込んだ。

 それと同時に、ユディの体に訪れる疲労感。

 だが、耐えきれないほどではない。


 リルハープは、慎重にその様子を見守って、安堵の息を吐いた。


「どうやら成功したようですね~~っ。ミギくん、ダリちゃん、喋れますか~~?」


 リルハープの問いかけに、長靴たちは何が起こったかわからないように、きょとんとしている。

 これは、本当にこのモノオモイが安全かどうかを見極めるための手段だった。

 しばらく待ってから、リコリネが慎重に言葉を発する。


「…ひょっとすると、漠然とした問いでは言葉が思いつかないのかもしれません。具体性を増してみましょう。ミギ殿、ダリ殿、セドリック殿やセエラ殿、この村に住まう人々を、どう思っていらっしゃるか、お聞かせ願えないでしょうか?」


 リコリネはゆっくりと、一言一言を大事にするかのように、質問をしてみた。

 すると、長靴たちは勢い込んで「にゃああ」と鳴き始める。


「んにゃああぁああ、んにいいいい、好き好き好き大好きにゃあにゃあにゃあ、遊ぶ楽しい、毎日幸せにぁあああ、お日様好き、撫でられる好きにゃうにゃうにゃう」


「にゃううううぅうう、好き好き! なおおおおおん、怒られない好き、登って楽しいにゃあにゃあうううう、いい匂い楽しい、笑ってくれる好き、壁カリカリするの好き、生きてく好きにゃーにゃーにゃー」


「………っ!!」


 リコリネは、耐えきれずにガクリと膝をついた。


「くっ……主、申し訳ありません、いくら主のご命令と言えど、私にはこのように愛らしい生き物たちをメイスでグチャグチャにすり潰すなど、できそうにありません!!」


「そんなの一度も言ったことないけど!!!?」


 突如発生した風評被害にユディは物申した。


「まあ~~、やはり言葉にしてもこのような感じなのですね~~っ。リルちゃんが感じ取ったのも、まさにこんな感情でした~~。本物のニャンニャの方が、ふてぶてしい感じでしたが~~」


「そっか…。僕もちょっと、不覚にも聞いてて胸に来たかな…。これなら、このまま人間と共存して貰っても大丈夫そうだね」


「よかったです、ミギ殿とダリ殿には幸せになってほしいですね。主としては複雑でしょうが、たまにはこういう事例があってもいいのかもしれません。悪夢を見る日もあれば、良い夢を見る日もあるのでしょうから」


「複雑…そうだね。確かに、僕の村の方にミギくんとダリちゃんが来ていてくれたら、滅びたりしなかったのかもしれないけど…。でも、そうしたらリコリネにもリルハープにも出会えなかっただろうから、今は現状を受け入れることに集中するよ」


 リコリネとユディの会話を尻目に、リルハープはじっと長靴たちを見て、何かを考えこんでいる。


「リルハープ、どうかした?」


 ユディの問いに、リルハープは少し困ったような顔で振り向いた。


「…ご主人サマ~~、最初に言っていた、モノオモイの気配が薄いというのは、今でもそうなのですか~~?」


「え? ああ、そういえば…」


 ユディは一度黙ると、気配を探るように、集中して目を閉じた。

 すぐにぱちりと目を開ける。


「あれ、最初に感じた時よりも、さらに薄まってるような…?」


「そうですか~~…」


 リルハープは、押し黙ってしまった。


「にゃっ、にゃっ」

「にゃんにゃんにゃーん!」


 長靴たちがじゃれ合う声が、妙に響く。

 リコリネが、しびれを切らしたように口を開いた。


「リルハープ殿、何を考えていらっしゃるか、お聞かせ願えませんか?」


 リルハープは、少し悩むような間を空けた後、ようやく口を開いた。


「あくまでも、憶測での意見になってしまうのですが~~…。ひょっとしたら、この子たちは『正しい夢』の方なのではないでしょうか~~?」


「正しい夢?」


 おうむ返しに聞くユディに、リルハープは頷いた。


「以前、キルゼムと対峙した時、リコリネが、この世界は狂い始めていると、そう言ったのを思い出していました~~。狂った夢が増えていく中にも、正しい夢が確かに存在するのだとしたら、どうでしょう~~…。かつて、正常だったモノノリュウが見た夢は、あたたかで優しい、このようなものであったのではないのかと……」


 ユディもリコリネも、リルハープの意図がわからず、黙って話を聞いていく。


「そして、もしこれが正しい夢であるならば……。いつか、自然に『醒める』日が来るのではないでしょうか~~」


 ユディとリコリネは、ハっと息を呑む。


「まさか…」

「夢が消えかけているから、気配が薄れていると…?」


「リルちゃんはそう思うのです~~、妖精の勘というものでしょうか~~。ですから、ご主人サマが何かを行う必要もなく、この村の場合は、自然に任せるのが一番のように思うのです~~」


「それは……」


 ユディの声は、からからに乾いていた。

 自分でも驚くほどに、ショックを受けている。


「…それは、ミギくんとダリちゃんが、いつか消えてしまうのだと、あの二人に伝える必要も無いって意味で…?」


「……逆に、なんと言えばいいのでしょうね~~。憤りをぶつけられても、リルちゃんたちにはどうしようもできませんのに~~。それに、いつ消えてしまうかもわかりませんのに~~」


 リルハープの言葉に、リコリネは考え込むように、フルフェイスの頤に指を添える。


「…確かに、消えてしまう『いつか』がどこにあるかもわからない現状では、悪戯に不安を煽ることにもなってしまうのでしょうか…」


「モノにも、人にも、寿命はありますからね~~。いつかお別れがあるのは、今更取り立てて言うほどの話ではないと……そう思っておいた方がよさそうだと、リルちゃんは思います~~…」


「にゃーん!」


 ダリちゃんが、ぴょーんとリコリネの膝に乗ってきた。

 リコリネは、言葉が詰まって、何も言えなくなる。

 ミギくんも、ユディの足をよじよじと登ってくる。

 ユディは、ミギくんをひょいと抱き上げて、いつものように撫でてやる。


「…そうか…。いつか別れが来るのは、当たり前だ…。今更、通りすがりの僕らが胸を痛めることはない……」


 自分に言い聞かせるように、ユディは言葉を口にする。

 リコリネは、ユディに続くように頷いた。


「…わかりました。あなたがそうあるならば、私もそうありましょう。たぶん、今日はちょっと、平常心は保てそうにありませんが。…明日からは、今まで通りたくさん、ミギ殿とダリ殿と遊びます。ニャンニャ殿にはあまり触らせてもらえませんでしたから、こうして愛らしい生き物と触れ合えたことを、一生の思い出にします」


 リコリネの声は、少し震えていた。

 ダリちゃんは、相手が悲しんでいる様子を察したかのように、すりすりとリコリネに身を押し付けてくる。


 ユディもリコリネも、セエラセイラが夕飯に呼びに来るまでは、ミギくんとダリちゃんと、大事に時間を過ごした。



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「これは珍しい! セエラが食事を作るなんて、何年ぶりだいっ?」


 セドリックは、夕食の席に着きながら、感動したように食卓を見つめている。

 食卓には、二種類の食事パイが並んでいた。

 ミギくんとダリちゃんは、遊び疲れて、仲良く床で眠っている。

 セエラセイラは、鬱陶しそうに眉をしかめた。


「お兄、大袈裟ー。うちだってやる気を出せばこんなもんよ。ユディ、リコリネ、そっちの白いパイと、こっちの赤いパイとを、交互に食べてみ?」


「なんだろう、楽しみだな」


 ユディたちは、切り分けてあるパイを自分たちの皿に持ってきて、まずは白いパイを口にした。


「!」


 鮮烈なまでに容赦なく鼻を抜ける香りに驚いて、しばらく何も言えなくなった。

 色々と思うことがあったそれらが、一気に吹っ飛んでしまうほどの衝撃だ。

 チーズとクリームと思われる白い表面の下には、ちゃんと肉や野菜などの具が入っており、どれもそれぞれにきちんとした下ごしらえが施されているのか、食感もいい。

 柑橘系のさっぱりとした香りが、食欲を刺激してくる。

 次に、果実の色合いと思われる赤いパイを食べる。

 白いパイは塩気があったが、こちらは甘みがあり、落ち着ける味だ。

 あの衝撃的なまでの鮮烈さの後に食べると、ほっと一息つけるような感覚になるが、香りは白いパイに負けていない。

 隣を見ると、リコリネは何も言わずに夢中でパクパクと食べている。

 セエラセイラは、満足げに頬杖を突きながら、その様子を見守った。


「んふふ、おいしいっしょ。食事は香りが命だからねー。で、しょっぱい→甘い→しょっぱい、で、無限に行ける味なんよ。庭のフルーツと野菜が食べごろだったからちょうどよかったわー」


「こらこら、そうは言うけど、セエラは全然手入れをしないじゃないかっ」


「そういう面倒なのはお兄に任せるのが一番だしー」


 リコリネは、かしゃんとフルフェイスの口部分を下げる。


「ごちそうさまでした」


「早っ!? もう食べたのかい!?」


 セドリックは驚きに声を裏返らせた。

 リコリネは、恥ずかしそうにうつむく。


「すみません、あまりにも美味しかったので、つい夢中で…」


「いや、わかるよリコリネ。初めて食べる味なのに、味わう暇もなく口に運びたくなる感じで、僕もいつもより早く食べ終わりそうだよ」


 ユディも意見を添える。

 セドリックは、自慢げにふんぞり返った。


「どうだい、マイスイートはやればできる子なのさっ。ボクもたまにしか食べられないから、これはとても御馳走に感じるよっ」


「お兄、うるさい」


 セエラセイラは、すげなくあしらう。

 ユディもそこから瞬く間に食べ終わると、ごちそうさまをした。


「セエラ、疑って悪かったよ、君の調香師としての腕前は確かみたいだ」


「んふふ、そうまで言ってもらうと、溜飲が下がったわー。どうよユディ、うちとずっと遊んでくれるんなら、毎日でも作るよ?」


 セエラセイラの勧誘に、ユディはふと真面目な顔をする。


「ごめん、全然話は変わるんだけどさ。セエラって、賢者の卵の素質があると思うんだけど、自分ではどう思う?」


 セドリックもセエラセイラも、きょとんとユディを見返した。

 リコリネは驚くでもなく、同意するように頷く。


「ああ、そうですね、私もそう思います。知的好奇心、探求心、熱心さ、貪欲さともに申し分ないように感じますので。何より、聡明でいらっしゃることは、遊びを通じて思い知りました」


 セエラセイラは、椅子の背に凭れた。


「まあねー。んふふ、正直、まんざらでもないわー。でも、ダメなんよ。うち、この村から出られないから」


「ええ?」


 ユディの疑問符に答えたのは、セドリックだった。


「ユディクン。時の大賢者ユルブランテを知っているかいっ?」


 突然知った名前が出て、ユディは驚きと共に、呆けたように頷いた。


「…知ってる、有名だから…」


「そうだろうねっ。だがユルブランテ以外に、時の精霊の祝福を受けた者は居ない。少なくとも、史実には見当たらないのさっ。つまり、ボクらはこう思うんだ。もしユルブランテが居なければ、時の精霊なんて存在は、周知されなかったのではないかってねっ」


「確かにそうですね」


 リコリネの相槌に、セドリックは満足げに話を続ける。


「それと同じくして、きっとこの世界には、まだまだ広く知れ渡っていない精霊の存在があるのさっ。君たちだから話すわけだけど……」


「誰にも内緒ねー? 実は、うちらの一族にだけ、香りの精霊エスラネスカの祝福がもらえてるんよ。だから、うちらは村一番の調香師なん。うちらは、自分たちを『香気なる一族』と呼んでる。でも、これは村の人にも秘密。バレたら絶対いいことないから。けど賢者になろうとしたら、たぶん、自分の受けた祝福の力は聞かれると思うんよねー。だからムリめ」


「香りの精霊、エスラネスカ……」


 セエラセイラの説明に、ユディは驚いたように精霊の名を繰り返した。

 セドリックは、話を続ける。


「ひょっとしたら、土着の精霊なのかもしれないねっ。そしてボクらは幼い頃から、両親に脅されてきたのさっ。いい子にしないと、コトリがくるってねっ」


「コトリとはなんでしょう? 可愛らしい響きですが…」


 リコリネの問いに、セドリックはちっちと指を振る。


「甘いねリコリネクン、響きに騙されちゃいけないよっ。子を取るから子取り、つまり人攫いさ! 闘技の街からそれが来るって、よく脅されていたのさっ」


「ああ、それならもう大丈夫ですよ。確かに珍しい祝福持ちは狙われますが、つい先日、闘技の街は滅びました。なるほど、ここまでは情報がまだ来ていないようですね」


「マジで? ラッキー、脅威が一つなくなったじゃん。面白いのが、各地によって人攫いの名前が違うんよ。前にお兄が連れて来た学者サンなんて、小さい頃に『悪いことをするとゴンゴヂがくるぞ』って言われてたらしくってさー。『ゴンゴヂって何!?』って、あまりの意味わからなさに、かえって怖かったって言ってて笑っちゃった」


「うわあ、本人にとってはトラウマなんだろうけど、僕もちょっとそれは笑ってしまうな…!」


 ユディは思わずそう言った。

 セエラセイラは、ひとしきり笑うと、困ったように息を吐く。


「…でも、やっぱりバレちゃダメなんよ。香りの精霊と縁者になりたくて、うちらと結婚したがる連中が現れるだろうからねー」


「ああ、そっか……。でも勿体ないなあ、セエラは絶対いい賢者になれるのに」


 惜しそうに言うユディに、セエラセイラはくすぐったそうに笑う。


「ありがと。ユディとリコリネにそう評価して貰えただけで、うちは十分嬉しいわー」


「…そうだ、秘密のお返しにってことで、僕らも秘密を暴露するよ。リルハープ、出ておいで」


 ユディがトントンと胸ポケットを叩くと、妖精がふわりと羽を震わせながら浮かび上がる。


「じゃ~~ん、参上~~! リルちゃんもパイが食べたいです~~!」


「……っ!!」

「……!?」


 セドリックもセエラセイラも、あんぐりと口を開けて、凍り付いたように驚いている。


「二人とも、紹介するよ、僕らと一緒に旅をしている、妖精のリルハープって言うんだ」


 ユディの紹介に、しかし二人はうんともすんとも言わなくなった。

 ユディもリコリネも、じっと様子を見守ったが、あまりにも喋らないので、ついにユディが口を開いた、その時。


 二人とも、バッと立ち上がって自室に戻り、紙束と木炭を抱えて戻ってくる。


「リルハープクン、描かせてもらうよっ!!」

「動かないでねーっ!」


 二人は、夢中になってリルハープを模写し始めた。


「す、すごい、こんな美がこの世に存在していたなんてっ!」

「ちょい、これ、刺激的過ぎるわー」


「まあ~~っ、このような反応を受けたのは初めてですが、悪くないですね~~っ。綺麗に写し取ってくださいね~~っ」


 リルハープは、まんざらでもなさそうにポーズを決める。

 リコリネは、フルフェイスの中で微笑んだ。


「ふふ、さすが芸術家ということでしょうか。確かに言われてみれば、妖精デザインの香水瓶など、なかなかの逸品になりそうですね」


 セドリックは、興奮を隠しもせずにユディに声だけを飛ばす。


「まさにその通りさっ! ユディクン、旅人と言っていたが、この村での用はまだ済んでいないよねっ?」


「あ、いやゴメン、今日済んだところで、そろそろ出立の日取りを決めないとと思ってて…」


「えーだめだめ! そうだユディ、そろそろ『蜃気香しんきこう』の時期が来るんよ、それまでは香りの村に居なよー」


「蜃気香って?」


「んー、明日話す」


「自分から言いだしたくせにお預けをするとか…!?」


 セエラセイラの言葉に、ユディはやきもきした。


「なんでしょう、気になりますね。これはセエラ殿に一本取られてしまいました。主、それまではこちらへ滞在させていただきましょう」


 リコリネは笑いながら、空いている食器の片づけを始めた。

 リルハープは、モデルに飽きたように、皿に残ったパイに齧りついていく。

 しかしセドリックもセエラセイラも、その仕草ですら一瞬も逃すまいと、木炭を走らせている。


 ユディも結局はその様子に笑ってしまいながら、リコリネの片づけを手伝うのだった。

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