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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
87/137

06偽圧殺鎧鬼

「おはようリコリネ」


「おはようございます、主。今日の観劇は楽しみですね」


 朝御飯の時間になると、宿の一階で合流する。

 ユディは優しく微笑んだ。


「ちゃんと眠れた?」


「はい。久々に夢も見ませんでした」


「夢……か」


 ユディは何かを考えこむような間を空けて、先に注文しておいたお茶を一口飲み、窓の外に目を向ける。

 リコリネは、不思議そうにフルフェイスを傾けた。


「そういえば、主は夢を見ない体質でしたね」


「ああ、いや、羨ましいとかじゃなくてさ。ただ、リコリネがこの間、やたら天啓で受けた必殺技を叫んでいたなと思って。体調に変化はない?」


「…ふふ、主は本当に心配性ですね。天啓を受けることで何か弊害が起きているのなら、せんの大陸の住民は、とっくに全滅してしまっているでしょう」


「あ…そっか、そうだよな…」


 ユディはようやく安堵の息を吐き、笑って言葉を続けた。


「じゃあ素直に、夢を見られなくて残念だったねと続けようかな」


「いえいえ。どの道、朝の瞑想で楽しいイメージトレーニングをしましたからね、特に残念とは思っていませんよ」


「イメージトレーニング?」


「はい。主が悪漢に攫われ、手ひどい拷問を受けているところへ、私が颯爽と駆けつけて助け出すのです!」


「百歩譲っても拷問の部分は必要ないような!!?」


「瞑想ではなく妄想と言うのでは~~…!?」


 流石にリルハープも胸ポケットから口出しをしてきた。

 あれやこれやありつつも、いつも通りの朝だった。



-------------------------------------------



 早めに出ておこうということで、劇場までの道をのんびりと歩く。

 リコリネは感慨深く、手元のチケットを見直した。


「それにしても、隊長殿の計らいで、まさか公演初日のチケットを融通していただけるとは」


「ホントだよ、それでも足りないくらいのことを言ってもらえたし、モノガリの使命を頑張ってよかったなあ」


「そうですね、ご褒美がもらえたかのようで、やり甲斐に磨きがかかります」


 リコリネの声音が弾んでいるのが、フルフェイス越しでもわかる。

 ユディは柔らかく微笑んだ。


「時間までまだあるから、どこかで時間を…」

「―――すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」


 いきなり、横合いから声をかけられて、ユディたちは驚いたようにそちらを見る。

 見るからにジャーナリストだとわかる風体の男が数人、唐突にワっとリコリネを取り囲んだ。


「ひょっとして、圧殺鎧鬼さんじゃありませんか?」

「ああ、やっぱりそうだ!」

「すみません、インタビューをお願いできますか?」


 記者たちはメモ帳を片手に、会話のような独り言を口々にしている。

 ユディは戸惑ったようにリコリネを見たが、リコリネの感情はフルフェイスの中に綺麗に仕舞い込まれていて、彼女がどう思っているかは読み取れない。


「圧殺鎧鬼さん、先日、闘技の街を滅ぼしたのはアナタだという証言があるのですが、いかが思われますか?」

「何か一言お願いします!」

「やはり奴隷制度に鉄槌を下す意味で行われたのでしょうか?」


「え…?」


 ユディは驚いて、何も言えなくなった。

 しかしリコリネは、凛とした口調で、背筋を伸ばしてこう答える。


「人違いでしょう」


 その一言で、記者たちの目は丸くなった。

 小声で、「女…?」という戸惑いを表す者も居る。


「さあ主、行きましょう」


 リコリネは普段と変わらない、淡々とした口調で、先を歩き出した。

 ユディは黙ってそれについていく。

 後には、不思議そうにしている記者たちが残された。


 リコリネの足取りは確たるものだったが、明らかに劇場へ行く道のりからは外れており、適当に歩いているだけだと気づくまでに、ユディは少し長い時間を要した。

 ユディは、意を決して問いかける。


「リコリネ、今のって?」


「…はい。先日の、おとくいさま事件の時、我々は別行動をしましたね。私は情報を集めている途中で、こうの大陸にある、闘技の街でクーデターが起こったことを知りました。そして、その首謀者が、全身鎧を着ていたということも。ちょうど、この大陸にも噂が流れてきていたため、先日、個人的にこちらの騎士団の隊長に呼び出されたりもしました」


「…偽物ってこと?」


「そうなりますね。もちろん時期的には、主と離れていた一ヵ月の間でのことでしたので、ものすごく頑張れば私にも決行が可能な日取りではありましたが。具体的に言うと、数日で街を壊滅させ、速攻で主の元へと向かうという流れですね。しかし情報によると、奴隷自身に武器を行き渡らせて、自分たちで奴隷商に歯向かっていたという話でしたので、よほど以前から入念な準備が行われていたものと思われます。大量の武器というものは、なかなか調達が難しいですからね」


「確かに、それはいくらリコリネでも無理そうだ…」


「まあ、圧殺鎧鬼の名を、プロパガンダにでも利用されたのでしょう。キルゼムを打ち倒したことから生じた、有名税というものかもしれませんね。かつての私はヤンチャでしたから」


「えっ、今はもうヤンチャじゃないっていう自己評価…!?」


 ユディの脳裏に、メイスで相手を滅多打ちにしている最近のリコリネの姿が浮かぶ。


「まあ、それはともかくとして。これからもこういったことは起こりえるでしょうね。いちいち反応していてはキリがありません。主、ここは平静に受け流していきましょう。とはいえ、物語で言うと、偽物が出るのは熱い展開ですよ! 私の愛読書、『地上最強の騎士』でも、偽物事件がありました」


「君がいいならいいけど、悪いことに使われる可能性がある限り、僕はちょっと安心できないなあ」


「…まあ、その時はその時です。申し訳ありません、主の心がそうして乱れることがわかっていたため、敢えて報告はしませんでした。先のジャーナリストたちがしゃしゃり出てこなければ、ずっと黙っていたでしょう」


「…いや。そうだな、僕は図太く行くって決めたんだった。この状況も楽しむくらいになってみせるし、今は観劇を楽しみにしている気持ちを邪魔されたくはない」


 前を向くユディを、リコリネは少し驚いたように見てから、ほっと安堵の息を吐いた。


「…頼もしいです。さて、ここは一体どこでしょう?」


 きょろきょろしはじめるリコリネを見て、やはり適当に歩いていたことを悟ったユディだった。



-------------------------------------------



 劇場に辿り着いたのは、開演の少し前くらいだった。


「余裕をもって宿を出て正解だったみたいだね」


 そう言いながら、ユディは席に着く。

 リルハープは、すでにわくわくしているようで、こっそりと胸ポケットから顔を出している。

 リコリネは、感慨深く舞台を見上げる。


「一番前の席ですか、隊長殿も粋な計らいをなさいますね。何の前知識も入れてこなかった辺りが不安ですが」


「ああ、そういえばそうだ。どんな劇なんだろう? まあ公演初日だから、劇作家がまず舞台挨拶をするだろうし、それでわかるんじゃないかな?」


 そんな会話をしているうちに、周囲が暗くなり、緞帳の前に一人の男が現れる。

 タキシードを着た彼が、劇作家なのだろう。


「みなさん、本日はようこそお越しくださいました。劇作家のアンドロニアスと申します。今回の舞台は、実話をもとに、私が一晩で書き上げた一作となります。ああ、私は彼と同じ時代に生きられたことを感謝します。それほどまでにインスピレーションを揺さぶってきた、彼の名は、“圧殺鎧鬼”―――。それでは、お楽しみください」


「「「!?」」」


 舞台袖に引っ込んでいく劇作家を目で追う余裕もなく、ユディとリコリネとリルハープは、驚きに支配されていた。


 そこからは、筆舌に尽くしがたい光景がユディたちを襲う。


 劇作家の激情が込められた圧殺鎧鬼の、腕は六本。

 それぞれの手に色違いの戦斧。

 足は四本。鬼だからご丁寧に角まで生やす始末。

 声は野太い。

 それに反して、圧殺鎧鬼の主は、たおやかな女性だ。


「………」

「………」

「………」


 三人で、唖然としながら観劇をする。


 最終的に、血塗られた鎧のせいで、屠ってきた者の怨讐に正気を失った圧殺鎧鬼が、主を殺す。

 死に際の主の愛で圧殺鎧鬼は我を取り戻す、という、悲恋の物語だった。


(あ、僕死ぬんだ…?)


 途中から、なんだかんだで感情移入していたユディは静かに衝撃を受けた。


 幕が下り、泣きぬれた観客がスタンディングオベーションで割れんばかりの拍手を送る。

 鳴りやまぬ拍手の中で、ユディたちは茫然と、舞台の終わりを見届けるのだった。




 宿に戻ると、「しばらくそっとしておいてください」と言って、リコリネは部屋に籠ってしまった。

 数日が経ち、ユディとリルハープは何度もリコリネを誘って外に出てみるのだが、そのたびに、新しく公演されたばかりの圧殺鎧鬼の物語に沸く街を目の当たりにさせられる。

 「すごい、コスチュームプレイね!」「あなたもよっぽどあの話が気に入ったのね!」と、リコリネは熱狂的なファンに囲まれる始末。


「あああ…」

「リコリネ、強制的にコスプレ女認定になってしまいましたね~~…」


 ユディとリルハープは心配そうに、そのたびに無言で部屋に籠るリコリネを見守り続けた。


 こうして、思った以上に長い期間、芸術都市に滞在する結果になってしまった。



-------------------------------------------



「どこが実話をもとにしているのですか、あれでは化け物ではないですか!!!」


 ある朝、朝食の席で、ようやくリコリネがバシンとテーブルを叩きながら口をきいた。

 ユディは、安心したように微笑む。


「よかったリコリネ、ようやく感想が言えるくらい気持ちが回復したんだね…」


「何日遅れの感想かという感じですが~~…立ち直ってよかったです~~っ」


 好き放題言う二人へと、リコリネは拗ねたように、ぷいっとそっぽを向く。


「もういいです、開き直りました。あれならば、圧殺鎧鬼のイメージは独り歩きしてくれるでしょう。人違いを主張してもまかり通りそうです」


「もう完全に鎧を脱ぐっていう選択肢はないんだね?」


「何を言うのですか主、アデリーサの館で、矢が降ろうと槍が出ようと、この鎧が跳ねのけたのを見たでしょう。必要だから着ているのです。街中でも賞金首が居る時代ですからね。主をお守りするため、油断はしませんよ!」


「うんうん、いつものリコリネに戻ったみたいでよかったよかった」


 ユディはニコニコとしてしまう。

 リコリネは、気まずそうに会話の端を探した。


「…それでは、そろそろ出立の日取りを決めねばなりませんね。私のせいで滞在を長引かせてしまい、申し訳ありませんでした」


「いや、のんびりできたからよかったよ。リルハープと一緒に街巡りもできたし」


「リルちゃんも、ご主人サマがいちいち感慨深く感想を漏らすものですから、改めて人間の街を興味深く思いました~~」


 リルハープは、いつものように胸ポケットから会話に加わっている。

 リコリネも、興味を持ったようにユディを窺う。


「感想とは、例えばどのようなものでしょう?」


「いや、大したことじゃないんだ。たまに、窓を開けている家の前を通ったりしたときに、室内の調度品の一部がちらっと見える角度の時とかがあってさ。人が住んでいるんだなあ…とか、何だか改めて実感して。その家独特の匂いがあったりするのが面白いし、ここから見える眺めの中に、一体何人の人が居るんだろうとかさ、いちいち考えたりしてたかな。もちろん、あんまり人の家をじっと見るのは褒められた行為じゃないんだろうけど、内側はどんな間取りだろうかとか、この家を建てるのに何人の大工さんが関わったんだろうかとか、色々と思いを馳せるのは楽しかったよ」


「…主は凄いですね。私など、普段はそのように考えて家の前を通ることはありません。ただの背景のように思っておりました。郷愁とは違うのですか?」


「郷愁……」


 そう言われて、真っ先に思い出したのは、ライサスライガの家と、テリオタークの家だ。

 毎日暮らしていると、それが当たり前になって、家の匂いというものはわからない。

 けれど、タイジョウの立ち上げのために、よく何日か家を空けていたテリオタークの家の匂いは、なんとなく思い出せる。

 久しぶりに帰ってくると、ああ、こんな匂いだったなあ…という感覚が来るあの感じ。

 とても言葉にはできないが、懐かしいとはこういう気持ちを言うのだろう。


 急に考えこみ始めたユディを見て、リコリネは何かを察したように、話題を変えた。


「いえ、すみません、深い気持ちがあって聞いたわけではないのです。さて、私は宿の主人に、ガッディーロからの手紙が届いていないかを聞いてまいります。主は先に部屋に戻っていてください」


「ああ、わかった。じゃあ、準備ができたら僕の部屋においで。今後のことを決めよう」


 そう言って別れると、二階に上がった頃に、リルハープがこっそりと胸ポケットから顔を出した。


「ご主人サマ~~、リルちゃんをリコリネの部屋に放り込んで行ってください~~」


「はいはい、今日はそっちの気分か」


 リルハープはよく、その日の気分でどっちと過ごすかを決めるので、ユディはいつものように、自分の部屋の窓からリルハープを外に放した。

 そういったことは茶飯事なので、ユディとリコリネの部屋の窓は、日中ならば大体開いている。


 ユディはベッドに腰かけて、買い足すべき保存食や冒険用具の確認をして過ごした。

 しかし、待てど暮らせど、リコリネが部屋の扉をノックしてこない。

 やることはそれなりにあったので、焦らずに待ってはみたが、もう昼食の時間だ。

 女の子同士で、時間を忘れて話し込んでいる可能性が高いと判断し、ユディは立ち上がって隣の部屋へ向かう。


 コンコンとノックしたが、返事もない。


「…? リコリネー、入るよ?」


 気は引けたが、そのまま扉を開ける。

 ガチャリと部屋に入ると、リコリネは普通に居て、リルハープはリコリネの手の平の上に乗っている。


「…!? リルハープ、どうした!?」


 ユディは慌ててリルハープの傍に駆け寄る。

 リルハープは、泣いていた。


「な、なん…でも、ないん…です……あっち行って……」


「何でもなくなんてないだろ!? 何があったんだ!?」


 つい、詰問口調で詰め寄ると、リルハープはさらに頑なに首を振るだけだった。

 ユディは困ったように身を引くと、黙ったままのリコリネを窺う。

 リコリネの傍には、開いたままの手紙が置いてあった。

 ガッディーロからの返事だろうか。


「リコリネ、どういうこと?」


 ユディの問いに、リコリネはすぐには答えず、戸惑うようにリルハープの方を見る。

 やがて、何度目かの呼吸音の後に、リコリネは普段よりも強い口調でユディの方を見る。


「こちらの話です。しかし主、出立を一週間ほど先延ばしにしていただいてよろしいでしょうか? 私はこの期間、リルハープ殿についております」


「こちらの話って……」


 ユディに、ショックを隠す余裕はなかった。

 リコリネは、すぐにハッとして、フルフェイスを横に振った。


「いえ…。違うのです、申し訳ありません。実はガッディーロの報告書に、リルハープ殿の住まう森で、ちょっとした火事があったという一文がありまして、ひょっとしたらリルハープ殿は妖精の結界内に戻れない可能性もあるという話でした。そのことに少なからず、ショックを受けられたのでしょう。しかし、それを聞いたところで、主や私にはどうしようもない話ですから、先程のような言い方をしてしまいました」


 リコリネは、まるであらかじめ用意してあったような話のように、すらすらと説明を述べる。

 ユディが咄嗟に何も言えなくなっているところへ、リコリネはさらに畳みかけた。


「ですから、リルハープ殿の心が落ち着くまでの猶予をくださいませんか。しばらく別行動をしましょう。私はリルハープ殿のお傍についております。主はご自由に、街の散策などをして過ごしてください」


「何言ってるんだ、辛いときは僕も傍に居るに決まってるだろ!」


「いいえ。主は、リルハープ殿の気が晴れるような、楽しい話をたくさん用意していてください。このような例えが適しているかどうかはわかりませんが、三人で落とし穴に落ちる必要はありません。誰か一人は、上から引っ張り上げる係が必要なのです。それが、効率的に元通りになる方法です。またいつも通りの旅をするためにも、お願いします」


 ユディは戸惑ったように、リコリネとリルハープを見比べる。

 リルハープは、目を合わせようともせず、うつむいている。

 ユディは、唇を噛んだ。


「……わかった。君がそう言うのなら、それが一番、お互いのためにも最善手なんだろう。従うよ。…完全に、僕は姿を見せない方がいいんだね?」


「……心苦しいですが。はい、と言うしかありません」


「そうか……」


 ユディは、顔色を真っ白にしながら、挨拶も思いつかず、ふらりとリコリネの部屋を後にした。

 そのまま自室には戻らず、あてどなく街へと出て行く。


 リルハープは、昔から弱みを見せたがらない所がある。

 なにも今初めて拒絶されたわけではない。

 だが、一週間もの期間を必要とする心の傷とは、一体どれほど辛いものだろう。

 本音を言うと、傍に居て、手を握っていたかった。

 しかし、リルハープは本音を言わず、否定をし続けるだろう。

 誰かを拒否するということは、心のエネルギーを使う。

 ユディにできるのは、何度考えても、やはりリルハープをこれ以上疲れさせないために、身を引くことくらいだ。


 別にリコリネともリルハープとも、喧嘩をしたわけでもない。

 それでも、叫びだしたいほどの空虚が襲ってきて、それとどう向き合えばいいのかがわからない。

 泣きたいような、しかし同時に、泣く理由が特にない。

 無力感だけがあって、ここで笑顔で居られるような強さもない。

 あの二人が居ないと、こんなにも空っぽなのかと驚いた。

 いや、今までだって別行動はあったはずだ。

 心が、気持ちが、傍に居ないと、こうなるんだ。

 そんな目に見えないものに、自分がいかに救われてきていたのかを、ようやく思い知った。


 ユディは数日、街をぶらついて過ごしていたはずなのだが、実のところ、あまりそのことを覚えていなかった。

 何もない日と言うのは、こういうことを言うんだろうな…とぼんやり思ったことだけは覚えている。



-------------------------------------------



 その日、ユディは少し郊外の方へと足を伸ばした。

 あまり覚えてはいないが、なんとなく、芸術都市は大体踏破したなと思ったからだ。


 一日一日はとても長く、約束の一週間までが、無限の長さに感じる。

 暇つぶしのように、近くの森へと足を踏み入れた。

 こうして青一色の森の中へと入ると、芸術都市の色彩がいかにうるさかったかがわかる。


 ぼんやりと足を進めていると、ふと昔を思い出した。

 リルハープと出会うよりも前。

 昔も一人で、こうして森の中を彷徨っていた気がする。

 あの時よりも、たくさんのものを手に入れてきたはずなのに。

 手に入れた分、それが手をすり抜けた時にこうなるらしい。

 何かを持つこと、蓄えることは、良し悪しなのかもしれないな…と、ぼんやりと思う。

 思ってはみるのだが、今更何もなかったころに戻りたいとも思わない。

 どう考えても、得られたものの方が多すぎて、捨てられない。


「!」


 何かが聞こえた気がして、足を止める。

 じっと耳を澄ませる。

 気のせいではなかった。

 遠くから、小さく押し殺した声が聞こえる。

 導かれるように足を進めた。


 近づくにつれて、それが女の子の泣き声だとわかってくる。

 この感覚には、覚えがある。

 昔も、こうして泣き声の方に向かっていったら、蜘蛛の巣に絡まったリルハープが居たんだ。

 なぜか高揚感を覚えて、足早に突き進む。


(居る…! この先に、泣いてるあの子が!)


 ガサガサと乱雑な音を立ててしまう。

 その音に気づいたのか、泣き声が止んだ。


「リルハープ!」


 叫びながら、茂みから飛び出した。



 目の前に居たのは、当たり前だが、リルハープではなかった。

 淡い桃色の髪を持つ、17、8歳くらいの娘が、膝を抱えて座っている。

 いきなり現れたユディの姿に、目を真ん丸にして驚いていた。


 お互いに驚いてしまって、しばらくじっと見つめ合った。

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