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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第三章 ろくにん
84/137

03アデリーサの祝福

 扉の先にあったのは、まず長い廊下だった。

 リコリネが、ユディを庇うように、ずいっと前に出る。


「これは、においますね。間違いなくトラップが施された道行きでしょう。主はお下がりください。私は装甲が厚いので、落とし穴にだけ気を付けていればいいですからね」


「……わかった。任せるよ」


 ユディは心配そうな顔をしながら、しぶしぶ了承をする。


「ありがとうございます。私がいいと言うまで、そこを動いてはいけませんからね」


 リコリネは言い含めるように言うと、足元だけに注意しながら、廊下を進み始めた。


   シュッ!


 そう進まないうちに、リコリネに向けて天井から矢が飛んできた。


「リ―――!」


 ユディがリコリネの名を呼ぼうとした時には、もう矢はリコリネのフルフェイスに到達し、スコンと全身鎧に弾かれて落ちて行った。

 リコリネは、不思議そうに音のした方を振り向く。


「……? ああ、矢ですか。なるほど、床に重さを感知して動くカラクリでも仕掛けてあるのでしょうか。さすがせんの大陸です、こういった仕掛けはお手の物ですね」


 リコリネは、感心したような声を漏らしながら、何事もなかったかのように歩いて行く。

 スコン、スコン、と二矢目、三矢目がリコリネの肩や腕に弾かれ、虚しく床に落ちていくのを、ユディは複雑な表情で見ている。


   ザシュザシュザシュッ!


 廊下の半分を過ぎた頃、今度は壁から鉄槍の群れがリコリネへと襲い掛かる。

 しかしすべての鉄槍は、リコリネのフルフェイスや鎧の表面をガリガリと滑り、伸び切ったところで動きを止めた。


「む……これは危ないですね。主が通れないではないですか」


 リコリネは、それらの鉄槍を丁寧に折り曲げて、後続が通りやすいように道を作っていく。

 ユディは冷や冷やしながら、気が気ではない。


 そしてついに、リコリネは廊下の突きあたりにたどり着いた。

 目の前の扉を開こうと手を伸ばした時、ユディが鋭く声をかける。


「リコリネ、僕ならそこに罠を仕掛ける!」


「!」


 リコリネはちょうどドアのノブを回したところだった。

 すぐさま、背後に飛びずさる。


   ドゴン!!!


 リコリネの目の前に、人の頭ほどの鉄球が落ちてきて、床にめり込んだ。

 リコリネは、目の前で起こった出来事に息を呑む。


「これは……。ありがとうございます、主。辿り着いたことに油断しておりました。これは流石に、直撃すれば大ダメージでしたね」


 リコリネは、動揺を押し殺すような声音だった。

 それに気づいたユディは、咄嗟にリコリネの方へと駆け出す。


「リコリネ、もうそっちに行くから!」


「主!」


 リコリネが振り向いた時には、もうユディは全速力で廊下を駆け抜けて、リコリネの前まで来ていた。

 どうやらトラップはすべて発動していたようで、何事もなくユディは辿りつく。

 リコリネは、ほーっと安堵の息を吐いた。


「主……動かないようにと言ったではないですか」


「ごめん。だけど、リコリネが不安だったら嫌だなと思って」


「…不安……」


 リコリネは、驚いたように目の前のユディを見る。

 しばらくして、何かを振り払うように、壁の方に目を向けた。


「いえ…。ただ、驚いてしまっただけです」


「そっか。それならそれでよかった」


 リコリネは俯き、何か、話題を探すような間をあけた。


「……全身鎧の弱点は、何だと思われますか?」


「…ええ?」


 突然の問いに、ユディは思わず聞き返した後、すぐに思案気に悩み始める。


「そうだなあ…鎧の隙間を狙われるような、細剣みたいな武器が苦手とか?」


「いいえ。それはそれで気をつけねばなりませんが、実は明確な弱点があるのです。それは、鈍器です」


「鈍器? 意外だな…だって、君が使っているものこそ鈍器じゃないか」


「はい。鎧は、刃物よりも鈍器が相手の方が厳しいのです。なぜなら、中身は生身の人間だからです」


「…ああ! そうか、衝撃が中まで届いて、少なからずのダメージを受けるのか」


「はい。ですから、この鉄球を食らっていた場合、私は無事では済まなかったでしょう。ありがとうございました」


「君が無事でよかったよ。怖かっただろう。もう大丈夫だ、一緒に行こう」


 ユディの言葉に、リコリネは言葉を詰まらせた。


「…いえ、別に、怖かったというわけでは……」


 言い淀むリコリネに、ユディはふっと笑うと、先んじて扉を開ける。


「さ、行こうか」


 リコリネは、ただ無言でユディの後ろに付き従った。




 扉の先は、奇妙な小部屋だった。

 真ん前には、奥に続くだろう扉があり、その両脇には、向かい合わせのように鏡がある。


「今度は僕が行く」


 ユディは有無を言わせず、中央の扉へと手をかける。

 リコリネが口を出す間すらなかった。


「主!」

「…あれ、鍵がかかっているみたいだ」


 何事も起こらず、お互いに胸をなでおろす。

 ユディは改めて部屋を見渡した。


「…? これ、右手側にあるのは鏡だけど、左手側には何も映ってないな」


 ユディは、両方の鏡をコンコンとノックした。

 硬質な手ごたえが返ってくるだけだ。

 リコリネは、頤に手を当てて、思案する。


「なんでしょう? 何か、仕掛けを解けば、鍵が手に入るという流れでしょうか」


「仕掛け…といっても、スイッチやレバーみたいなものは見当たらないな…」


 二人で、ウーンと悩む。


「ご主人サマ、ご主人サマ~~っ」


 こそっとリルハープが、胸ポケットから声を出している。

 ユディも、こそっと胸ポケットを覗き込んだ。


「リルハープ、どうしたって?」


「左の鏡をよく見てください~~っ。ご主人サマの目の高さではわからないでしょうが、少しかがめばわかりますよ~~!」


「……?」


 言われるままに、ユディは左の鏡の前で片膝をつく。

 すぐに、「ああ、」と笑顔になった。


「なるほど、こっちはガラスだったんだ。しかも、上半分しかない。リコリネ、先に進む扉はこっちだ」


 そのままユディは、身をかがめて鏡をくぐって、先の部屋へと進む。

 リコリネも、なるほどと後に続く。


「これは面白いですね、先に進むためには扉をくぐらなければならない、と思い込んでおりました。もし扉の鍵を探していたならば、かなりのタイムロスが発生していたでしょう」


「リルハープ、お手柄だね」


「ふっふーん、頭脳戦ならそこそこお役に立ちますよ~~!」


 次の部屋も、同じように小部屋だった。

 しかしリコリネは、先程まで居た部屋の方を振り返っている。


「リコリネ、どうかした?」


 ユディの問いに、リコリネはじっと壁を見ている。


「いえ…。この位置が、ちょうど、先程の部屋の扉があった場所だなと思いまして。裏から見ると壁…ということは、あの扉は完全に飾りのために取り付けられたものだったのですね」


「確かに。もしこれで、あの部屋に扉の鍵が本当にどこかに隠されていたとすると、開けた時にさぞやガッカリしていただろうなあ。開けても壁があるだけだから」


「ええ…」


 リコリネは、そのままじっと何かを考えている。

 その間に、ユディは部屋の中を見渡した。


 今度も、先程と同じく、奥に続く扉がある。

 しかしそこには、ダイヤル錠がかけられており、傍には紙が置かれたサイドテーブルがある。

 ユディは、紙に書かれてある文字を覗き込んだ。


「なになに…。『8811は邪悪の数字。聖騎士よ、その聖なる剣で一太刀のもとにこれを斬り捨て、聖なる数字に清めよ』だってさ。謎解きかな?」


「また考えるのに時間がかかりそうな展開ですね~~っ」


 リルハープも、ふむふむと考え始める。

 するとユディの背後で、リコリネが背負っているメイスを抜き放つ音が聞こえた。


「リコリネ…?」


「力の精霊、ゴルドヴァの祝福を―――!」


 リコリネの周囲に、力の精霊の色である赤いオーラが舞い始める。

 ユディもリルハープも、混乱してリコリネの方を見る。


「リコリネ、何事ですか~~!?」


「ヨハネスヴェーレンッ!!」


   ドゴオオオンッ!!!


 リコリネは扉に向けて突進していき、メイスの一振りで、ダイヤル錠ごと吹き飛ばした。

 バラバラと、奥の部屋に扉だったものの破片が飛んで行く。

 ユディとリルハープは、唖然としてそれを見ている。

 リコリネは、何事もなかったかのように、メイスを肩に担ぐ。


「開きましたね、先に進みましょうか。ちなみに今のは天啓でひらめいた必殺技名です」


「これは、ありなのでしょうか~~!?」


 リルハープの戸惑いを受け、リコリネは改めてユディたちに向き直る。


「……私は時々、ヴィッツロー殿たち一家のことを考えていました。あの時どうすればよかったのか。何か他に手があったのではないか。残念ながら、答えはまだ出ていません」


 唐突に出されたヴィッツローの名に、ユディは驚いたようにリコリネを見る。

 リコリネは、どこか遠くを見るようにして、淡々と続けた。


「ですが、一点だけ、後悔をしている部分があるのです。あの時。なぜ、魔女と名乗るモノオモイの言葉を、素直に聞き入れてしまったのか…と。ひょっとしたら、ヴィッツロー殿の妻と子への愛が同列一位であったから、呪いが発動しなかったという可能性があるのではないでしょうか。それがでっち上げであっても、私はそれを言うべきだったのではないかと、今更ながら思います」


 リコリネは、呼吸を整えるように一拍を置く。


「もちろん、あの場に居た誰もが、他者を疑うことに適した性格を有していなかったことは、原因の一つでしょう。ですが、少なくとも、私は。私だけは斜に構え、状況を、相手を、疑ってかかるべきでした。与えられた選択肢以外の何かを、模索するべきでした。もちろん、今更あの時の私を責める気はありません。ですが、同じことが二度と起こらないように、こうして考えを重ねていく気で居ます。私は、進化し続けなければなりません」


「…つまり、今の君の破壊行動は、『与えられた選択肢以外の方法』なわけか」


 ユディの言葉に、リコリネは頷いた。


「はい。先程執事殿から、多少の器物破損は見逃されると言質を取っております」


「多少とは~~!?」


 リルハープの戸惑いが聞こえているのか居ないのか、リコリネは淡々と話を続ける。


「先程の部屋の扉も、よくよく観察しましたが、普通の扉でしたからね。これで、物理的に道を切り開いていけることも確認できました。時間制限があるということですから、これでかなりの短縮になりますし、怒られたり弁償を要求されたなら、その時は普通に応じればいいのです。行きましょう、主。私は主の道を切り開く騎士です!」


 リコリネは颯爽と、破壊した扉をくぐっていきながら、凛とした声で叫ぶ。


「ちなみに先程の謎解きの答えは、『0011』ですね!」


「扉破壊した意味あった!!?」


 ついにユディはツッコミを入れた。




 正面奥に扉が一つある。

 部屋の四隅に燭台が並んでおり、蝋燭が一本ずつ立っている。

 部屋の中央には台とプレートがあり、「闇を照らせ」とだけ書いてある。

 リコリネが、ずいっと前に出た。


「主、ここは私の出番のようですね! はああっ、ツォイスシュタンゲン!(ドゴオオンッ)」


 ・ ・ ・


『現在は4じ。晩御飯は5じ。ならば、お昼御飯は?』


「この程度の謎、私の敵ではありません。くらえ、ゾンネルフォルコーンブロート!(バコオオオンッ)」


 ・ ・ ・


『16番目の獣の名を答えよ』


「ここです! クラプフェン!(ズガアアンッ)」


「技名が違うだけでやってること同じですよね~~!?」


「リルハープ殿はわかっておりませんね。こういうのは空気感を味わうものですよ」


「あああ……」


 ユディは、用意された謎が、リコリネの一撃のもとに粉砕され続けていくのを、心苦しく見守った。

 希望の街でクイズ大会の企画に携わってきたユディには、それらがある程度の苦労の末に設置された謎解きであることを、どうしても想像してしまう。


「ご主人サマ、お気を確かに~~! アデリーサとやらには可哀想ですが、最初の廊下の殺意しかないトラップを見る限り、何らかの形で旅人の行方不明に関わっているのは間違いありません~~。この試験で数名が命を落としていると考えると、このような形で報いを受けていただくのは、悪い話ではないと思うのです~~っ」


 胸ポケットからのリルハープの言葉に、ユディは頑張って頷く。


「そうだよな…。もしアデリーサがモノオモイじゃなかったとしても、これでもうなんか色々と懲りてくれればいい……」


 ユディが自分に言い聞かせるようにしているうちに、扉をくぐって周囲を見渡すリコリネの動きが止まった。


「む。この部屋には、謎がありませんね」


「あ、一応謎には目を通していたんだ?」


「もちろんです。興味深いですからね。ちなみに、お昼御飯は6じ。16番目の獣は獅子が正解です」


「リコリネさては天啓で得た必殺技名を披露したかっただけなんじゃ…?」


「もちろんそれもありますね。なぜか、この閃の大陸に来てから、妙に天啓が降りてくるのです。ついはしゃいでしまいました」


「まったく…。って、歌? 歌が聞こえるな…」


 リコリネが破砕した木くずや埃が落ち着いた頃、ユディは訝し気に音のする方を見る。


   わらべはみたり 野なかの薔薇―――


 それは美しい、オペラを思わせる、のびやかな女性の声だった。

 先にある扉の向こうから聞こえてくる。


   清らに咲ける その色愛でつ―――


 リルハープが、胸ポケットからこそっと声をかけてきた。


「あの扉の奥に、人の気配がありますよ~~っ、どうやらゴール地点に辿り着いたようですね~~!」


   飽かずながむ くれないにおう―――


「ふむ…さすが芸術都市ですね。美しい歌声です。歌を聴くだけでなく、自らたしなむ御仁が居るということですか」


 ユディもリコリネも、気を引き締めて扉に向き直る。

 よくよく見るとそれは今までの扉とは違い、しっかりと金額をかけられた、瀟洒なデザインだった。


「じゃあ、御対面と行こうか」


 ユディは、念のために精霊道具の本を取り出しながら、扉を開ける。


   野なかの薔薇―――


 歌が、止まった。



-------------------------------------------



 その部屋の光景に、ユディたちは我が目を疑った。

 部屋の豪華さにではない。

 そして、一目でアデリーサだとわかる、金髪金眼の、背筋が凍り付くような美女に対してでもない。


 その部屋には、思った以上にたくさんの人間が居た。

 男女入り混じってのその集団は、アデリーサを崇拝するようにひれ伏し、うっとりと彼女を見上げている。

 四つん這いになった男は、恍惚とした表情で、自らアデリーサの椅子役を務めている。


 その部屋に居るほとんどの人間に、ユディたちは見覚えがあった。

 手配書の、詐欺師や盗賊たちだ。


 アデリーサは、優雅な動きで、スっと立ち上がり、とても存在感のある声音で、ユディたちを歓迎する。


「ちょうど歌うことにも飽きてきたところよ……よく来たわね……褒めてあげるわ……今までの挑戦者の中で……最も早い到着をしたことをね…」


 まあ、そうだろうなあ、とユディは思いながら、一歩前に出る。


「その人たちは、どういうことだ? これはあなたの話し相手を募集するための依頼じゃなかったのか?」


「ほほほ……もちろんその通りのことをしたまでよ……その会話に感銘を受けて……彼らがあたくしにひれ伏したまで…」


「洗脳でも何でもなく、合意の上だと?」


 アデリーサは、ユディの問いに応えるように、スっと片手を振った。

 すると、手の平から零れ落ちた数枚の金貨が、硬質な床を転がっていく。


   チャリーンッ


 即座に、その周囲に居た人々が、ワっと金貨に群がった。

 アデリーサは、鼻を鳴らすように笑う。


「御覧なさい……黄金色こがねいろの糸で結ばれた絆よ……彼らはもはや……あたくしの忠実なるしもべ……こうして時折与えられる餌に群がることを喜ぶだけのね…」


 リコリネは、アデリーサに対して眉を顰める。


「品のない御仁だ」


「あら……芸だってできるのよ……見せてあげるわ…」


 アデリーサは、気に入った持ち物をひけらかすように微笑むと、パチンと指を鳴らした。


 すると、全員がザっと立ち上がり、整然と並んだかと思うと、背筋を伸ばして大声を張り上げる。


「お金様大原則ーーッ!」


「第一条! 人間はお金様に危害を加えてはならない! また、その危険を看過することによって、お金様に危害を及ぼしてはならない!」


「第二条! 人間はお金様に与えられた命令に服従しなければならない! ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない!」


「第三条! 第一条および第二条に反するおそれのない限り、人間は、自己を守らなければならない!」


 全員が、一糸乱れぬ唱和を行う光景の気味悪さに、ユディは少し青褪める。

 アデリーサは満足げに、口元に手の甲を当てて笑う。


「ほほ……ほほほほ…! そう……人間は金銭が大好きなのよ……だからこそ……あたくしには逆らえない……もちろんここに辿り着いた者すべてが……金目当てであることにも……理由があるのでしょうけれどね……」


「主、これは尋常の光景ではありません」


 リコリネが、守るようにユディの前に立つ。

 ユディは、深刻な顔で頷いた。


「ああ、間違いない。アデリーサは、モノオモイだ。だけど困ったな、彼らは身を挺してでも、『お金様』を守ってしまうだろう」


「…そうなりますね。ある意味、肉の盾が用意されているようなものです、迂闊には動けない……」


 攻めあぐねるユディとリコリネの気も知らず、アデリーサはたおやかな動きで片手を掲げる。


「さて……そろそろお前たちにも……あたくしの軍門に下る栄誉を与えてあげるわ……」


   チャリン―――


 アデリーサの手の平から、金色の硬貨が零れ落ちる。


   チャリン、チャリチャリチャリチャリ―――


 一体どこにそんな量があったのか、と思うほどに、零れ落ちる硬貨の量はとめどなく、滝のようにしたたり続けた。

 アデリーサの周囲の人だかりは、ゴクリと喉を鳴らしてそれを見ている。

 しかしユディたちは、不思議そうにその光景を見守るだけだ。


「……? まさかお前たち……金銭に興味が無いとでも言うのかしら……?」


 何かがアデリーサの思惑と違っていたらしく、訝しげな眼を向けられる。

 リコリネが、吐き捨てるように答える。


「なるほど。今の光景がトリガーとなって、洗脳を仕掛けるという流れか。あなたも一度、飢え死に寸前の状態を経験してみればいい。金銭の無力さを実感することとなるだろう」


「……そう……それならいいわ……お前たちは不要よ……」


 アデリーサのその一言で、周囲に居る、直立不動で立ったままの集団が、全員でバっとリコリネの方に向き直った。

 ユディは焦ったように声を出す。


「く……っ、既に精神支配された人たちに、眠りの音が届くかどうかわからない…! リコリネ、すまない、何とか無力化させる方法を思いつくまで、時間を稼いでくれないか…!?」


「もちろんです、主。むしろ全員、力づくで昏倒させてしまえば話が早い。何せ彼らは賞金首ですからね」


 リコリネは、威嚇するように、ブオンと大袈裟にメイスを構えた。

 アデリーサは顔色一つ変えず、パチンと指を鳴らした。

 すると、周囲を囲んでいる人々のうち数人が前に出て、声を揃えて片手を上にあげる。


「「「天秤の精霊トリティエよ、アデリーサ様に力を!」」」


 リコリネとユディが警戒するように見ている中で、アデリーサは、けだるげに言葉を発する。


「天秤の精霊トリティエよ―――……あの者達の祝福の力を……あたくしへと傾けなさい…」


「…!? 馬鹿な、モノオモイが精霊の祝福を受けているだって!?」


 驚愕するユディの脳裏にちらついたのは、ライサスライガの家で見た、疑似生命体のギジーたちだ。

 そういえば、彼らも精霊の祝福の色を発していた。

 まさか、自我が宿った者に、精霊たちは等しく祝福を与えているとでもいうのだろうか?


「な…っ!?」


 次に驚愕の声を発したのは、リコリネだった。

 ガクリと片膝をつく彼女から、力の精霊の赤いオーラが、強制的にアデリーサへと流れ込んでいく。

 続いてユディにも脱力感が襲ってきた。


「くっ、無理やり、天秤を傾ける使い方があるなんて…!」


「ほほ…ほほほほ…! これでお前たちの力は半減かしら……そこを攻められたら……一体どうなるかしらね……?」


 ザ、とアデリーサの周囲に居る人々が、一歩を踏み出した。

 ユディの頬を、汗が伝う。

 思った以上に、窮地の訪れを感じた。

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