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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
80/137

33失ったもの、失いそうなもの

 髪に白髪の混ざった男が、一心不乱に書斎机に向かい、何かを書いている。


『トオン・テッド・ニールは、人一倍大きな体と、大きな魔力を持っていた』


 書き進めるにつれて、その白いノートの上に、ぽつんと小さな、小人サイズの魔女が生まれた。

 魔女は、眩し気に、男を見上げる。


『彼女が大魔女と呼ばれるまでに、そう長い月日は必要なかった』


 小人サイズの大魔女が、くるりと一回りすると、その手には箒が握りしめられている。


『もちろん、オーソドックスなとんがり帽子や、トラディショナルなローブを纏っていたことも、その要因の一つだろう』


 その通りの格好をした小さな大魔女は、うっとりと幸せそうな顔で、ペンで世界を生み出す巨大な父親を見上げる。


『そこは、とても不思議な世界だった。いつか空が降ってこないかと杞憂する男が居れば、その男とは全然関係のない所で、両腕と頭で空を支える巨人も居る』


 小さな大魔女は、幸せだった。

 この人が、自分のことで、頭を一杯にしているのが伝わってくるからだ。

 寝ても覚めても、ずっと、ずーっと、魔女の居る世界に思いを馳せ、構築し、大事に大事に育ててくれようとしている。


 だって、決めることはたくさんある。

 一人称、性格、力、想い、交流…。

 練りに練って、作って創って、世界は無限に広がることができる。


 世界の描写が続く。

 葡萄畑。何十もの橋がかかる街。はちみつ色の石で作り上げられた家屋。

 静謐よりも喧噪に満ちた運河。鍋を作る鍛冶の音。豆のスープの匂い。

 青い陶器。祈りの歌。七つの丘のある街。


 世界は広く、美しい。


 だが、ある日を境にして、書きもの途中で席を立った男が、一向に帰ってこない。

 まだ書いていないことが、たくさんあるのに。

 小さな大魔女は、男の帰りを待った。


 しかし、いつまでたっても、男は帰ってこない。

 大きな魔力に、綺麗な世界。

 魔女は何だってできて、どこにだって行けるはずなのに。

 なのに魔女は、何時まで経っても空っぽで、どこにも行けずに立ち尽くしていた。


 焦る大魔女の心に訪れたのは、竜の夢だった。

 それが訪れた瞬間、ある意味で自分を知る。

 自分は魔女でも何でもない。

 ただの、書きかけの本という、モノだと。


 だが、それが何だというのだろう。

 空っぽの魔女は、必死に竜の夢の中から、様々な情報をかき集めた。

 名はあるし、力もある。

 あとは一人称、性格、何を思って、どこへ行くのか。

 這いつくばるようにして自分を形作っていくこの作業は、なんだか、惨めだった。


 ただ一つ。

 目的だけは、最初から決まっていた。

 去った男を取り戻す。

 そのためなら、思いつく限りのことは、何だってやってやる。


「待っていて、マスター」


 それが、初めて口にした、大魔女のセリフだった。

 溢れるように、出てきた言葉だった。



-------------------------------------------



「……ッ、」


 壊れかけの竜の夢は、とても断片的で、ささやかなようでけたたましく、オカリナを吹き終えたユディは、現実との境が分からず、一瞬くらっとした。


 魔女の方に目を向けると、もうすっかり体は透けていて、泣きじゃくった顔は空を見ている。

 そして空のどこかへと手を伸ばし、何かを掴もうとする姿勢のまま。

 次の瞬間には、バサリと、ボロボロになった本が地に落ちた。


 ユディは、それを無言で拾い上げる。

 壊れかけの夢が、きちんと竜の元へ還ったのかどうかは、ユディにもわからない。

 誰も、何も言わなかった。

 やがてヴィッツローは、トビークレイの感触だけが頼りだと言いたげに、放心した息子を大事に抱きしめると、ふらりと村の方へと歩き出す。


 ユディもリコリネも、とても疲れた動きでそれに従った。

 リルハープは、もぞもぞとユディの胸ポケットに潜っていく。


 その後は、誰もが機械的に作業をしたような気がする。




 ジュナライアのための、ささやかな葬式が開かれる。

 棺は空っぽだが、村人は全員涙していた。

 ユディは、カレットガフトの家を訪れ、「ニャンニャが悪戯で持ってきたんですよ」と言って、大きなへこみのできた本を、奥さんへと返す。

 トビークレイは、ずっとどこか遠くを眺めるような目で、一言もしゃべらない。

 ユディの左目は見えないままで、リコリネも、必要最低限の受け答えはするが、滅多に喋らなくなった。

 ヴィッツローは、奉公先へと手紙を書き、仕事をやめることにしたらしい。




 ある日、リコリネがヴィッツローの部屋を一人で訪れた。


「ヴィッツロー殿。次の職を探しているとの話ですが、こうの大陸に行きませんか? そうすれば、ガッディーロ家が、全面的にあなた方を援助できます。ここに居ては、思い出が多く、お辛いことと思われます。トビー殿の気分転換にもなるでしょうし、ガッディーロが運営する孤児院では、親が働いている間に子を預かる保育の試みに、ちょうど手を付けるところなのです」


 ヴィッツローは、久しぶりに喋ったリコリネを、少し驚いたように見ていたが、家の中を見渡してから、「…そうか」と言った。


「そうだな……。そこまでして貰うのも心苦しくはあるが、トビーのためにも、そうさせてもらうかねぇ」


「はい。では、紹介状と、船と鳥車のチケット、そして旅費と地図、すべてこちらで手配しましょう。ヴィッツロー殿は、この村の方々に挨拶回りをお願いします。名残惜しいでしょうが…」


「いや、そんくらいならお手のモンだわ。だが、なんでネーチャンがそこまでする? モノオモイだのなんだのの説明は受けたが、まぁ、なんだな……災害みてーなモンだったな……っつー認識なんだわ。まさか、愛だの何だのって見えねぇもんに、無理やり順列を付けられるたぁな。虚しいばっかで、怒りも沸いてきやしねぇ。ネーチャンがそこまで背負うモンでもねーだろ」


「いえ…。私は、ジュナ殿が、好きでした。母親とはこんな感じなのかと、何度も胸を打たれました。友人のような、姉のような、尊敬すべき女性です。ですから、これくらいはさせてください。同時に、謝罪しなければならないとも思っています」


「あん?」


「あの時、私の怒りは、ジュナ殿を失ったことからくるものよりも、自分の中の問題から生じた怒りの方が、よほど強かったのです。ですから、本来なら、ジュナ殿の死を悼む資格すらないのかもしれません。申し訳ありませんでした」


「ああ…なんでぇ、んなことか。オレとしちゃ、むしろそっちの方が気が楽だわ。ジュナのために怒っていいのは、たぶん、トビーだけだろう。オレにもその資格はねーと思ってんよ、お互い様だろ。気にすんない」


 ヴィッツローは、なんてことないように、ひらひらと手の平を振った。

 リコリネは、戸惑ったように俯く。

 ヴィッツローは、その様子に、軽く笑った。


「なんでぇ、怒られたかったんかい」


「……はい」


「ハハ、んなゴッツイ恰好してても、可愛いモンだな。まぁ、わかるけどよ。オレもトビーに怒りをぶつけられてぇと思ってっからな。だが、あのヤンチャ坊主が一言もしゃべらず、ただじっと黙り込んでる。そっちの方が、何倍も辛ぇわ……」


 ヴィッツローは、沈痛な面持ちで、一度言葉を切った。


「だが、ネーチャンよ、いいからしっかり前を見て、ユディのニーチャンの方を気にしてやんな。あんたも結局、呪いとやらにかかったんだろ。口数が見るからに減ったからな、流石にオレでもわかる。ニーチャンは、本当にアンタを心配してんぜ。アンタは、オレみたいになるな。ちゃーんと、大事なモンを見ておくんだ」


 リコリネは、フルフェイスを俯かせた。

 何かを考えこむように、しばらくの間を空けた後。


「……ありがとうございます」


 そうとだけ絞り出して、リコリネはその場を後にした。




 ユディは、トビークレイを構い続けた。

 膝の上に乗せて、いつものように絵本を読んだり、オカリナの音色を聞かせたり、思いつく限りの言葉をかけて、トビークレイに接していく。

 少年は、されるがままに動いて、拒絶をするでもなく、ぼーっとそれらのことを見つめている。


「トビー、硬の大陸に行くんだってね。もうじき、お別れだね」


 ユディは優しく声をかける。

 だが少年は、いつものように「大好き」と言いながら抱き着いてきたりはしない。

 ユディは、喉の奥に、大きなまるい卵があるように、ぐっと詰まりを感じた。

 その卵は、ユディの中の言葉も感情も押しつぶし、よくわからない形に変えて、何もできなくしてくるようだった。


 ユディは、なんだかたまらなくなって、ぎゅっと、思い切りトビークレイを抱きしめる。


「トビー…この豆本をあげるよ。君が好きな、花手紙の話。どうか、元気でね」


 ユディが豆本を持たせると、トビークレイは、無感情にそれを握っている。


「トビー…。君と過ごした時間、本当に楽しかった。君と、家族になったつもりですら居たんだ。僕は本当に君が可愛くて仕方がなかったよ。ちゃんと伝えられる自信が無いくらい、この気持ちは大きかった」


 言葉を重ねるたびに、それが過去形でしかないのが、ずしりと胸に来る。

 ユディは、大事にトビークレイの髪を撫でる。

 トビークレイは、結局一言も発することはなかった。




 ニャンニャは、いつものようにユディの傍に寄ってくる。

 だが、なぜか、登ってきたり、噛んできたりなどの、暴力的な関わりはしてこなくなった。

 ユディがぼんやりとした表情でいると、「にゃあ」と鳴きながら、体をすり寄せて来たり、ただ、傍に寄り添ってくるだけだ。

 たったそれだけのことで、ユディは少し泣きたくなる。

 リルハープ以外の小さな生き物と関わったのは、生まれて初めてだったが、彼らには、人間の気持ちに寄り添うような、そんな部分があるのかもしれない。


「ニャンニャ、君たちとも、もうすぐお別れだね。僕が居なくなっても、いい子にしているんだよ」


 ユディの呟きに、ニャンニャはやはり、「にゃあ」と鳴くだけだった。

 ユディはただただ、ニャンニャの頭を撫でていく。

 ぬくもりが、あたたかかった。




 そして、お別れの日がやってきた。


「ヴィッツローさん、トビー、お元気で。あなた方の未来が少しでも明るいものになるように、願っています」


 ユディは、鳥車に乗り込んでいく二人を見上げる。

 ヴィッツローは、苦いような、それでも笑顔を作ったような表情で、「ああ、サンキューな」と言った。

 トビークレイは、無表情で、豆本をお守りのように握りしめているだけだ。

 リコリネは無言で胸に手を当てて、頭を下げる。

 リルハープは、ちょこっとユディの胸ポケットから顔を出して、こちらも無言で見送った。


 別れを惜しむ間もなく、鳥車は既定の時間になると出発した。

 ヴィッツローは、遠のいていくユディたちが手を振っているのを、ただ眺めている。

 やがて、彼らの姿が見えなくなると、おどけるようにトビークレイに向き直る。


「客がオレらだけなんざ、貸切みてーだな。金持ちになった気分だぜ、ハハ」


 返事は返ってこない。

 カラカラと、車輪の音だけがその場に満ちる。

 ヴィッツローは、静かに息を吐くと、他に見るものもないので、外の景色に目をやった。


「………てやる……」


 一瞬、聞き間違いかと思うほどに、かすかな声だった。

 すぐに、トビークレイの方を見る。

 久しぶりに聞いた息子の声は、ひどく掠れていた。


「トビー、お前…」


 ヴィッツローは、息を呑む。

 トビークレイは、見たことが無いような憎しみを瞳に宿し、怒りを言葉にした。


「殺してやる……モノオモイ……絶対に、絶対に、許さない…!! この世から、全部全部、消滅させてやる……!!」


「トビー……」


「オイラは物狩りになって、アイツらを、根絶やしにしてやるんだ…!!!!」


 ヴィッツローは、ただ、息子を抱きしめる。


「すまねぇ、トビー……すまねぇ……!!」


 生きる意味を、そうした形でしか持てなくなったトビークレイに、ヴィッツローはそれしか言えなかった。

 ようやく、涙が流れた。



-------------------------------------------



 各大陸には、それぞれの大陸の名を冠した港町がある。

 ユディたちは、ヴィッツロー親子を見送った後、『じんの港町』に向けて、出立した。


「リコリネ、楽しみだね、次のせんの大陸」


 ユディが話しかけると、リコリネは無言で、こくりと頷くだけだ。

 リコリネには数日前に、「私はもう、喋ることはないでしょう」と宣言されている。


「ご主人サマ、左目の調子はどうですか~~?」


 沈黙の隙間を埋めるように、リルハープがユディの肩に乗ってくる。

 ユディは、左目を軽くさわった。


「うーーん、それが、やっぱり見えないままなんだ。ちょっと距離感がわかりづらいけど、言ってしまえば弊害はそれくらいだから、まあ平気だよって返事にはなるんだけどね。きっとそのうち慣れると思うし」


「そうですか~~。見本みたいなお試しで呪いをかけられる辺りがもう、ご主人サマらしい感じで、リルちゃん的には大爆笑でしたけどね~~」


「他人事だと思って!!?」


 妖精はいつものように、きゃらきゃらと笑い転げている。

 ユディは「まったくもう」と呟いて、少しだけ笑った。


 だが。

 少し黙ってしまうと、すぐに思考が忙しく駆け巡る。


 リコリネはなぜ、あんなにも怒ったのか。

 なぜ、ここまで黙り込む必要があるのか。

 聞いても答えは返ってこないだろう。

 嘘が付けないのだから。


 リコリネが嘘をつくこと自体は、ショックでも何でもないし、とっくの昔にわかっていた話だ。

 リコリネは何かあっても、すぐに「大丈夫です」と嘘をつき、日常的に無理をする。

 そういう娘だ。

 というか、よくよく考えずとも、もう三年以上も前に、リコリネには堂々と、嘘をつき続ける旨を宣言されていた気がする。

 そういうところまで、リコリネは真っすぐだ。


 あれは、リルハープが最初に熱を出した頃だったっけ…と、ユディは思いを馳せる。

 遠い昔のような気がする。


「ご主人サマ~~、そろそろ野営地を探す頃合いですよ~~」


 リルハープに言われて、ユディはハっと現実に意識を戻す。


「ああ、うん。そうだね……リコリネもそれでいいかな」


 リコリネは、ただ頷く。

 それだけだ。


「……じゃあ、行こうか…」


 ユディの足取りは、なぜだか重かった。




 それから、いつものように旅を続ける。

 いつしかユディはあまり喋らなくなり、リルハープは何かを気遣って、ユディの思考を邪魔しない。

 日が経つにつれ、リコリネは俯く時間が増えてきた気がする。


 おかしい、と、ユディの中で、その言葉が占める割合が増えていく。

 なんだか……この旅が、終わってしまったような気がする。

 そんなはずはないのに。

 ただ、会話が無いだけなのに。

 なのに、道のりはいつも以上に遠く感じるし、何かをやるにも億劫だ。


 ユディは考え続ける。

 別に、単純にリコリネの口がきけなくなったとしても、自分はこうは思わないはずだ。

 筆談でも、仕草でも、何でもいい。

 お互いに最小限の交流しかなくても、リコリネが傍に居てくれるだけで、きっと笑い合える。

 そうなった状況を何度も思い浮かべてみているから、その気持ちに間違いはない。


 じゃあなぜ、今こんなにも、世界が終わってしまったように感じるのか。

 考えに考える。

 困ったことに、時間はたくさんあったから。

 そして、ようやく結論が出た。


 あの時。

 リルハープが初めて熱を出した時。

 やはりあの時に、答えはあったのだ。

 あの時、リコリネはこう言った。


『楽しい旅でないと意味がないのです!』


 今、リコリネが楽しい旅をしているようには、全然見えない。

 だからだ。

 喋らないことと、喋りたいことを我慢するのは、全然違う。

 ちょっとした仕草でのやり取りでも、リコリネが楽しそうにそれをやるなら、ユディは一緒に楽しめた。

 だけど今、ユディは気持ちが重苦しくなるばかりで、楽しめない。

 意味が、なくなってしまった。


 じゃあ、どうすればいいのだろう。

 ユディは考え続ける。

 幸いなことに、道のりは遠かったから、まだまだ時間はある。

 多くの時間を、旅路を振り返ることに使った。

 それが、これからの時間を楽しむためのヒントになる気がした。



 そうして、野営の時間が来た。

 リコリネはいつも通り、無言で薪を拾ってきて、焚火にくべていく。

 今、野盗や賞金首が目の前に現れなくてよかったな…とユディは思った。

 なんというか、今敵対者が出てきたら、容赦ができない。

 鬱憤が溜まっているからだ。


 前にギュギュが、エイプリルフールのことを、嘘をついていい理由があるから乗っかる、と解釈していたが。

 野盗なんて、人間に危害を加える者が出てきたら、自分はあっさりとそいつらを殺すだろう。

 殺してもいい理由が、自分の中にあるからだ。

 殺してもいい理由なんて、本当は世界のどこにもないのだろうけど。


 人間が好きと言いながら、敵対者には容赦ができない。

 自分はよくよく矛盾した生き物なのかもしれない。

 いや、愛情に順列があるのは、魔女によって明かされた事実だ。

 愛する者以外はどうでもいいのだろうか。

 ふとユディは、花の蜜を吸いながら休憩をとっているリルハープを見た。


「リルハープ、君って人間の負の感情が見えるんだよね?」


「そうですね~~、どうかなさいましたか~~?」


「いや……。急に、僕のことはどう見ているのかなって、気になって」


 妖精は、ぱちくりと瞬きをしてユディを見上げる。


「…リルちゃんの感覚を、言葉でうまくお伝えできるかどうかはわかりませんが~~。ご主人サマの場合は、なんと言いますか~~…『へたくそ』って感じに見えますね~~」


「え……どういう意味で?」


「賞金首などの負の感情は、色々な感情が物凄く複雑に交じり合っていて、例えば快楽殺人者でしたら、『斬る』と『快感』が同時に存在するのです~~。まあ、この辺はあんまり想像してほしくないので、適当な感じで聞き流してください~~」


「う、うん。僕の場合は違うって?」


「ご主人サマの場合はですね~~。だいたい一個しかありませんね~~。例えば、リルちゃんは途中で気絶していたので、最終的にどうなったかわかりませんが、アシュアゼとの戦闘がいい例ですね~~。ご主人サマの中には、『戦う』ということに真剣に集中する気持ちしかありませんでした~~。特に憎しみも怒りもなく、あのまま行けば普通に首を落として終わっていたのではないでしょうか~~」


「………」


 実際そんな感じだったので、ユディは黙り込んだ。


「ご主人サマは、一個しかできない感じで、真っすぐ…というか、やっぱりヘタクソって感じですね~~。社交ができないのも、それに起因するのかもしれません~~。ニャンニャ事件のフェイルストと交渉した時に、若干、腹芸ができそうな感じはしてきたのですが、一つのことに本当に一生懸命な辺りが、まだまだお子様ですねって感じです~~っ。トビーに対してはよくお兄ちゃんぶっていましたが、リルちゃんから見たら、どっちもどっちですね~~!」


 からかうように笑うリルハープに、ユディはムスっとする。


「興味本位で聞くんじゃなかった…」


「ご安心ください~~、例えご主人サマがどんなにエゲつない負の感情を見せたとしても、今更キライになんてなりませんよ~~っ」


 そう言って、きゃらきゃらと笑う妖精を、ユディは驚くように見た。

 見透かされている。


「…まったく、かなわないな……」


「ふっふーん、そうやって変な甘え方をする辺りは、もうちょっと素直になってもいいのではって感じですけどね~~っ」


 妖精は笑いの尾を引くような声音でそう述べると、ふわりと羽を震わせてリコリネの方へと向かう。


「ではリコリネ~~、お腹もいっぱいになりましたし、そろそろ一緒に水浴びに行きましょうか~~」


 リコリネは、慣れた手つきでリルハープを手の平に乗せると、こくりと頷いた。

 そのまま、ガシャガシャと、全身鎧の音が遠ざかっていくのを見送って、ユディは焚火に視線を戻す。




 リルハープとさえ、久しぶりに雑談をした気がする。

 そして、ユディの中には、確信が芽生えた。

 こんな雑談すらできない、この現状は…。

 間違いない、今、自分はリコリネを失いかけている。

 こんな失い方もあるのかと、ある意味で馬鹿げた感心もした。

 失いたくない。

 皆殺しのキルゼムに与えられたあんな思いは、もうたくさんなのに。


「嫌だ。絶対に取り戻す」


 敢えて、独り言を口にする。

 腹の底から、何か、怒りのような感情が、ふつふつと湧き上がってきた。


 考えろ。

 考えろ考えろ。

 どんなに無情な踏み込み方をする結果になってもいい。

 どんな強引な手段を取っても、あの子の笑顔を取り戻す。

 まだ間に合うはずだ、まだ。


 自分も日記つけていればよかった。

 そうすれば、旅路を振り返りやすかっただろう。

 それほどまでに、やはりあの中に答えがあるような気がする。


 考えに考えた。

 時間にすれば、少しの間だったのかもしれない。

 だが、ようやく、といった段階で。

 ユディの前に、ぱっと答えが見つかった。


 そうだ、あの時。

 水の都で、恋人ごっこをした時。

 リコリネは言っていた。


『好いたおなごが居るならば―――』



「ご主人サマ、大変です~~っ!」


 いきなり、茂みの向こうから聞こえた声に、ユディの思考は中断される。


「リルハープ、どうしたって!?」


 ユディは慌てて立ち上がり、飛び込んできた妖精を受け止める。


「…! 君ひとり!? リコリネは!?」


 青褪めるユディに、リルハープは急いで言葉を被せてきた。


「水浴びをしていたら、リコリネが倒れたのです~~! リルちゃんでは運べませんので、ご主人サマ、すぐに行って介抱してあげてください~~!」


 わかったと返事する暇も惜しみ、ユディはリルハープを置いて、バっと茂みの向こうへと駆け出した。

 枝葉に身が傷つけられることもいとわず、ユディは走っていく。




 それを見送って、リルハープはため息をついた。


「まったくもう、やれやれです~~、本当に、世話の焼ける二人なのですから~~っ」


 妖精は腰に手を当てて、悪戯っぽい表情を浮かべた。

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