32大魔女トオン・テッド・ニール
「<それはまるで、万華鏡をくるりと回した景色のようだ。たくさんの色が降り積もり、様々なものを形作る。今、リコリネを包む透明な殻が割れていく。その時、形作られたリコリネの鎧の背には、大きな翼が見えるだろう。その力強い羽ばたきは、リコリネを空へと容易く押し上げる。リコリネは、望むままに、空を支配できるようになるだろう>」
ユディは、精霊道具の本を開いて、音の祝福を使う。
ふわりと周囲に舞う、緑の燐光。
それがリコリネを卵の形に包んだかと思うと、次の瞬間には弾けるように割れ、それらはリコリネの鎧の背に集い、大きな翼へと形を変えた。
「くっ、意外に消耗が激しいな…! リコリネ、この力は、皆殺しのキルゼムに花を咲かせた時と同じで、僕の方で力の維持が必要なんだ。僕からあまり距離を取らないように、音の届く距離を保ってほしい!」
ユディは疲弊したように膝をついたまま、そこから動けない。
「主、感謝します! 主ならこのようなことも可能だと思っておりました! 参ります、リコリネ・フライングモード!」
その出来を確かめる前に、リコリネは思い切り地を蹴る。
淡く光る翼は、それに応えるように羽ばたき、大槌を構えたリコリネを、真っすぐに大魔女の方へと運んだ。
バサッ!
リコリネは、魔女が張った半透明な壁を、悔しげに見る。
場が隔てられたジュナライアを助けるよりも、やはり魔女をどうにかするしかない。
「あん、もう! 邪魔しないで、今すっごくいい所なのに!」
魔女は箒に横座りしたまま、ふわりと体を傾かせるだけで、リコリネの大ぶりな一撃を難なく避ける。
だが、避けに集中することにしたようで、攻撃の素振りはない。
「おのれ、逃げずに私と戦え!」
「ヤーよ、それをしてアタシチャンに何の得があるの? 言っておくけど、お前にだって、得はないのよ」
「…どういうことだ?」
「呪いとは、想いの結実♪ アタシチャンが死んだって、アタシチャンが好きとか嫌いとか思った気持ち自体がこの世から消えないのと一緒! アタシチャンを攻撃したって、ヴィッツローにかかった呪いが消えるわけじゃないのよ!」
「では、あなたを粉砕してから、その言葉が事実かどうかを確かめるとしよう」
リコリネは微塵も怯むことなく、大槌を振りかぶり、二撃、三撃と、淡々と魔女へ攻撃を仕掛けていく。
魔女は、うっとうしそうに、危なげなく箒を操り、それらの攻撃をかわしていく。
リコリネは、凛とした声で叫ぶ。
「私の攻撃から真の意味で解放されたくば、一刻も早く、主とヴィッツロー殿にかけた呪いを解くがいい!」
「きい! この大魔女トオン・テッド・ニールを脅すですって!? もー怒ったんだから!」
ギン、と魔女はリコリネを睨みつけ、銀河色の杖を突き付けた。
「大魔女の魔眼はすべてを見通す! …そう。お前は……随分と面白い人生を送っているのね? 見えたわ、お前にかける呪いのヒントが」
バサッ!
リコリネは一度背の翼を羽ばたかせると、警戒をするように、慎重に魔女の動きを睨みつける。
「キャハッ、『嘘がつけなくなる呪い』…お前は、これが一番怖いのね♪」
「……ッ!」
ブオンッ!
その視線を振り切るかのように、リコリネが思い切り振り下ろす大槌の一撃も、魔女はまともに取り合わず、ふわりと枯れ葉のような動きで距離を取る。
「キャハ♪ アタシチャンの呪いは、何も矢のようにうち込むだけじゃないのよ! 機雷みたいな使い方もできるのだわ! ほら、こーんなふうにね!」
魔女が杖を一振りすると、サア、と紫色の蝶たちが生み出された。
それらは、数匹ほど魔女の周囲に漂うと、残りの数匹は、リコリネに向けて、ひらひらと飛んで行く。
「ほぉらリコリネ、お前にふさわしい形の呪いがその蝶よ♪ 呪いにかかりたくなければ、死に物狂いで逃げることね!」
「く……っ!?」
一転して、リコリネは恐れるように、その呪いから距離を取り始めた。
魔女に近づけなくなるどころか、次第に距離があいていき、やれやれと魔女は一息つく。
「あーあ、余計な時間を取っちゃったわ。おまたせヴィッツロー♪」
魔女が目を向けても、ヴィッツローは、凍り付いたように動けないでいるままだ。
額に手を当てながら、ぶつぶつと、状況を再認するかのように呟いている。
「呪いを解くには、愛する者の口づけが必要……最も愛する者に触れれば爆発する……だが、このままじゃ、ジュナもトビーも、崖から落ちちまう……か……」
何度も何度も、その状況を打開できないかと、焦る気持ちの中で、同じ言葉を繰り返している。
「マジかよ、万事休すじゃねーかよ…!!」
思わず声を荒げたヴィッツローの言葉は、ジュナライアに何とかしがみついているトビークレイの心を折るには十分だった。
必死に我慢していたものが、少年の喉からあふれてくる。
「う…っ、うああああああっ、うわあああああぁあああん!!!」
ついに泣き出したトビークレイに、ジュナライアも限界を迎えつつあった。
「アンタ! もう、アタシのことはいいから、一か八か、トビーだけでも助けてやって! お願い、それで爆発しても、アタシは文句なんて言わないから!」
「きゃーーーっ♪ 愛ね、愛だわ!! 愛のクライマックスね! きゅんきゅんしちゃう!」
魔女は、箒から身を乗り出す勢いで、地上のやり取りを見下ろした。
やがて、ヴィッツローは、覚悟を決めたように、ゆっくりと崖に向かって歩き出す。
「……ジュナ。それから、トビー。すまんな。オレを恨んでくれていいぜ」
ヴィッツローの瞳は静かで、もはや揺らぐことはないかのように見える。
そして、返事もできないジュナライアに、限界が訪れた。
「もう……ダメ……っ」
痺れきった指先が、掴まっていた崖を滑った。
ガラッ!
伸ばした指が空を切る。
「―――ッ!」
ガッ!!
次の瞬間。
ヴィッツローが、ジュナライアの手と、そしてトビークレイの手を、両手でつかんだ。
「悪いな、逃げるどころか、どっちかなんてのも選べんかったわ! 一緒に死のうや!!」
「あんた…!!」
「とうちゃん!!」
ヴィッツローは、鍛え上げたその体躯で、軽々と二人を持ち上げ、抱きしめるように崖の上へと引き上げた。
家族三人で、覚悟を決めるように、抱きしめ合う。
「ヴィッツローさん、ジュナさん、トビー!!」
魔女が張った半透明の壁を破れないまま、ユディはそう叫ぶしかできない。
誰もが、誰かの死を覚悟した。
「………」
「………」
「………?」
何も起こらない。
親子三人が、そろりと目を開ける。
「き………」
それを見て、魔女は、歓喜に打ち震えるように、口元に両手を当てた。
「きゃーだぁーーーーーっ!! アタシチャン、手抜きなんてしてないのよ! ちゃんと発動する呪いだったのよ! やった、やったわ!! 愛よ! 愛の力が起こした奇跡が、ワルイ魔女の呪いを打ち破ったのだわ♪ ああ、マスターは見ていてくださったかしら!? アタシチャンの中のイチページが、愛と希望で溢れていく、その様を!」
「………やっぱり」
場違いなほど喜ぶ魔女の声を断ち切るかのように。
やはり場違いなほどに冷たい声が、その場に転がった。
思わず魔女が黙り込んだほどの、その言葉の主は、ジュナライアだ。
「…あん? どうしたぃ、ジュナ」
ジュナライアの視線を受けて、ヴィッツローは戸惑ってた。
ジュナライアは、そろりとヴィッツローの腕の中から離れる。
「かあちゃん…?」
涙が乾ききっていないトビークレイも、不思議そうに母を見上げる。
ユディもリコリネも、思わず動きを止めて、助かったはずの一家を注視する。
ジュナライアは、…一筋、涙をこぼした。
「アンタ……お屋敷のお嬢様のことを……」
「…はぁ!? な、何言ってやがんだ!?」
ヴィッツローは、突然の話に声を裏返らせた。
そして、慌てて言葉を被せる。
「んなワケねーだろ!? ありゃ雇い主の大事なお嬢様ってだけで、だいたい身分が違うし、話すことだって、週に一度くらいだぞ!?」
「アンタ、ほんとに、昔から鈍いよね。告白されるまでアタシの気持ちにも全然気づかなかったし、…だから、自分の気持ちにだって、鈍いんだ。アンタがお嬢様の話をする時ってね、…見たことが無いくらい、優しい目をしてるんだよ」
「なっ、だ、だとしても、何があったって話もねーし、そもそも、どうこうなりたいなんて思ったことすらないぜ!? そりゃそうだろ、花みたいなお嬢さんなんだ、オレみてぇに粗暴なヤツが近づいただけで折れちまいそうな! 遠くから見てるだけでいいんだよオレは!」
ヴィッツローは、酷く青褪めて、必死に言葉を重ね続ける。
「ち、違ぇええ、何言ってんだオレは…!! とにかく! オレが選んだのはお前とトビーだ! それは今、体ぁ張って示しただろ!? 他の、自分じゃどうにもならねー部分で、オレはどうすりゃいいんだよ!!?」
トビークレイは、よくわからないというように、父と母の顔を見比べる。
母は、ふっと、微笑んだ。
「……そうだね。アンタは悪くないんだ。悪いのは、アタシ。全部アタシ。……二番目で、我慢できない、アタシが悪い。…ごめんね、トビー。アタシ、これでもがんばったんだ。でも……母親になりきれなかったんだと思う。アンタのこと、よくクソガキだって言ってたけど、ホントにガキなのは、アタシだった。だって、こんなにも、アンタの父ちゃんが、大好きなんだ」
「おいジュナ、落ち着け! 例え…例えそうだったとしても!! 想うだけなら、罪にはならねぇだろ!!?」
その言葉に息を呑んだのは、リコリネだ。
ヴィッツローは、焦ったようにジュナライアの腕に手を伸ばした。
ジュナライアは、拒絶するように、トン、とヴィッツローの胸板を、トビークレイごと突き飛ばす。
「……最後まで、愛してるって、言ってくれなかったね。アタシも、トビーも、アンタの一番じゃないことに……これからずっと耐えていくなんて、できないよ……。弱くてごめんね……。…だいすきだったよ…」
全員が、一言も発せなかった。
ただ、スローモーションのように、崖向こうに一人で落ちていくジュナライアを、茫然と見ている。
一陣の風が吹き去った後には、もう彼女はこの場のどこにも居ない。
先程まで、すべてが丸く収まったと安堵していたはずなのに。
誰もが、目の前で起こったはずの出来事を、どこか遠くの事件であるかのように眺めていた。
それくらいに、理解が追い付かない。
ジュナライアの姿が消えて、どのくらい経っただろうか。
「………は?」
魔女は、ぽつりと、乾いた声を落とした。
「え……。なに……これ……。あ、愛……が……夢と、希望が……あ、溢れ……ない……」
空虚をかきむしるように、魔女は腹を掻きまわす。
「………よくも」
地の底から響くような低い声。
「よくも、暴いたな……」
声の主は、リコリネだった。
「リコリネ……?」
ユディは、やっとそれだけを絞り出し、空の上を見上げる。
「許さない……。お前だけは、絶対に許さない!!」
バサリと背の翼を操り、リコリネは一直線に魔女へと飛んで行く。
途中に散布されている呪いの蝶が、リコリネに当たって、ぱちん、ぱちんと弾けていく。
だがリコリネには、それに構っている余裕もないようだった。
魔女は、ぶつぶつと何かを呟いたまま、茫然と崖を見つめたままだ。
「ハアアアアアアアッ!」
ドゴンッ!!!
リコリネの一撃をまともに食らい、魔女は箒ごと、空中から叩き落された。
まるでその衝撃が伝わったかのように、ヴィッツローとユディを隔てていたマホウの壁が、パキンと砕けて散っていく。
ドオオオオンッ!!
着地音というには、あまりにも暴力的な轟音。
「うそ……うそよ……こんなの……」
舞い上がった土煙が晴れ、地に叩きつけられた魔女の姿が露になる。
折れた箒が隣に転がり、体には、大槌の一撃が作ったへこみが、べこりと抉れるようにできていた。
普通の人間であったなら、内臓がすべて潰れていると判断できるような場所だ。
リコリネの一撃の容赦のなさが垣間見える。
しかし魔女は、痛がるでもなく、呆けたように、何事かを呟くだけだ。
ユディはふらりと立ち上がり、一歩、また一歩と魔女に近づいていく。
だが、それに意味があるわけではない。
何かを考えねばと思うのだが、今はそれが難しかった。
バサッ!
羽ばたきの音がする。
ガシャリと鎧の音を響かせて、リコリネが魔女の隣に降り立った。
ユディは、少しぼんやりしながら、機械的に精霊道具の本を閉じる。
すると、用が無くなったとばかりに、リコリネの全身鎧の背に生えた翼は、すうっと空気に溶けるように消えていく。
目視できるほどに、力の精霊の赤いオーラが立ち昇っているリコリネの姿は、まさに羅刹のようだった。
「満足か……。想うこと自体が罪だと暴いて、満足か!! だったらどうすればいいんだ…!! 行き場のない想いを抱いた者は、どうすれば……!!」
ワナワナと震えるリコリネを見て、ユディは本を仕舞い、咄嗟に駆けだした。
リコリネが、泣いていると、そう感じた。
「…リコリネ!!」
「こっちを見ろ! 何を被害者面している! よくも…!!」
リコリネは、追撃の形に大槌を振り上げている。
ユディはリコリネを、後ろから羽交い絞めにした。
「リコリネ、やめるんだ!」
「…っ!!?」
その感触に、リコリネは硬直したように動きを止めた。
「リコリネ、あの日、君は僕に言ったね、アシュアゼさんへの矛を収めてくださいと! 僕も今、同じことを言うよ。その矛が、君自身を傷つけてしまわないか、それが心配なんだ…!! うまく言えないけど、今、君が罰を下すのは違う!」
フルフェイスの中から、リコリネの荒い呼吸音が聞こえる。
「…その通りです~~」
ユディの胸ポケットから、ふわりと妖精が飛び上がり、リコリネの前を塞ぐような位置に浮かぶ。
「リコリネ~~、あなたは今、ヴィッツローの怒りを奪おうとしているのですよ~~。今決断を下すのは、ヴィッツローです~~…。治まりください~~……」
リルハープは、とても冷静にそう述べているが、目には涙の跡があった。
それでも、この場の誰よりも背筋を伸ばし、強い声音で、きっちりと告げるべきことを告げていく。
そして、静かに視線をヴィッツローへと向ける。
「ヴィッツロー、こちらへおいでください~~…、いつまでもそんな端っこに居ては、危ないですよ~~…」
ヴィッツローは、何度目かの声掛けで、はっとしたように我に返った。
放心しているトビークレイを抱きしめて、ヴィッツローはふらりと魔女の方へとやってくる。
歩きながら、少しずつ、現状を理解していくようだった。
やがて、あおむけに倒れている魔女の傍に立った。
「………そうか。オレは……間違えたんだな。動揺しちまって……言い訳なんざ、するべきじゃなかった。ただ、お前を愛していると…魔女よりも、オレを信じろと、そう言えば、よかったんだ……。んなこっ恥ずかしいこと、言えっかよって、今までずっと思っていた…。だが、どこかで、そんなことを言う資格が無いと、思ってちまってたってのか……図星だったってのか……」
ヴィッツローは、あいた片手で、くしゃりと髪の毛をかきむしる。
涙すら出ない。
「なぁ娘っ子。あんた、魔女とか言ったな。マホウとやらで、時間を戻したりは、できねーのか」
その言葉に、ようやく魔女はピクリと反応した。
眼球だけを動かして、ヴィッツローを見上げる。
「……そんなことができたなら……。アタシチャンは、とっくの昔に、マスターとの日々が戻ってくるように、使っていたのだわ……。おかしな話よね、魔法は何だってできるはずなのに、万能じゃないの…」
そう言って、ぽろりと涙をこぼす。
ヴィッツローは、乾いた声で、「そうかよ…」と呟いた。
「ハハ…。リコリネのネーチャンが、オレの代わりに怒ってくれたからよ…。もう、することが、なーんもねぇわ……。なーんも……」
「ヴィッツローさん……」
ユディの手から力が抜け、羽交い絞めにしていたリコリネを解放する。
リコリネは、歯を食いしばるように、大槌の柄をぎゅっと握りなおした。
「ヴィッツロー殿! ならば私を武器としてお使いください! 希望を述べて頂ければ、どこの部位でも叩き潰してみせましょう!」
「いいんだ、ネーチャン。それをして、アイツが帰ってくるってんなら話は別だがよ…。もう、全身から力が抜けるくらい、どーでもいいんだわ…。ありがとな、ネーチャン。アイツのために、そこまで怒ってくれるなんざ、オレは喜ぶべきなんだろうよ…」
「……!!」
どれかの言葉に、リコリネは衝撃を受けたかのように、硬直した。
だらりと、大槌を下ろす。
この場に居る資格がないとでも言いたげに、リコリネは委縮して見えた。
その様子を見て、リルハープが静かに述べる。
「…では、この場の判断は、リルちゃんが預かります~~。ご主人サマ、この竜の夢を、還してあげてください~~…。リルちゃんは、この子を哀れに思っているのです~~。まだ愛を与えられたことが無いから、愛し方もわからない…。だから、身の内を愛で満たしたくとも、やり方がわからず、他者の愛に頼るしかなかったのでしょう~~」
ユディたちは、倒れ込んだ魔女へ目を向ける。
「う……っ、マスター、マスター……帰ってきて……さみしい、さみしいよ……」
魔女は、両手で顔をぐしぐしと擦りながら、泣いている。
「ご主人サマ、あなたが強くあろうとしていること、そして、そのために費やした努力と時間を、リルちゃんはそれなりに理解しているつもりです~~。ですが、それでもなお、あなたはまだ、喪失に耐えうるようにはできていないと、指摘させていただきますね~~。ですから今は何も考えず、リルちゃんの言うとおりにしてください~~…」
「そうしつ……」
ユディは、ぽつりとその言葉を繰り返す。
ジュナライアの顔が浮かんだ。
どんなことでも、あっさりと笑い飛ばす、あの笑顔。
大輪の花のような女性だった。
この親子三人の関係を、何度羨ましいと思っただろう。
それを…。
それを壊したのは…。
「ご主人様、お願いします~~……」
何かを察してか、リルハープはふわりと羽を震わせて、ユディの肩に舞い降りる。
頬に手の平を添えられる感触に、ユディはなんとか、平静を保つように、ふっと笑う。
「泣きべそをかいているのは、君の方なのに?」
リルハープは、見るからに動揺をした。
「なっ、そ、そこでそういうことを言うから、ご主人サマは意地悪なのですよ~~! いいからリルちゃんの言う通りに、キリキリ働いてください~~!」
「……わかった。それが君の望みなら。そうさ、僕はいつだって、君に弱いんだから」
リルハープは、困ったような顔で、少しだけ微笑んだ。
「そうですよ~~、ご主人サマは、リルちゃんの願いを叶えるために生きているのですから~~!」
「だけどね。僕は弱いのかもしれないけど、強くあろうとするつもりではいるんだよ。もう、昔とは違うんだ。だから、僕はきちんと自分の意志で、この竜の夢を還すよ」
そう言って、困ったような顔で微笑むユディを見て、リルハープは、一瞬言葉を失った。
ぽ、ぽ、ぽつん、
泣きじゃくっている魔女の体が、リコリネの与えた一撃を中心に、うっすらと光り始める。
ぽつりと光の粒子が、一粒だけ剥がれ始めた。
魔女の体は、少しずつめくれはじめ、体中に本のページが浮き上がる。
まだ真っ白の、本のページが。
もはや魔女の口元だけがぶつぶつと動き、言葉は出てこないようだ。
「! いけません、竜の夢が、還る前に壊れてしまいます~~! ご主人サマ、急いでください~~!」
ユディは、雑念を振り払うように、ただ息を吸い込んだ。
首元に下げた、オカリナのペンダントを手に取る。
あれほど、トビークレイのために何度も吹いてきたはずなのに。
なぜか、とても久しぶりに手に取ったなと、そう感じた。
そっとオカリナに息を吹き込む。
音符の中に海があり、そこに大きな魚を浮かべるような、そんなイメージ。
その音符を壊してしまわないように、慎重に、優しく、音を連ねて行けば、それはいつもの、子守歌のようなメロディとなった。
いつものように、ユディの頭の中にだけ、誰かの思い出が流れ込んでくる。
竜の夢が壊れかけているせいなのか、それはとても、不調和で、出来損ないのようなイメージだった。
断片的な映像が、閉じたユディの瞼の裏に浮かびあがってくる―――。




