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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
76/137

29カレットガフト

 それから一か月ほどが経過した。

 しかしユディたちは、まだ英雄の村に滞在をしている。



 ある程度予想はついていたが、フェイルストは、村人によってあっさりと許された。

 フェイルスト本人ですら、拍子抜けの表情を浮かべていたほどだ。

 「まあ終わった話をどうこう言っても始まらない」というのが、細かいことを気にしない、村人たちの総意だった。


「それに、可愛いニャンニャたちと出会わせてくれたんだからね、フェイルストさんには感謝しかないよ、あっはっは!」


 そう言って一番に笑い飛ばしたのは、ジュナライアだった。


 フェイルストは、彼なりに罪悪感と戦っていたらしく、泣きながら英雄の村のために尽くすと誓っていた。

 村人たちからの注文はたった一つで、ニャンニャを大事にしてくれる人へ売ること、という条件で、フェイルストにはこれまで通りの商売をしてもらう結論となる。

 一応見張りの意味もあって、ユディはフェイルストと村の観光業についての作戦を練るために日々を過ごしたのだが、真偽判定ができるリルハープによると、「フェイルストはですね~~、最初の時とは別人みたいに、嘘偽りなく生きていますよ~~」という話らしいので、一安心だ。


「騎士好きな私としては複雑ですが、そのうちニャンニャの村と呼ばれるようになるかもしれませんね」


 そう言って、リコリネは笑っていた。


「リコリネのお手柄だね。色々と細かいところまで調べてきてもらって助かったよ。情報が照合しやすかった」


「いえいえ。主こそ、毅然とした対応で、見ていて痺れましたね」


「ああ、あれは…相手の事情を聞いてしまうと、僕は憎み切れなくなるんだってわかったからね。内心では結構焦って耳を塞いでいたんだよ。落ち着くまでは、フェイルストさんには敵でいてもらわないと」


「なーんだ、ご主人サマらしい落ちでしたね~~、リルちゃん的には、ちょっとカッコいいと思っていましたのに~~!」


 ちなみにリルハープは、まあ大丈夫だろうと、ジュナライアとトビークレイの前でだけは、姿を現すようにしている。

 そうでないと、ずっとだんまりを決め込んで、窮屈な生活を送らねばならないとわかっていたので、本人もノリノリで姿を見せていた。


 ジュナライアは、「ありゃまぁすごい、初めて見たよ!」とだけ驚いて、後は普通に生活をしている。

 トビークレイは、なぜか「ユディあんちゃんスゲー! 妖精と知り合いなんてスゲー!」となっていた。

 トビークレイにとっては、もはやユディは尊敬の対象であり、ユディを取り巻く何もかもに「スゲー!」と言っている。



 フェイルストの件が一段落着いたと判断したユディは、ようやくリコリネに向き直る。


「さあリコリネ。実は、君が帰ってくるまで、ずっと我慢していたことがあるんだ」


「…? なんでしょうか、主」


 身構えるリコリネの前で、ユディは、ジュナライア家の床でのんびりと寝そべっているニャンニャを示す。


「ニャンニャとのふれあいタイムに決まってるじゃないか。君だって可愛いのが好きだろう? 君を使いに出しておいて、僕だけが抜け駆けするわけにはいかなかったからね」


「! 主…!」


「そういうことだったのですね~~。てっきりリルちゃん、ご主人サマはニャンニャに興味が無いのかと思っていました~~。意図的に視線をそらしていましたし~~」


 ユディの頭の上にのしっと寝そべりながら、リルハープがその様子を覗き込む。

 ユディは、困ったように腕を組み、眉間にしわを寄せた。


「そりゃそうだよ、直視したら撫でたくなるだろう?」


「嬉しいです、主…。では早速、ニャンニャ殿を抱き上げさせていただきましょうか」


 リコリネは、ガシャリと鎧の音を立てながら、意気揚々とニャンニャに近寄って行く。


「!」


 ニャンニャは、今まで生活圏の外にあった金属質なものが、いきなり自分を捕まえる姿勢を取りながら近づいてきたのを見て、「フーーッ」と毛を逆立てて、威嚇を始めた。


「かわいいですね…」


 リコリネは、何も臆することなくニャンニャを抱き上げる。

 ニャンニャは「フギャーッ!」と悲鳴を上げながら、ガリガリとリコリネの鎧を爪でひっかくのだが、リコリネはびくともしない。


「よしよし…」


 リコリネはガントレットをつけたままの手で、ごりごりと丁寧にニャンニャの毛を撫で上げる。

 ニャンニャはどこをとっても硬質な肌触りを心底嫌がり、リコリネの腕の中で暴れている。

 ユディはそれを、微笑ましげに見守った。


「よかった、リコリネが嬉しそうで」


「ニャンニャが嫌がっているように見えるのですが~~……」


「そうかな? トビーが触ってもあんな感じだったよ」


 ユディの返答を聞き、リルハープは心の底からニャンニャに同情した。




「ユディあんちゃん、大好きーー!」


 ユディがずるずると村に残っていたのは、トビークレイに懐かれていたのも原因の一つだった。

 今日も、特に何もなくても思い立ったように抱きつきに来る少年を、ユディはくすぐったそうな顔で受け止める。


「よしよしトビー。今日は何をして遊ぼっか」


「ン…、豆本は昨日も読んだし、なあユディあんちゃん、そろそろオイラに戦いを教えてくれよ!」


「あ、そっか、トビーは勇者フェンネルになりたいんだったっけ」


「そうそう! 木の枝のチャンバラでいいからさ! あーあ、リコリねえちゃんはいいよなー、力の精霊なんだろ? オイラは増進の精霊なんだー。なんか劣化版みたいな感じじゃね?」


 ふてくされるようにそう言うトビークレイに、リコリネは「そんなことはありませんよ」と話に割り込んできた。


「トビー殿、やはり使い方次第なのです。例えば、クロスボウがわかりやすいでしょう。ボウガンとも言いますが、ご存じですか?」


「おう、もちろん知ってるぜ! カレットの爺ちゃんが、そういうのをよく教えてくれてたんだ!」


「カレットガフトさん…『フェンネル英雄譚』の作者さんか、本当に会ってみたかったよ」


 残念そうに言うユディに、リコリネは申し訳なさそうだ。


「すみません主、私だけ『地上最強の騎士』の作者に会ってしまって、抜け駆けでしたね」


「いや、大丈夫だよ、気にしないでリコリネ。それより、クロスボウが何だって?」


「ああ、はい。トビー殿、クロスボウは、引き金を引けば発射されますね。しかし、ここに力は必要ない。例えば私が力の精霊ゴルドヴァの祝福を行使したとして、発射される矢の威力は変わりません。ですが、増進の精霊は違います。うまく祝福を使いこなせば、矢の威力や飛距離自体を上げることができるのです」


 トビークレイは、ほあー、という感じで口をポカンと開けて、キラキラとした目でリコリネを見上げている。


「リコリねえちゃんもスゲー! ねえちゃん、オイラにもっと戦いを叩きこんでくれよ!」


「はい、私で良ければ、喜んで。嬉しいですね、このような力、主を守る以外で役に立つ日が来るとは思いませんでした」


 トビークレイは、感極まったようにリコリネの鎧にぎゅーっと抱きつきに行く。

 リコリネは、思わず…といったように、少年の頭を撫でた。

 ユディもリルハープも、にこにことそれを見守る。


 どうやらリコリネも、トビークレイのことをかなり気に入ったようだった。


 しかし、「さあトビー殿、立ってください、今日は私から一本取るまで休ませませんよ」と言いながら、容赦なく攻撃を叩き込んでいくリコリネをユディが慌てて止めるまで、そう時間はかからなかった。

 トビークレイは、泣きべそをかきながらも、結局リコリネの稽古について行こうとする辺り、決意の固さは本物のようだ。



-------------------------------------------



「え……旦那さんが帰ってくる?」


 ある日、朝食の席で、唐突に告げられたジュナライアの言葉を、ユディは繰り返した。

 その隙に、ニャンニャがユディのズボンのすそにじゃれついて遊んでいる。

 ユディはすっかり、村のニャンニャすべてに侮られていた。


「そうなんだよ、もうじき旦那の休暇が来るから。ユディさん、旅人って人種を引き留めるのは心苦しいけど、ぜひそれまでうちに滞在してってほしいんだよ、紹介したいからさ!」


「それは、ぜひお願いしたいんですが、いいんですか? すっかり長くお世話になってしまって、その上ジュナさんは滞在費も受け取らないし」


「あっはっは! あったりまえだろ、今やあんたはこの村の恩人なんだよ! おかげで初代騎士王の墓なんてでっち上げもしなくてよくなったし、その上リコリネさんには力仕事まで手伝ってもらっちゃってまぁ、感謝しかないねぇ! もっとふんぞり返って村を闊歩してもいいくらいさ」


「かあちゃん、それなら、カレットのじいちゃんちにユディあんちゃんが行ってもいいか、ばあちゃんに口利きしてくれねーか?」


 トビークレイは、それだけを言うと、すぐに口の中に食べ物を一杯に詰め込む。

 ジュナライアは、驚いたようにユディを見た。


「ありゃまぁ、そういえばカレットさんのファンなんだって? 前にトビーから聞いてたのにすっかり忘れてたねぇ! それじゃ、今日はあたしと一緒に奥さんの家に行こうかね」


 ユディは、驚いたように瞬きをした。


「急な話になりますが、いいんですか?」


「いいっていいって、あそこの奥さんはもうのんびりと暮らしているだけだからねぇ! きっと喜んでくれるさ」


「じゃあリコリねえちゃん、今日はオイラとの稽古の日にしようぜ!」


「ふふ、わかりました、トビー殿。主が帰ってくるまでに、また一つ強くなっておきましょうね」


「ナオ~ン」


 ニャンニャが返事をするように、ユディの膝の上に乗ってきた。


「こらニャンニャ、僕は今から立ち上がるところなのに…!」


 ユディは仕方なくニャンニャを抱き上げ、すっかりクセになったようにその毛並みを撫でていく。


「あっはっは! ユディさんはすっかりニャンニャの人気者だねぇ!」


「いいえジュナライア~~、ニャンニャはご主人サマを侮っているのですよ~~! 乗れば自ずと撫でてくれる便利道具程度に思っています~~っ」


「こらリルハープ、余計なことは言わない! とにかく、ジュナさん、今日はよろしくお願いします」


「はいよ!」


 しかしカレットガフトの家に向かう途中も、ユディは村のニャンニャたちの襲撃にあい続け、ジュナライアは何かがツボに入ったらしく、普段よりもいっそう大きく笑い声をあげていた。




「奥さん、アタシよ! 元気?」


 ノックも何もなく、ジュナライアは慣れた手つきで、いきなり他人の家の扉を開ける。

 この村は、全体的にずっとこんな感じで、村の外れにあるこの家に対しても、同じ態度らしい。


「あらジュナさん、お久しぶりね」


 上手に年老いた…という感じのお婆さんが、優しく出迎えてくれた。


「うちは変わりないわ。最近は村の方が忙しそうな感じだったけど、なにかあったのかしら?」


「まあねー、将来的に観光客が増えそうな感じになってきたのよぉ。それより、今日は旦那さんのファンを連れてきたの!」


 ジュナライアが一歩横に避けると、ユディは一歩前に出る。

 そして、夫人へと頭を下げた。


「はじめまして、ユディと言います」


「あらあら! お若い方ね、珍しい。わざわざお越しいただいて恐縮だけど、見せられるものは旦那の書斎くらいしかないのよ?」


 そう言って微笑む彼女の目には、悲しみを長い時間かけて消化し終えたような、寂しげな輝きがあった。

 ユディは一瞬何も言えなくなって、慌てて言葉を探す。


「……トビーからたくさん話を聞いてきました。書斎だけでも、本当に嬉しいです。できれば見せていただいてもよろしいですか?」


「うふふ、もちろんよ。好きなだけ見て行ってちょうだいな」


「決まりだね! それじゃアタシは仕事に行ってくるよ、ユディさん、夕方くらいにうちに帰っておいで。ごゆっくり!」


 そう言い置くと、ジュナライアは返事も聞かずにさっさと来た道を戻って行った。


「あ! ありがとうございます、ジュナさん!」


 ユディは急いでその背に声をかけると、ジュナライアは背中越しに手を振って返した。

 夫人は、ジュナライアのそういった態度には慣れきっているのか、にこやかにユディを家の中へと入れる。


「ユディさん、こちらへどうぞ。まずは何も言わずに、目的を果たすといいわ。当時のまま、手つかずで残してあるから、好きに触れていいのよ。わたしのことは気にせず、気がすんだら、お茶の間にいらっしゃいね」


 少し気が引けたが、夫人は本当に嬉しそうに案内をしてくれたので、ユディは安心して書斎の中へと入った。


「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく見せていただきますね」


「うふふ、ごゆっくり」


 パタンと書斎の扉が閉められた。

 ユディ一人が、中に残る。


 扉といっても、隙間が完全になくなるような精密な作りではない。

 それなのに、なぜか、外界と分かたれた、と明確に感じた。

 それほどまでに、この部屋には独特の空気が満ちている。


 静謐を壊さないように、そろりと動いて、書斎机の方へと歩む。

 数歩で足りるくらい、狭い部屋だ。

 埃っぽいわけでもなく、手入れはされていると感じる。

 この書斎の主が帰ってきたら、すぐにでも使われそうな、そんな雰囲気があった。


 机の上には、インク壺に突っ込まれたままの羽根ペン。

 蓋が開いたままのインクはとっくに乾いている。

 そして、開かれた本が一冊乗っていた。


『溢れるように、』


 それは、ページを開いてすぐに書き始められた一文だ。

 左上に、それだけが書かれて、そこで終わっている。


「あふれるように……」


 ユディは思わず、その文字を口にした。

 一体何が溢れるのか。

 主語はきっと、前のページに置いてけぼりになっているのだろう。

 だが、前のページをめくって見てみる気には、どうしてもならない。

 なぜなのかはわからないが、この書きかけの本は、触れてはならない聖域のように感じる。


 ここから先の文章は、永遠に足されないというのに。


 書斎の本棚には、溢れんばかりに本があり、資料のような紙が散乱している。

 だがユディは、その書きかけの本から、どうしても目が逸らせない。


 死が、目に見える形で存在しているとしたら、それは書きかけの本の形をしているからだろうか。

 うまくいえないし、わからない。

 ただ本が置いてあるだけの事象であるはずなのに。

 全然関係のない、外側の人間でしかないはずのユディが、たったそれだけの事象から、勝手に色々なものを感じ取っている。

 そう考えると、おかしな話だと思うのだが、それは笑い飛ばせるほどに軽くはなかった。

 

 この小さな部屋には、見るべきものがたくさんあった。

 あったのだが。

 ユディはやはり、どうしてもその本から目を離せずに、凍り付いた様に固まっていた。

 ずっと、ずっと。



 それからどれくらいが経ったのだろうか。


「ナアン…」

「あらニャンニャちゃん、いらっしゃい、ごはんにしていく?」


 隣の部屋から、かすかな音が聞こえてきて、ユディはハっと我を取り戻した。

 そして、驚いた。

 今まで、隣の部屋に人がいたとは微塵も感じないほどに、カレットガフトの奥さんは、そっとした生活を送っていたことになる。

 それがきっと、あの人の常なのだろう。

 夫の執筆の邪魔をしないように。

 息をひそめた生活を送るのがもうクセになっているのか、それとも今日訪れてきたユディのためにだけそうしていたのか。

 どちらにしろ、それは気づかいだった。


 たったそれだけのことがわかるだけで、胸にあふれてくる、このよくわからない感情は何だろう。

 悲しみは癒えるが、忘れることはできないのに。

 ある日、ふとした瞬間に、あの夫人は涙しているのかもしれないのに。

 それでも、こうして他人のために気を使ってくる。

 それが当たり前であるかのように。


 ユディがこの部屋に来て得たものは、やはり自分は人間が好きなのだろうと、そんな今までの復習めいた感情だった。



-------------------------------------------



「あら、お疲れ様ね」


 書斎から出てきたユディを、夫人は温かく迎えてくれる。


「疲れて見えましたか?」


 ユディは照れたようにそう言いながら、示されたテーブルの席に腰かける。


「うふふ、大丈夫よ、見た目にはわからないわ。だけど、もう居ない人の痕跡と触れ合うのは、疲れるでしょう」


「……そうかもしれません。でも、心地いい疲れです。旦那さんには一度お会いしたかったもので」


 夫人は、淹れたてのお茶を、ユディの前に置いた。


「会うことは、できたかしら」


「…いいえ。結局、何にも触れることができずにいました」


「まあ。こんなに長い時間?」


「はい」


 夫人は、ささやかに笑いながら、ユディの対面に座り、お茶を一口飲んだ。


「うふふ、道理で物音一つしないと思った。ありがとう、本当に夫の作品を大事に思ってくれていたのね」


「そうやって好意的に受け止めて貰えると、ほっとします」


 ユディが笑み返すと、夫人は書斎の扉の方へと視線を向ける。


「もう一年が経つのだけど…今でも、夫があそこにいるような気がするの。だって夫は、普段からずっとあそこに引きこもっていたんだもの。気ままにあの扉が開いて、また顔を出してくれるんじゃないかって」


 夫人は、一度喉を詰まらせるように言葉を千切った。


「だけど……。今日、ユディさんがあの部屋に籠って、わかったわ。やっぱり、人が一人いるのと、誰も居ないのとでは、全然違うのね。やっぱりあの部屋は、今まで空っぽだったのよ。わたしのなかの儚い幻想は、あなたのおかげで、ようやく決着をつけることができた……ありがとう」


 何とかその言葉を絞り出すと、夫人は俯いた。

 ユディは、咄嗟に手を伸ばし、テーブルの上で握りしめられた夫人の手の上に、手の平を被せた。

 他には何も思いつかなかった。

 夫人の悲しみの受け皿になることは、自分にはできない、その無力さだけがある。


 夫人は、手の上のぬくもりに顔を上げると、ゆっくりと握りしめていた拳を解いていく。

 ありがとう、と夫人の唇だけが動いて、ユディはそれに頷くだけ。

 そうして二人で、時間を耐えた。

 それは、とても必要な時間だと感じた。




「今日はありがとうございました」


 夕刻が近づいて、ユディはカレットガフト家の前で頭を下げる。

 すると背中にニャンニャがぴょんと乗ってきて、ユディは「こらっ」と言いながら、苦労してニャンニャを抱き上げる。

 夫人は、「まあ」と言って、晴れやかに笑っていた。


「また来てくださいね、なんて気軽に言えたらいいのだけどね。残念だわ、ユディさんが旅人さんで」


「……ここはいい村ですね。実は足止めされて困っているんですよ」


「あらあら、いいことだわ、ニャンニャちゃんもユディさんを気に入っているみたいだし」


「旅仲間によると、僕はニャンニャたちに侮られているだけだそうですよ」


「うふふ! 面白いことをおっしゃるのねえ。こんなに笑ったのは久しぶりよ」


「……それじゃ、お元気で」


「ええ。ユディさんもね」


 ユディは一度手元のニャンニャを撫でると、大事に地面に置く。


 夕暮れの中を、何度も振り返りながら、帰路へとついた。


 振り返るたびに、夫人は手を振ってくれていた。

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