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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
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28英雄の村

「うわあ…!」


 英雄の村に踏み込んで、ユディは感動の声を上げる。

 村の中央には、初代騎士王と思われる像がたっており、その存在感は流石と言える。

 だが、ユディが感動したのは、そこではなかった。


「あれは……ニャンニャではないですか…! 初めて見ました」


 リコリネも、感動の声を上げる。

 像の周辺…どころか、村中に、ニャンニャという動物がいる。

 様々な色の毛並みを持つニャンニャが、日向ぼっこをしたり、腹を見せて寝そべっていたり、気ままに過ごしていた。


「可愛いなあ、図鑑でしか見たことなかったけど、この村には居るんだね…!」


 村まで案内してきたトビークレイが、不思議そうにユディたちを見上げる。


「なんだユディあんちゃん、ニャンニャが好きなのか? あいつら、うちの村にはゴロゴロいるぜ。ひょっとして、よそには居ねーのか?」


「そりゃそうだよ、ニャンニャの主食のカリコリの実って、特定の地域にしか育たないって話だし!」


「ニャンニャはその希少性から、一部の貴族しか飼えないと聞きます。うちは騎乗鳥一択でしたね、ペットは」


「ふーん…?」


 トビークレイは興味が無いのか、いまいちよくわかっていない顔で首を傾げるだけだった。


「トビー!」


 横合いから、焦ったような声がかかる。

 走ってくるのは、色布で髪を上品に飾っている、まだ若さの残る大人の女性だ。


「かあちゃん!」


「あんたどこ行ってたの! まさかまた森に行ったんじゃ……、…?」


 その時、女性はユディたちに気づき、戸惑うような視線を向けた。

 すぐに、ハっと何かを察する。


「まさか…。うちのトビーが、迷惑を……?」


「いえ、そんな」

「かあちゃん! 森で外道ガラスに襲われたオイラを助けてくれた、ユディあんちゃんと、リコリねえちゃんだ!」


 ユディに被せるように言うトビークレイは、なぜか自慢げだ。

 母親は、青褪めたような、怒ったような顔で、まず一番に大きく叱りつけた。


「トビー! あんたって子は! あぁもう…!! あとで尻叩きだよ!」


「ケッ、覚悟の上だ、どんとこい。それよか、あんちゃんもねえちゃんも、オイラの恩人なんだ、オトナの対応を頼むぜ」


 開き直ったような物言いのトビークレイに、母親は思い切りデコピンをたたき込んだ。

 あまりの痛さにうずくまっている息子を背に、母親は申し訳なさそうにユディたちに向き直る。


「うちの子がごめんなさいねぇ? アタシはジュナライア。ジュナでいいよ。ぜひともお礼をさせとくれ! あんたたち、観光客だろ? うちに泊まって行きなよ!」


「え、あ…ありがとうございます。先程も紹介にあずかりましたが、僕はユディと言います。トビーにはこの村まで案内をして貰いましたので、こちらとしても助かっています」


「私は騎士のリコリネと申します。子供と触れ合う機会がなかったもので、トビー殿には大変心を和ませていただきました」


「なんだいなんだい、かしこまっちゃって! アタシらには敬語は不要だよ、この村は大雑把な人間ばっかりだからねえ、ユディさんたちも、自分の村だと思って堂々と歩いてくれりゃいいのさ。村の衆にはアタシから伝えておくからねぇ」


 そう言って、気風良く笑うジュナライアからは、先日会った騎士王と同じような雰囲気を感じる。

 もしやこの村は、全員騎士王みたいな感じなのだろうか…と、ユディは馬鹿げたことを考える。


「やった、ユディあんちゃん、今日はオイラと一緒に寝ようぜ!」


 トビークレイは、好意を隠そうともせずに、ぎゅーっとユディに抱き着いてくる。

 ユディは反射的に、よしよしと少年の頭を撫でた。


「ありがとうトビー、それじゃしばらくの間、よろしくね?」



-------------------------------------------



 ジュナライアの用意した夕食をごちそうになりながら、ユディたちはこの村の近況を聞かせて貰うことになった。

 正しく言うと、ジュナライアの方から、村を取り巻く現状へのアドバイスを求められたのだが。


「この村はめんどくさがりが多いから、平たく焼いたパンに具材を挟んだり、ソースをディップして片手で食事をするスタイルが主なんだよぉ。アタシの仕事は、村の共同パン焼き窯で、村全員分のパンを毎日焼き続けることなのさ。さぁ、食べとくれ。味には自信があるからね」


 ジュナライアは空いている片手でユディたちに色々と食べ方の指示をしながら、まずは世間話のように語り始めた。


「ユディさんたちは観光客じゃなくって旅人だって話じゃない? 各地を旅しているなら、色々な街や村について見て来たんだろう?だったら、その知恵を貸しちゃくれないかい? 実は、ちょうど村で抱えてる問題の助言を貰えないかって話でねぇ」


「…? 実際にいい助言ができるかどうかはともかくとして、僕らで役に立てることなら、いくらでも聞いてください…という気持ちはありますよ。…じゃなくって、いくらでも聞いてほしいな…?」


 ユディは慌てて敬語を排する努力をした。

 ジュナライアはそれを笑い飛ばす。


「あっはっは! 喋りやすいようにしてくれたらそれでいいよぉ。実は、観光についてなんだけどね。今までは初代騎士王の像があるってだけで、のんびりとやってこれてたんだけど、飽きられたのか何なのか、最近めっきり観光客が寄り付かなくなって、そろそろ本腰を入れて考えないとって話になってきててさ?」


 リコリネは、フルフェイスの口元だけを上げて上品に食事を続けながら、頷いてジュナライアの話を促す。

 ちなみに、リコリネの全身鎧を不審がる村人は一人もおらず、大雑把な村というのは本当のことらしい。


「で、元祖騎士王の墓と、本家騎士王の墓と、どっちのほうが客が来ると思う?」


「それ今から考えるってことは、明らかに今から作る墓ですよね!?」


「あっはっは! まぁ細かいことは気にしなさんな!」


 ユディは、ジュナライアのその快活な笑顔に釣られたように、結局笑ってしまった。


「まったく、本当に大雑把なんですね? ですがジュナさん、そこのリコリネは、騎士に憧れている女の子なんです。さすがにそんな事実を知ったらショックを受けてしまうと思いますよ」


「ありゃまぁ。それはごめんねリコリネさん? それじゃ、先日新しくできた『騎士麺』っていう食べ物を目玉にする方がいいかねぇ?」


 リコリネは、静かに食事を終えると、カシャンとフルフェイスの口元を下げ、話し始めた。


「それはぜひとも食してみたいですね。ですが、ジュナ殿。それよりも前に、なぜこの村が、無理やり観光地を作るほど貧困に喘いできているのか、その辺りの事情の方から聞かせてはいただけないでしょうか?」


「ああ、…そうだね。理由は、あれさ」


 そう言ってジュナライアが目を向けて先では、口いっぱいに食事を頬張ったトビークレイの足元で、一心不乱にカリコリの実を食べている、数匹のニャンニャの姿がある。

 少し村を回ってみたユディたちは、ニャンニャたちが村の家々を、気の向くままに出入りしているのが当たり前の光景だと知った。

 村人たちも、誰も何の疑問に思わず、ニャンニャたちにご飯をあげたり、爪とぎをされても物を壊されたりしても怒ることなく、普通に生活の一部として受け入れているようだ。


「さすがにこんなにニャンニャの数が増えてくると、自然のものだけじゃ足りなくなって、村人の方でカリコリの実を栽培してあげなくちゃならなくなってきててねぇ。そうすると、畑のスペースは埋まるわ、肥料代もバカになんないわで、今この村は貧乏の一途なわけよ。うちの旦那も、わざわざ貴族街まで行って働いてるしねぇ」


「え……?」


 ユディは、ジュナライアが何を言っているのかが理解できずに、訝しげな顔で聞き返した。

 しかし、ジュナライアは別のことを聞かれていると判断をしたらしい。


「ああ、もちろん、アタシだって節約にならないかって、プチプチの実とかを育ててみたこともあったのよ。ほら、うちの旦那が庭師をやっているじゃない? だからそこそこ家庭菜園にも自信があったんだけどねぇ。けど、実際に育ったプチプチの実を見たら、なんていうか…もう愛しくてね。結局収穫せずに、プチプチの実をわざわざ買ったりして、本末転倒だったわ、あっはっは!」


「あははっ! でもそれは、すごくジュナさんらしくって、個人的にその話は好きですね。って、そうじゃなくって…」


 ユディは思わず笑ってしまってから、慌てて話を正そうとしたところへ、リコリネが口を挟んできた。


「ジュナ殿。ニャンニャの取引は、行っていないのですか?」


「取引…? ああ、そりゃ伸び伸び育って増え過ぎてきてるからねぇ、もちろん買い取るっていう商人が来るたびに引き取ってもらってるんだよ。けど、やっぱり珍しいワケでもなんでもないし、安価な取引だから、肥料代になるくらいかねぇ」


 それを聞いた瞬間、ユディの片眉がぴくりと上がった。


「……ジュナさん。ちょっと興味があって、観光について話し合う前に、その商人と話をしてみたいのですが。それまでこちらにお邪魔していてもいいですか? 必要なら、滞在費も払いますし」


「ありゃまぁ、そりゃ助かるよ、うちのやんちゃ坊主の遊び相手をしてくれるだけで、アタシがどれだけ助かるか! あとは家事手伝いで手を打とうか、好きなだけ泊まって行きな!」


 ジュナライアは、笑顔で快諾した。

 退屈そうに話を聞いていたトビークレイが、パっと顔を上げる。


「やった! あんちゃん、ねえちゃん、オイラとたくさん遊ぼうな!」


 リコリネは、フルフェイスの中で少し微笑むと、申し訳なさそうに話を付け足す。


「トビー殿、ありがとうございます。ところでジュナ殿、この村には、使用していい騎乗鳥がいたりはしませんか? どうやら、私はひとっ走り、街の方まで調べ物に行く必要が出てきたようです」


「なんだい、忙しいねぇ。そりゃうちのバカの命の恩人だ、要望があればいくらでも聞くよ!」


「では、お借りします。そして、その商人殿の名前と、次にこの村を訪れる日程をお聞かせ願います。…主」


「わかってる。後でコインと、それから調べて欲しいことをリストにして渡すよ。あとは、手紙も必要かな。トビー、リコリネは用事ができたから、しばらくは僕と遊ぼう。二つほど絵本を持っているから、たくさん読んであげるね」


「うわあ、ユディあんちゃん、大好きだ!」


 トビークレイとユディのやり取りに、ジュナライアは笑顔になった。

 ジュナライアは元々神経質なタチでもないので、特に何も疑問に思わず、次の日には普通にリコリネを送り出すことになる。


 ユディは、真剣な顔で、騎乗鳥に乗るリコリネを見送る。


「リコリネ、くれぐれも気を付けて」


「わかっております。こうして単独行動を許していただけるほどに私の力と機動力を信頼していただき、ありがたき幸せと言う他ありません」


「事が事だからね。どうしても、効率を考えたらこうするしかない」


 ユディは苦い顔をして、心配だという気持ちを飲み込んだ。

 リコリネは、フルフェイスの中で、柔らかく微笑む。


「すぐに帰ってまいります。それでは」


 ユディは、出稼ぎに行っている父親の部屋をあてがわれて、村人に聞き込みをしながらも、トビークレイと優しい日々を過ごしていく。

 よくよく観察をしていると、ここの村人は、基本的に体を動かすのが好きな気質らしく、初代騎士王の像を磨いたり、道を整備するための草刈りもよくやるし、トンネル整備も当番制で、とても楽しみながら、上手に日々を送っているように見える。


 トビークレイは本当にユディによく懐いていて、一日に一回は、「ユディあんちゃん、大好きー!」と言いながら、抱き着いてくる。

 どうやらそこに偽りはないようで、ユディがピノッキオや豆本を読んでも、旅の話をしても、オカリナを吹いても、何をしても全身で喜びを示してきた。


 ある日ジュナライアが、申し訳なさそうにユディへと話しかける。


「ユディさん、ありがとねぇ。あのクソガキの相手をよくもまぁ、好き好んでやってくれるよ! やっぱり、父親が恋しいんだろうね、アタシも仕事があるからなかなか遊んでやれなくって…本当は、森に行くのを叱る権利もないのかもしれないって、悩んだ日もあったよ。けど、ユディさんが来てからは本当に嬉しそうで、助かってるんだよ。もちろん、炊事洗濯をしてくれるって意味でも助かってるけどね、あっはっは!」


 ジュナライアがいい噂を広めてくれているのか、この村に来てから、ユディは歓迎しか受けていない。


 その夜、ユディは、隣で寝静まるトビークレイの頭を撫でながら、ぎらぎらとした目で、窓から動かない月を見上げていた。


「ご主人サマ~~、殺気が漏れていますよ~~っ」


 こそっと話しかけてくる妖精に、ユディは口元だけで笑う。


「……楽しみだよ。こんな素敵な村の人たちを騙そうとする商人に、一泡吹かせる瞬間がね」


 ユディは、怒っていた。

 とてもとても、怒っていた。



-------------------------------------------



 商人フェイルストは英雄の村に入り、いつものように村長宅に通され、商談を始めようとしていた。

 しかし、通されたリビングに居たのは、村長ではなく、初対面の青年だった。

 青年は、フェイルストの姿を見るとソファから立ち上がり、かしこまったような礼を向けてくる。


「はじめまして。商人のフェイルストさんですね。僕はユディと申します」


 フェイルストは、神経質にメガネを押し上げ、訝しげにユディの挨拶に応じる。


「…初めまして、ユディさん。今日の商談相手は、貴方ということでしょうか?」


「はい。ニャンニャ取引の件で、少々お窺いしたいことがありまして。まずはお座りください」


 フェイルストは、言われるままに、ユディの対面に腰を下ろした。

 いつもの村長の奥さんではなく、村の女性が、お茶と茶菓子を置いて去って行く。

 いや、いつもと違うのは、それだけではなかった。

 ユディの座すソファの後ろに、全身鎧の甲冑が飾られてある。

 この家にあんなものがあっただろうかと記憶を探っている間に、ユディという青年はにこやかな笑みを浮かべて話し始めた。


「改めて、自己紹介をしますね。僕は“ある組織”から派遣されてきた、監査係です。こう言えば、話はスムーズに進むのではないかと思っています」


 フェイルストの指先が、ピクリと動いた。

 すぐに動揺を押し殺し、何食わぬ顔でお茶を一口飲む。


「…残念ながら、そう言われましても、身に覚えがありませんのでね。詳しいお話を伺えますか?」


「わかりました。では恐縮ですが、少々長話にお付き合い願います。そうだなあ、どう話すべきか……ある男の行動履歴の話です」


 ユディは、勿体をつけるかのように、一度フェイルストの目を見てから、薄い笑みを浮かべて話し始める。


「その男は、この英雄の村へ定期的に訪れては、生活必需品などを卸す商いをしていました。ですが当時、この村には全く特産品のようなものはなく、その男以外の商人は、わざわざこんな旨味のない僻地まで訪れようとはしなかった。その男も、最初は善意での慈善活動の一環のつもりだったのかもしれません。商人は、縁を大事にする習性を持っているという話ですからね」


「ええ…」


 フェイルストは、淡泊な相槌を打つだけだ。

 ユディは構わず、話を続ける。


「その男は、この村に何か特産にできるものがないかを模索して過ごしたのだと思います。そして、土壌や気候を調べるうちに、気づいたのです。ここでなら、カリコリの実が育つと。男は勝手に森の中に、かき集めてきたカリコリの実の種を蒔きました。同じく、他にも蒔いたものがあります。実が育つと同時に、高値で買い付けたニャンニャのつがいを、森へと放ったのです」


 フェイルストは、今や黙り込み、膝の上で組んだ指をじっと見つめているだけだ。

 ユディは、なおも話を続けた。


「ここの森は、そこまで獰猛な生物も居ませんし、その上、近くにある村の人たちは、細かいことを気にしない。ニャンニャたちはすくすくと育ち、増え続け、村を我がもの顔で闊歩するまでになりました。ニャンニャと人間の寿命は違いますからね、増える時はあっという間ですし、数年で結果が出る。この村は、知らないうちに特産品を手に入れることができたのです。僕の予想だと、ここまでは善意だったのだと思います」


 ユディは一度お茶を飲み、喉を潤した。


「しかし、いざ自分の成果を目にした男が取った行動に、少し問題があったのです。村人はニャンニャの価値を知らない。男は村人が世話するニャンニャを安く買い付け、貴族に高値で売りつけることを選びました。さすがに、その時男がどう思っていたのかまではわかりませんが。…フェイルストさんは、どう思われますか?」


 フェイルストは、気を取り直すように、メガネを中指で押し上げた。


「そのようなことよりも、私は別の部分が気になりますね。それが事実だったとして、その男にいったい何の罪があるのでしょう? すべてはその男の目論見通りに話が進んだだけで、そもそも初期費用に自腹を切っているのはその男一人だ」


「まさか。罪はありますよ。これじゃまるで、村人はただも同然で都合よく働かされている奴隷にも等しい。実際、ニャンニャの世話で忙しい村は、新しい観光名所を作ろうとするまでに、貧困に喘ぎ始めています」


「ですがユディさん。無知は罪だという言葉もある。物の価値を知らないことを、物の価値を知る者が利用したというだけの話ではありませんか」


「何の説明も無しにこれらが行われたことが問題なんです、フェイルストさん。彼らは無知なのではなく、情報を知る機会を与えられていなかっただけなのですから。お互いに話し合い、適切な価格での取引が行われていれば、公正な第三者が見たところで、文句は言わないでしょう」


「なるほど、つまりユディさんは、その男に文句を言うためにこちらへ?」


「はい」


「…そのことは、もう村人にはお伝えになったのですか?」


「いいえ。できることなら、その男には改心をして貰い、自らの口で真実を告げて欲しいと願っているからです。最初が善意であったというのは、村人からの証言で、確信を得ていますからね。もう回りくどい言い方はやめましょうか、フェイルストさん。あなたの話です。この村にわざわざ商売に来てくれるあなたのことを、悪く言う人は一人も居ませんでした。ですが…少々、やり過ぎた部分がありますね」


「というと?」


「他の商人がこの村に寄りつかないように、数年前からトンネルが崩落しかけているという噂を流している点ですよ。商人の間でだけ流された話なので、騎士には伝わらず、事実確認に来たりはしない。しかし噂はさざ波のように広がり、もはやこの村には、なかなか観光客は訪れません」


 フェイルストの頬に、初めて汗が伝った。


「……良くお調べになられていますね」


「ええ。実は大陸情報倶楽部の方に顔が利くんです。数人の商人にもツテがありまして。フェイルストさん、本題に入らせてもらいますね」


 ユディは、とても冷酷な瞳を、フェイルストへと向けた。


「あなたは、何様のつもりだ? あなた一人の都合で、どれだけこの村を振り回せば気がすむ? バレないとでも思っていたのか?」


 フェイルストは、大きくため息をついた。


「もちろん、退き時がくれば、手を引く予定ではありましたよ。しかしユディさん、思いつかなかったのですか。私が今、あなたを亡き者にすれば、この商売を続けられる…と考えることを」


 ユディは、とても妖艶な顔で笑った。


「もちろん、思いついてはいましたよ。ですから、とても腕の立つ護衛を雇っています。紹介しますね。かの有名な、圧殺鎧鬼さんです」


「な…っ!?」


 ガシャリと、ユディの背後に控える全身鎧の甲冑が動き、無言で一礼を向けてきた。

 先程まで微動だにしていなかったため、飾りか何かだと思っていたフェイルストは、メガネがずり落ちるほど驚いた。


「圧殺鎧鬼さんはとても有能な方でしてね。フェイルストさんの家族構成や現住所なども調べてきてくださったんですよ。気が利く人と知り合えて、僕はついているようです」


「そっ、それも、あなたのコネですか、ユディさん…?」


「ええ。ちなみに、騎士王にもちょっとしたコネがありますね」


「!? ではまさか、先程おっしゃられていた、“ある組織”とは…!?」


「それは、フェイルストさんのご想像にお任せします」


 にこやかに微笑むユディに、フェイルストはうすら寒いものを感じた。

 すぐにユディの表情から笑みは失せ、震えあがるような目つきで睨まれる。


「フェイルストさん。これが最終勧告です。今ならすべてを穏便に済ますことができます。この英雄の村の人たちに、すべてを話し、謝罪をしてください。そして、ニャンニャの取引で得た金額を適正に分配し、この村のニャンニャを観光の目玉にして、身を粉にしてのプロデュースをお願いします。それで、僕への殺意も水に流しましょう」


「く…っ!」


 万事休すと、がくりと項垂れたフェイルストは、息も絶え絶えに、話し始める。


「実は…」

「いえ、話し合いは終わりです。あなたの事情など聞く気は毛頭ありません」


 強い言葉で遮られ、フェイルストは顔を上げた。

 ユディは、何の感情も宿らない、冷たい目を向けたままだ。

 威圧すら感じる。


 フェイルストは、後悔した。

 最初にユディを見た時に、侮るべきではなかった。

 まともに取り合わず、のらりくらりと話をかわせば、まだやりようはあったのかもしれない。

 一体この青年は何者なのか。

 無害そうな顔をして、容赦ないほどに、すべての外堀を埋め、先手を取ってくる。

 最初に、資金投資の回収に欲を出したのがまずかった。

 本当に謝れば許してもらえるだろうか。

 商売は信頼が命なのに、自分はそれを失ってしまう。

 一体どうすれば…逆転の手はないか…。

 考えても答えが出ないのはわかっていたが、追い詰められた思考は、同じことばかりを浮かべてしまう。


 ユディは、静かに言葉を落とした。


「僕が聞きたい言葉は、ただ一つです。わかりますね?」


「……。……わかりました。ユディさん、貴方の提案に従います」


 フェイルストは、一気に老け込んだような顔で、要求を呑んだのだった。

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