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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
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24騎士国家の王

 騎士国家は、見た目にはとても普通の街並みだった。

 だが、足を踏み入れた瞬間、活気が明らかに違うとわかる。

 祭りの日でもないのに、毎日がお祭りだと言わんばかりだ。


 誰もが、世界で一番安全な街で屈託なく笑い、商売をし、生活をしている。

 悩むヒマがあるなら幸せに生きる、という意気込みすら感じるような、そんな印象の街だった。

 ユディは思わず感嘆の息を吐く。


「うわあ…、なんというか、元気な街ですね」


「ふふん、そうだろう。さて、早速街を案内したいが、騎乗鳥が邪魔だな。まずは騎士用の厩舎まで入れて来よう。ユディエル、リコリネ、暇つぶしにこの中央通りをウロついておけ。この通りは広いし、見通しがいいからな、すぐに見つけてやれる」


「わかりました。もし合流できなかった場合は、アシュアゼさんがピカピカ光るでしょうから、それを目当てに集まりますね」


「ユディエルお前、人を狼煙か何かだと思っていないか…?」


「実際、アシュアゼ様の七翼での役割は大体そのような感じではないですか」


「こらサラルディン! …まあいい。行くぞ」


「はっ」


 サラルディンも騎乗鳥に跨り、アシュアゼの後をついていく。

 ユディとリコリネは、静かにそれを見送った。

 リコリネは、アシュアゼを…というよりは、騎乗鳥の後姿を見送っているように見える。


「アシュアゼ殿の担当区域は、海峡大橋と騎士国家を行ったり来たりという話でしたが…俄然張り切って見えます。よほどここが好きなのでしょうね」


「そうだね。最近ではずっとこっちに入り浸っているとか。何か目当てでもあるのかな? それとも、騎士王の傍に少しでも長く居たいのか…」


「だとすると、気持ちはわかります。仕えるべき主を得られた幸せは、主の傍で感じられるのが一番喜ばしいですからね。長く離れてみて、思い知りました」


「……、……言われた通り、この辺をウロついてみようか。傍で、一緒に」


「はい」


 リコリネが、フルフェイスの中で、はにかんだような気配をにじませ、頷いた。



 通りに面した店が並ぶ中で、客引きの声が飛び交う。

 どうやら騎士国家は観光地でもあるらしく、通りには「騎士クッキー」や「七翼アクセサリ」、「初代騎士王の剣型定規」等のお土産品が揃っていた。

 ユディは物珍し気に、国章の刺繍されたハンカチを手に取る。


「やっぱり他の大陸の人も、みんな騎士に憧れていたりするのかな」


 そう言ってみるのだが、リコリネから返事がない。

 不思議に思って隣を見ると、リコリネは不思議そうに周囲を見渡している。


「リコリネ、どうしたの?」


「あ、いえ…。実は、この街に入ってから、私は奇異の目で見られていないな…と思いまして」


「奇異…?」


 ちょっと首を傾げてから、ユディは「ああ、」と頷いた。


「そういえば、まことの翼の部隊は、全身鎧の重装歩兵らしいよ。きっとまことの翼は、堅牢の精霊ギグナアドの祝福を受けている人なんだろうね」


「なんと。では、私はそこの一門と思われているのですか。それはそれで微妙な心地ですね。区別をつけるために、主の名を冠した旗でも背負うべきでしょうか」


「それなんて罰ゲーム!?」


「冗句です、冗句ですよ、主」


「きゃあああああーっ!?」


 唐突に背後から響いた悲鳴に、ユディとリコリネはバっと振り向く。

 カシャン、カシャンと数個の煉瓦が、通りに落ちてきたところだった。


「大変だ、突風で!!」


 通りすがりらしき男の人が、パン屋の屋根の方を見上げながら、焦ったように叫んでいる。

 見ると、店の看板が、今にも倒れ込もうとしている。

 よりにもよって人通りは多く、避難は容易ではないほどの密集率だ。

 降ってきた煉瓦に驚いて、足がすくんでしまった人もいる。


   ダンッ!


 リコリネが、迷わず背の大槌を引き抜きながら、その看板に向けて走り出した。


「! ダメだリコリネ、それだと破片が飛び散る可能性が!!」


 即座にリコリネの行動を理解したユディが、慌てて制した。


「くっ…!!」


 リコリネは、ここが街中であると今思い出したように、引き抜きかけた大槌を、再び背に仕舞う。

 ぐらりと看板が、完全にバランスを崩した。

 ユディは精霊道具を手にしたが、歯噛みする。


「ダメだ、僕の音じゃ間に合わない…!!」


「こちらへ蹴り出すがよい!」


 すると、通りの先の方から、よく通る大きな声がリコリネへとかけられた。

 その声を発した男の周囲に居た人々が、咄嗟にすべてを察したかのように、わあわあと男から逃げていく。

 いや、すべてを察したのは当たり前かもしれない。

 男は、抜き放った大剣を構えていた。


「御仁、感謝する! 力の精霊ゴルドヴァよ―――!」


 リコリネの周囲に、赤いオーラが立ち昇る。


   ダダダダ、ダンッ!


 リコリネは、人間を軽々と飛び越え、建物と同じくらいの高さに飛び上がると、横合いから思い切り、看板を男の方へと蹴りつけた。


   ズガアンッ!!!


 横面を蹴りつけられた看板は、少し端がひしゃげたものの、形を保ったまま、男へと突っ込んでいく。

 咄嗟のことに、リコリネも力の制御ができなかったらしい。

 ユディが想定していたよりもはるかに速いスピードで、パン屋の看板は男へと襲い掛かった。


「危ない!!」


 ユディがそれだけを叫ぶ間に、男は既に深呼吸を終えているかのように、落ち着いた、どっしりとした視線で、静かに目の前のものを受け入れる。


「―――憤ッ!!!」


   ドゴッ!!


 そして、ベストのタイミングで、看板を下へと叩き伏せる。

 大剣の腹を、思い切り叩きつけたのだ。

 看板は、通りの石畳を割って、地面へとめり込んでいる。

 だが、終わってみれば、それは最小限の被害に見えた。


   わああああああっ!!!


 一拍の間が空いた後は、すべての人が、安堵からの歓声を上げた。

 遠巻きに見ていた人は、拍手すらしている。

 ユディは、急いでその男に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「お怪我は!?」


 リコリネが、すぐにその後に続く。


 その男は、高齢…と表現できるようなしわを顔に刻んでいる、精悍な印象の人だった。

 体格もよく、ユディもリコリネも難なく見下ろされる。

 男は、品よく生えたヒゲを撫で上げながら、大剣を肩に担ぎなおした。


「かっかっか! この程度、造作もないわ! こちらこそ、咄嗟にここまで信じて貰えるとは思わなんだ。まさかの威力だったぞ、感謝しよう。いい肩慣らしができたっちゅう意味でな、かっかっか!」


 豪快に笑い飛ばす姿は、例え怪我をしていたとしても、全く意に介さないだろうと思えるほどに、頼もしい姿だ。

 ユディは、安堵の息を吐いた。


「ご無事で何よりでした…」

「きっ、騎士王様!?」


 素っ頓狂な声がして、ユディは驚いて振り向く。

 騒ぎで慌てて出てきたのだろう、コック帽を被ったパン屋の主人が、驚愕に立ち竦んでいた。


「ま、まさか、騎士王様に、そんな、御迷惑を…!!?」


「おう、パン屋か、なに気にするな、人生こういうこともあるだろうて。不思議よな、暴れまわる動物や、悪さをする賞金首にだけ憂いておればいいわけではない…と思い知ったわ。国を守るには、自然ですらも牙をむいてくると想定せねばならんとは、まこと退屈はせん職業よな、かっかっか!」


 通りを歩いていたのは、ほとんどが観光客だったらしい。

 パン屋が騎士王と言った瞬間に、息を呑むほど驚いていた。

 もちろん、ユディもリコリネもだ。

 王というよりは、まだ流浪の旅人と言われる方がしっくりくるような服装だったこともあっての驚きだった。


「この騒ぎは何事だ!」


 人だかりの向こうから、アシュアゼの焦ったような声が聞こえてきた。


「ワタシは七翼のアシュアゼだ! ここを通すがいい!」


 アシュアゼがそう叫んだと同時に、人々はサーっと道を開けていく。

 しかし人ごみは減る様子もなく、興味津々という目を向けたまま、事のなり行きを見守っているようだ。

 アシュアゼが顔を見せたと同時に、騎士王は、かんらと笑って振り向いた。


「おう、アシュアゼか。久しいな、壮健そうで何よりだ」


「なっ、騎士王!? また護衛もつけずに見回りを!?」


 アシュアゼは、必死の表情で駆け寄ってくる。

 遅れてサラルディンもやってくるが、サラルディンには特に驚いた様子はない。

 どうやら、日常茶飯事のやり取りのようだ。


 騎士王は、大きな掌で、駆け寄ってきたアシュアゼの頭を、くしゃりと掻き混ぜるように撫でていく。


「かっかっか、お前さんは何時も心配性よな、だが、そう耄碌扱いしてくれるな。まだまだ、若いもんに負けはせんよ。それとも、お前さんのテリトリーで動き回られるのは嫌っちゅうことか?」


「そ、そんなことは断じてありません! こうして肩を並べられて、誉れを感じぬ騎士はおりません!」


 その時のアシュアゼの表情を見て、ユディは驚いた。

 頬は紅潮し、目はキラキラと輝いて、まるで少年のようだった。


「かっか、お前さんは相も変わらず、わしのことが大好きよな。安心せい、わしもお前を誇りに思うておるよ。さて、国の一大事を、そこな騎士殿に救っていただいてな。名を聞いてもよろしいか?」


 リコリネは全身鎧で顔が見えないはずだが、騎士王はリコリネが騎士団の一員ではないと見抜いていた。

 騎士王に目を向けられ、リコリネは少し戸惑いながら、胸に手を当てて礼をする。


「は。リコリネと申します。音に聞く騎士王様へ、微力ながらの補佐ができましたこと、幸甚に存じます」


「……リコリネ殿か。此度のこと、国の長として感謝致す。そして、そこな青年にもな。さすがのわしも、看板を砕かれていた場合、すべてを叩き落とすのは難題極まりない。助力に感謝を」


 ユディは驚いた。

 あの距離で、騎士王はすべての状況把握を果たしていたらしい。


「…ユディエルと申します。僕自身は大したことはしていませんし、そこのアシュアゼさんが居なければ、そもそも騎士国家に足を踏み入れてはおりませんでした。どうぞ、アシュアゼさんをこそ、心行くまで褒めてさしあげてください」


 ユディの言葉に、騎士王は瞬きを一つした。


「なんだ、お前さんら、知り合いか。そうかそうか、アシュアゼはいい子だからな、常に褒め足りんと思うておったが、そこまで先を見越した行動をされると、うっかり公の場でも褒めまくってしまいそうで困るわい、かっかっか!」


「い、いえ、そんな、…滅相もない…!」


 アシュアゼは、かーっと赤くなって、うつむいた。

 騎士王は、そんなアシュアゼを、愛し気に目を細めて見つめると、すぐに悪戯っぽい表情を浮かべる。


「…というわけで、いい子のアシュアゼは、わしが今からパン屋の看板を直す大工仕事をしても、怒るまいな?」


 騎士王は大剣を背に仕舞うと、片手で難なく、地面に突き刺さった看板を引っこ抜いた。

 アシュアゼは二の句が継げなくなり、成り行きを見ていたパン屋の店主は慌てている。


「い、いけません騎士王、そのようなことは私ども庶民にお任せください…!」


「なぁに、パン屋よ、お前さんの所には毎年美味いパンを献上して貰っておるからな。このくらいやっても罰は当たらんだろう。わしに見つかったのが運の尽きと思うて、大人しく修理されるといい。安心せい、城のものを壊し慣れておるでな、すっかり大工仕事は得意になったわ、かっかっか! サラルディン、騎士団本部に行き、壊れた石畳の修理を依頼するように!」


「はっ!」


 サラルディンが背筋を伸ばして返事をする。

 それを確認すると、騎士王は、看板を肩に担いだまま、大股でパン屋の方へと歩き出す。

 途中で、アシュアゼを振り向いた。


「アシュアゼよ! お前さんの客人であるならば、きちんと案内あないせい! 我らが国の良き所を、余すことなくリコリネ殿とユディエル殿に伝えよ!」


「は……、はっ!」


 アシュアゼは、しゃんと背筋を伸ばして、騎士王の背に顔を向けたまま、威勢良く返事をした。

 そこから、騎士王がパン屋の中に入っていくまでを、じっと見送る。

 立ち止まっていた人々も、一件落着と言わんばかりに歩き出し、日常に戻っていく。


 たっぷり時間をおいてから、アシュアゼはユディたちを振り向いた。


「どうだユディエル、リコリネ! 騎士王はステキなお方だろう!」


「…ええ。そうですね、アシュアゼさんが本当に騎士王が大好きだと伝わってきました」


「呵々大笑を体現したような方でしたね。あの方であれば、どんな艱難辛苦も笑い飛ばしていただける安心感があります」


「アシュアゼ、なんだか可愛らしかったです~~!」


 ユディとリコリネが答えるのに合わせ、リルハープも、胸ポケットからこっそりと顔を出している。

 アシュアゼは、ちょっと顔を赤くしてから、コホンと咳払いをする。


「さて、案内と言ってもな、この街の最大の見所は、もう見せてしまったな」


 アシュアゼの言葉に、ユディは頷く。


「ええ、美味しそうなパン屋でしたね」


「騎士王のことだ!」


「あははっ! 冗談ですよ、アシュアゼさん」


「くそ、何だ急にからかいおって。まあいい。ひとまず、騎士の宿舎の客室を借りられることになっている。お前たちはそこに泊まるといい。今日の所はゆるりと過ごせ。ついて来るがいい」


 前を行くアシュアゼに、ユディたちは慌ててついていく。

 隣に並ぶサラルディンに、ユディは声をかけた。


「サラルディンさん、騎士王はいつもあんな感じなんですか?」


「そうだ。言っておくが、アシュアゼ様だけが気に入られているわけではない。あの方は、半径1メートル以内に居る騎士を、とにかく可愛がらずにはいられない習性を持っていてな。そのため、俺は距離を置くようにしている」


「おい、サラルディン、習性とは何だ、失礼だろう! 騎士王が凄いのはそれだけではないぞ、あの方は、騎士の顔をすべて覚えていらっしゃるのだ。叙任式の時に、すべての騎士は王とまみえる機会があるからな」


「それは素晴らしいですね、騎士になり甲斐もあるというものです」


 リコリネの言葉に、アシュアゼは前を見たまま頷く。


「そうだろう。もちろん、ジャンティオールも、そしてウェイスノーとやらも、騎士王は覚えていらっしゃった。特にウェイスノーのことは、『隠してはいるが七翼になれる器だった』と惜しんでいらっしゃったな。あの方は、本当に一人一人に、真摯に向き合うのだ。カリスマと言う言葉があるが、そんな言葉ですら軽く感じると、ワタシは思っている」


「……確かに、そうですね。…でも、見回りなんてして、政務の方はいいんですか?」


 ユディの言葉に、サラルディンが答える。


「今は、引き継ぎと称して、次代の騎士王を担われるご子息殿に政務を押し付けておられる。まあ、その前はやっていたかと言うと、大体は大臣殿に押し付けていらっしゃったようだが」


「なるほど、自由な方なんですね……」


「若君がいらっしゃるにもかかわらず、騎士王は、ワタシたち騎士のことをすべて、実の息子のように扱ってくださるのだ。本当に、それでワタシがどれほど救われたか……」


「そういえば、アシュアゼさんは貧民とか言われてたんでしたっけ。いじめられていたんですか?」


「主、そのような繊細な質問は避けたほうがよろしいかと」


 リコリネがそっと口を挟んできた。

 アシュアゼは、かえって怒っている。


「ええい、気を遣うな! 別に陰湿な何かがあったわけではない。むしろ、大っぴらだった」


「? どういう意味ですか?」


 ユディの質問に、またサラルディンが答える。


「実は、七翼の中でも、いたりの翼だけは、継承制なのだ。古い翼が、隊の中から新しい翼を任命する。そのため、なんというか……もはやしきたりとでも言えるような、古い慣習があってな」


「フン。あの筋肉馬鹿どもの教えはこうだ。『これから騎士としてあらゆる理不尽に立ち向かっていかなければならない我らは、まず理不尽に慣れておく必要がある。』それで、無駄に叱責をしたり、コンプレックスをつついてきたりする。ワタシはきちんと裕福でない部分を調べ上げられ、そこをつついてこられていた、というわけだ。ある意味では緻密な嫌がらせだ」


「うわあ。愛の鞭っていうヤツですか」


「何が愛の鞭だ、時代遅れも甚だしい! 短所を指摘され、躍起になってそれを直す騎士もいるようだが、根性論の押し付けにすぎん!」


 憤慨するアシュアゼに、サラルディンが抑揚なく付け足した。


「ちなみに俺は、影が薄いとか、地味だとか言われていた。しかし、すぐに何もかもを投げ出したくなるアシュアゼ様には、『ここでやめるといたりの翼に逃げたと思われますよ』と言うと、ことのほか効き目があってな。俺としては、随分と助かったものだ」


「うるさいうるさい、ワタシは騎士王から離れたくなかっただけだ、いたりのヤツは関係ない!」


「いろいろな話があって面白いですね、サラルディン殿、他には何かないのですか?」


 リコリネが、わくわくしながら話を弾ませている。


「そうだな…。騎士王が急に、『街にて、人の乗れる小さな荷車を人力で引くという商売をやってみようと思う。街案内もできて、体も鍛えられて一石二鳥だ』と言い出して、七翼が全員で慌てて止めたのは面白いのではないだろうか」


「破天荒ですね、もはや」


 ユディはそう言いながらも、その光景が容易に想像できて、笑ってしまった。

 サラルディンが、考え考え言葉を続ける。


「他にも、随分と昔になるが、手慰みに小説を書いていたりもしたらしい。『地上最強の騎士』という本なのだが…」


「なんですって!!!?」


 リコリネが、見たこともないくらいの興奮を始めて、全員ビックリした。


「私のバイブル、地上最強の騎士を、騎士王が…! 主、今すぐ戻りましょう! サインは無理でも、せめて握手を!!」


「リコリネ、落ち着いて! さすがに一国の王に私事で会いに行くのはちょっと!?」


「……。では、俺はそろそろ役目を果たすために詰め所の方へ行って来よう。ユディエル殿、リコリネ殿、今日の所はごゆるりと休まれよ。それではな」


「サラルディンさん!?」

「こら逃げるな!?」


 即座に地雷を踏んだと察したサラルディンは、景色に溶け消えるように、とても自然な動きで人の流れの中へと入って行ってしまったので、ユディもアシュアゼも、引き留めるタイミングを逸してしまった。

 サラルディンが本気を出すと、ひょっとしたら隣に居ても存在すら感知できなくなるのではないのだろうか。


「アシュアゼ殿、騎士王にこの思いの丈を伝えるには、一体どうすればよろしいのでしょう…!!」


「ま、まさかあの大雑把な内容の本にファンが居たとはな……。ええい、興奮が過ぎるぞリコリネ、諦めろ、もはやお前は目を血走らせた不審者だ! 騎士王に近づけるわけにはいかん、断じて!」


「しかし…!」


「リコリネ、落ち着こう、逆に考えてみようか。一目でも大好きな作品の作者に会うことができたんだ、君は幸運だよ。僕なんて、フェンネル英雄譚の作者が誰かも知らないんだからさ、…ね?」


 ユディに肩を叩かれて、リコリネは徐々に息を整えていく。


「そう…でしたね。すみません。つい…。わかりました、今日の日の思い出を胸に抱いて、私は未来を生きて行きましょう」


「まったく、リコリネは直情的だな、見ている分には面白いが…」


 言外に、アシュアゼが「お前も大変だな」という目を向けてきて、ユディは複雑な心境だった。


「フン、リコリネの気が変わらんうちに行くぞ。はぐれるなよ、ユディエル、リコリネ」


 夕闇の切れ端が見えてきた頃、そう言って前を行くアシュアゼの背に二人でついていく。

 そわそわと来た道を振り返っているリコリネの横で、ユディはじっとアシュアゼの後頭部を見つめた。

 愛情表現が素直で、それを守るためなら真っすぐに手を汚す人。

 この背中が、何によって支えられてきたのかが、少しだけわかった気がした。


(意外に僕は、この人のことが好きになってきているのかもしれないな……)


 そうは思ったが、それは絶対に口に出さない思いとなって、ユディの奥へと澱のように沈んで行った。



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 客室での扱いは上等で、翌日、朝食が運ばれてきたときには、ユディもリコリネも驚いた。

 せっかくなので、ユディにあてがわれた部屋に集まって食事をとっていると、扉がノックされる。


「おい、ユディエル、街に出るぞ! 案内してやる!」


「アシュアゼさん、朝から元気ですね?」


「なんだその態度は、そこは感動するところだろう、わざわざ七翼であるワタシが来たことに!」


「というか、アシュアゼさんの仕事はいいんですか…?」


「バカを言え、これが仕事だ! 何せ騎士王直々に、お前たちの案内を命ぜられたのだからな!」


「ああ、昨日の…」


 この人は、本当にマジメな人なんだなあ、とユディは改めて思った。

 見ると、サラルディンも、扉の向こうにそっと控えている。

 サラルディンはいつもひっそりとしているので、ユディはいつも意図的にサラルディンの姿を探そうとしなければ、見つけられないことが多い。


「…じゃあ、せっかくなので、アシュアゼさんが普段この街でどういったことをしているのか、見せてくださいませんか?」


 ユディの言葉に、アシュアゼはきょとんとした。


「なんだお前、変わったことを言うな。まあいい。ならば見せてやろう、ワタシの素晴らしき役割を!」


 アシュアゼは、俄然張り切った様子で踵を返し、部屋を出て行く。

 ユディもリコリネも、朝食を食べ続けた。

 アシュアゼが、憤りながら戻ってくる。


「おいっ、ついてこいと言わなければ来られないのか!?」


「アシュアゼ様、そう急かさずとも……」

「アシュアゼ、カリカリしていては寿命が縮みますよ~~!」


 サラルディンが、いつもの調子でアシュアゼを宥め、リルハープがユディの肩の上で、それをからかう。

 ユディは「まあまあ、」と言いながら、自分のペースで準備を終えて、立ち上がる。


「じゃあ、行こうか、リコリネ、リルハープ」


「はい」

「は~~い♪」


 リルハープが胸ポケットに潜っていくのを見ながら、アシュアゼはやれやれと、わざと大きく声を出した。

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