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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
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22二匹の蝶

 翌日。

 サラルディンに案内された、七翼専用の宿舎というものは、思った以上に豪華だった。

 七翼は毎年、この競技場にゲストに呼ばれるため、この街にはこういった専用の部屋が用意されているのだという。

 アシュアゼは、優雅にティータイムをしながら、入室したユディたちに目を向ける。


「よく来たな、ユディエル、そしてリコリネよ。人払いは完璧だ、安心して妖精を放つといい」


「…だってさ、リルハープ。どうする?」


 リルハープは、ひょこりとユディの胸ポケットから顔だけを出し、つーんとそっぽを向いた。


「今更点数を稼ごうったってムダですから~~! リルちゃんを売り飛ばしたりしないでしょうね~~?」


「そんな騎士王が嫌うようなことはしない。はっは、まあいい。胡散臭がられるのは慣れているからね。本来ならばユディエルたちの調子を窺う挨拶から入るのだろうが、そこは省かせてもらうぞ。座るがいい」


 ユディもリコリネも、大人しくソファの対面に腰かける。

 サラルディンが、静かにお茶を淹れて出し、アシュアゼの背後に立ち控える。

 アシュアゼは、優雅に胸をそらして二人を見てくる。


「さて。ワタシばかりが質問をするのも対等ではない。気になる部分があれば、お前達からも質問を許そう。だが、早速本題に入らせてもらうぞ」


「……どうぞ。ただし、他言無用でお願いしますね」


 ユディは全然乗り気でもなさそうに、お茶を一口飲む。


「いいだろう。お前たちは何者だ。騎士を超える力を持ちながら、なぜどこにも属さずにいられる。目的は? 記憶の混濁とはどういう意味だ?」


 ユディは、モノガリであることや、モノノリュウを倒すための旅のことを、かいつまんで話し始めた。

 そう聞かれることがとっくにわかっていたかのように、既に用意された答えだった。


 アシュアゼは、ソファの背に凭れて、息を吐いた。


「…なるほどな。昨今の異変は、そのモノノリュウとやらのせい…ということか。確かに心当たりがないわけではない。お前たちはひとまずのところ、騎士王の障害になるような者ではないと判断してもよさそうだな。では、あの異常なまでの力は、モノガリだからなのか?」


「いえ、それは普通に僕が受けた音精霊の祝福の量が多かっただけです。もちろん、精霊道具の本の力のおかげでもありますが」


「なんだと? 音精霊の祝福を受けた者はあまり見かけないが、全員あのような力が使えるのか?」


 ユディは、少しの間、思案の間を空けた。


「…僕が音精霊の特性に気づいたのは、同じ音精霊の祝福を受けた、ギュギュという女の子の戦い方を見た時です」


「ギュギュとは、あの巨獣の島の制覇者か。まさかお前が一枚嚙んでいたとはね……」


「ええ、まあ。ギュギュは、音を使って、植物を成長させたり、シールドを張ったりできたんです」


 それを聞いたサラルディンが、少し驚いたように言葉をこぼす。


「それは、増進の精霊ソッティノイや、堅牢の精霊ギグナアドの力ではないか」


 ユディは、ゆっくりと頷いた。


「そうなんです。そして考えてみれば、僕にもそれができる。昨日使った癒しの力なんて、命の精霊コリネイリの力と考えられますからね。といっても、本家には劣るのでしょうが。だからこそ、こう結論付けました。もしそれが相互作用なのだとしたら、音精霊は、他の精霊の力を借りるだけでなく、影響を与えるようなこともできるのではないかと」


「それは……素晴らしく特異だな。それでワタシは、色精霊の力の行使を邪魔されたというわけか。ああくそっ、ますますお前の力が欲しい、欲しいぞ、ユディエル…!!」


 ユディは嫌そうな顔をしてから、アシュアゼを改めて見る。


「アシュアゼさん、僕からも質問していいんですよね。どうしてそこまで力を欲するんですか? アシュアゼさんもサラルディンさんも、十二分に強いじゃないですか」


「わかっていないな、ユディエル。ワタシがいかに強かろうと、千人の戦士を相手にすれば、確実に死が待つだろう。数は力なのだ。多ければ多い方がいいし、騎士王の守りが厚くなるに越したことはない」


 アシュアゼは一度言葉を切り、過去を見るような目で、いつの間にか手に持っている薔薇に視線を落とした。


「色精霊の祝福を受けていることからわかるだろう、ワタシは辺境出身だ。裕福な暮らしを求めて、家族ぐるみで出てきた田舎者でね。最初は、騎士団への入団など、稼ぐための手段でしかなかったし、この貧民がとよく馬鹿にされたものだ。だが、そんなワタシにも、騎士王は目をかけてくださったのだ……。まあ、どこぞの守銭奴のせいで、未だに贅沢ができない経済状況なのだが、少なくとも家族には楽をさせてやれているよ」


「うわあ……」


 あまりにも世知辛い事情に、ユディは思わず声を漏らした。

 当の守銭奴は、涼しい顔でアシュアゼの後ろに控えている。

 確かによくよく目を凝らすと、アシュアゼの服装は、ごく一般的な騎士服で、上質なものであったり、豪奢な刺繍が施されていたりはしていない。

 ひょっとしたら、色精霊の力で出しているであろう、あの派手な背の羽根飾りは、その辺りを誤魔化すためのものなのかもしれない。

 まさか自分の方が、七翼のアシュアゼよりも金を持っていたりしないだろうか、とユディはおののいた。


「というわけで、ユディエル、リコリネ、そして妖精のレディ。金銭面での口利きは、ワタシには不可能だ。その辺りを求めてこないようにね、はっは」


「な、なんだか可哀想です~~…」


 リルハープが同情を隠しもしない。

 サラルディンが、補助するように言葉を重ねてくる。


「ユディエル殿、リコリネ殿。モノガリとしてあまり目立ちたくない気持ちは理解するが、よければ騎士国家に軽く足を踏み入れてみてはどうだろうか。そこで騎士王の姿を見れば、アシュアゼ様がおっしゃられていることが、きっと理解できるだろう」


「そうだそうだ、それがいい! お前達も騎士王のお人柄に触れれば、きっとあの方の助けになりたくなるぞ! そうと決まれば出立しよう! だがモノノリュウがどうのというのは話すなよ、あの方のことだ、退治をするなどと言い出して惑乱の大陸に乗り込みかねないからな!」


「ちょ、ちょっと待ってください! そもそも、僕らのような一般人がそんなに簡単に騎士王に近づけるんですか?」


「それも、行けばわかるだろう」

「行くぞユディエル!」


 サラルディンは冷静さを崩さないが、アシュアゼは今にも引きずって行きそうなので、ユディは慌てて止めた。


「わかりましたから! ですが、僕たちはまだこの修練都市にきたばかりで、もう少しゆっくりしたいんです。気が向いたら行く、という返事で、今は我慢してください」


 ユディの返答に、勢い込んで立ち上がっていたアシュアゼは、しおしおとソファに腰かけなおした。


「なんだ、天性のノリの悪さだな。楽しいのか、そんな風に生きて?」


「そんなことより、アシュアゼ殿」


 今までじっとアシュアゼを観察していたリコリネが、そっと口を挟んできた。


「そんなことってお前……」


「主がモノガリだと知っても、アシュアゼ殿に変化がありませんね。モノガリの力を欲しているわけではないのですか?」


「ああ、…その辺りを欲しているのは、おそらくおさえの翼のヤツだな。騎士にしては学者肌で、そういった古き一族には間違いなく興味を持っているだろう。ワタシには、利用方法がパっとは思いつかないな。なんだ、警戒していたのか?」


「はい、一応。随分と前に、主は畜産の村でモノガリとして活動をしてしまいましたので、何か動きがあるのではないかと、冷や冷やしておりました」


「畜産の……? 妙だな、随分前ということなら、報告が上がっていてもよさそうだが…。そここそ、おさえの翼の管轄地だぞ。正しく言えば、流通都市の管轄だが」


 リコリネの言葉に、アシュアゼは首をひねる。

 サラルディンが、難しい顔をした。


「敢えて、モノガリが出たことを隠したのでしょうか。アシュアゼ様、もしユディエル殿が狙われているのだとすると、我々の方でフォローをする必要があるかと。『モノガリと遭遇したが、誓約の精霊ウィブネラの力が、モノガリには効かないと判明した』という事実を伝えるだけで、諦めてくださると思われます。あの方は、無駄なことは一切しませんからね」


「モノガリをクマが出たみたいに言わないでくださいませんかね~~!?」


 サラルディンに、リルハープが思わず言う。

 アシュアゼは、めんどくさそうに薔薇を背後に投げ、尊大に足を組む。

 薔薇は、途中でふっと消えていった。


「フン、バカを言え、なぜワタシがユディエルのためにそこまでしてやる義理がある。ワタシは不必要にぎったんぎったんにされて見るに堪えないボロ雑巾だったんだぞ、昨日は! もはや人間の体をなしていない、虫けら扱いと言っても過言ではない!」


「アシュアゼはプライドがあるのかないのか、どっちなんですか~~!?」


 不必要にボロを誇張してくる騎士へ、リルハープがつい言った。

 ユディは、じとりとアシュアゼを睨む。


「ほとんど自業自得じゃないですか、僕からリコリネを奪おうなんて、万死に値しますよ」


「はっは、仲がいいことだな! ではおさえの翼が来たとしても、その頼れるリコリネに守ってもらうがいい!」


「アシュアゼ様、大人げないですよ…」


 サラルディンが実感を込めて言う。


「…ふっふっふ。主、今こそ、あれを使う時が来ましたね」


「…リコリネ…?」


 急に不敵に笑い始めたリコリネに、場の全員がハテナを浮かべてリコリネを見る。


「アシュアゼ殿、110ポイント全てを使わせていただきましょうか。これで、主を補助してください」


「???」


 誰もが、リコリネが何を言っているのか理解できない。

 アシュアゼは、溜まらず問いを重ねた。


「何の話だ……?」


「ふふ、とぼけても無駄ですよ。昨日、アシュアゼ殿が私たちに進呈した、アシュアゼポイントの数です! 10+100で、110ですよ!」


「な!!? あれをカウントしていたというのか!!?」


 その場のノリで適当なことを言っていただけのアシュアゼは、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


「はい、もちろんです。110アシュアゼが何の単位かはわかりませんが、本当は使いたくてうずうずしていたのですよ。私たちの味方になってください」


 全身鎧を着ていても、リコリネがわくわくとしているのが透けて見える。

 サラルディンもユディも、リコリネのそういうところがちょっと心配になった。

 同時に、期待を裏切らせたくないとも思う。


「…アシュアゼ様。男たるもの、自らの言葉と行いに責任を持たなければなりませんね。それこそが、騎士王が好む騎士なのですから」


「アシュアゼさん、大の大人が、まさか無かったことにする、なんてしませんよね?」


「アシュアゼ~~、そのようなポイントを与えてくれていたなんて偉いです~~っ。リルちゃん、見直してあげてもいいですよ~~!」


「う…ぐ…!!?」


 アシュアゼは、かつてなく追い詰められた顔をする。

 そして、観念したように、がくりと項垂れた。


「わかった……お前たちの味方となろう……おさえの翼の件は任せておけ……」


 リコリネが、嬉しそうに両手を合わせる。


「よかったです。本当は、アシュアゼ殿に必殺技名の指南を受けることに使おうかと悩んでおりました。“精霊指定突刺せいれいしていとし”が、とても格好良かったと感じましたので」


 アシュアゼが、すぐに顔を上げた。


「はっはっは、なんだリコリネ、わかっているじゃないか! やはり騎士たるもの、欠かせないからな、必殺技は! しかしなかなか思い浮かばず、思い悩んでいたところへ、ある日来たというわけだ、天啓がな!」


「精霊が指定する技など、運命的ですね、とても羨ましいです。私にも、いつか天啓が来るのでしょうか…。サラルディン殿にも必殺技はあるのですか?」


「いや、俺には非実用的なものにしか感じなかったのでな。無言で斬り殺す方が向いているようだ」


 必殺技で盛り上がる面々を見ながら、ユディはジャンティオールを思い出していた。


(騎士って、似たようなことを考えるんだな…)


 ふとそう思っただけなのに、猛烈に、よくわからない感情が喉元までやってきた。

 一言でも喋ったら、それが溢れてしまいそうで、ユディは必死にそれを嚥下する努力をする。


「おい。……おい、ユディエル!」


 アシュアゼが声をかけていたことに遅れて気づき、ユディは顔を上げた。


「なんだそのしけた顔は。この罪を越えた美しさを持つワタシが味方になってやると言っているんだ、大船に乗った気で居るといい!」


 どうやらアシュアゼは随分と気を良くしたようで、いつものテンションに戻っている。

 髪を掻き上げながら話を続けた。


「お前達がこの街に滞在している間に、ワタシがパパっとおさえの翼のヤツにナシをつけてこよう。ひと月ほどで戻る。お前たちは待っているがいい、大人しくな!」


「…わかりました、ありがとうございます」


 ユディは簡潔に、それだけを答えた。


「なんだなんだそのテンションは、どうやらお前は随分と上がり下がりが激しい性格のようだね!」


「アシュアゼにだけは言われたくありませんね~~。ご主人サマは繊細なんです~~っ」


 リルハープは、いつの間にかリラックスするように、パタパタと部屋を飛び回っている。


「フン、まあいい。ワタシが帰ってきた暁には、共に騎士国家に行ってもらうぞ! 見せてやる、我が王のお姿を!」


「わかりました。楽しみにしていますね」


 微笑むユディに、アシュアゼは変な顔をした。


「なんだお前、調子が狂うな。七翼であるワタシに、あそこまで噛みついてきた気概はどこへ行ったというのだ!」


「ユディエル殿、アシュアゼ様がユディエル殿に尽くすとわかっても、そうかしこまることはない。むしろアシュアゼ様は噛みつかれる方が嬉しいのだ」


「おいサラルディン、誤解を呼ぶようなことを言うな!」


「昨夜はユディエル殿を『大したやつだ』と褒めちぎっておられたではないですか。遠慮なくケンカを吹っ掛けられて嬉しかったのでしょう? その性格ですからね、気の置けない関係の方は一人も居ませんし」


「サラルディン、特別手当を減らすぞ!!」


 サラルディンは、ぴたりと黙り込んだ。

 リコリネが、首を傾げる。


「今のところ、サラルディン殿とは気の置けない関係に見えるのですが…」


「我々は完全に上司と部下でしかない」


「サラルディンは容赦ないですね~~…」


 リルハープが、ますますアシュアゼに同情的になっている。

 ユディは、溜まらずに笑ってしまった。


「…あははっ! …仕方がありませんね。アシュアゼさん、許してあげますよ、今までのこと」


 ユディは困ったような顔をして、偉そうにそう告げた。

 アシュアゼは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐにふんぞり返った。


「…フン、当然だ。もはや貸し借りはないのだからね!」


「だけど、残念です。もう話し合いは終わってしまって、僕らがここに居る理由がありませんね?」


 ユディが大げさに残念がると、アシュアゼはぐっと言葉を詰まらせた。


「おい、これからお前のために動いてやるワタシにねぎらいの言葉をかけるチャンスをやろう。しばらくゆっくりしていくがいい!」


「いいんですか? さっきみたいにすぐに出立してもらっても、僕は全く構わないのですが」


「なんだお前、意地が悪いな」


「僕は気に入った相手には意地悪になるらしいですよ?」


「ならば許そう!」


「アシュアゼ、チョロ過ぎます~~…」


 ユディとアシュアゼのやり取りを見るリルハープの目には、もはや憐憫しかない。

 そこから他愛のない話を続ける二人を、リコリネもサラルディンも、温かく見守るのだった。



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「アシュアゼ殿は、出立なさった頃でしょうか」


 翌日、宿のユディの部屋に集まり、これからの予定を立てているところで、リコリネが窓の外を見ながらそう言った。


「ほんと、昨日はまさかあんな夜遅くまで話し込むなんて思ってもみなかったよ。七翼って思ったより暇なのかな。おかげでリルハープがまだ起きてこないし…」


 ユディは、貝殻のベッドですやすやと眠り込む妖精に目を向ける。


「…ふふ、その割には、主も楽しそうに話しているように見えましたが」


「気のせいじゃないかな。僕にだって予定があったのに、機を逸してしまった気分だよ」


「予定というのは?」


 ユディは、腰かけていたベッドから立ち上がり、窓辺のリコリネの方へと向き直る。


「リコリネ、これを」


 ユディはポケットから、ハンカチを取り出して、リコリネの手に乗せる。


「……?」


 よく見ると、ハンカチで何かを包んでいるようだ。

 リコリネは、不思議そうに、そっとハンカチを開いていく。


 そこにあったのは、片方だけのイヤリング。

 ほんのささやかな大きさをした薄紫の蝶が、一粒の花のようにとまっている。

 リコリネは、驚いてフルフェイスをユディに向ける。


「主、これは?」


「祭りの屋台で、こっそり買っておいたんだ。これくらいなら、戦いの邪魔にならないだろ?」


「私に……?」


 リコリネは戸惑いながら、片手で自分の耳に触れようとした。

 しかし、ガントレット越しに触れたのは、フルフェイスだ。


「…しかし主、私がこれをつけても、主には見えないのではないですか?」


「いいんだ。この街では蝶は幸せを運ぶっていうから、君に幸せになってもらいたくて。男でもなく、女でもないと言った君に、赤でもなく、青でもない、紫を」


「………」


 リコリネは、恐れるように、ちょんと指先で、その繊細な細工の蝶に触れた。


「……本当に、私がもらってしまっても、よろしいのですか? だって、…私ですよ?」


「なにその聞き方、いいに決まってるじゃないか」


 ユディは思わず笑ってしまう。


「迷惑じゃなければ、貰っておいてほしい。リルハープの大きさだと、なかなかこういったものは贈れないし」


「迷惑なんてとんでもありません! ……嬉しいです。…死ぬまで大事にします」


「ほらまた大袈裟になってる」


 ユディは面白そうに微笑む。

 そこから、リコリネは黙り込んでしまった。

 あまりにも長い沈黙に、ユディはフルフェイスを窺う。


「リコリネ……?」


「いえ……。なんでも……」


 リコリネの声は、震えていた。


「…もしかして、泣いてる? どうして?」


 リコリネは、何度か何かをこたえようとした。

 しかし、息を吸う音が聞こえるだけで、そこからが続かない。

 それが、何度か続いた後、ようやく小さな声が出る。


「嬉しかっただけです…」


 すぐにリコリネは顔を上げ、すべてを打ち消すかのように声を張り上げた。


「しかし、被ってしまいましたから、どうしようかと、絶望していたのです!」


「被ったって、何が…?」


 あまりの勢いに気おされるようにしながら、ユディはきょとんと聞き返す。


「私も祭りの屋台で買っておいたのです。ご覧ください、蝶の根付です。持ち物に着ける飾りだそうです。空と同じ色の、翡翠色を選びました」


「ええ? ほんとだ、被ってる。よかった、僕が先に出しておいて。こういうのって、後出しは気まずそうだし?」


 ユディは、ちょっとだけ意地の悪い顔をして、すぐにリコリネの差し出した根付を覗き込む。


「でも、同じ蝶でも、デザインは全然違うんだね。君らしくて、すごく品がいい。ありがとう、嬉しいよ」


 ユディが手を伸ばすが、リコリネは蝶を引っ込める。


「実際気まずい思いをしましたからね、今みたいな意地悪をされてしまうと、やっぱり渡すのはやめようかなという気になりました」


「ごめんごめん、悪かったって! 一番最初に嬉しかったって素直に言うべきだった!」


「…ふふ、冗談です。主、私が根付をお付けしてもよろしいでしょうか? 願いを込めてつけるそうです」


「そうなのか、ありがとう、それじゃお願いしようかな」


 ユディは早速肩掛けカバンをリコリネに差し出そうとしたのだが、リコリネは真っすぐに、ベッドのサイドテーブルに立てかけられたユディの細剣を手に取り、柄に着けていく。


「待ってそっち!!!?」


「…? 何か問題でもあるのでしょうか? ここならば、剣を振るたびに蝶が舞いますよ、可愛らしいです」


「いや邪魔だよねそれ!!?」


「む……主はロマンがわかっていませんね。これならば、蝶のように舞い、蜂のように刺す、が実行できますよ!」


「舞うのは戦闘中だろ、気が散るって!」


「そういうのは一度使ってみてから言ってください」


「僕が細剣を振るう場面って、結構気が抜けない場面が多いんだけど…!?」


 結局リコリネは一歩も引かなかったので、ユディはしぶしぶ意見を飲んだ。

 素直に喜ぶこともさせてくれないリコリネは、やはり手強いのだろうな、と、どこか他人事のように思う。


 翡翠色の蝶は、剣を守護するかのように、根付の先で揺れていた。

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