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モノガリのユディ  作者: ササユリ ナツナ
第二章 ふたりめ
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21虚の翼アシュアゼ(下)

 リコリネは、行儀よくサラルディンの隣に腰かけて、競技場を見下ろした。


「リコリネ殿。今ユディエル殿が言った、この手は使いたくない…というのは、ユディエル殿にも奥の手があるということか?」


「それが……わからないのです。主が細剣を振るうところは初めて見ますので」


「そうか。考えてみればそうだろうな、本来ならばリコリネ殿が前衛として彼を守ってきたのだろう」


「はい。私の知る主は、補助として祝福をかけてくださるイメージしかありません」


「ならば、この目で確かめるしかないか」


 サラルディンは、一瞬も見逃すまいという気概で、改めて競技場に目を向ける。

 相対するアシュアゼとユディ。

 アシュアゼは、ユディが何を仕掛けてくるかを待つ気で居るようだ。

 ユディは、覚悟を決めたように、目を開いた。


「あなたにオカヤマ剣を使わせるわけにはいかない。速攻で片付けさせてもらう」


「やってみるといい」


 アシュアゼは剣を構えたまま、不敵な笑みを浮かべて、片手に細剣、片手に本…という、不思議な戦闘スタイルのユディを見ている。

 ユディは、大きく息を吸い込んだ。


「<―――ユディの内側にある五線譜に、まるで暴風を伴う嵐のような音符が刻まれていくようだった。その足取りは、稲妻の襲撃よりもなお早く、その一撃は、色の葬送を約束するものとなる>」


 ユディの周囲に、淡く輝く緑の燐光。

 それを確かめる間もなく、ユディはトンと一歩を踏み出した。


「!?」


 それだけで、アシュアゼのすぐ目の前にユディが居る。

 人間とは思えないほどの速さだった。

 ユディは言葉を、いや、音を続ける。


「<ひとふりのうちに、三撃>」


   ドドドッ!


「くっ…!?」


 アシュアゼは、咄嗟に剣で対応するが、致命傷を避ける動きがかろうじてできただけだ。


「<骨へと与える音楽と表現できるほどに、撃を重ねるごとに重たく。いち、に、さんと、同じ場所へ>」


   ガン、ガガンッ!!


 ユディはわざとアシュアゼの剣の、同じ場所へと攻撃を当てている。

 ユディの細身から出されたとは思えないほどに、その一撃一撃は重く、アシュアゼは押され始めた。

 片手で振るわれた一撃であるはずなのに、重く、そして、とらえきれない。

 剣戟の音はリズミカルで、まるでつるぎという楽器で奏でられる音楽のようだった。

 周囲に、ユディの音が満ちていく。


 アシュアゼの表情からは余裕が失せ、集中する余裕もなく、ただ叫ぶ。


「色の精霊リリケイアよ!」

「<アシュアゼは気づくだろう。音符が降り積もるにつれ、色はむしばまれていたことに。葬送はとうに始まっていた>」


   カン、ガチン、ガキン!


 剣戟の音の中で、色精霊の祝福が発動する気配がない。

 アシュアゼは、驚愕に目を見開いた。


「バカな、干渉するだと、他者の祝福に!?」


「<血錆び色のカナリア、血錆び色のカナリア、銀ねずの檻から飛び去れ、疾く遠く>」


   ザシュッ!


 ついに、アシュアゼが負傷した。

 派手に血が舞い上がる。


 ユディの瞳には、何の感情もなかった。

 ただひたすらに、目の前にいる者を排除するためだけに、内にある嵐に従うような動きで、砂に紛れた砂金を探すかのような集中を続けている。


「……なんという……」


 サラルディンは、言葉を失ったかのように、それだけを絞り出した。

 それほどまでに、見たことがないほどの猛攻だった。

 あの温厚そうな青年から、今は殺意を感じない。

 つまり、殺意も何もなく、機械的にアシュアゼを殺そうとしている。

 何の感情も乗らない剣というものを、サラルディンは初めて見た。

 そして、それに対して抱く感情は、得体のしれない恐怖でしかないということも、初めて知った。


「<結び目を突く。結び目を突く。無限に割る。無限を割る。アシュアゼの剣から今、絶望が開花した―――>」


   ビシッ、パキィン!


 一点を叩かれ続けたアシュアゼの剣は、悲鳴を上げるように折れ飛んだ。

 もはやアシュアゼの傷は増え続けるのみだ。

 サラルディンは、思わず声を上げる。


「アシュアゼ様!」

「!! 主、おやめください! 止まって!」


 突然、リコリネが身を乗り出して、焦ったように声を上げる。

 だが、ユディは、その声が届いていないかのように踏み込み、アシュアゼの首に向けて、細剣を振るった。


「主! 主、リルハープ殿が死んでしまいます!!」


「―――ッ!!?」


 ピタリとユディの動きが止まった。

 つまり、先程のリコリネの制止は聞こえていたのだ…とサラルディンは理解した。

 聞こえていながら、ユディはトドメを刺そうとしていたことに、背筋に冷たいものが這う。


「……?」


 いきなり止まったユディに、負傷の濃いアシュアゼはガクリと片膝をつく。

 そして、目の前にポロリと落ちてきたものを、反射的に片手で受け止めた。


「きゅ~~~~……」


 それは、目を回した妖精だった。


「あ……リルハープ!」


 ユディは青ざめて、反射的に剣を引く。

 胸ポケットの妖精は、体験したこともないほどの激しいユディの動きにもみくちゃにされて、とっくの昔に気絶をして、ポケットからずり落ちそうになっていたのだ。


 アシュアゼは、にやりと笑った。


「はっは、……はーっはっはっは! これは驚いた、妖精か! 運が向いてきたな!」


 アシュアゼは、リルハープを掲げるように手に持ち、ユディに見せつける。


「動くな、ユディエル!」


「な……卑怯な!?」


 声を上げたのは、リコリネだ。

 ユディは血の気が引いた顔のまま、リルハープを見ている。

 アシュアゼはユディを見ながら、爛々と目を輝かせて立ち上がった。


「何とでも言うがいい! ユディエル、まさかお前も強者だったとはね! その力がワタシのものになれば、どれだけ騎士王のためになるか…!! 欲しい、お前も欲しいぞ、ユディエル…!!」


「わかった、わかったから…! 頼む、リルハープに何もしないでほしい…!!」


 ユディは、ともすれば泣きそうな顔で懇願している。

 とても先ほどの、化け物のような強さを持った者と同一人物とは思えんな…と、サラルディンは胸の内で思った。

 アシュアゼは、流れる血も、痛みも、すべて忘れ去ったかのような表情で、狂ったような笑顔を浮かべている。


「はっはっは、いいだろう、ワタシとて、いたいけなレディを傷つけるのは本意ではない。サラルディン、来い! お前の祝福の出番だ!」


「サラルディン殿! あのような恥ずべき行為に加担をするのですか!?」


 咎めるように見てくるリコリネに、サラルディンは静かに立ち上がる。


「リコリネ殿、許してほしい。俺は金に一途なのだ。俺にとっては金こそが正義。この信念が揺らがずにいられることで、俺は……誓約の精霊ウィブネラの祝福を使いこなすことができる」


「な……」


 リコリネは、フルフェイスの中で青褪めた。


「させません!」

「圧殺鎧鬼、人質はお前にも効くのだろう!」


 アシュアゼからの鋭い声に、リコリネはびくりと制止するしかない。

 ユディは焦ったように細剣と精霊道具の本を仕舞い、ホールドアップする。


「やめろよ、わかったから! 抵抗はしないから! リルハープを返してほしい…!!」


 アシュアゼは、ユディの様子に、若干戸惑うような間を見せた。


「……可哀想なほどの狼狽ぶりだな、ユディエル。さすがのワタシも胸が痛む。…いいだろう、お前の言葉を信じよう」


 アシュアゼは、リルハープをそっとユディの手の平へと返した。

 ユディは小さくごめんと呟きながら、リルハープを大事に抱え込んでいる。

 サラルディンとリコリネが、少し遅れてやってきた。


「リコリネ……リルハープを預かっていて」


「主……」


 リコリネは、何かを言おうとしたが…結局何も言えず、黙ってリルハープを受け取った。

 ユディは、アシュアゼに向き直る。


「…それで、僕はどうなる?」


「なーに、悪いようにはしない。ワタシに逆らえないように、ちょっとした誓約を受けて貰うだけさ。お前を手に入れたなら、もれなく圧殺鎧鬼もついてくるわけだ! たっぷりと聞かせてもらうぞ、お前は何者なのか、そして先程の力は何なのか。サラルディン!」


 サラルディンは、無言でユディの前に立つ。

 一瞬だけ痛ましいような表情を浮かべたが、すぐに気のせいであったかと思えるほどに、それはあっけなく霧散した。


「―――誓約の精霊、ウィブネラよ!」


 サラルディンの周囲に、清浄なる白い光が舞い上がり始める。


「汝、ユディエル。いかなる時も、アシュアゼなる人物に逆らわぬことを、ここに誓えるか」


 ユディは、一度悔し気に唇を噛んだ。

 それはこれから起こる出来事に対してではなく、リルハープに対して配慮を欠いたことへの悔恨でしかなかった。

 うつむきながら、応える。


「……誓います」


 場が、静まりかえっている。

 戸惑うほどに長い。


「……?」


 ユディは不思議そうに顔を上げた。

 サラルディンの、動揺したような表情が目に入る。

 アシュアゼも、様子がおかしいことに気づいたようだ。


「どうした、サラルディン。誓約が成功したように見えないが?」


「……はい。これは……。ユディエル殿。貴殿のそれは、本名ではないのか?」


「え……?」


 ユディはきょとんと聞き返した。

 リコリネも、静かに驚いている。

 その表情を見て、サラルディンはさらに困惑を深めた。


「この感覚は、名が噛み合わぬ時のものだ。だが、その反応はどういうことだ……。偽りの名であると、自身でもわかっていないと? いや、そんなはずはない。心の奥底で本当の名を知っているからこそ、誓約が成立しないとしか……」


「名前が、違う……? そんな馬鹿な……」


 ユディの戸惑いが移ったように、アシュアゼもユディとサラルディンを見比べている。

 リコリネは、フルフェイスの頤に指をあてがい、考え考え話し始めた。


「…ひょっとして、主の昔の記憶が混濁していることと、何か関係があるのではないでしょうか?」


「あ…そうか、すっかり忘れていたけど、そういえば僕はそうだったね」


「なんだと?」


 アシュアゼは、愕然とした。

 サラルディンは、なるほどと頷く。


「それならば、一応の説明はつくか。さすがに前例がないことゆえ、これはどう対処すればいいのやら……」


 一度場が静まりかえる。


「は……はっはっは、はーっはっはっは! なるほどな、思いもよらない回避をされてしまったというわけか! これはしてやられたな、進呈しよう、100アシュアゼを!! はっはっは、はーっはっはっは!!」


 アシュアゼは、額に手を当てながら、思い切り高笑いをした後。


「…はーーーー……。なんかもう……すべてがどうでもよくなってきた……」

「アシュアゼ様、お気を確かに」


 サラルディンはそう言いながらも、「またか…」という表情をして、めんどくさそうだ。


「うるさい……もうワタシは騎士をやめる……」


「アシュアゼ様、貴方は俺の大事な金ヅルなんですから、死ぬまで七翼で居て貰わないと困ります」


「サラルディン、そんなことを言ってワタシの機嫌を取ろうとしても無駄だぞ!」


「今の機嫌が良くなる単語入ってました?」


 ユディは思わず二人のやり取りに口を挟み、申し訳なさそうに言葉を続ける。


「あの、すみません、さすがに胸が痛みますので、せめてなんでも答えますから……」


 アシュアゼは拗ねたようにそっぽを向く。


「うるさいうるさい! なんだ、勝者の余裕か? いいご身分だな?」


「いきなり僻みっぽくなるのやめてくださいよ……」


「どうせワタシは蛇蝎のごとき嫌われ者だ、何だお前先程の容赦のない攻撃は、ワタシは死ぬところだったんだぞ!」


「そんなことよりも、アシュアゼ殿」


 リコリネが横から割って入り、アシュアゼは変な顔をする。


「そんなことってお前……」


「『勝者の余裕』ということは、主が勝利者と判断してもよろしいのでしょうか?」


 全員、そのことにハっと気づいて、アシュアゼに注目する。

 アシュアゼは、めんどくさそうに髪を掻き上げた。


「フン、当然だろう。ここで負けを認められないほど、ワタシは大人げなくはない」


「よかったですね、主。これでまた一緒に旅ができます」


 嬉しそうにするリコリネに、アシュアゼは「容赦のない娘だ」と拗ねている。

 ユディが素直に喜ぼうとしたところで、アシュアゼがドサっと地面に座り込んだ。


「もういいもういい、どうせお前たちはワタシがこの怪我で死んでいくのを待っているのだろう! さっさと行け!」


「誰が大人げなくないって話でしたっけ?」


 ユディは困ったようにアシュアゼを見ると、ため息をついてから精霊道具の本を取り出す。

 そして、慣れた手つきで音の祝福をかけ、アシュアゼの傷を治した。


「…ほら、これでいいでしょう。傷は塞がりましたが、失った血は戻りませんから、後は安静にしていてください」


 アシュアゼは、不思議そうな顔で、先程まで怪我をしていた部分を撫でている。


「……ユディエル。なんでも喜んで答えるという話だったな?」


「なんでも嫌々ながら答えますよ」


「今の祝福で、体力の回復もできるのか?」


「できますけど、使いません。僕も疲れているんですからね。それもあなたの身勝手に付き合ったせいで」


「なんだその言い草は! 嫌われるのを覚悟しているからといって、実際に傷つかないわけではないのだぞ!」


「うるさいな、だったら図太い部分だけじゃなく、もうちょっと可愛げを見せてみればいいだろ!」


「何を言うか、ワタシほど繊細な者はどこを探しても居ないぞ!」


「はいはい、サラルディンさんがそう言ったら信じますよ。どうせ自称してばかりなんでしょう?」


「…ふ、…ふふふ…っ!」


 リコリネが、耐えきれないように声を漏らして、肩を震わせた。

 全員、驚いてリコリネに目を向ける。


「ふふっ、す、すみません、おかしくて…! 主、ありがとうございます。その怒り方なら、怖くありません」


 ユディもアシュアゼも、毒気を抜かれたように、呆けた顔で笑い続けるリコリネを見ている。

 アシュアゼは、服に着いた埃を払いながら、立ち上がる。


「フン、まあいい。今日は疲れた。ユディエル、話は明日だ。お前もその妖精を休ませてやりたいだろう」


「………」


 ユディは、戸惑ったようにアシュアゼを見る。

 アシュアゼは、そっぽを向いたまま、話を続ける。


「明日、お前たちの宿にサラルディンを迎えに行かせる。くれぐれも逃げるなよ」


「ならば、サラルディン殿に我々の宿を案内する必要がありますね」


 リコリネの言葉に、サラルディンは首を振った。


「その必要はない。昨夜、貴殿らの後をつけて把握している」


「なんと。まるで気づきませんでした。サラルディン殿は隠密行動を得意とされるのですね」


「これでも七翼の右腕なのでな。それなりに努力はしている。アシュアゼ様、本日の特別手当は出るんでしょうね」


「お前は本当に守銭奴だな……いいだろう、またポケットマネーをすり減らしてやる。戻るぞ、宿舎に!」


 どうやら騎士をやめる云々はうやむやになったようで、アシュアゼは背を向けて歩きだす。

 もはや色の精霊の力を維持する力も無いようで、背にあった派手な羽根飾りは消えていた。

 激戦の後を物語るように、ボロボロの後姿だった。

 サラルディンは、何を思ったのか、途中でユディたちの方へと引き返してくる。


「ユディエル殿」


「…? どうしたんですか、サラルディンさん」


「いや。……こんなことを今言われても、と思うかもしれないが。キルゼムが暴れていたあの当時、実は閃の大陸と、仁の大陸各地の動物たちが、なぜか凶暴化する、という事態が起こっていてな」


「………」


 ユディは、驚いた。

 いや、驚きながらも、それはわかっていたことだった。

 モノノリュウが目覚めた影響だと、かつてギュギュに語ったのは、ユディ自身だった。

 そして、モノノリュウが居るとされる、果ての大陸…いや、惑乱の大陸に近いのは、その二大陸だ。


「そのため、騎士王をはじめ、七翼も各地に出向き、連日連夜対処をしていた。民は怯え、騎士は疲労を深める日々だ。だからこそアシュアゼ様は、そのさなかに来た報告を握りつぶしたのだ。といっても、海峡大橋を完全に見捨てるつもりはなかった。七翼を集め、万全の状況で騎士王を守る、その状況が叶った暁には、報告をする予定だったのだ。無論、今これを言うのは、卑怯な行為だが。卑怯だとわかっていても、やはり、知っておいて欲しかった」


 サラルディンは、茫然とするユディの表情を見て、困ったように笑う。


「…勝手を言った。それではな」


 リコリネとユディは、静かにサラルディンの背を見送った。


「……主、大丈夫ですか?」


 リコリネが、そっとユディに、手の平に乗せたリルハープを差し出す。

 ユディは、自分が触れてもいいものかと、しばらくためらうように手を彷徨わせたが、他に気絶した妖精の隠し場所もなく、大事に胸ポケットに仕舞い込んだ。

 リコリネが、いたわるように優しく声をかける。


「主。もうお認めになってはいかがでしょうか。アシュアゼ殿が、リルハープ殿を人質に取り続けていれば、また結果は違っていた。本当はもう、あの方をお許しになっていらっしゃるのでしょう?」


「それは……」


 ユディは一度口をつぐむ。

 リコリネは、静かに言葉を続けた。


「私としましても、大切な人のために、手段を選ばずに邁進するアシュアゼ殿の気持ちがわかってしまうのです。憎み切れませんし、それでいいと思っています。憎しみや怒りは、長続きさせるものではない。結果としては主の勝利でしたし、何も言うことはありません。私のために怒ってくださったのは、正直に申し上げると、嬉しいです。同じように、私のために、矛を収めてはいただけないでしょうか。その矛が、あなた自身を傷つけてしまわないかが、心配なのです」


 ユディは、困ったように額に手を当てる。

 かつては不倶戴天の敵とすら思っていたはずなのに。


「くそ……。どうして誰にだって事情があるんだ。どうして、憎ませてくれないんだ。あんなの……ずるいだろう……」


「…そうですね。言葉を交わして、知ってしまえば、とてもやりにくくなる。ですが、もうこれは、そういうふうにできているものだと、受け入れるしかありません。私たちも、こういうふうにできてしまっているのですから」


「……。……わかった。他でもない、当事者の君がそう言うのだから、僕がどうこう言う話じゃないな」


「…ありがとうございます。主、疲労の方はいかがですか?」


「そりゃ疲れているけど、倒れる程じゃない。僕だって三年の間に修業したんだ、今日は君を守るっていう念願が叶ってよかったよ」


「とてもお強くて、驚きました。しかしやはり初見殺しの点は変わりませんね。あのような接近戦では、精霊道具の本を攻撃されればお終いです」


「また僕の攻略方を考えながら見てたってこと!?」


「はい。今のところ、シミュレーションの中で三度ほど主の首を飛ばしております。お強いからと言って、やはり私という前衛は必要であると進言いたします」


 ユディはげんなりした顔をするが、すぐに困ったように笑う。


「君ってホント、そういう子だよね。もちろん、これからも頼りにさせて貰うよ。リルハープを大事にするって意味でも」


「はい、光栄です。それから、あまり思いつめないでくださいね。本名がどんな名であろうと、私にとって、主は主です」


 ユディは、一瞬だけ言葉に窮した。

 そのあと、悪戯っぽい表情を向ける。


「………善処するよ、だよね、こういう時に言う言葉は」


「む……。もしや私の真似ですか? 安心しました、ここでふざけられるようなら、何の心配もありませんね。さあ、宿に帰りますよ」


 リコリネはちょっとむくれたような声音で、さっさと歩きだした。


「あははっ、悪かったってリコリネ! 本当、一時はどうなるかと思ったよ! あとでリルハープにはたっぷり叱られるかと思うと、足取りは重いけどね」


「そうですね、リルハープ殿の好物を用意しておきましょうか」


「となると、キャンディをたくさん買っておかないとなあ」


 ユディは、色々な感情を吹き飛ばすかのように、わざと明るい声を出す。

 しかし、本当に、少しだけ足取りが軽くなった。

 空元気も元気のうちなのかもしれないな…と、思考の端で思うのだった。

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